敵前で余所見は殴れと言っているもの
雲の近くに転移し俺は【風魔法】を使い空を飛び雲に近づいた。
雲に近付くにつれて禍々しさは段々増していき、中心から黒い霧状の何かが噴き出しているのがよく見える。
「何なんだ?あれ」
俺は空中で黒い霧状の何かを見て呟いた。
見れば見るほど禍々しいな。
何かは分からんが絶対やばい奴っていうのは分かるが。
俺はあれが何なのかと考えながら眺めていると、
「神谷夜兎」
後ろからリーナが飛んできた。
既に【天使化】した状態のリーナに俺は軽い挨拶を交わす。
「よぅ、リーナ。お前も来たのか」
「あんなものを見れば直ぐに行くに決まってるだろ」
そりゃあそうか。
俺はリーナの言葉にそう思うと、あの雲について聞いてみた。
「なぁリーナ。あれって何なんだ?」
俺の質問にリーナは雲を凝視しながら言った。
「恐らく、というか間違いなくあれは【増悪神】ゲルマの仕業だろう。こんなことする奴は他にいない」
「【増悪神】って、例のあの堕神の事か」
「そうだ。ゲルマはその名の通り増悪の神。人間の悪の感情を吸収しそれを自分の力、即ち魔力に変換できる神だ」
悪の感情を吸収って、それ神というより最早邪神みたいだな。
「それから察するにあれは人の増悪を増幅させるものだろう。あの雲から出ている黒い霧が人間の増悪を増幅させ、一定の量を越えると人間の心は増悪に支配され暴徒化する。しかもある一定のレベルを持っていなければ視認することすら出来ない。そんなところだろ」
リーナの説明に俺は少しぎょっとした。
何それ怖いな。
あれが充満したら街全体が無法地帯になるってことか。
そんなやばい奴だったのかあれ。
「じゃあ仮にそうだとして俺達は大丈夫なのか?結構近くにいるが」
「私達はレベルが高いからそれなりに耐性があるんだろ。【精神耐性】何てあればほぼ効かないだろうな」
そうなのか、なら俺は大丈夫そうだな。
【精神耐性】を持っている俺ならあの黒い霧は平気だというのは分かったが問題はそこじゃない。
「どうしたら止められるんだ?」
「見た目はあれだがあれも一種の魔法だ。私の無魔法を使えば時間が掛かるが消せるだろう」
そう言ってリーナは無魔法を使い雲を消滅させようと手を雲に伸ばした時ーーーー
「それは頂けませんね」
何処からか声が聞こえた。
辺りから響くようにして聞こえるその声に俺とリーナは少し驚き辺りを見回すが、誰もいない。
すると、目の前に突如黒い霧が現れ中から一人の人物が現れた。
俺はその人物に目を疑った。
あれ、こいつって.......。
「貴様は、まさかゲルマか!?」
俺はリーナの言葉にえ?っと驚いた。
こいつ前に見た釜石さんにちょっかいだしてた根暗野郎だよな?
いったいどうなったるんだ?
「おや、貴女は先日の。あの時はどうも。貴女が私を逃がしてくれたお陰でこんな素敵な休場を見つける事が出来ましたよ」
皮肉を込める様に嘲笑うゲルマにリーナは悔しそうに拳に力を入れる。
ちょっと待て状況が呑み込めないんだが。
「なぁ、あいつが本当にゲルマなのか?俺あいつと前に会ったことがあるが神って感じじゃなかったぞ」
「ゲルマは激しい憎悪を持った相手に憑りつく事が出来る。お前が会ったのは憑りつかれる前なんだろう」
まじかい。
まぁ、確かにあいつ相当悔しそうにしてたからな。憎悪が沢山ありそうだ。
「しかし私は運がいいですねぇ。標的が二人もいるなんて。魔法を見破られた時は少し焦りましたが」
俺達二人を見てゲルマは少し嬉しそうに微笑む。
うわ、何か不気味だな。
俺は根暗野郎の笑顔を見てそう思う。
ん?てかちょっと待て。
「標的が二人?」
リーナは兎も角俺はこいつに何かした覚えはないぞ。
「はい、この体の願いの一つに貴方の抹殺というのがありましてね。だから貴方も標的の一人です」
ゲルマの言葉に俺は少し苦い顔をした。
あいつそんなこと言ったのか。
まぁ、あいつなら言いそうだけど。
こんなことなら言っても死ぬ呪いにしとけばよかったな。
「だからといって貴様も愚かだな。幾ら標的が二人同時に居るからといって態々姿を晒しに来るとは」
リーナは得意気に微笑む。
確かに幾ら標的が居るからといってこのまま戦闘になれば神とて厳しいものがあるのだろう。
得意気な顔になるリーナに対して、ゲルマは何が可笑しいのかクックックと笑いだした。
「何を言うかと思えば。そうですね、確かに先日の状態なら私とて敗れるかもしれません。ですが今の私は休場を手にし傷も十分癒えた状態。傷の癒えた今なら例え私の魔法を見破った貴女でも負ける事はないでしょう。そちらの貴方はどれ程のものかは分かりませんが所詮はそこの天使と同程度。私が負ける筈がありません」
勝ち誇ったかのようにゲルマは言う。
どうやらゲルマは俺をリーナと同じくらいの実力にしか思ってないようだな。
実際は俺の方が遥かに強いが。
「なら試してみるか。貴様を倒して、あの雲を止める」
そう言ってリーナは剣を取り出し構える。
それにつられるようにゲルマも体から黒いオーラを出し、今にも戦いが始まりそうな雰囲気になっている。
だが俺はそこに待ったをかけた。
「ちょっと待てリーナ。戦う前に一つやることがある」
「?何だそれは?」
「あの雲を消す。ーーーー削除」
俺がそう唱えた瞬間、先程まで噴き出していた黒い霧はたちまち消え、渦巻いていた雲も晴れていき元の青空へと戻った。
「..........は?」
この自体に流石にゲルマは予想も出来なかったのか空を見ながら間の抜けた声をだした。
リーナの言う通りあれが魔法の一種なら【削除魔法】でこの通り一発で消える。
最初っからそうしたかったんだが何かやるタイミングがなくて中々出来なかったんだよな。
だからせめて戦う前に不安要素を消そうと思って消しといた。
途中魔力切れとか起こしたら嫌だし。
突然雲が晴れた事にリーナも多少驚いていたが「そういえば貴様そんなことも出来たんだったな」と言って直ぐに冷静になった。
慣れてると立ち直るの早いな。
対してゲルマはまだ信じられないのかまだ空を見ながら放心している。
立ち直るまで待つほど俺はお人好しじゃない。
「余所見とは余裕だな」
「ぐぁっ!!」
余所見をしているゲルマに俺は懐に転移し腹に拳を放つ。
虚を突かれたゲルマは突然の攻撃に反応できず諸に喰らい腹を抑えながら後ろに後ずさる。
やっぱりこんくらいじゃ駄目か。
「覚悟はいいなエセ神。お仕置きの時間だ」
俺は腹を抑えながらこちらを睨むゲルマにそう告げた。
おまけ
【削除魔法】
「貴様の【削除魔法】は中々チートなスキルだな」
「まぁな。直接生命に影響が出ないものなら何でも消せるな」
「何でもか......それじゃあこれは消せるか?」
「何だそれ?」
「今日出し忘れた家のゴミだ」
「俺はゴミ収集所か」
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