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文句は言わせて貰う

 夜兎達が安久谷と対峙していた頃、男は路地裏の影から道を歩く人間を観察していた。



「あれは駄目ですね。あれも、あれも、あれは....微妙ですね」



 その男、【増悪神】ゲルマはまるで品定めでもするかのように人間を見ながら呟く。

 やがて疲れたのか壁に寄りかかり息を吐いた。



「中々いい休場がありませんね。この世界の人族は余り憎悪を持たない傾向でもあるのでしょうか。これでは傷の治りが遅くなる一方です」



 ゲルマはそう言って悩む様に腕を組み片手で顎を抑える。

 【増悪神】ゲルマはその名の通り増悪の神だ。

 その能力は生き物の憎悪を糧とし自分の力に出来るというもので、相手に憑り付く事でその憎悪を補給することが出来る。



「この世界は文明水準が高すぎるんですよ。これじゃあ回復も出来やしない」



 ゲルマは少し不機嫌そうに言う。

 勿論憑り付かなくても微量だが憎悪は補給出来る。全ての生き物は悪の感情は持つ。

 これはどの世界でも共通することだ。 

 だがこの世界は他の世界と比べて文明が高いからか憎悪が他の世界より少ない。

 ゲルマはその事に自分の運の無さに嘆いていた。

  


「適当に移動するんじゃありませんでした.....」



 顔は仮面で分からないが残念そうな顔をしてるんだろう。ゲルマは少し頭を項垂れる。

 街全体を襲って憎悪を集める事も考えたが、ここに来る前の戦闘でかなり深手を負ってしまった。



 襲えば必ず天使の者達がやって来る。

 だが今の状態では勝てる見込みがない。

 今はやるのは得策ではないのだ。

 やがて決めたのか頭を上げ仕方ないとばかりに言う。



「多少憎悪が少なくても憑依してみますか」



 憑り付けば多少なりと憎悪は底上げ出来る。

 あまり憎悪が少ないと返って治りが悪くなる事もあるがないよりはましだ。 

 壁に寄りかかるのを止め休場となる人間に接触をしようとしたその時ーーーー 

 


「それはさせん」



 何処からともなく声が聞こえた。

 突然の声にゲルマは驚き声の主を探そうとキョロキョロと辺りを見渡すと、後ろから一人の天使が舞い降りる。



「やっと見つけたぞ、【増悪神】ゲルマ。いや、もう貴様は神ではなかったな」



 声の主、リーナは着地すると同時に言った。

 ゲルマは天使の姿のリーナを見ると、何だと思ったのか安堵し始め、



「誰かと思えばただの天使ですか。またあの女が私を狙いに来たのかと思い冷や冷やしましたよ」

  


 リーナを下に見るように言った。

 そんなゲルマの態度にリーナは何も思わないのか淡々とゲルマに告げる。



「メトロン様の命により貴様を拘束、または討伐しに来た。大人しく降伏しろ」  



 リーナはゲルマにそう勧告する。

 そんなリーナの勧告にゲルマは嘲笑う様にふっと笑い言った。



「舐められたものですね。幾ら私が深手を負っているからってたかが天使一人相手出来ない程弱くはありませんよ」



 ゲルマがそう言うのも当然の話だ。

 神というのはその世界の頂点に立つ者であり管理者でもある。

 レベルは平均300を越え、低くても200後半はあるのが普通で、その強さは勿論神の如き強さを持つ。それはゲルマも例外ではない。



 一方リーナは【天使化】した所でレベルは100前半。幾ら深手を負っていると言ってもその差は簡単には埋まらない。 

 普通に考えれば勝てる見込みはほぼ無い。

 だがそれでもリーナは一人でここに来た。

 その意味はゲルマはまだ分かっていない様で、そんなゲルマにリーナは微笑な笑みを浮かべた。



「そう思うなら試してみるか」



 そう言ってリーナは手のひらから灰色の靄をもくもくと出現させる。

 灰色の靄は手のひらから溢れ落ちる様にして地面を這いずり、リーナの周りを漂う。

 それを見てゲルマは何てことないとばかりに言った。



「ふん、【無魔法】ですか。たかが天使一人の無魔法で私を倒せる訳がないでしょう」



 通常、天使が持つ【無魔法】は一人だけではその力は余り発揮されない。

 何十人の天使達が力を合わせて初めて真の力が発揮される。

 だがそれは【無魔法】ではの話であって【無魔法の極意】は別だ。



「そう思うなら受けてみるがいい!」



 リーナは自分の周りに漂っていた灰色の靄を一斉に操りゲルマへと放出させる。

 それにゲルマは余裕とばかりに避けようとせず、次第に体が灰色の靄に包まれた。

 


「!!?こ、これは!?」



 だがそこで直ぐに異変に気付きゲルマは自分の体にまとわりついている灰色の靄を見回した。

 灰色の靄は確実にゲルマのスーツや仮面をジジジッと削っている。



 徐々に自分の体が消滅していることにゲルマは体を抑え小さく唸りながら地面に膝をついた。仮面で分からないがその顔は確かに困惑している。



「残念だったな。私の無魔法はそんじょそこらの無魔法とは訳が違うぞ」



 膝を着くゲルマにリーナは見下す様に言う。

 リーナは神の使いになるためこれまでかなりの努力をしてきた。

 そのお陰でレベルは天使の中ではトップ。

 果てには無魔法を史上初の極意まで極めるまでに至った。

 夜兎との戦いでは余り力を発揮できなかったが、これでもリーナの実力は天使トップクラス。

 普通の無魔法とは訳が違うのは当然だ。

 

  

「だが、これで倒せんのが元神の恐ろしい所だ」



 確かに灰色の靄はゲルマの衣服を削っている。

 だがそれではまだ足りない。

 これがレベル差の嫌な所だ。

 幾ら【無魔法の極意】でもゲルマを苦しめるだけで倒す事は出来ない。



「もう一度聞くぞ。素直に降伏しろ」



 もう一度リーナはゲルマに降伏勧告をするが、ゲルマは苦痛な声を出しながらリーナに顔を向けて言った。



「私は、自分の理念の下世界を変えただけです。捕まる必要が何処にもありません」



 ゲルマの答えにリーナは分かりきっていたのか、特に顔色を変えることはなかった。

 


「なら悪いが死んで貰う」



 そう言ってリーナは翼をバサッ!とはためかせ辺りに白い羽が散る。捕まえた方がいいかもしれないが、仮にもゲルマは元神だ。

 拘束中に逃げ出すことも十分にあり得る。

 ならここでいっそのこと始末してしまう方がいい。


 

 リーナはそう考えているのだ。

 それにこの無魔法も何時抜け出されるか分かったものではない。

 やるなら今しかない。



「さらばだ、ゲルマ。【白羽の裁きウィングジャッジメント】!!」



 これで最後とばかりにリーナは高らかに叫ぶ。 リーナの叫びにゲルマは不味いと感じたのか身構えたがーーー数秒が経っても何も起きない。



「なっ!?どういうことだ!?」



 スキルが発動しないことにリーナは驚いている。本来ならスキルが発動してゲルマを消滅させてたかもしらないが、リーナは一つ忘れている事がある。



「あぁっ!?しまったぁ!?」



 そのスキルは既に、夜兎によって消されている事を。

 それに気付きリーナはすっとんきょうな声をあげ頭を抱えた。 

 まさかここに来てこれが痛手になってくるとは。

 何も来ない事にゲルマはリーナの様子を見てチャンスと思ったのかリーナに向かって手を伸ばした。



「何だかよく分かりませんが、これはチャンスですね!」 

「!?しまっ!!」



 リーナがゲルマの行動に気付いた瞬間、突如リーナの視界は闇に閉ざされた。 

 視界が暗くなりリーナは困惑し動けないでいる。



「今回は油断しましたが次はそうはいきません。傷が治り次第貴女にも復讐つもりなのでお忘れなく。天使さん」

「な、ま、待て!」


 

 暗い視界の中、ゲルマの声にリーナは止めようと声をあげるが返事は返ってこない。

 やがて暗い視界が消え、そこには何一つ残っていなかった。

 


「逃げられたか......」



 ゲルマがいた場所を見つめ、リーナは小さく呟く。

 気配が全く感じない。何処かに移動したか。

 まさか私がこんな致命的なミスを犯すとは。

 リーナは自分の不甲斐なさを責めているのと同時に、



「明日あいつに文句を言っておこう」



 夜兎への怒りを覚えた。  

 スキルを消されたのは私に非があるかもしれないが、一言文句は言いたい。

 リーナはそう思うと、反省から直ぐに次へと思考を変えた。

 次は必ず仕留める。

 リーナは次への闘志を燃やしながら一人路地裏を飛び去った。

おまけ


 【買い物帰り】


 その頃の夜兎と釜石さん


「そういえば神谷君って何で彼処にいたの?」

「母さんに買い物を頼まれてな。その帰りだ」

「へぇ、それなら早く帰らなくていいの?お母さん待たせてるんでしょ?」

「いいんだよ。そんなことより釜石さんの方が重要だ」

「でも神谷君のお母さんって料理には厳しい人なんでしょ?大丈夫なの?」

「.......」

「神谷君?」

「........だ、大丈夫だ」

「そんな足をガクガク震わせながら言われても説得力ないよ.......」



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