当店はお触りは禁止となっています
何処だか分からないビルの路地裏。
年中日陰のそこは日光が遮断され、薄暗く夏なのに少し冷たい風が吹く。
そこに夏なのに黒いスーツを着こなし、道化の様な仮面を着けた男が腹を押さえ膝を地面に着け何やらぶつぶつと呟いていた。
「くそ....あの、暴力女め....次あったら絶対に殺す......」
見るとその男の体はボロボロで押さえていた腹は血で滲んでいる。
男は自らを奮い立たせ何とか立ち上がり、壁に身を預けずるずると体を引きずらせながら路地裏を歩いていく。
(ここは....何処でしょうか......?)
見知らぬ所に男は訳も分からず進んでいくと、目の前に光が見えた。
男は光が見えると立ち止まり、光の奥を目を凝らして見つめる。
(何と!?人族があんなに......!?)
光の奥にいる大量の人間の数に、男は仮面の奥の目を見開かせ驚いた。
変わった衣服を多種多様に来ている人間に男は珍しそうに暫く眺めていたが、徐々に体を震わせクックックと悪役感満載の笑みを浮かべ始める。
(ついている。まだ私は天に見放されていないようですね)
一頻り笑い終えると男は元来た道を戻るため体を後ろに向けた。
(今は体を休めるとしましょう。何処か新しい休場を探さねば.......)
この男、【増悪神】ゲルマは薄暗い路地裏を歩き、やがて闇に溶け込む様にして姿を消した。
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安久谷君を見掛けてから一週間。
今日も私はスーパーの買い物帰りの赤信号で足を止めている。
今日は人通りが少なく私の周りに余り人はいない。
日差しは暑く私は額の汗を手で拭い辺りを見回す。
あれからこの近くを通る時は少しビクビクしながら通っていたけど、安久谷君に会うことはなかった。
お母さんに無理言って買い物代わって貰ってたりしてたけど、どうやら私の考えすぎだったようだ。
(気のせいだよね......)
ただの見間違い。
一週間も見掛けなくなり、私の中では少しの安心感が芽生えていた。やっぱり見間違いだよね。まさかこんなところで会うわけないし。
私は心の中でそう思い込んだ。
信号が青になり私は早く帰ろうと少し早歩きで歩く。
安堵したといってもやはり心の中では何処か不安なんだろう。
早くこの場を離れたい。
歩道を渡りきり家まで一直線に帰ろうとしその時ーーーーー
「あれ?沙耶香ちゃん?」
聞き覚えのある声に私の足が止まる。
この時、私は何故足を止めたのかと自分を呪いたくなった。
ここで声を無視してとっとと行ってしまえばバレずに済んだかもしれないのに。
見逃してくれたかもしれないのに。
私は心の中で後悔し続けた。
「やっぱり沙耶香ちゃんだよね?そうだよね?」
まだ後ろを振り返ってもいないのに声の主は若干興奮気味に話しかけてくる。
私はこの声の主が誰か何て直ぐに思い付いていた。
でも振り返りたくない。
会いたくないから引っ越ししたのに。何で会わなくちゃいけないの。
現実を直視したくないとばかりに私は固まり続ける。
「どうしたの?もしかして僕の事忘れたの?忘れちゃったの?」
中々振り返らない私に声の主は少し寂しそうに言った。
忘れてない。
忘れたくても忘れられない。
私は叫びたくなったのぐっと堪えた。
あれだけの事をして何でそんな平然としていられるのか。
私は憤慨しそうになるが、何時までもこうしてはいられないと思い覚悟を決めた。
覚悟を決めゆっくりと顔を動かし声の主をその目で見る。
「あぁ、やっぱり沙耶香ちゃんだ。人違いかと思ったよ」
「.......安久谷、君」
目の前で嬉しそうに顔を綻ばせる人物、安久谷君に私は小声ながらその名前を呼んだ。
「ん~、やっぱり君の声は何時聞いても綺麗だね。心が洗われるよ」
あの声を聞き取るとはいったいどんな耳をしているんだろうか。
きっと私限定だろう地獄耳に私は嫌悪感を感じる。
「何で....ここに、いるの?」
私は声を震わせながら聞いた。
正直今にも逃げたしたい。
涙が出そうになるほど震える体に私は無理矢理言い聞かせ私は平然を装う。
でないと安久谷君に突け入られてしまうから。
「実は僕もあの後引っ越しをしたんだ。沙耶香ちゃんがいなくなって僕は毎日寂しい思いをしてきたけど、まさかこんなところで会えるなんて!やっぱり僕達は運命の赤い糸に結ばれてるんだね!」
根暗な表情をしながら大袈裟に、そして壊れた様に安久谷君は言う。
白々しい。どうせそうするように仕向けたに決まっている。
安久谷君はそういう人だ。
自分の為だったら例え親友でも親でも切り捨てる。完全に壊れた様な人。
そんな安久谷君に私は堪えきれなくなってきたのか次第に膝が笑う様に震え出した。
「どうしたの?そんなに震えて」
すると私の膝に直ぐ気付いた安久谷君はニタァっと気味の悪い笑みを浮かべるとゆっくりと私に近づいてきた。
「そっか、僕に会えて感激してるんだね?安心して、僕も一緒さ。僕はもう君から離れない。ずっと一緒だ。だから安心して僕の胸に飛び込んできな。さぁ早く」
手を広げゆっくりと近づいて来る安久谷君にとうとう私は堪えきれなくなり目に涙を浮かべ持っていたスーパーの袋を地面に落とした。
(また、またあの日が始まるの?あの地獄の様な日々に.....)
安久谷君が近づいて来るに連れてあの日の出来事がフラッシュバックしてくる。
私は逃げ出そうと足を動かそうとするが、まるで金縛りにでもあったかのようにピクリとも動かない。
「い....や...」
「怖がる事はないよ?もう僕は君を離したりしないから」
ゆっくりと近づいて来る安久谷君との距離がとうとう数十cmにまで縮まり安久谷君は私に触れようと手を伸ばす。
私は何の抵抗も出来ずただ呆然と立ったまま目を瞑り、覚悟を決める。
(......あれ?来ない?)
だが数秒経っても安久谷君が私に触れた感じがしてこない。
私は不思議に思い恐る恐る目を開けるとーーーー
「悪いがそこまでだお客さん。お触りは禁止だ」
私の目の前には横から安久谷君の手を掴んで遮っている人の姿があった。
「神谷、君......」
私の好きな人、神谷夜兎の姿が。
おまけ
【もしも】
もしも路地裏の男が外から見られていたら
「クックック......」
「ねぇ見てあの人、変な格好しながらこっち見て笑ってるわよ」
「不気味ね。警察呼んだ方がいいんじゃないの?」
「君、ちょっといいかな?そんな可笑しな格好して、恥ずかしくないの?」
「へ?あ、あのちょっと。何ですか貴方達は。神である私に何の用ですか」
「そう言うのはいいから。取り敢えず一緒に来て貰おうか」
「え?いや、ちょっと、なに?あ、あーーーー!!」
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