こりゃあ何かあるな
日差しが照りつける日曜の午後。
釜石は買い物帰りで重たい荷物を持ちながら自身の家があるマンションへ帰宅途中だった。
帰り道には日曜だからか買い物帰りの主婦や家族連れの人、学生で行き交い私はそれを赤信号の前でぼうっと眺める。
(ちょっと買いすぎちゃったかな.....)
重たい荷物を両手で持ちながら額から汗が垂れる。今日はスーパーのおばさんに「今だけ四割引だよ!!」と言う言葉に誘われて何時もより多く買ってしまった。
やっぱり値下げには勝てないな。
私は一人苦笑しながら青信号になった歩道を歩く。
(早く帰ろ)
早く帰ってクーラーの効いた部屋で涼みたい。
私はその衝動に刈られ、信号が青になると少し小走りになりながら歩道を歩いた。
だが、その私の足はある者が視界に入ると同時にピタリと止まる。
歩道の真ん中で急に止まったことに後ろにいた人は邪魔臭そうに私を避けるが、私はそれにさえ気づかずただ呆然とその人物に釘付けになった。
(え、う、嘘........)
視界に入った人物に私の心臓の鼓動が急激に速まる。黒髪黒目に眼鏡を掛けた少し根暗な表情の容姿。
私の記憶の中の人物と目の前の人物が重なりあい私は少し息を荒くさせる。
私の目の前には私の中学の頃の同級生、安久谷君が歩道の前を横切っていた。
(何でここに.......)
勿論安久谷君を見て足が止まったのは中学の時の同級生を見て懐かしんでいるからではない。
寧ろその反対。
あの頃の悲痛な記憶が私の中で蘇ってくる。
安久谷慎二。
彼こそが私の男嫌いの元凶であり私の全てを壊した張本人だ。
安久谷君を見て次第に私の体は震えてくる。
嫌、またあんな目に会うのは嫌!!
私は心の中で訴えた。
すると私の訴えが届いたのか安久谷君は私に気づかずそのまま歩道の横を通り過ぎ去っていく。
やがて安久谷君が私の視界から消え去るのを確認すると途端に肩の力が抜けた。
それと同時に信号がチカチカと点滅し私はそれを見て慌てて信号を渡る。
信号を渡りきり私は安久谷君が通った道を見つめ少し顔を歪めた。
(ひ、人違い、だよね......)
絶対に人違いではない。
私は心の中でそう確信していたが、その事実を受け入れられず無理矢理自分にそう思い込ませる。
(早く帰らなきゃ)
一刻も早くこの場を離れたい。
私はさっきとは別の理由を思いながら家に帰った。
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おっさんとの遊園地から翌日。
俺は今日も釜石さんとリーナの三人でお昼の弁当を食べてようとしていた。
段々夏も本番に近づいていき気温も高くなってくる。早く夏休みにならないだろうか。
俺はそんな想いを胸に抱きながら前と同じベンチに座り弁当を開けようとしたら、
「そうだ、今日は二人に差し入れがある」
リーナが大きめのタッパーを出してきた。
「何だそれ?」
俺はタッパーを見ながらそう聞くと、リーナはふふんと得意気な表情をしながら行った。
「見て驚くな、実はクッキーを作って来たんだ」
そう言ってリーナはタッパーを開けた。
中には一口サイズのクッキーが大量に入っている。これまた旨そうだな。
俺はそれを見て「おぉ」と感嘆の声をあげ、リーナに聞いた。
「どうしたんだ?これ」
「実は少し前からお菓子作りに嵌まっていてな、折角だから持ってきたんだ」
リーナはそう言うとタッパーの蓋を閉めた。
「だからこれは後で食べるとしよう。今は弁当の時間だ」
タッパーを仕舞い弁当を取り出すリーナを見ながら、俺はさっきのクッキーについて釜石さんに声をかけた。
「さっきのクッキー旨そうだったな。釜石さん」
俺はそう釜石さんに言ったが、釜石さんから返事は返ってこない。
返事が帰ってこない事に俺は不思議に思い釜石さんの方を振り向く。
振り向くと釜石さんはぼうっとしながら弁当を膝の上に置き青い空を見ていた。
「釜石さん?」
「.......へ?え、えぇっと、何?」
「どうしたんだ?今日ずっとそんな感じだぞ」
「確かに今日のさや殿は変だな」
俺の言葉にリーナは同意した。
今日の釜石さんは何処かぼうっとしていて心ここに在らずといった感じである。
授業中も上の空で教師に当てられた時に焦っていたり、廊下を歩いていた時に壁にぶつかったりと色々とおかしい。
「そ、そう?別に何時もと変わらないと思うけど」
「そうか?何か悩みでもあるんじゃないか?」
「よければ相談に乗るぞ」
ずいずいと聞きに来る俺とリーナに釜石さんは若干困ったようにたじろぐと急に立ち上がった。
「あ、わ、私ちょっと飲み物買ってくるね!!」
焦る様に言う釜石さんは俺とリーナから逃げるように去っていった。
完全に何かあるな。
だって今日は水筒を持ってきている。
それなのに態々買いに行く必要が何処にあるんだろうか。
俺は置き去られた釜石さんの水筒を見ながら思った。
「どうしたんだろうな。釜石さん」
「さあな、理由が分からないが何かあるのは確かだな」
何時もと違う釜石さんの様子に俺とリーナは疑問に思ったが深くは聞くつもりはない。
誰にでも聞かれたくない事の一つや二つはある。それに余り聞きすぎるのも相手に嫌われるしな。
「そうだ、神谷夜兎。貴様に聞いておきたかった事があるのだが」
すると思い出したかのように言うリーナが俺に言ってきた。
「何だ?急に」
「いやな、前々から気になっていたんだが。神谷夜兎、ーーーー貴様さや殿にスキルの事を言わないのは何故なんだ?」
おまけ
【旦那】
「いらっしゃーい!!今日は四割引だよ!!」
「こんにちは、おばさん」
「あら紗弥加ちゃん。買い物かい」
「はい、今日の夕飯の買い物に」
「そうかい、今日は旦那の方はいないのかい?」 「旦那っ!?だ、だから神谷君とはそんなんじゃないんですよ!!」
「そんなこと言って~、本当の所どうなんだい?」
「いや、だから」
「あ、あそこに旦那が」
「へ!?ど、何処!?」
「あはは!!冗談だよ!!」
「もぅ、からかわないで下さい!!」
「でも紗弥加ちゃんに男ねぇ、ファン倶楽部も黙っちゃいないねこりゃあ」
「え?ファン?」
「あ、やば......」
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