クラスと修行中
「はぁ……」
ため息をつきながら、廊下を歩く少女が一人。
「本当にこれでいいのかな……」
「そんな不安そうな顔をしないでください」
焦りを感じていた少女の前に、なぜかところどころ汚れが見えるドレスに身を包み両手で本を抱えた高貴な少女がいた。
「ルリ……なんでそんなに汚れてるの?」
「気にしないでください」
ルリアーノは汚れなんてないかのように優雅に佇んでいる。
地球とは時代も文化もなにもかも違う異世界【アナムズ】
天上院が【破壊神】スカラに連れられてから少し経つが、依然として天上院は帰ってきていない。
「美紀こそどうですか?今日も鍛錬していたのでしょう?」
「いや、してるけど…」
自信が持てていない。
天上院達のこれまでの活躍により小さないざこざはあるものの、魔族からの襲撃も当初より極度に減少していた。
だから今、美紀は暇があれば自身の魔法の修業をしている。
一度地球に帰ったあの日、帰り際に夜兎に『異世界を行き来できるようになる』と助言されてからひたすら【転移魔法】を鍛えていた。
だが、その努力も虚しく芽は一向に出てこないのだ。
「自分のやってることに意味があるのか分からなくなってきた…」
夜兎のことを信じてよかったのか。
鍛え方はこれで間違いないのか。
分からなすぎて今から夜兎に問い質したい気分になってくる。
「なら、少し手伝ってくれませんか?」
急にそんなことを言われて、美紀は目が点になる。
「手伝いって、なんの?」
「宝探しです!」
そう言って、手に持ってる本を見せびらかす。
「なにそれ?」
「これは城の古い書庫の底から掘り出したものです」
本には見ただけで年季を感じるほどの劣化具合と哀愁さが漂っていた。
「だから、そんなに汚れてるんだ」
「探してみるものですね」
涼しそうに言っているが、相当くまなく探したのだろうと美紀には分かっていた。
「よく周りの人が止めなかったね」
「誰にも言ってないですから」
当たり前のように言っているが彼女はれっきとした王族である。
城の人間が見たらなんと思うのか想像に固くない。
「私だってじっとしてはいられないんです」
「ルリ……」
本をギュッと握りしめるその姿には、どこか決意にも似たものを感じる。
天上院がいなくなって不安になってるのは美紀だけではなかった。
自分にできることを全力で探すルリアーノに一人で焦っていた美紀は胸に手を当て自分を恥じた。
「それで、宝探しってどういうこと?」
無理やり話題を変えると、力が入っていることに気づいたルリアーノは咳払いを一つして改めて内容を話してくれた。
「これは────先代の勇者様の日記です」
「えっ!?」
先代の勇者。
かつてこの世界は今と同じく魔族の支配に怯えていた。
そこに現れたのは、天上院達と同じように別の世界から呼ばれた始まりの勇者。
先代の勇者は魔族達の猛攻を払い除け、遂には魔王の討伐を果たした。
だが、伝説を知られていれど、その名前、姿を記されたものはどこにもない。
「前々から思ってたけど、先代って本当にいたんだ」
まるでおとぎ話のような、そんな浮ついた存在が実在することに、美紀は日記をまじまじと見つめがら呟く。
「失礼なことを言わないでください。これでも、我が国の偉大な歴史の一つですよ」
「でも、記録がどこにもないんでしょ?他はあるのに、その先代の勇者に関することがどこにも」
先代の勇者の話は、この世界に来て間もない頃にルリアーノから聞いていた。
「まるで、その先代の勇者の記録だけ抜いたみたいに」
「そこには、私も引っかかっているんです」
考えるごとにルリアーノの表情が難しくなるが、そんなこと考えている場合ではない。
「今はそれどころではないんです。本によればこの国の領土のどこかに先代の勇者様が愛用していた剣が隠してあるんです」
「先代の勇者が使ってた剣?」
半信半疑な美紀。
「書いてある内容によれば、発見されたとき勇者にもっとも相応しい者にその剣は力を発揮するらしいです。これがあれば、天上院様のお役にもたてるはずです」
「もっとも相応しい勇者……」
それを聞いて、美紀はふと地球にいる彼のことが頭をよぎった。
たった一人で自分達を圧倒したその強さは紛れもなく最強の勇者だ。
「ないない……」
この世界にいないのにそんなのあるわけない。
首を振り考えをなくす。
「そんな都合のいいもの本当にあるのかなー」
「何事も行動です!」
やる気満々に鼻息を荒くするルリアーノ。
天上院に役立てる情報を掴んでしまったかもしれないと思い気分が最高潮なのだろうか。
どうにも美紀には一抹の不安を感じてならなかったが、止めるのも無理そうだ。
「天上院君…今頃何してるんだろう」
どこか遠い場所にいる天上院を思ってはいるが、この想いは届くのだろうか。
──────
ここは、世界のどこなのだろうか。
草木は枯れ果て、空は汚染されたようにくすんだ色をしている。
地平線の先まで人も生き物の気配感じさず、まるで世界の果てにいるかのようなところで一際異彩を放つ存在がいた。
「うわあああああああ!!!」
鬼気迫る絶叫。
両手を大きく振りながら、彼は全力で走っていた。
片手には剣が握られ、元は綺麗だったであろう鎧も砂や土にまみれてボロボロである。
「おーい。いつまで逃げてるつもりだよー」
上空から文字通り高みの見物を決め込んでるのは、ビキニアーマーを着た深紅の髪の屈強な女戦士。
「いや、そんなこと言っても!こんなのどうすれば!!」
「弱点は教えてやったろ。後はそこを攻撃するだけだぞ!輝」
「ししょおおおおおおおおお!!!」
聞くだけ無駄った。
師匠と呼ばれた女戦士はそこから静観を貫き始め、男は泣きつきながらも懸命に走り続けた。
「輝!そんなんで強くなれると思ってんのか!!」
「あんたのやり方がおかしいだけだ!!」
「あぁ!?文句あんのか!?」
「すいません!!」
殺気を当てられ、反射にも等しい速度で謝罪を飛ばす。
輝と呼ばれた男、天上院輝は絶賛【破壊神】スカラに修業をつけてもらっていた。
「目玉だぞ!!目玉を狙えって!!」
スカラの忠告を無視し、懸命に天上院は走り続ける。
恥も外部もない、ただ生きるために逃げるその必死さは、あの頃の天上院とは大違いである。
全長30メートル以上あろう汚れたスライムのような身体に無数の目玉がついたこの化け物は、口かも分からない大きな空洞を開けながら天上院に迫っていた。
「聞こえてんのか!?目玉を全部潰せば勝てるんだぞ!」
「できればやってる!!」
「あぁ!?てめぇ師匠に向かってなんだその口は!!」
「すいません!!」
このちょっとでもスカラから殺気が放たれれば即座に平謝り。
もやは癖になっている。
「早くしねぇと。世界ごと消えてなくなるぞ」
このていたらくに呆れながら退屈そうに腕を組む。
「っ!?!?……いつか、殺す!」
「なんか言ったか?」
「いえ!なんでも!!」
ふつふつと湧き上がる怒りを押さえ、天上院は走る。
帰って来れる日は、まだ遠い。