表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
179/180

妖怪もなかなかしぶとい

路地裏を抜ければそこは、高層ビルが建て並ぶ都会の街が拡がっていた。



「ここは、あの世かなにかなん……?」



初めて人間界を見ての一言にしては、なんとも幸先が悪い。



「どこが?」

「いや、お前、どこがって……」

「もはや、別の世界だな…」



せいぜい木造の家くらいしか見たことのない黒姫達は、言葉を失っている。



「知らなかった。人間界がこんなことになってるなんて……」



剛督も唖然としているようで、一度見た黄花以外同じような反応をしている。



「なぁ、人間界に来て俺の目がおかしくなったか?さっきから結構のスピードで変なもんが去っていくのが見えるぞ……」



目を凝らしながら紅魔が見つめるは、何台も交差する車であった。



「あれは車といって、人はお前らみたいに姿形を変えて飛んだりはできないから、こうやって速いスピードで移動できるものを造ったんだよ」



生まれて初めて見るものは、彼等には異質なものに感じるだろう。

その証拠に誰一人として、人間界に降り立ってたからただの一歩も踏み出していない。



「どうする?その辺歩いて回るか?それとも一回空から見るか?」

「そ、そうやなぁ……」



まだ驚きを引きづっていた黒姫の精神に、目まぐるしく通りすぎる人間達が追い討ちをかける。



「……一度、上から見下ろそ」



尻込みしたか、大通りへの抜け道から一歩下がり黒姫は黒い翼を広げる。

それに続いて他の奴らも姿を変え黒姫を追って空を飛ぶ。



「まあ、妥当だよな……」

「私達も行きましょう」



ちょっと億劫になっていると、黄花も続いて変化する体勢に入る。



「あ、黄花。ちょっと待って」



変化しようとする黄花を俺は慌てて止める。



「なぁ、今って前に俺が渡した透明になれる羽衣持ってるか?」

「あれですか?もちろん肌に離さず持ってます」



俺の問いに疑念を持つも頷く。



「えー、ちょっと申し訳ないんだが、よければ移動中乗っけてって貰えないでしょうか」



頼みづらさ故に、変に敬語。



「私にですか?」



突然こんなことを頼まれたら、黄花も疑問に思うだろう。



「ほら、前に俺が使った透明になれるリストバンドあったろ。あれ、壊れたまま新しいの作ってなくてな。申し訳ないんだけど、一旦貸してほしい」

「貸すもなにも、あれは夜兎様がくれたものですから。いくらでもお渡ししますよ」



さも当然のように言ってくれる。



「ただ、透明になって空を飛ぶと誰も俺の場所を把握できなくて、色々と面倒だと思うから…だから、申し訳ないけど移動中黄花の背中に乗せてもらっていいか?」



こういう頼み事というのは、如何に親しい相手といへど言葉を選んでしまう。

多少言葉がつっかえる。



「そういうことでしたか。どうぞお乗り下さい」

なんの迷いもなく、黄花は了承してくれた。

「助かる」

「また夜兎様を乗せられる日が来るとは思いませんでした」



機嫌良さげに、言葉が少し弾んでいる。

そういえば、妖魔の鬼と戦った時も黄花の背中に乗ったことがある。



「そんなこともあったな」



黄花から袖から折り畳まれた羽衣を渡されると、そのまま身体が淡く光り、九尾の狐へと姿を変える。



『さあ、お乗り下さい』



体勢を低く屈め乗りやすい位置にまで下げてもらい、俺は羽衣で身を包み黄花の背中に跨る。



「頼む」

『はい』



その掛け声とほぼ同時に、黄花は一気に空に向かって飛び上がった。

空気を踏みつけるように一歩一歩踏み込みながら駆け上がると、黒姫達がこちらを見ながら待機していた。



「遅かったじゃない。何してたの?」

『遅れてすいません』



大蛇の姿の緑葉がいち早く俺がいないことに気づく。



『あれ、あの子はどうしたの?』

「ここにいるよ」



羽衣から少し顔を出す。



『あら?あなた確か飛べたわよね?』

「こっちじゃ、普通人間は空を飛べないんだよ。かといって透明になったら、お前ら俺を見つけられないだろ」

「え、人間って飛べるやろ?」

「は?」



ごく当たり前のように言う黒姫に驚いたが、そう思うのは俺だけだった。



「昔は飛んでたで」

「まるでハエのようじゃったのぉ……」



 言葉が荒いが、なんだか事実っぽい。

そういえば、前にメルから聞いたような…陰陽師がどうとか。

 思い返せば、俺が空飛んでた時もあいつら驚いていなかったな。



「昔は知らないが今は誰も飛べないんだよ」

『そういうものなの?』

「そういうもんだ」



 という説明はされたものの、緑葉達はピンとはこないようだ。



「にしても、妖怪が人間乗せるというのもまた想像つかへんなぁ」

「時代も変わったのぉ」



 年配者である黒姫と白入道がしみじみとこちらを見ている。



『はぁ!?黄花の背中に乗ってんの!?』



 だがここで、今更気づいた紅魔が怒り混じりの声を上げる。



『降りろよ!』

「いや、無理だよ」



 人の話ちゃんと聞いてた?



『紅魔、うるさいぞ』

『暑苦しいわね』

『はぁ!?うるさくねぇよ!』



 徳蒼と緑葉になじられて言葉の先が2人に移った。

 大蛇と龍と不死鳥が言い争ってると迫力が違う。



「お前ら、ほんと仲良いな」

「まさか、妖怪が人間に背中を預けるとは…」



 騒ぐ紅魔達とはまた別の意味で、剛督が驚いていた。

 そういえば、剛督は俺と黄花の関係を知らないんだった。



「あの人間が普通とは違うだけや。気にすることはない」


 

 慣れた口調で黒姫がフォローを入れる。



「はよ行くで」



 都会の光景にも慣れ始めたところで、黒姫が景色を見回しながら徘徊していく。



「見渡す限り人間しかおらんな」

「当たり前だ」



 人間が作った社会だからな。



「ほぉ、ここにもおる」



 黒姫が目に付いたのは、丁度真横を通りかかったビルのなかで仕事をしている会社員の人達だ。



『なにしてるんだ?』

「仕事だよ。働いてその対価として金を貰ってる」



 徳蒼の疑問に応えるが、誰一人納得した反応が帰ってこない。



『これがなんの仕事なんだ?』

「それは俺にも知らない。人は自分にあった色んな特技を仕事としてやってたりするから、その種類は数えきれないくらいあって誰がなんの仕事をしてるかなんて見ただけじゃほとんど分からないんだ」



 説明すると、全員興味深そうにビルの中を覗き込む。



『前はこんなことしてなかったわ』

「そりゃ時代が違うからな」



 昔は畑とかやってただろうけど、今は電子機器の時代だ。



「この辺は働いている人しかいないし、他に見たいとこはあるか?」

「そうやなぁ…」



 一旦ビルから離れ辺りを見回す黒姫の目に、ある建物が目に入った。



「あれなんや?」



 黒姫が指をさす先には、他とは系統の異なる建物だった。



「あれは駅だな」

「えき?」



 初めて聞く単語だったか、疑問系になってる。



「横に長い道があるだろ。その道を使ってでかい乗り物が通って人を運ぶ」



 説明していると丁度、電車が駅に向かって走ってきた。



「ほら、あれが人を運ぶ乗り物な。電車っていう」



 初めて電車を見て、黒姫達は車を見た時と同じ反応をしている。



「でかいな…」

「ガシャドクロより大きいんじゃない?」

「しかも結構速いな」



 全員興味深々な目でおっている。



「あれは、どこに向かってるん?」

「電車は決まった道を何度もグルグル回ってるんだ。

 そうやって、人を乗せたり降ろしたりしてる」



 説明すると俄然興味が出たようで、黒姫の顔が



「ちょっと後をつけてみましょ」

 

 

 そう言って黒姫が電車を追いかけていくと、それに追随していく。



「おー!速い」



 電車も速いが、黒姫達もそれに劣らず付いていけている。

少ししたら電車が地下に入っていった。



『あれ?穴のなかへ潜っていくわよ』

「逃がさないように追ってみよ」

「え、まじ?」



 声に出すより先に、既に地下トンネルに入っていた。

 地下の冷たい風が身体中を突き抜ける。

 まるで映画のワンシーンのようだ。

 このスピード感、電車の走行音がトンネル中に響くのも相まって臨場感がえげつない。

 数分後、電車のスピードが緩くなった。



「急にどうしたんや?」

「停止駅に着いたな。一度止まってそこでまた人間が乗り降りしてるんだ。そうやって人間は電車を活用してるんだよ」



 そうこうしていると、電車が完全に停止した。



『それじゃあ、どこに着くか分からないんじゃないの?』

「電車によって止まるところは決まってるんだ。みんな、それに合わせて乗ってるんだよ」

『そんなことできるのか』



 スマホとかで調べたらいけると言いたいが、それにはまずスマホの説明を入れなければならないので、面倒なので省く。

 電車の後ろにいるので、トンネルの大きさ上待つしかない。

 やがて、動きだしたところでまた俺らも後を追う。



『しかし、やたらとくねくねと曲がったり急に止まったり。年寄りには堪えるわい』

『あれは不便じゃないのか?』



 不満げに言っているが、多分そう思っている人間は一人もいないだろう。



「あ、出口やね」



 最初は驚いたこの光景にも見飽きてきたところで、無事トンネルを抜けた。

 そこからも電車は走りっぱなしではあるが、既に道中何駅か通り過ぎている。

 

 この先ってなんだったっけかな?



『なんだあれ?』



 ぼんやりと考えていたら、紅魔が見つけたものを見てやっと分かった。



「あー、ここアキバだ……」



 電車も秋葉原駅で止まり、黒姫達もそこで立ち止まる。

 最初に見た新宿とは毛色が違う。

あちこちでアニメキャラの看板や垂れ幕が並び、大型モニターにはアニソンや今季アニメのコマーシャルが流れている。



「なぁ、あんさん。ここってなんどすか?」



黒姫に聞かれたが、いざアニメやら漫画と言っても分かるはずもない。



「えー……この国の一つの文化が集まった街、みたいなもんだ」

「文化どすか?そらまた面白そうやな!」



文化と聞いて興味を持ったのか、黒姫が颯爽と電気街の方に行く。



「これはなんの文化どすか?」



人でごった返す上空で見渡しても、黒姫にはなんの文化なのか分かりかねているようだ。



「あー、言っても分からないと思うが、主に二次元文化だな」

「にじげん?」



初めて聞くワードだろう。

誰も理解できてない。



「二次元っていうのは……こう、アニメとか漫画とか……この世界には存在しない、人間から生み出された空想上の絵を書いたり見たりする、みたいなもの、かな…?」



頑張って捻り出したが、自分で言ってて合ってるのか分からなくなってきた。



「あにめ?まんが?」



案の定、1ミリも伝わってない。

全員の頭の上に『?』が見える。



「アニメっていうのは……あ、丁度あれだな」



説明に困っていると、偶然見つけたモニターを指さす。

そこにはケモ耳のキャラクターがいるアニメの宣伝映像が流れていた。



『なんだあれ!?』

『なかに誰かいるわね』



初めてアニメを目の当たりにした黒姫達は興味深々だった。



『おい、こいつら妖術使ってるぞ』

『けど、妖力もなにも感じませんね』



近くに寄って見てみれば、どうやらこれは魔法バトル要素もあるアニメのようだ。

こう見るとやっぱり日本のアニメーション技術は優秀だというのが分かる。

こいつらにはまるで本物に見えてるんだから。



「いや、これは本物じゃないぞ。1枚の絵を連続で並べて動かしてるだけだ」

『これが絵ですか?』



黄花の疑問も無理もない。



「今の人間にはそういうこともできるようになったんだ。ちなみにこれは空想上の話で人間が作った話だ」

『これが、人間の作ったお話……』

『信じられんのぉ……』

『確かに格好が私達とは大分違いますね』

『あ!?こいつら人間と一緒になって戦ってるぞ!』



映像の続きで仲間である人間と一緒に戦ってる映像に気づいた紅魔。



「なんだと……!?」



それに一番食いついたのは剛督だった。



「人間が我々との共闘を描いているだと!?まさか、あの人間が…!?」

「いや、変に想像させて悪いが、これ空想上の話だから。今はお前らの存在誰も知らないからな」



そこは間違えてはいけない。



「まぁでも、仮に今のお前らの存在が知られても一般市民は簡単に敵対することないのも事実だな」



むしろ獣人の存在があったことに歓喜する人の方が多そうだ。



『…………』

『………徳蒼?』



ふと、緑葉が徳蒼の異変に気づいた。



『どうかしたの?』

『美しい………』



自然に漏れた吐息混じりの声に全員が一斉に映像から徳蒼に目線が向いた。

そんな目線も気にもとめず、徳蒼はぼぅっとアニメキャラを見つめている。



『え?あれが?』

『これが絵というのが信じられない…』



こ、こいつ……目覚めたのか。



『お名前はなんというのだろうか…』


こ、こんにちは、トキと申します…


『そうか、トキというのか……』



奇跡的に映像と会話が噛み合ってしまった。



『どうしたんだ?徳蒼のやつ』

「これは……もしや精神操作かなにかか!?」

「ある意味、乗っ取られてるかもしれん」



沼に入り込みそうになってるな。



「単純にあれに気に入ったんだろ」

『気に入ったと言っても、あんな風になりますか?』

「ところがなってしまうのが、この(あにめ)のすごいところなんだよな」



黄花の言わんとすることは分からなくもない。

だが、そんな常識を超越するのがアニメである。



『おい、どうするんだよ。あいつ』

「すぐに落ち着く」



いまだモニターを眺める徳蒼は、アニメキャラに思いを馳せていた。



「あいつとが一番仲良くなれそうな気がしてきたな」



______




眺めるのも一度打ち切りにして、全員ビルの屋上で休んでいた。



「しかし、凄いもんやなぁ。知らないうちにこんなに変わってるとは思わんかった」

「人間に慣れたら、今度は店の中も見てみればいいさ」



今日は外から眺めただけだが、なかを見ればもっと驚くだろう。

少しの間休憩していると、剛督が考え込んだ顔で下を眺めている。



「これが人間の進化か……」



 痛感した。

 そんなことを思うように呟く剛督。



「なんか変わった?剛督」

「……分からない」



 黒姫に聞かれるも答えが直ぐに出てこない。



「あまりにもあの頃とかけ離れすぎていて、姿形は同じでも最早別の生き物にすら思えてくる」



 身につけているものも、周囲の環境も、物の価値観も。

 剛督が、妖怪が考えていたものとはあまりにも遠すぎた。



「だから、分からない……」



黙ったかと思えば、唐突に剛督は背中の羽を広げた。



「もう少し周囲を見てくる」

「あ、おい」

「ちょい待ち」



いきなり居なくなろうとする剛督を止めようとするも、黒姫に手を掴まれた。



「うちが連れ戻す。ここで待っててください」



そう言うと黒姫も背中の羽を広げ、剛督を追いかけていった。




────────




「……」



無言で、ただ無言で剛督は見下ろしていた。

別のビルの屋上から人間達が道を歩いているのを、何を考えるのでもなく、ただただ見つめていた。



「同胞達よ……」



胸が張り裂けそうな苦悩な顔を浮かべる。



「なにをやってるんだ。俺は……」

「そう思うなら戻れ」



自分の行動の不毛さにため息をつく剛督の下に、黒姫が後ろから追いかけてきた。



「そんなんしたって、しょうがないやろ」

「黒姫……」



真っ当な言葉を投げかけるも黒姫を見つめるだけで、剛督は動かない。



「言いたいことがあるなら聞くで」



剛督の隣に立ち同じように人間を見下ろす。



「…………」



剛督の口は固く閉ざされていたが、人間を見ながらゆっくりと語り出した。



「何度も同胞の死を見てきた。その度に何度も託された。人間への死を、人間への復讐を。だというのに……」



 目を閉じれば鮮明に思い出せる。

 地獄のような悲鳴、焼き払われる民家、もう戻らない友。



「なんだこの現実は……。昔のことなどなかったようにのうのうと人間は生きて、俺達はいもしないあの頃の亡霊に魂を奪われていた。これでは、亡くなった同胞達が報われないだろ………」



愚痴をこぼすように吐き捨て、剛督は膝を曲げ落ち込みながらしゃがむ。



「なんのために今までやってきたんだ……」



 ため息をつきながら、顔をうなだらせる。

 剛督は託されてきた。

 戦の真っ只中、何人もの同胞達に。

 この戦を終わらせ、必ず死んでいった者たちの仇をとると。


 

 それを果たそうと振り上げた拳だったのに、前を見ればその相手は既にいなくなっていた。

 じゃあ、この気持ちはどうすればいい?

 それが剛督のなかで現実と一緒になって渦巻いている。



「しっかりしーや!!」



 突然発せられた黒姫の大きな一声が、剛督の迷いを一時的に吹き飛ばした。



「あんさんは昔からそうや。やることなすこと、一つの事しか集中しいひん」



 剛督の顔を両手で無理やり自分に向かせ、真っ直ぐな目で剛督を見る。



「あんさんに託されたのは、それだけちゃうやろ」

「なにが………!?」



 瞬間、剛督のなかで突如としてあの日の出来事を思い出した。

 仲間の死はたくさん見てきた。

 戦の中で無惨にも人間に殺された者の顔は、剛督は忘れたことはない。

 その中で、同胞の天狗が死に際に剛督に残した言葉がある。



『いつか……我々妖怪が平和に暮らせる世界を……皆で笑い合い支え合える世界を……』



 どうして忘れていたんだろう。

 同じように人間の殲滅ではなく、平和な世界を望む者はいたはずなのに。



「なぜ俺は、今まで覚えていなかったんだ…」

「あんさんが人間殺すことばっか考えてたからや」



 手を離し、呆れる黒姫。



「お前は、覚えていたんだな」

「うち、こう見えて記憶力ええさかい」



 ニッコリと微笑む。

 戦時中、黒姫も剛督同様色んな妖怪から慕われていた。

 だから、剛督と同じように託されたのだろう。

 妖怪の明るい未来を。

終わりなき平穏な世界を。




「俺は、まだ間に合うと思うか?」

「平和に終わりはない。永遠や」



__________




結局、妖怪のことを理解できるのは妖怪だけか。



遠巻きに見てた俺達には、とても今の剛督にかけられる言葉はなかった。

待ってろと言われて素直に従うというものは一人もいなく、全員こっそりと黒姫と剛督を見守っていた。



「なぁ、あいつらやけにいい感じだけど、やっぱりそういうことなのか?」

「どうでしょう。黒姫様と剛督様は一番長い付き合いらしいですけど」



二人を見ながらと黄花はひそひそと話していると、黒姫がぐるっとこっちを向いてきた。



「あんさんらはどうやった?人間界を見て」



さも当然のように話しかけてきて、俺達はビクッと体を震わせる。

普通にバレていた。



「やべぇ、バレてんぞ」

「どうすんのよ」

「行くしかないだろ。ほら、紅魔」



さらっと先に行かせようとする徳蒼。



「いやなんで俺なんだよ!お前が先行けって!」

「こういうのは言い出しっぺからだろ」

「お前らもノリノリだったろうが!!」

「ほっほ。早く決めた方がええと思うぞ。黒姫様が痺れを切らす」



白入道の年長者の一声も届かず、わちゃわちゃと揉めていると黒姫の方から僅かな殺気が。



「早く出てこい」

「「「はい!」」」



その圧を感じる一言にさっきまで揉めてた三人が一斉に飛び出した。

コントでもやってんのかこいつらは……。



「すいません。黒姫様…」

「いや、悪かった」



遅れて俺や黄花、白入道も顔を出す。



「お、お前ら……」



今までいることに気づかなかった剛督は俺らを見て絶句し、恥ずかしそうに目線を逸らした。



「それで、どうだった?人間界は」



再度、同じ質問を五芒星達に投げかける。



「なかなか面白そうだったわ」

「悪くはない」

「もう、害がなきゃなんでもいい」

「ちと、混乱はしたが、わしらの知ってる人間じゃないかもしれんのぅ」



元々、紅魔や徳蒼、緑葉は人間を知らないだけに、反応は悪くない。

白入道の方も好感触かは分からないが、悪くはさそう。



「なら、ええは」

「あ、あの!!」



不意に聞き慣れない高い声が聞こえた。

手乗りサイズで、全身白色の体に目と口の位置に穴が空いたように真っ黒な口のない顔。

それが数体現れた。



「あなたがたは何者なんですか?」



声にはしなかったが、俺は驚いていた。

声を聞くまでに気配も感じなかった。

見たところ妖怪っぽいけど、妖怪の国を収める黒姫達を知らないでいる。



「あんさんらは?」

「僕達はこの辺りに住んでいる妖怪です」

「なんだと!?」



それを聞いて一番に驚いたのは剛督だった。

剛督だけでない。

声には出ていないが、全員が異界の外で妖怪が住んでいることに驚いていた。



「なぁ、妖怪って異界にずっといるんじゃなかったのか?」

「そのはずなんですけど……」



小さい声で黄花に尋ねるも、黄花にも分からないようだ。



「あんさん達、本当に人間界に住んでるん?」

「はいです」



黒姫の問いに頷き、またも全員動揺を表す。



「なぁ、メル」



俺はスマホを取り出し、メルを呼んだ。



「なんですか?マスター」

「妖怪って、ずっと異界の中にいたんだよな?」

「そのはずです」

「じゃあ、なんで異界の外で暮らす妖怪がいるんだ?」

「そんな妖怪がいたんですか?」

「目の前にな」



そう言って、スマホの画面をその妖怪達に向ける。

メルは物珍しそうにそいつらを眺めると、ある推測を建てた。



「おそらく、妖怪が異界に逃げる際に逃げ遅れた者がいたかもしれないです」

「逃げ遅れた?」



そんなのがいるんだろうか。



「あんさんら、本当に妖怪か?」

「はいです。住処を人間達に襲撃されてからずっと隠れて生きてきました」



どこから声が出てるか分からない口のない顔で素直に答える。



「非力な僕達は人間から逃げる際、他の妖怪達とハグれてしまったんです。幸い、僕達は気配を消すのが得意な妖怪なので、どうにか人間には見つからず今日まで生きてきました」



思い出してきたのか、言葉の端々が辛そうだ。



「でも、次第に隠れるのも難しくなってきて……そんななか同じ隠れ住んでる別の妖怪にある噂を聞いたんです」

「噂?」

「あなた方は、妖怪の国から来たんですよね?」



問われて、黒姫は驚きつつも頷いた。



「よくわかったな」

「やっぱり!」



予想が当たり、小さな妖怪達は不安げな様子から輝かしい程嬉しそうにトーンをあげる。



「僕達聞いたんです!こことは少し違う世界に妖怪だけが住む国があるって!!最初はただのおとぎ話かと思ってたんですけど、やっぱりあったんだ!!」



妖怪達は大はしゃぎしているが、黒姫は疑念を抱いていた。



「聞いたって、いったい誰から聞いたん?」

「僕達も又聞きの又聞きなので、誰からとは分かりませんが、妖怪の国から来た妖怪がいるって聞きました」



そう小さな妖怪は応えるが、そんなことはありえない。

なぜなら、妖怪達は人間に居場所を追われてからずっとあの異界にいたのだから。



「まさか………」



なにか当てはまる妖怪でもいるのか黒姫は考え込みだした。



「あの!!」



だが小さな妖怪の叫びにその思考はかき消された。



「お願いします。僕達を国に連れて行ってください!役に立てるか分かりませんが、どうかお願いします!!」



先頭に立っていたのが土下座をすると、それに釣られて他の者も叫びながら懇願してきた。

急なことに呆気に取られた黒姫だが、ゆっくりと優しく微笑んだ。



「安心したらええ。うちらは歓迎や」

「ほ、本当ですか!?」

「ええ、本当や」



包まれそうなほどに優しく語りかける黒姫に、妖怪達の目がゆらゆらと波打ち出した。



「あ、ありがどうございまず!!!」



長年の生活が報われ、安堵とうれしさから感極まって大粒の涙が流れる。



「ほらほら、そんな泣かんといて」



いくら妖怪の王といえども、泣いた妖怪をあやすのに苦労している。



「それにしても、よくうちらが妖怪の国から来たって分かな」

「ぐす……。もう生きるのも限界で藁にでもすがる思いでした。あんな堂々と人間の前に出てくるからただものではないと思ったんです」



涙を両手で拭いながら、妖怪達がこっちを見てきた。



「人間を捕虜にするほどの人達ですから」



………ん?捕虜?



「ほ、捕虜」

「あの人間は違うんですか?」



こっちを指さしながら、黒姫に尋ねる。



「あれか?」

「あれです」

「おい」



あれって言うな。



「あー……あの人間はなぁ」

「人間を連れ回して人間界を回るなんて、余程高位なお方だとお見受けしました」



なんと言ったらいいか、そんな様子で黒姫が困っている。

それとは逆に妖怪達は尊敬と希望の眼差しで黒姫を見ている。



「き、気にしないでください夜兎様」

「こんなん捕虜にしたってなんにもなんねぇよ」



なんて言ったらいいやら。

ややこしすぎて、黄花の必死なフォローや、紅魔のヤジも反応する気にならない。



「知らなかった……。人間界でまだ必死に生きる妖怪がいるとは……」



剛督は剛督で一人謎の感動に震えている。



「帰りた………」



居心地の悪いことこの上なし。




_____




「疲れた………」



玄関で靴を脱ぎ、深い深いため息をつく。

日も落ち始め、長い一日が終わろうとしていた。

あの小さな妖怪達はちゃんと黒姫達に保護され、今後の話があると早々に黒姫達は国に帰った。



黄花からは労いと謝罪の言葉を沢山受け取ったが、もう正直二回目があるとしたら断りたい。

とっとと休もうと階段を上り自室のドアを開ける。



「あ、帰ってきた」



すると、何故か部屋に夏蓮が居座っていた。

俺が帰ったことを確認するや否や、夏蓮は立ち上がり俺の腕を掴んだ。



「じゃあ、連れてって」

「え?」



部屋にいる時点で嫌な予感はしていたが、夏蓮の言葉に若干の冷や汗を感じる。



「お前、ずっといたのか?」

「もう少しで諦めるところだった」



出掛けてから結構時間が経つというのに、どこからそんな無駄にすごい根性が出てくるのか。



「さ、行こ」

「勘弁してくれ……」



もう逃げる気にもならないまま、夏蓮に腕を引っ張られていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
[一言] 今回もおもしろかったです!
[気になる点]  説明すると俄然興味が出たようで、黒姫の顔が 「ちょっと後をつけてみましょ」  そう言って黒姫が電車を追いかけていくと、 ↓ 『黒姫の顔が』のあと、表情の変化を書くか、 (黒姫の顔が緩…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ