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なんてこった

大分時が過ぎました

 転移した場所は、山のなかにある崖の上。



「着いたぞ」

 


 声をかけると、黒姫は途端に辺りをキョロキョロしだした。



「剛督はどこにおるん?」

「あっちの方角にある崖の上だ」


 

 指差しながら、俺は教える。

 俺が指した方向を黒姫が「ほー」と言いながら眺めているが、見えてるかは謎だ。

 近すぎると危ないからな。なるべく、遠くを選んだ。

  


「それじゃあ、俺は行ってくるが、下手に近づきすぎるなよ」

「分かってる」



 忠告すると、黒姫は素直に頷いた。



「すぐ終わらせてくる」

「ちょい待ち」



 妖魔のところまで行こうとすると、黒姫が引き留めてきた。



「ほんまに、剛督は殺さずに連れてきてくれるんやろな?」

「?さっきもそう言ったろ」



 疑ってるのか、黒姫はやや不安そうな顔で「ならええんや」と呟く。

 人間は信用がないから。そんな顔にもなるか。

 不安そうな黒姫を背にし、今度こそ妖魔のところに移動しようとする。



「あんな......剛督はな、悪いやつちゃうねん!」



 すると、また俺を引き留めるように、黒姫が声を張り上げる。


 

「今は人間が憎うてしゃあないけど、昔は心に熱いもん持ってて、仲間思いで、まっすぐなええ奴やったんや」



 なにかを訴えかけるように、黒姫は言い放つ。



「人間のあんさんには妖怪の事情なんて関係ないけど、あれでもうちらの大事な仲間なんや。だから、どうか――――」



 ゆっくりと、頭を下げる。



「どうか、剛督を助けておくれやす」



 こいつが、俺に、人間に頭を下げるなんて。

 部下には見せられないであろうその姿に、俺は呆気にとられる。

 しかし同時に、尊敬の念も覚えた。



 ここまで、仲間を大切にする奴は見たことない。 

 一度は決別した相手であるのにも関わらず、助けるために人間に頼み込む。

 そんな奴、人間でもそうはいない。



「あんたがそう言うんだから、そうなんだろうな」



 俺の言葉に驚いた様子で、黒姫が顔をあげる。


 

「俺のなかじゃ、人間も妖怪も大差ない。あんたが大事にしている仲間、必ず連れてくる」



 お前は人間を別の生き物として認識してるだろうが、俺としては少し違う。

 人間と同じように話すことができ、人間と同じような生活をして、人間と同じような姿をして、人間と同じように友達にもなれる。

 そんなのもう、人間と変わりないだろ。



「だから、少し待ってろ」



 黒姫のこと頼むぞ、リーナ。



 リーナのいる方に一瞬だけ目を向ける。

 夏蓮達も帰りを待ってるんだ。

 時間はかけてられない。

 


 俺は正確に剛督に乗り移っている妖魔の位置を把握して―――――

  


 一気に決めにいってやる。



 ――――――剛督の真後ろに転移した。



 その直後に、俺は剛督の頭を鷲掴みする。



救済の癒し手(ゴットハンド)



 掴んだ俺の手が、金色に輝く。

 妖魔は転移に慣れていない。背後なんて簡単にとれる。

 その見解は見事にはまったが、完全ではなかった。



 俺の手を、剛督が掴んだ。

 頭から引き剥がすと、体を俺の方に向け、腹にもう片方の手を突きだす。

 その手から、荒々しい竜巻を放つ。

 


「やっぱり駄目か」



 間一髪転移で避けた俺は、仕留めきれずぼやく。

 【救済の癒し手(ゴットハンド)】は、あらゆる負の感情や、呪いを浄化するが、身体的影響は全くない。

 乗っ取られてる剛督には、ただ掴まれているだけになる。

 


「まさか、ここまで来くるとは、人間」



 妖魔に操られ、剛督が喋る。



「少し約束事ができたんでな。お前の操るそいつを返してもらう」



 それを聞いて、妖魔は意外そうに剛督の体を見つめた。



「この体か?まさか、人間が妖怪のために動くとはな」

「その考えはもう時代遅れたぞ」



 もうそんなこと思う人間はこの世にはいない。

 だが、妖魔にはあまり興味ないようで、すぐさま視線は俺に移った。



「いきなり現れたのは驚いたが、逆に来てくれて助かった。我の計画に邪魔な存在は、先に消しておかなければ気が済まない。特に貴様みたいなのはな」



 俺一人だけなら勝てるとでも思ったのか。

 舐められたもんだな。



「そりゃあ、妖怪を操ったり乗り移ったりしかできないお前には、俺は邪魔でしかないもんな」

「だから排除するんだ」



 向こうも、俺と決着をつけてくれるようだ。

 安心した。

 また、逃げられることはなさそうだ。



「その体、取り返せて貰うぞ」

「できるものならな!」

 


 剛督が体に力を入れる。

 瞬く間に皮膚が赤く変化し、鼻が棒状に伸びていく。

 その姿は先程も見た【変化】した後の天狗の姿。



「復活した日に見たあの紅い髪の人間ほどの力でもなければ、私には勝てない」



 もう片方は俺なんだけどな。

 事実の知らない妖魔は自信ありげな物言いで喋る。

 そして、なんの前触れもなく、俺に標準を定め手のひらを向ける。



「っ!?」



 その直後、地面を砕き俺の真下から竜巻が吹き荒れる。

 完全に不意を打たれた。竜巻は風の刃となって俺の身体中を斬りつけていく。

 閉じ込められた俺は、すぐに転移で脱出するが、その転移先は剛督の背後。



 頭ではなく、今度は両腕で剛督の両手を後ろに組ませ、片足で剛督の足を払い倒れこませる。 



「ぐっ!!」

「今度は動くなよ。救済の癒し手(ゴットハンド)



 地面に押し付け、俺は妖魔の浄化を始める。

 必死に振りほどこうと剛督はもがくが、元々の自力が違いすぎる。

 まず、力では外せない。

 こっちの目的は妖魔(おまえ)だ。浄化が終われば、こっちのものだ。



「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁまだだっ!!」



 地面に押し付けられながら剛督が叫ぶと、剛督の真下の地面が砕け先程と同じ竜巻が起こる。

 自らを巻き込んだ竜巻は俺を振りほどこうとさらに勢いが強まる。



「止めとけ。お前と俺じゃレベルが違いすぎる。さっきは避けたが、このままお前の浄化が終わるまで耐えることも.....っ!?」



 忠告の途中、俺は剛督の体を見てとっさに転移で退いた。

 俺が退いたことで、竜巻は収まり上手くいったと言わんばかりの顔で剛督が立ち上がる。

 


「お前、剛督(そいつ)を殺す気だっただろ」



 剛督の体から流れる出血が酷い。

 身体中は傷だらけだがどれも浅いだけの俺とは違い、剛督の身体は下手すれば腕が切断されるほどの傷。

 どう考えても自分を巻き込んでやるような威力じゃない。



「先程貴様の口から良いことを聞いたからな。有効活用させて貰った」



 深手を負ったにも関わらず平然としている剛督。

 いや、動かされているというのが妥当か。

 こいつ、俺がその体を取り返そうとしてるから、殺せないと思ってるんだな。

  


「小狡いこと考えるな」



 ぼやきながら、俺は剛督に向かって手をかざす。

 剛督の体が淡い緑色の光に包まれると、重症だった傷がどんどん治っていく。


 

「いいのか?せっかくこの体に負ったダメージを」

「分かりきったことを聞くなよ」


  

 傷が完治し、それを煽るように妖魔が尋ねてくる。

 このまま戦えば、剛督は死ぬ。

 それが分かってて治さない訳にはいかない。



「というか、中々せこいことするな。不意打ちしたり、その体を盾に使ったり。正面から来る気はないのか」

「あいにく、そんな真っ直ぐな心は持ち合わせてはいない」



 この戦い、かなりめんどくさいやつだな.....。

 ついでに自分の傷も治し、俺はこの一連の流れで気づいてしまった。



 実力でいえば余裕で勝てる。

 しかし、殺してはいけない。拘束してもいけない。

 こんなやりづらい戦いが今まで、あっただろうか。



「さぁ、どうやって私を倒す!」

   


 叫びながら、妖魔が突っ込んでくる。

 現状、剛督の中から妖魔を引きずり出す方法は、正直まだ思いついていない。   



 剛督のスキルを消すことはできるが、相手はあくまで妖魔であって剛督じゃない。

 それに、無闇にスキルを消すのは気が進まない。

 元に戻せないから責任もとれないからな。



「なら、あれしかない」


  

 手を伸ばせば届きそうな距離まで来た途端、俺と妖魔の間に竜巻の壁が現れる。

 巻き起こる風に俺は目を細めると、妖魔が視界から消えた。



 竜巻も消え、視界に妖魔を確認できてないが、俺は顔一つ動かさず横に移動する。

 その瞬間、俺が立っていたところの後ろから拳を振り抜いた妖魔が現れた。



「大体、予想はつくよな」

「なっ!?」



 攻撃が空振りに終わり、俺は後ろに回り指で妖魔の首に一回りの黒き線を描く。

 その線は結ばれ、文字のようなものに変化する。



「くっ!!」



 妖魔がすかさず反撃にでるが、空振りに終わり、首の模様に気づく。



「な、なんだこれは!?」

「すぐに分かる」



 殺してはいけない。力で拘束してもいけない。

 なら、思い付くのはこのくらいか。



「なにが........っ!?ま、まさかっ!!」



 気づいたのか、妖魔がいっそう慌て出した。



「じゅ、術が使えないだと!ばかな、黒姫と同じような術を.....!」



 あんな凄い結界とは比較にならないな。

 魔法を使う体勢をいくら取っても、なにも起こらない。

 拘束しても自殺するようなら、その自殺の術をなくせばいい。

 呪い。それは闇魔法の上位互換。その使用用途は多岐にわたる。



 黒姫の結界は魔力を根本から断つけど、俺のは外に放出するのを防ぐだけ。

 しかも、制限時間がすぎると封じてた魔力を抑えきれず呪いは解けるうえ、実力がある奴には効かない。



「力の差がなきゃ、できないことだよな」



 呪いってのは幅が広い分、格下にしか通用しないのがほとんどだ。

 だから、黒姫のあの結界は本当に尊敬する。



「もう力が出ないんじゃ、そいつを盾にはできないな」



 このまま押さえつければ俺の勝ちだ。

 俺の一言に焦燥しきった妖魔が我に返り、俺を睨む。



「っっ!?んぁぁああああ!!」


  

 怒りに任せ、地面を殴り付ける。



「......まだだ。天狗の力は風だけではない」



 地面から手を離すと、横一線の亀裂が入る。

 ここは崖、そんなことをすればどうなるか明白だ。

 その瞬間、地面がガクッと下がった。

 そこからは一瞬で亀裂が広がり、妖魔がいた崖の一部が崩れ落ちた。



「っ!?まずい!」



 あの体に死なれては困る!

 俺は慌てて崖の下を覗こうとすると、崩れたはずの地面が浮いてきた。

 妖魔が羽を広げ地面を持ち上げて上昇してきたのだ。



「天狗は他の妖怪より、ずば抜けた怪力を持っている。このようにな!」



 持ち上げていた地面を、俺に向かってぶん投げてくる。

 俺は転移で難なく避けるが、地面が衝突したことにより辺りが土煙で充満する。

 すぐに風魔法で払うが、すでに妖魔の姿がなくなっていた。



「逃げたか?」



 一先ず、自殺されなくてよかった。

 すぐ近くにはいないことから、俺はまた妖魔が逃げ出したと推測する。

 また証拠にもなく.....。気配を消しても、すぐ【空間魔法(効果範囲 特大)】で見つかる。



 俺は妖魔の居場所を探る。

 ......あ、いた。まじで逃げてるな。しかも低空飛行か。

 特定が済み、とっとと捕まえようと転移しようとするも。

 .....ん?ちょっと待て。



「なんで黒姫達(あいつら)がそこにいる........!」 





―――――――――――――――――





 夜兎が消えてから、黒姫はただただ剛督がいるであろう方向を見つめていた。

 別に不安でも、焦りを見せてるわけではない。

 そしてそれは、夜兎を信頼しているからとかでもない。



「どないなってるんやろうなー......」



 ただ、もう考えるのを止めていた。

 行っても邪魔な故、援護には向かえず。

 近くに行きたくてもバレたら妖魔に妖魔化されるのが必至。

 それでも邪魔。

 ここにいるのがいいのだが、この距離からじゃ戦況も分からない。



「暇や.....」

(あんな必死に奴に頼んでおいて、そういうこと言うか、普通.......)

 


 無神経すぎるのではないかと、透明化して黒姫を見守るリーナは思った。

 


「言うことは言うたし、大丈夫だとは思うんやけどなぁ.....」



『どうか、剛督を助けておくれやす』



「......まさか、人間にあないなこと言う日が来るとは思わへんかったけど」



 先程の自分の言動を思い返し、黒姫は複雑な気持ちになる。

 あぁ言っておけば、剛督が殺される確率が低くなると思った。

 だが決して、あの言葉自体には嘘偽りはない。

 ないのだが、あんな頼み方を自分がするとは、一昔前までは夢にも思わなかっただろう。



『俺のなかじゃ、人間も妖怪も大差ない。あんたが大事にしている仲間、必ず連れてくる』



「.......なんなんやろうな。あの人間は」



 黒姫は人間を憎んでいる。

 過去に自分達妖怪にしてきたことは、黒姫には未だ昨日のことのように鮮明に覚えている。

 だが、黒姫にとって夜兎はこれまでのどの記憶にも該当しない類の人間だった。



 それが酷く、黒姫のなかで違和感だった。



「信用はしとらんよ。絶対に」

 


 自分に言い聞かせるように、胸の内に深く刻むように、黒姫は呟く。

 その時、何かに気がついた。



「っ!?」



 途端に顔を上げ、黒姫はなにか探すように上を見上げた。



「なんや.....っ!?」



 空を見上げ、黒姫が見つけたのは白い虎だった。

 優雅に空を歩き、黒姫を通りすぎる。

 白い虎はそのまま、夜兎と剛督が戦っている方へと消えていった。



「あれは、なんでこんなところに......」



 その白い虎がなんなのか、黒姫には見た瞬間にあの話が頭に浮かんだ。

 人間と妖怪との争いが激化していた頃、突如として現れ、その圧倒的な強さで妖怪達を救ってきた。


 神の使いである、獣。



「まずいかもしれへん....」



 直感した黒姫は急いで追いかけようと羽を広げるが、途中で思い出したかのように後ろを振り向いた。



「そこのあんさん。うちこれから急いで行かなあかんことになったけど、一緒にどや?あの人間にうちを見張るよう言われたんやろ?」

「っっ!?」



 いきなり話しかけられ、見えないはずのリーナは驚いて息を呑む。



「.....なぜ分かった」

「あんさんはあの人間の仲間みたいやし、ずっと透明やったから付いてきてもおかしくないやろ」



 透明化を解きそう問うリーナに、黒姫は上を指さす。



「それに、うち、策敵は得意やから」



 黒姫の指先を辿るようにリーナが上をむくと、上空でなにかが光に反射した。

 よく目を凝らせば、ここら一帯が広範囲に渡って透明な結界に覆われていたのだ。



「うそー........」



 全然気づかなかった。

 そんな態度で、リーナは呆然と空を見上げる。



「ほな、そういうことやから」



 伝えることは伝え、黒姫は羽を広げ白い虎を追いかけるため飛び立つ。



「ち、ちょっと待て!」



 白い羽を広げ、リーナは慌てて追いかける。

 そんなリーナに目もくれず、黒姫は全力で白い虎の後を追う。 



 神の使いである獣は、妖怪を人間から守るために来たと言われている。

 今、夜虎と剛督の戦いに行けば人間である夜虎を敵とみなし、剛督の味方をするかもしれない。

 そうなれば、形勢が逆転してしまう可能性がある。



「話聞いてくれるやろか.....」



 不安を抱えるなか、突然前方から大きな衝撃音と土煙が上がった。

 あれは、夜兎と剛督の戦いのものなのか、それともあの白い虎が乱入したものなのか。

 黒姫のなかの不安が大きくなる。



「急がな....」

  


 なりふり構わず全力で追いかける黒姫。

 そのせいで、周りに気を配ることができなかった。



「黒姫ぇぇぇぇ!!」



 気づけたのは、お互いの距離が数十メートルまで来ていた場面だった。

 剛督に乗り移った妖魔が、真下の森のなかからまっすぐ黒姫に向かってくる。



「剛督!」

「はははっ!!こんなところで会うとは!まだ私のツキはまだ見放されていない!!貴様の呪術があればまだ勝機はある!」



 驚く黒姫を守るように、リーナが前に立つ。



「来るなら来い!」



 ガルルゥ......。



 剣を構え、迎え撃とうとした瞬間、白い何かが遮ってきた。



「ぐはぁっ!」



 リーナの視界が白い毛並みに広がったと思えば、妖魔が吹き飛ばされ剛督の体から抜けでた。

 青年の姿をした妖魔は、完全に不意を突かれ、森の中に消えていく。



 そして、妖魔が体から消えたことで、剛督は力なく落下する。



「おっと、危な」



 すんでのところで、剛督の体が停止する。

 転移でやってきた夜兎が受け止めたからだ。



「あんさん」

「悪いが一先ずこいつ預かってくれ。すぐ片付けてくる」



 そう言って、気を失った剛督を受け渡すと、また転移で移動する。



「い、いったいなにが......」

「よお」



 森の中で混乱する妖魔にかけた声は、妖魔を一気に正気に戻す。



「に、人間!?」

「本当、逃げるのは上手いな、お前」



 夜兎を見て妖魔が地面にケツをつけ、後ろの木まで後退りする。



「く、来るな!!」

「.......やっぱりそうか」



 それを見て夜兎は確信した。



「お前、実はビビりだろ」

「なっ!?」



 突拍子もないことを言った。



「お前、俺を見た途端すぐ様逃げたよな。あれがずっと違和感だった。普通なら、少しくらいの反撃はあってもおかしくない場面で、お前は一目散に逃げた。あれは、自分の能力が及ばない相手、即ち俺が現れたからだ」



 木を背にしたまま、妖魔が黙って聞いている。


 

「実際、剛督のなかに入って身を守ってれば黒姫達を妖魔にさせられたかもしれない。俺がいたら妖魔化の邪魔をされて、妖怪達と一斉に攻められると思ったんだろ。慎重と言えば聞こえはいいが、あれは単に臆病風に吹かれただけだ」

 


 夜兎が黒姫達をどこかに転移させれば解決するかもしれないが、あの状況じゃそこまで頭が回らなかっただろう。



「生まれてからすぐ封印されて、まだ精神が未熟なままだったみたいだな。妖魔の源さん」


 

 皮肉を込めた言い回しをすると、やっと妖魔が口を開いた。



「だ、黙れ!我のどこが臆病だと言うんだ!!」

「なら、教えてやろうか?」



 そう言って、夜兎は膝を曲げ妖魔に目線を合わせた。



「お前が言っていたあの話、女の方は鎧はボロボロじゃなく、あれは元々面積の少ない鎧だ」

「なに?」

「あと、姿は人間だが、厳密には少し違うからな。あれは人間であって人間じゃない。ただの戦闘好きの(バケモン)だ」



 初めは何を言ってるのか分からない素振りを見せるが、その意味が理解できたのか。

 次第に表情がどんどん驚愕していく。



「それと、その女と戦っていたもう一人の人物」

「ま、まさか......」



 もう察したのか、妖魔の声が震える。

 妖魔のなかで、鮮明に甦ってきたのだ。

 あの日の、ただ自分が怯えて見てるだけしかできなかった、天地がひっくり返るような戦いを。



「それ、俺な」

「う、うわあぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!」



 聞いた途端、妖魔が悲鳴をあげ一目散に逃げ出した。

 


「まぁ、待てって」



 こうなると予測していた夜兎は、難なく妖魔を捕まえる。



「は、離せ!」

「これ以上逃げ回られるのも面倒だ。鬼ごっこは終わりにしようぜ」



 抵抗する妖魔を強引に、そのまま斜め上に放り投げた。

 森を突き抜け、その方向に現れた黄色の魔法陣が、妖魔を受け止める。



「こ、これは.........!?あ、ああ熱い!!」



 魔法陣に張り付けられたように身動きが取れず、妖魔の体が焼けるように煙をあげる。



「体が!!体が焼けるっ!!!」

「この時代に、お前の憎悪を受けるべき人間はいない。過去の怨念は潔く消えろ」



 悲鳴をあげる妖魔に、夜兎は別れを告げる。



「おぉ......」



 そして黒姫とリーナも、呆然とその輝く魔法陣に焼かれる、妖魔の最期を見届けていた。



「嫌だ!!消えたくないっ!!まだ......まだ我は果たせていない!積年の妖怪達の恨み、悲しみ、怒り、その全てを――――――!!!」 



 必死に訴えても、状況が変わることはなかった。

 妖魔の体が消え、大量の煙と化す。



「妖魔が、天に還っていく......」


 

 その煙は天に昇り、それを見つめ続けていた黒姫はそっと合掌し、祈るように目を瞑る。



 どうか、安らかに眠ってくれや。



「.............はぁー」



 終わったか......。夜兎が大きく息を吐く。

 なんとか終わったと、安堵してるのだ。

 黒姫が取り憑かれそうになったかと思えたが、あの乱入してきた白い虎。

 気づけば、もうどこかにいなくなってしまった。

 虎については謎だったが、夜兎は宙に上がり黒姫の前まで行く。



「やったんやな」

「あぁ。約束、守ったぞ」

「おおきに」

「少しは信用してくれたか?」

「いーや、まだ無理やな」



 案の定な答えが返ってきた。



「妖怪と人間の亀裂は、あんさんが思ってる以上に深いんやから」

「そうかい」



 まぁ、期待もしていないけど。

 ふとそこで、「あ、そうだ」とあの虎について気になった。



「あの虎はなんだったんだ」

「あれは、うちにもよう分からへんけど、多分あれはあんさんが壊した封印から出た伝説の獣の一体だと思う」



 俺はそれを聞いて耳を疑った。



「.......まじ?」

「あんなの見たことあらへんもん」



 あの時、封印の岩を壊してから感じた視線は勘違いじゃなかったのか。



「え、じゃあ、封印が解けてなにか不味いことでもあるのか?」

「そりゃあんさん、獣は妖怪を人から守るためにいる存在やから。なにか起きなきゃ大丈夫ちゃう?」

「でも、俺は襲われなかったぞ」

「うちに言われても分からへんよ。うちだってそうおもて来たんやから」



 黒姫にも、よく分かっていない。

 なら、別に放っても大丈夫か。夜兎は判断する。

 といっても、今はその虎の気配もなにも捉えられないからどっちみち追えないのだが。



「さて、私はもうこれで帰ろう」



 突然リーナが口を開いた。



「帰るのか?」

「もう用は済んだ。私は帰ってこのことをメトロン様に報告してこよう」



 そう言うと、リーナが俺と黒姫に背を向けた。



「それでは。私はこれで」

「あぁ、色々とありがとな」



 短く別れを告げ、リーナが翼を羽ばたかせ去っていく。



「俺らも戻るか」

「そうやな」



 転移で黄花達のところに戻ろうと、俺は黒姫に手を差し出す。



「また行きと同じように戻るから、手出せ」



 そうすると、また行きと同じで黒姫が俺の手をじっと見つめる。



「......まぁ、その方が早いしなぁ」


 

 考えた結果、早くこのことを妖怪達に伝えることを選んだようだ。

 懸命な判断で助かった。

 俺の手を取り、俺と黒姫は転移で戻った。



.......なるほど。



 一度助けただけで、あいつらの心は変わることは無い。

 分かりきったことだと思っていたが、存外少しは距離が近づいたようだ。

 抵抗があった俺の手を、黒姫は今度はちゃんと掌の上に手を置いた。





――――――――――――――




 ことが済んでから。

 夏蓮に留守を任されている異界の神社では、何事もなく平穏な時間が流れていた。



「いくよー」



 掛け声ともに、夏蓮がボールを投げると、小狐達が一斉にボールに走り出す。



「取ったー!」



 叫んだと同時に、ボールを掴んだ小狐が【変化】で幼子の姿になりボールを天に掲げる。

 夏蓮は「おー」と小さく拍手を送り、他の小狐はそれを羨むように見つめる。



 小狐全員参加型のボール取り競走。

 思いの外盛り上がっていることに、夏蓮は満足感を感じていた。



「ボールこっちに頂戴」

「はーい!」



 大きな返事をし、幼子の姿の小狐はボールを投げるが、力みすぎた。

 その方向が夏蓮の頭上を超えた。

 ボールはそのまま後ろの鬱蒼と茂る林のなかに消える。



「あ、ごめんなさーい!」

「いいよ。取ってくるから」



 そう言って、夏蓮は後ろの林の中に入る。

 この辺だろうと予測して探していると、ボールはすぐ見つかった。



「あった」



 手に取り、早速戻ろうとしたその時、奥の方でなにかが動く音が聞こえた。



「ん?」



 とっさに音の方向に振り返る。

 少し体が硬直した後、好奇心が勝ったかゆっくりと音のした方へ歩み寄る。



「誰かいるの?」



 草をわけ進んでいると、やがて白い毛が目に付いた。

 全体を見渡せば、それは大きな白い虎だったことに気づく。



 美しい白と黒の縞模様、見る者を吸い付けるように鮮やかな琥珀色の瞳。

 そして、神秘的で気高さを感じさせる佇まい。



「大きな、虎........」

ガルルゥ........



 威嚇するように小さく唸る白い虎に、夏蓮は無言で見つめた。

おまけ


【盛り上がってる?】


「それじゃー、いくよー」 

「「「「「はーい!!」」」」」

「それ」


ポーンッ


「おら!どけぇ!!そのボール僕のもんだ!!」

「どくのはおまえだぁ!!」

「邪魔じゃボケぇ!!」

「あっ!?ちょっ!なに人の顔踏んでんだ!!前足でひっぱたくぞ!!!」


「......うん、盛り上がってる」




――――――――――――――――――


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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白いんですが、、、、 [気になる点] 現時点最新の177話まで読んで目次を見たら、2年間の放置プレイ!? [一言] 作者自身の都合で更新しないのであればその旨を公表すべきではないでしょう…
[一言] とても楽しく読ませていただいています。 夜兎とさやはどうなるんだろうとか、ロウガはフェンリルに進化したりするのかとか考えながら読んでいます。 結構、おまけのところが面白くて好きです! あと、…
[一言] 続きが気になるので、復活して頂けたら有り難いと思っています。
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