嫌な記憶はとっとと忘れるのが一番いい
天狗達が住んでいる住処まで飛行する道中。
「ねぇねぇ、あなた」
なにか言いたいことがあるのか、緑葉がリーナに話しかけてきた。
「ん?私か?」
「見たことない姿をしてるけど、どこの妖怪なの?この人間とはどういう関係なの?」
近寄りながら、なにやらウキウキした口調で緑葉が質問するが、リーナはすぐに答えが出ず「え、えーっと.....」と濁らせている。
そりゃ天界から来ましたなんて言えないだろうからな。
上手い回答が出てこずリーナが戸惑っていると、黄花が助け船を出してきた。
「緑葉。初対面の人に質問責めは失礼ですよ」
「いいじゃない。男女の関係は、乙女なら誰でも気になるわよ」
乙女、ねぇ......。
緑葉を見ながら、俺は思う。
人型の時は、黒髪の長髪に首筋に鱗が見え、変化した時は、こうして空飛ぶ大蛇。
でっかい蛇に乙女と言われても、違和感しかない。
「ほらほら!どうなの!」
「い、いや、なんというか.....」
急かされるリーナだが、未だに「監視対象?いや、友達?」と一人ぶつぶつと呟くだけで答えがでない。
そこまで明確な関係を築いてなかったから、迷ってるんだろうか。
学校では一緒にはいるが、どちらかというと、さやがメインだしな。
「リーナはここから遠く海を越えた場所の生まれで、たまたま知り合ってただけの、ただの友人だ。それだけだぞ」
「あら、そうだったの。つまらないわねー」
見かねた俺が代わりに答えると、緑葉は納得したようで残念そうだ。
遠いところに関しては嘘は言ってない。一応、地球での天使発祥の地も海を越えた場所だし。
「す、すまない。助かった」
「もう少し言い訳ができるようになれよ」
真面目さ故に、嘘が苦手なのか。
小声で謝るリーナに損な性格だなと思っていると、目の前にそびえ立つ岩山が見えてきた。
「見えました。あれが、天狗達が住処にしている場所です」
黄花が教えてくれたが、岩山が見えるだけで建物らしきものはない。
いったいどこにと周辺を見渡していると、近づくにつれ黄花の言っている意味が理解できた。
標高が高く、辺りは薄い霧に包まれていて視界が悪いが、よく見れば岩山のあちこちに穴が空いている。
岩山自体が住処になっているのか。
「夜兎様。そろそろ」
「分かってる」
黄花に促され、俺は空間魔法で白色のシンプルなリストバンドを取り出した。
これはずいぶん前だが、黄花に姿を隠せる羽衣を渡したときに一緒に創った透明になれるリストバンドだ。
自分用にも創ってみたが使う機会が一切なくてずっとお蔵入りにしていたが、まさかこんなとこで使うことになるとは。
早速リストバンドを着けようと手に通そうとすると、隣でリーナもなにか腕にはめていた。
「なんだそれ?」
「これは自分の姿を消せる魔導具だ。あくまで様子見が仕事なのでな。極力干渉はせずにいく」
似たような魔導具だな。
どうやらリーナも俺と同じく透明になるようで、腕に茶色の大きな腕輪をはめる。
俺もそれに続きリストバンドを手にはめ、魔力を流していくと、徐々に体が薄くなり始めた。
隣のリーナも同じように薄くなり始め、視界から消えていく。
手を貫通して背景が見えてくると、完全になにもかも見えなくなった。
これでよし。後は気配を消してれば大丈夫だろう。
「なにも見えませんね」
透明になった俺とリーナに、黄花が少し驚いたその時、ちょうど穴の中から何者かが飛び出してきた。
「立ち止まりください」
俺たちの前で立ち塞がる、山伏装束の男。
背中に白い翼を生やしたその姿は黒姫と同じく人間と変わりないが、きっとこいつは天狗なんだろう。
「黒姫様と五芒星の方々とお見受けしますが、この度はなにようでこちらに?」
「聞きたいことがある。剛督に会わせてくれへん?」
先頭にいる黒姫は早急に用件を伝える。
「申し訳ありませんが、剛督様は只今療養中ですので、また後日―――――」
「おい」
少し考え込むように黙った後、男は用件を断ろうとすると、また穴のなかから同じ格好をした男が飛んできた。
飛んできた男は、こちらに聞こえないよう通せんぼしてきた男になにかを伝えている。
すると、話終えた途端に男達はこちらに向かって頭を下げ始めた。
「失礼いたしました。剛督様の下にご案内いたします」
そう言うと、男達は付いてこいとばかりにゆっくりと穴の方へ誘導する。
さっきは断ろうとしていたのに、どういう気持ちの変化だろうか。
黒姫達も怪訝そうに男達を見つめるが、その真意が見えぬまま、俺達は男達の後を続いた。
「なぁ、黄花。今さらだが、剛督っていうのは誰なんだ?」
気になっていた俺は、小声で近くの黄花にこっそり尋ねる。
「ここの天狗達を束ねる長です。私はほとんど会ったことありませんが、思慮深くとても勇敢な妖怪だったと聞いてます」
それが今では憎悪と怒りに溢れた者達のリーダーか。
一筋縄ではいかなそうだな。
そんな予感がしながら、穴の前に着地しなかに入ろうとすると、いきなり見えないなにかにぶつかった。
「おっと」
「あ、すまない。なんせ見えないものだから」
どうやら、リーナにぶつかったようで、驚いて後ろに身を退く。
お互い姿が見えないから、こういうのは不便だな。
そう感じた俺は、手探りでリーナの手首を掴んだ。
「取り敢えず、移動中はこうしとくか」
その方が移動もしやすいと思うし。
しかしどうしたのか。名案かと思った俺の提案にリーナはなにも答えてこず、ずっと沈黙している。
「リーナ?どうした?」
「え?いや、その......」
なのか言いたいことでもあるのか、リーナの口振りがどうも煮え切らない。
なぜだと考えた時、俺は一つの考えが思い浮かんだ。
もしかして、男と手を繋ぐのが抵抗あるのか。
「あー、やっぱり手よりも服にするか」
さりげなく手から服に変えようとすると、急にリーナが慌てだした。
「い、いや!このままでいい......」
「え?いいのか?」
「特に、問題は、ない.......」
なんかだんだんと声が小さくなってるが、このままでいいらしい。
離そうとした手を勢いよく握られ、俺は予想外の反応に戸惑う。
そうこうしているうちに、黒姫達がどんどん先に行っていることに気づいた。
「あ、おい、急ごう」
早く追い付こうと、俺は手を引きながら黒姫達の下へ急ぐ。
気づかれないよう徹底しているからか、リーナは異様に無口だった。
―――――――――――――――――
「そういえば、さっき療養中って言うとったけど、剛督になにかあつたん?」
移動中、黒姫が男に尋ねると、男は振り向くことなく応えた。
「鍛練の際、重傷を負われたようです。ですが、今ではかなり回復されています」
淡々と喋る男に、黒姫は「そうか」と返事する。
修業中に重傷の怪我か。
真面目なだけか、はたまた人間を殺すために躍起になってるのか......。
嫌な想像を広げてると、やがて広い空間に辿り着いた。
「お連れいたしました。剛督様」
目の前にいる人物に告げると、男達は左右に捌ける。
えらく仰々しいな。
左右対称に槍を持った貫禄ある男達が一列に立ち並ぶこの光景に、俺は面食らう。
正面にいるのが、剛督っていうやつか。
立ち並ぶ部下であろう男達の先には、真ん中で台座らしきものに横柄に座る大男がいた。
「よく来たな、黒姫」
重苦しい口を開くその男は歓迎の言葉を述べるが、こんな雰囲気じゃとてもそんな気にはなれない。
これまでの激戦を物語るような、全身の至るところにある傷痕。目は野獣のように鋭く、だがしっかりと前を見据えている。
歴戦の戦士を象ったような男だな。
「お久し振りやな、剛督。戦が終わってから一度会った時以来やったっけ」
「あぁ。お前がおかしな提案をしてきた時以来だ」
そんな男を前にしても、黒姫は普段通りに接する。
「暫く見ーひんうちにまた傷増えたんちゃうか。聞いたで、怪我したそうやな。もう動けるんか?」
自分の頭を指差しながら、黒姫は剛督の頭に巻かれている包帯について言う。
「あぁ、もう大分完治したからな」
そう言い終えると、剛督は早速本題を切り出す。
「それで、なにしに来たんだ。世間話をしに来たんじゃないんだろ。そんな若造達まで連れて」
「ほっほっほ。わしもまだまだ若いからのぉ」
「今は黙ってろって、白じい」
場違いにも若いという単語に喜ぶ白入道に、紅磨が呆れながら制する。
しかし、なんだろうか......。
剛督を見てると、俺はなんだか言い知れぬ違和感を感じた。
「なぁ、なんかあいつ、変じゃないか?寡黙っていうより、感情がないような感じがするんだけど......」
「言われてみれば、そうだな.......」
小声でリーナに話すと、リーナも同じことを思ったようで、二人で怪訝そうに剛督を見る。
見た目と雰囲気があまり多くを語らない感じがするが、それとはまた別な気がするんだよな。
そんなことを思っている間にも、話は進んでいく。
「実は、少し聞きたいことがあるんや。今さっき、ここより離れたところで―――――――妖魔が現れた」
黒姫の放つ一言は、静かに立ち並んでいた者達をざわつかせた。
反応を見る限りでは、こいつらは初めて知ったみたいだな。
だがそのなかでも、剛督だけは「ほぉ」と呟くだけで、微動だにしていない。
「それは大変だな。そいつはどうした?」
「こっちで退治させてもろうた」
「ならよかった」
その報告を受けて、剛督含め、他の者達も安堵している。
「ここからが本題や。肝心のその妖魔になった原因が分からへんねん。がしゃどくろやねんけど、あいつらの住処はどうあっても人間が立ち入れる場所やない」
黒姫はなにかを見通そうと、剛督の瞳を見つめる。
「なにか知ってることがあれば、教えてくれへん?」
そう尋ねる黒姫だが、俺は今の発言を聞いて若干焦る。
おいおい、今の言い方は不味いんじゃないか。
その言い方は聞き方によっては、相手を疑ってる風に聞こえてしまう。
「貴様!我々がなにかしたというのか!?」
案の定、ざわついていた天狗の一人が激昂するも、剛督はすぐさま手を上げ止めさせる。
「うちの者が騒いで悪いな」
「気にせんでええ。それよりも」
「がしゃどくろについてだな。悪いが俺達はなにも知らない。現れたなんてのも、初めて聞いた。わざわざ来てもらったのに、すまない」
そう言って、剛督は小さく頭を下げる。
「なんや、せやったらしゃあないな」
「あいつらには災難に思う。俺達も注意しておくとしよう」
結局、こいつらはなにも知らなかったか。
黒姫は納得したのか、これで聞き込みは終わりに思えた。
俺も、黄花達も、剛督達さえも、そう思っていただろうが、続けざまに黒姫は笑顔で口を開く。
「それで、あんた誰や?」
いきなりなに言い出すんだ?
この場にいる全員はそう思っただろう。
天狗達はさらにざわつき、俺やリーナ、黄花達も驚いた表情で緑葉達と顔を見合わせている。
「突然なに言ってるんだ、お前」
「うちはな、これでも剛督とは戦を共に生き抜いた仲や。だからこそ、分かる。あんさんの妖力のなかに、なにかが混じってる」
妖力とは、魔力と同じ扱いでいいのだろうか。
初対面の俺には分からないが、人間との戦いから共に生き延びた黒姫だからこそ、剛督の異変に気づけた。
剛督のなかのなにかを探るような目で凝視している黒姫だが、剛督の表情はいっさい崩れていない。
「気のせいだろ。あまり変なことは――――」
「気のせいちゃう。それにあんさん間違うてるよ」
「なに?」
「うちはな、妖魔になったのはがしゃどくろだって言うたけど―――――別に数までは言うてへんよ。『あいつら』って言うのは、変ちゃうか?」
その黒姫の一言で、剛督の眉毛が一瞬だけ反応した。
剛督だけじゃない。この場にいる全員も、その意味を理解できた。
黒姫は、妖魔になったのはがしゃどくろだとは言ったが、その肝心な数までは言っていない。
なのに、剛督はちゃんと『あいつらには』と言った。
まるで、初めからがしゃどくろの住処が全滅したのを知っていたかのようにだ。
「うち、これでも記憶力はええ方やさかい」
もはや言い逃れできないこの状況。
黒姫は着実に剛督を追い詰めている。
やっぱり、あいつは相手にしたらめんどくさそうだな。
ニコニコしているが、その内でなにを考えているのか全く掴めない。
誰もが剛督を疑い、見つめ、静まり返るなか、剛督はゆっくりと口を開いた。
「.......よく分かったな」
聞こえたのは、剛督の声ではない。
直後、剛督の背後に伸びる影から黒いなにかがせり上がってくる。
剛督の背中をよじ登るように這い上がると、次第にその形は人型に変化していった。
「狙っていた奴が全員.......」
そう告げると、着物を着た黒髪の青年が、そこにはいた。
本当になにかいた。
驚くなか、他の天狗達も「ご、剛督様!?」「な、何者だ!!」と、後ろに身を引かせ驚愕している。
見た目は俺と同じくらいの年齢か。剛督の肩に肘を置き、真っ黒に染まった目で黒姫達を眺めている。
「っ!?こいつ!!」
「黒姫様!」
「手ぇ出したらあかん。あれは相当やばいで」
元凶と思われる者の登場に、紅磨や徳蒼含め、全員身構えたが、黒姫は青年を見据えながら制す。
おいおい、なんだこいつ......。
「おいリーナ。お前あんなの知ってたのか?」
「いや、私もあんなやつの存在は聞いたことない」
小声でリーナに確認するも、リーナも知らないようだ。
明らかに妖魔ではあるが、前に戦った鬼を操る妖魔の操鬼とは気配が随分違う。
より禍々しく、どす黒い。
「あんさん、何者や。人間ちゃうやろ。あんさんからは妖魔の気配がよう感じるで」
「そうだな。先ずなにから話せばいいか.....」
黒姫が冷静に問うなか、青年は悩んだ様子をしている。
「貴様が言うように、私は人間ではない。この方が話しやすいのでね。妖怪は種類が多すぎて迷う」
続けざまに、青年は告げた。
「私には名前がないが、言うなれば――――私は、妖魔そのもの」
「妖魔そのもの?」
「妖魔の持つ、怒り、悲しみ、恨み、辛みが集まってできた存在。故に、私は妖魔そのものである」
聞き返す黒姫に、妖魔は無機質な口調で応える。
怒りや悲しみの集合体。そんなのがいたのか。
「信じられへんな。そないなの聞いたことあらへん」
「だろうな。私も貴様らなど最初は知らなかった。こいつに憑りつくまではな」
そう言って、妖魔は脱け殻になったように動かなくなった剛督を見る。
「運の悪いことだ。私の近くにいなければ、こんなことにはならなかったのにな」
言葉では哀れんでいるが、全然そんな風には見えないな。
すると、突然狼狽えていたはずの天狗が飛び出してきた。
「おのれぇ!!よくも剛督様をぉ!!」
槍を妖魔に突き立てながら向かう男だが、その槍は片手であっさり受け止められた。
「なっ!?」
引き剥がそうとするが一ミリたりとも動くことなく、妖魔はそのまま槍を手前の方に引き寄せる。
男が槍と一緒に妖魔の前までいくと、妖魔はもう片方の手で男の首を掴んだ。
「は、離せ!」
「貴様の闇はどのくらいかな?」
槍を手放し必死に手を外そうとする男に、妖魔は真顔で問いかける。
直後、妖魔の目が見開き、瞳孔が紅く光る。
「や、やめ......!!」
「なにする気や!」
「放しなさい!」
もがく男は言葉が途切れると、途端に体を小刻みに震わせ始めた。
すぐさまそれを止めようと、黄花は手を前に突きだし電撃を与えようとする。
「無駄だ」
だが、妖魔の前に先程まで動かなかった剛督が庇うようにして立ち上がり、黄花の電撃を受けた。
声は出さないものの、剛督は苦しそうに体を揺らし、地面に膝をつける。
「剛督!」
「言っとくが、まだこいつは死んではいない。下手な攻撃はこいつを殺すことになる」
警告すると、妖魔は再び男に目を向ける。
紅く光る瞳は念じるように男を見つめると、次第に男の体が赤色に染まりだす。
鼻が棒状に伸び、その姿は段々俺の知る天狗へと近づいていくが、変化はそれだけではない。
瞳が妖魔と同じ、黒く、瞳孔が紅く変わり始め、身体中に文字のような模様が浮き上がる。
それらは点滅するように見え隠れし、その間隔は次第に早くなっていく。
「あ゛ぁ......ぁあ゛、あ゛あ゛」
男は呻き声をあげ、徐々にその苦しさが増す。
「ぁぁぁあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」
大声をあげた直後、途端に糸が切れたように呻き声も止み、体は力を失ったように腕を垂らし、脱力させた。
浮き上がっていた模様も見えなくなり、それを見た妖魔は興味が失せたかのように手を離した。
「失敗か」
そう呟いたと同時に、男の体が光の粒子になり消えていく。
死んだのか......。
俺達は男が消えるのを呆然と見守っていると、青年が「さて」と気を取り直した様子でこちらを向いた。
「どこまで話したか」
その一言で全員我に返り、戦闘体勢を取る。
こいつは危険だ。誰もが理解できた。
だがそれでも、黒姫だけは手を出すなと仕草をとった。
「そうだった。私の存在についての疑問だったな。貴様は」
「そうや。うちはこれまでぎょうさんの妖魔を見てきた。そのなかでは、あんさんみたいな危険な存在は特に記憶してるはずやけど、覚えがあらへんな」
まるで何事もなかったように、黒姫は話を続ける。
なにを考えてるんだ、黒姫は?
その状況ただただ眺めていた俺は、動くべきか判断がつかず、静観を継続する。
「それはそうだ。なんせ、私は生まれてすぐに封印されたからな」
すぐに封印された?
いったい誰にとは思ったが、それは青年がすぐに応えた。
「誰にと聞かれたら、それは私にも分からない」
「分からない?」
「相手の顔も見ることなく、本当に一瞬にして封印されたからな」
それは、誰かがこいつの誕生を初めから予測してたってことか?
そんなことできるやつが、その時代にはいたのだろうか。
謎が謎を呼ぶなか、黒姫はまだ解せない点があった。
「その封印されてたあんさんが、どうやって封印を解いた。剛督を操ったか?」
「残念ながら封印中の私はなにもできない。せいぜい外の様子を見るのがやっとだ」
じゃあ、どうやって封印を解いたんだ?
「真相は......せっかくだからこいつに話してもらおう」
そう言うと、妖魔が剛督に目を向ける。
すると、今まで沈黙していた剛督の口が開いた。
「........数ヵ月前、俺は異界を出て妖魔封印の場所の見回りを兼ねた修練をしていた」
こいつが出てくる前と同じ喋り方で、剛督は語りだす。
「気配を殺しながら山のなかを駆け抜け、何事もなく順調に進んでいたんだが、俺はその時、遭遇してしまったんだ」
「遭遇って、なんや?」
聞く黒姫に、剛督は答える。
「異次元の戦闘だ」
異次元の戦闘?。
「あれは、この世のものではない。大地が削られ、山が更地になり、まさに世界が滅ぶ姿でも見ているかのようだった」
なんだそりゃ、そんなこと数ヵ月前にあったか?
なにやら剛督は壮大に語っているが、どうにも胡散臭く聞こえる。
そんなことがあれば、俺が気づいたっておかしくはない。
「なんやそれ、聞いたことあらへんなー。そんな激しい戦いやったら、こっちの耳に届いてもおかしくあらへん」
黒姫も信じていないようで、半信半疑で聞く。
「.....消えていた」
「消えた?」
「あの戦闘が終わった後、再度その場所に向かったが、戦闘の痕跡である削られた山も、荒野と化した大地も、全てなにもなかったように元通りになっていた」
突拍子もない発言に、黒姫はなんじゃそりゃと益々訝しんだ表情になる。
それは俺も同じだった。
そうすると、誰かが戦った後に元に戻したっていうことになるぞ。
そんなことするやつがいるのか?
俄かに信じがたい気持ちでいると、剛督がまた話を続けた。
「戦っていたのは、二人」
「二人?」
「一人は遠目でよく見えなかったが、もう一人は突然近くまで吹き飛ばされてきた。人間の女の姿だ」
女?しかも、人間の姿をしている?
誰だそれは?
「髪は血のように紅く、鎧は戦闘で砕けたかボロボロだった」
髪は紅く、鎧はボロボロ......。
ん?..........あれ?そういえば......。
それを聞いて、俺は少し引っ掛かりを覚えた。
なんだろう。この思い出せそうで思い出したくない感じ....。
多分、俺は心当たりがあるのだろうが、どうにも名前が出てこない。
「俺は警戒しながらゆっくり近づくと、瞬く間に飛んでいってしまった」
「その時だった」と言って、剛督は少し間を空ける。
「ふとその飛んでいく方向を見ていたら、落ちて穴となっていたところから這い出る黒いなにかに憑りつかれた」
「その女が落ちた先には、私が封印されていた岩があったんだ」
剛督の話に、妖魔が付け加える。
つまり、その戦っていた二人組に巻き込まれて、運よく封印が解けたのか。
なんてことしてくれたんだ、そいつらは。
「名前は途中で乱入してきた者が叫んでいた。―――――『スカラ』と」
聞いた直後、俺は一瞬思考が停止する。
ス、スカラ.......。
その名前を聞いた途端、俺のなかの記憶が次々と蘇っていく。
血のように紅い髪に、ボロボロの鎧。ボロボロではなく、ビキニアーマー。
乱入してきた者、それはつまりスカラが【感情破壊】で周囲一帯を更地にする前に止めようと乱入してきたリーナのこと。
そして、もう一人のそのスカラの相手が、当時スカラに勝負を挑まれ嫌々引き受けた―――――――俺。
じゃあなにか?その時あいつはあの場にいたのか?
なんで気がつかなかったんだ。スカラに気を取られていたせいなのか?
事の真実が見え始め、俺は焦りを募らせた背中に嫌な汗を流す。
「お、おい。神谷夜兎。これって......」
「言うな。分かってる.......」
リーナも気づき始めたか俺に語りかけてくるが、皆まで言わずとも承知している。
スカラの名前を聞いて、俺とリーナ以外はピンとくる者がおらず、首を傾げているが、これだけは分かった。
今回、この騒動を引き起こしたのは、夏休みの時のスカラとの勝負であいつを吹き飛ばし、その封印を誤って壊した――――――俺だ。
おまけ
【本当は】
「黒姫様と五芒星の方々とお見受けしますが、この度はなにようでこちらに?」
「聞きたいことがある。剛督に会わせてくれへん?」
「........」
(やべーよ、黒姫様だよ、都の長がいるよ....。しかも、その後ろにいるのって五芒星だよな?なんで意気揚々と出ていっちゃったんだよ!俺のバカ!!
あー.....これ下手なこと言ったら殺されるんじゃないの?でも、剛督様も療養中だしなー......。一か八か言ってみる?えー!それで機嫌損ねたら死じゃん!確実に死が待ってるじやん!!
言う?言うしかない?いつまでも待たせたらヤバそうだもんな。
えーい!言っちゃえ!!)
「申し訳ありませんが、剛督様は只今療養中ですので、また後日―――――」
「おい」
――――――
「失礼いたしました。剛督様の下にご案内いたします」
(早く言えや!!この野郎!!!)
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