意外と華やかな世界です
黄花の覚悟を聞き、意気揚々と妖怪達の住処に行こうとしたが、色々と忘れていたことがある。
「夜兎様、お待たせ致しました」
外で待っていた俺に、でかける準備が整った黄花が声をかける。
「申し訳ありません。こちらからお願いしたのに、一日待たせてしまって」
軽くお辞儀しながら黄花は言うが、俺としては特に気にしていない。
黄花の言う通り、都に行くと決めてから実は既に一日が経過している。
「いいさ。さすがにこればっかりは仕方ない」
そう言いながら、俺はその延期になった原因に目を動かす。
「あの時の人間さーん!!」
「久し振りー!!」
視線の先には、また会えたことに嬉しそうにはしゃぐ小狐達。
そしてそいつらをこれまた嬉しそうに撫でている、夏蓮がいた。
「うん、久し振り」
小狐に囲まれ、夏蓮も小狐達と同様に嬉しそうにしている。
妖怪とはいへ、まだ小さな子供をほったらかしにはできないよな。
それが、延期になった原因である。
前、勝手にここを抜けて俺と夏蓮に出会った菜野芽のように、いなくなってしまう可能性があるため、長時間ここを開けることができないのだ。
だから、それまで小狐達を面倒を見てくれる者が必要になる。
そこで、夏蓮に頼んでみたら快く了承してくれた。
そして、なるべく一日で終わらせられるよう早い時間帯に行くため、出発が翌日の少し早い時間帯になってしまったというわけだ。
手紙にも期限が書いてあったが、幸いまだ少し先であるため、その辺も問題ない。
「悪いな、せっかくの休みの日にいきなり頼んで」
「別にいい。どっちかというと、そっちの方が興味があるけど、今回は我慢する」
そう言って貰えるとありがたい。
頼む時、自分も行きたいとか言い出すんじゃないかと不安だったが、空気を読んでくれてた。
楽しそうな夏蓮を見ながら俺は安心していると、一匹の小狐が夏蓮に飛び付きながら口を開いた。
「ねぇねぇ!!また前みたいなのは教えてくれないの?」
前みたいなのとは、俺や黄花がいない時に夏蓮が教えてた変な芸のことだろうか。
あれは一度教えるのは止め別の遊びにシフトしたが、またやりたくなったのか。
小狐に問われ、普通に断るかと思ったが夏蓮は首を横に振らず、なぜだか悩ましい表情をしている。
「やるなよ?」
「........分かってる」
今の間はなんなんだろうな。
気持ちが揺らいだか、俺に釘を刺され夏蓮は少し不満げに目を細める。
「今日は、普通に遊ぼ」
「え~」
気持ちを押さえ、小狐が落胆するも夏蓮は普通に遊ぶことを告げる。
「夏蓮様、子供達のことよろしくお願いします」
「お任せを」
未だ小狐達に囲まれている夏蓮に、黄花は丁寧に頭を下げる。
そんな黄花に、夏蓮は親指を立て背中を押してくれた。
「黄花、そろそろ行くか」
とっとと行って終わらせたいし。
黄花は俺に「はい」と返事をすると、腰を屈め小狐達に向けて声をあげた。
「皆さん、夏蓮様の言うことをちゃんと聞くんですよ」
黄花の呼び掛けに小狐達は元気よく、「「「「はーい!!」」」」と大声をあげる。
注意が済み、黄花は俺の近くまで来ると、俺は黄花の肩に手を置く。
「それでは、夏蓮様、よろしくお願いします」
「普通に遊ぶだけでいいからな」
「しつこい」
再び注意を受け、夏蓮また不満げだが、それでも手を振りながら見送ってくれている。
そんな夏蓮と小狐達を見ながら、俺と黄花は転移で都へ入る入り口へ転移していく。
―――――――――――――
転移して一番最初に視界に飛び込んできたのは、木々が生い茂る山のなかだった。
「ここがそうなのか?」
「はい、ここがその入り口です」
ぱっと見、日本かどうかも怪しくなるほどの樹海。
辺りを見渡す俺に、黄花は神妙な顔で別の方向を向く。
黄花と同じ方を向くと、そこにはまるで誰かが作ったかのような大きな洞窟があった。
中々にあからさまだな。
そんなんじゃ人間が入り込んでもおかしくないだろと思ったが、いざ周りを見ると、ここはたくさんの木で囲まれている。
そしてその木のなかからいくつか、お札が貼られているのが見えた。
結界で人目につかないようにしてるのか。
「ここに入ればすぐに都に着きますが、その前に夜兎様。これをどうぞ」
黄花は懐から狐の面を取り出し、俺に差し出した。
「行けば普通にバレるので、これを着けてください。人間に近い姿をした妖怪も珍しくはないので、それだけで充分分かりませんよ」
確かに普通に行けばバレるだろうな。
黄花の説明に頷きながら、渡された面を興味深そうに色んな角度で見回した後、俺は素直に面を付けた。
「似合うか?」
「とってもお似合いですよ。どこからどう見ても人間じゃありません」
それは誉めてるんだろうか。
お世辞で言ってると信じたいが、気まぐれで聞かなきゃよかった。
笑顔で誉めてくる黄花に、俺は若干の後悔を覚える。
「それと、なるべく気配は消してください。夜兎様の霊力は見ただけで凄いので。姿だけ誤魔化してもそれでは意味がありません」
そういえば、菜野芽にも一瞬でバレてたな。
黄花の助言に素直に従い、【気配遮断】で気配を消す。
「では、都へと参りましょう」
変装と気配の遮断が済み、俺と黄花は洞窟のなかへと入っていく。
歩く音が洞窟内で反響し、響いてくる。
洞窟のなかは奥へ行くに連れて視界が暗くなっていくが、これといって特になにもない。
沈黙のまま黄花と奥へ進み、先が見えるか見えないかぐらいまで来ると、なんと道が途絶えていた。
「行き止まりだな」
「いいえ、違います」
目の前の壁を凝視しながら呟く俺。
だが黄花は躊躇なく壁の前まで歩き手を置くと――――吸い込まれたように手が壁を通り抜けた。
「ここを抜けるんです」
俺に手本を見せるように黄花は徐々に壁のなかへ入り込み、消えていく。
その様子に俺は少し驚くも、見ていて初めて黄花の神社に来たときのことを思い出した。
あそこに初めて行った時も、こんな感じだったな。
黄花に習い、俺も壁に手を突きだしながら壁のなかへ突き進む。
はてさて、この先はなにが待ってるのか。
想像のつかない先の景色に、俺は妙な好奇心に駆られる。
感覚的に壁を触れてる感覚が全くないが、全身が通り抜け終わると、そこには雄大な世界が―――――というわけもなく、先程と同じ洞窟のなかだった。
一瞬、通り抜けたかどうか分からなくなるくらい似たような空間だが、そんな俺を察してか黄花が語りかけてくる。
「夜兎様、こっちです」
黄花の声を聞き、半分混乱していた俺はすぐに黄花の下に行く。
すると、そのすぐ目の前から光が差し込み、出口が近くであることを告げている。
黄花と共に洞窟を出ると、俺は「おー」と思わず声をあげた。
「あれか」
「あれです」
俺と黄花は頷き、目の前にそびえ立つあれを見る。
完全に、日本の城だな。
白塗りの壁に瓦など、素人でも分かるほどの見た目。
距離的には少し遠いが、それを感じさせないほどの存在感を放っている。
「あそこの天守閣で、黒姫様がお待ちしています」
城の一番上を指差しながら、黄花は説明してくれた。
あそこにいるのか。
転移で行けば一発だが、こういうのはちゃんと玄関から入るのが筋と言うもの。
それに、さっきから城ばっかり目がいっていたが、下を見れば小さな家屋が羅列し、城を中心に広がっている。
町もどんな風になってるのか見てみたい。
都というだけあって、栄えてはいるようだ。
「早く終わらせて、夏蓮達のところに戻ろう」
「そうですね」
あまり時間はかけてられない。
崖を降り、俺と黄花は一先ずは城の手前である城下町を目指した。
―――――――――――――――
人の間で知られている妖怪は、従来おどろおどろしいものと決まっている。
だがそれは、昔の人の決め込んだ偏見の延長に過ぎないのかもしれない。
「......すごいな」
自分の目には少なくとも恐ろしいものなど、なに一つ映っていないから。
歩きながら、俺は思わず呟いた。
まるで、江戸時代辺りにタイムスリップした気分だな。
城下町に着き、すれ違う妖怪達に目を奪われる。
無理もない。通る一人一人が、人間とはあまりに逸脱した姿をしていれば、誰だって目で追ってしまう。
一つ目の妖怪や、獣と融合したような姿をした者だけならまだしも、ダルマや傘など生物ですらないものまで動いて、あちこちで会話をしている。
しかし、その光景に気味の悪さなどはない。
むしろ、おどろおどろしいとは程遠い、輝きに溢れていた。
「随分と賑やかだな」
「遠方に散らばった妖怪達が集結してできた、妖怪最後の地みたいなものですから。規模は計り知れません」
「集結する必要あるのか?」
「一種族の妖怪だけじゃ、限界がありますから」
顔をこちらに向けず、黄花は話し出す。
「妖怪はその種によって様々なものを糧にして生きます。草や木の実、獣の肉、魂。妖怪によってそれは千差万別で、なかには糧を得られなくなり絶滅することもあります。それを黒姫様がどうにかされようと、他に五人の妖怪の協力を得て、皆で補って生きていこうと決めたのです」
だから、こうして皆で集まっているってことか。
足りないところを補い合い、支え合って生きていく。
なんだか、人間みたいだな。
話を聞いてて、俺は漠然と思っていた。
「着きました」
黄花の足が止まり、俺もそれに合わせて歩みを止める。
そうこうしている間に、いつの間にか城の前まで来ていたようだ。
まん前まで来ると、やっぱり迫力が違うな。
上を見上げながら、俺は息を漏らす。
「黒姫様の命で参りました」
「ご苦労様です」
「どうぞ、お通りください」
その隙に、黄花は門の前に立つ黒い翼の生えた門番に話をつけていた。
「夜兎様、行きましょう」
「あ、あぁ」
黄花に促され、立ち止まっていた俺は小走りで追いかける。
「そういえば、黒姫様ってどんな妖怪なんだ?」
気になった俺は黄花に聞いてみたが、すんなりとは答えはでないようで。
相当特徴があるのか、それともなさすぎるのか、黄花は言葉に迷っていた。
「なんといいますか......とても、大きいです」
「え、なに、巨人?」
大きいと言われ、俺はとっさに頭のなかで巨大な妖怪を連想させたが、どうも黄花の反応が鈍い。
なぜだかほんのり頬が赤くし、「見ればわかります」としか返して来なかった。
直に分かるであろう黒姫様の姿に、俺は謎が深まるばかりだった。
おまけ
【葛藤】
神社では
「わーい!!」
「まてーーー!!」
「........」
「こっちこっちー!!」
「あはははーー!!」
「........一匹くらい、教えちゃ駄目かな?」
未だに葛藤していた
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