殺しに掛かってるとしかいえない
転移で黄花が待つ異界の神社へ行くと、出迎えをしていた黄花に案内され、社のなかへ通された。
「どうぞ」
なかで座って待っていた俺に、黄花は丸いちゃぶ台の上にお茶の入った湯飲みを置く。
自分の分の湯飲みを置き、黄花は目の前でお茶を飲んでホッと一息をついているが、俺はどうしようもない違和感に駆られていた。
「どうかされたんですか?」
「いや、神社の本殿のなかって、こんなだったっけかなって、思って...」
様子のおかしい俺に、黄花は首をかしげる。
そんな黄花を余所に、俺は呆気に取られつつも軽く周囲を見渡す。
神社の本殿って、こんな生活感のある空間だっただろうか。
床は畳であり、古風なタンスや障子に押し入れ、そして目の前にあるちゃぶ台。
凄い昭和を感じさせる空間に、俺は今いる。
外から遊んでいる小狐達の声や音が聞こえてくるが、これが神社の本殿のなかだと言って、誰が信じるだろうか。
「先代達が、どうせなら居心地の良い環境な方がいいと思ったらしくて。次々と変えていったらしいですよ」
黄花が言うには、これらは先代達の置き土産ということか。
説明に納得がいき、俺もお茶をすすり一息つく。
「それで、なんの相談なんだ?また妖魔が出たのか?」
今日は別にお茶をしに来たわけではない。
本題を切り出すと、途端に黄花は顔を曇らせた。
「相談と言いますか、頼みごとと言いますか......」
言いづらいのか、どうにも歯切れが悪い。
どう言ったらいいか悩む黄花だが、考えがまとまってきたのかゆっくりと喋りだした。
「実は......バレてしまったんです」
「バレた?なにを?」
「私が、夜兎様に仕えていることを......」
「誰に?」
「他の妖怪にです......」
主語が抜けていたが、俺が聞き返してみるに、どうやら他の妖怪に黄花が俺に使役されているのをバレたようだ。
両手で持つ湯飲みを見つめながら、鬼気迫る様子で語っている黄花だが、俺にはいまいち重大さが理解できなかった。
「他の妖怪にバレたとして、なにか大変なことでもあるのか?」
「妖怪のほとんどは人間に良い感情を持っていません。もし、その妖怪から他の妖怪達へと夜兎様のことが知れ渡ったら――――夜兎様を倒しに様々な妖怪が押し寄せてくるかもしれません。どれくらい広まっているかは不明ですが、時間の問題ですね」
なにそれやばっ。
重い口調から放たれる黄花の言葉に、俺は苦い表情に変わる。
妖怪が押し寄せるとか、想像しただけでも嫌すぎるな。
「妖怪って、仲間意識が強いんだな」
いくら人間が嫌いだからといって、一人の妖怪のためにそこまでするなんて。
数が少ないからだろうか、はたまた相手が妖怪共通の敵だからか。どちらにせよ、結束力が違う。
「えと....まぁ、そんなところです」
感心した俺だが、それに対する黄花の態度がなぜだかハッキリしない。
なにか間違っていただろうか。
気になったが俺だが、今はバレたことの方が重要かと思い、話を元に戻した。
「そもそも、なんでバレたんだ?」
「それが、私にも分からなくて...」
頭を捻って考える黄花だが、本当に身に覚えがないようで。
誰かに、俺と黄花が一緒にいるとこでも見られたのだろうか。
だとしたら、可能性があるのは夏休みでの妖魔退治か、天上院達が帰って来た時か。
「ですが夜兎様。考えられる線としては、妖魔との戦いで私と夜兎様に不意打ちをしてきた者の仕業かもしれないです。少なくとも、夜兎様のことは知っていると思われますから」
黄花の推論に、俺は一瞬付いていけなかったが、すぐに思い出した。
妖魔は戦った時、封印を邪魔され、後ろから不意打ちを貰いそうになったんだ。
今じゃすっかり忘れてたが、まだ犯人が分かってなかったのか。
話を聞いて、その不意打ち犯が元凶の可能性が高いが、どちらにせよバレただけならまだ対処はできる。
「なら、いっそのこと俺のことを知った妖怪達の記憶を消そう。それなら、なんとかなるだろ」
情報は一度広まれば無限に広まっていく。
なら、一度リセットしてしまえば、なんの問題もない。
これで大丈夫かと思えたが、黄花の不安な表情は変わらなかった。
「しかし、それでは原因が分からないままです。また同じようにバレたりしたらキリがありません」
それは、言えてるな。
黄花の言い分に、俺は一理あるなと思った。
原因が不明のままじゃ、またバレる可能性がある。そこからまた俺が記憶を消しても、結局はイタチごっこだ。
また振り出しに戻り、俺はどうしたものかと頭を捻っていると、突然黄花は俯き気味に視線を落とした。
「少し広まっても、相手がただの妖怪ならさして問題なかったんです。最悪、バレてもそいつの口を封じて広めた張本人を探せばいいので」
思い詰めた様子で語る黄花だが、言っていることが中々過激である。
実力行使に出るつもりだったのか。
「ですが、バレた相手がそうもいかない御方で...」
余程な相手なのか黄花の口がそこで止まった。
「いったい誰なんだ?」
気になる俺は続きを促すと、黄花はその正体を明かす。
「今もなおひっそりと異界で生きる我々を束ねる、妖怪の長、黒姫様です」
「妖怪の長?つまり、王様か」
俺の解釈に、黄花は「そうです」と頷いた。
妖怪にもそんなのがいたんだな。
妖怪の王様がいたことには少なからず驚きだが、同時に黄花の躊躇していた理由が分かった。
そりゃあ、王様に口封じなんてできる筈もないよな。
「バレた原因がその黒姫様ってことはないのか?」
「多分、その可能性は低いと思います。あの御方は私達妖怪のことを第一に考えてくれる器の大きい御方で、無断で監視なんてことはないかと。妖魔が出たときも、かなり気にかけてくれましたし」
黄花も自分達の長である黒姫様を信頼してるのか、その線は否定した。
どうやら、他の妖怪達からの信頼は厚そうだ。
そこだけは否定する黄花に俺は納得するも、一つ引っ掛かる言葉を見つけた。
「ちょっと待て、妖魔が出た時、そいつらはなにをしてたんだ?応援とかはしてくれなかったのか?」
そんなに仲間想いなら、手助けくらいはしそうなのに。
疑問に思うと、黄花は静かに首を横に振った。
「実はあの時、妖魔が暴れていたのは、ここだけではなかったんです」
「ここだけじゃない?他にもあったのか」
驚愕の事実に、黄花は真剣な顔で頷いた。
「昔、人間達に虐殺を受けた妖怪達は、家族や友人を殺され、何人も妖魔に変化しました。悪いのはその妖魔でなく、人間だと分かっていた妖怪達は、妖魔を殺すことができず、次々と封印したんです。それが、あちこちでその封印が解けたので、黒姫様や他の妖怪達も、その妖魔達の相手をすべく各地へ出向きました。そのせいで、私のところは私一人でやるしかなかったのです」
そんな事情があったのか。
日本各地でそんなことが起きてたなんて、想像もしていなかった。
「ですから恐らく、他の妖怪が黒姫様に密告したという方が可能性は高いです」
話を聞き終わり、俺はなるほどと納得の意を示す。
「そして、ここからが本題です」
そう言うと、黄花は懐から開けた跡がある一通の手紙を取り出した。
「その黒姫様から伝令が届いたんです」
「伝令?」
伝令って、なにか命令が降されたのか。
どんな内容か気になるなか、黄花はその内容について話始める。
「伝令には、夜兎様を連れて、城まで来るようにと書かれていました」
「俺を?」
「来ない場合は、夜兎様の周囲の者に危害が及ぶとも、書かれております」
それを聞いて、俺は思わず眉間にシワを寄せる。
周囲の者って、家族や友人ってことか。
ずっと人間と隔絶した異界にいたのに、そうまでして俺に会いたいみたいだな。
本人狙わない辺りが姑息に思えるが、精神的には効果的な手だ。
「真意は定かではありませんが、人間を城に呼ぶなんてあり得ない事態です。必ず、なにかあるでしょう」
なにが起こるか予想もつかず、黄花は不安そうに俺を見る。
確かに、黄花の言う通り、相手側の真意が分からない。
単純に黄花を助けたいなら、俺を殺しに来れば済む話だし。
いったい、俺を連れてなにをしたいのか。
人間を嫌う妖怪が、わざわざ自分達の領域にまで呼んで、なにを......。
しばらく俯きながら考え込んでいると、突然黄花は姿勢を正し始めた。
「行けば夜兎様がどうなるか分かりません。ですがそうすれば、今回のことがバレた原因も分かるかもしれません。ですから、お願いします。私と一緒に城に行ってください。お願い致します!」
正座して両膝に手を付き、黄花はちゃぶ台スレスレまで頭を下げる。
行けば必ずなにかある。それは明白だ。
だが行けば、少なからずなんらかの情報は得られる。それには先ず、俺と一緒に城へ行って黒姫様に会わなければいけない。
無茶を言っていると承知の上か、その動作から必死さがひしひしと伝わってくる。
「夜兎様の大切な人が傷つくことは、絶対にさせたくありません。せっかく、夜兎様や夏蓮様のような方と知り合えたんです。夜兎様の大切な人が傷つくのは、絶対にさせたくありません。城では、私が全力でお力になります。ですので、どうかお願い致します!」
切実に、ただ俺達と友人でいたい黄花。
元々、人間が好きな方であった黄花にできた、初めての人間の知り合い。
黄花のなかでは、特に大事なものなんだろう。
ただただそう願っている黄花の姿に、俺はまだ色々と事実が分からないなか、一先ず一つだけ、気持ちは固まった。
「取り敢えず、行ってから考えるか」
もう、判断できる材料が無さそうだし。
迷う様子もなく決断すると、黄花は顔を上げ俺の目を見る。
「よ、よろしいんですか?」
「滅多なことがなきゃ、大丈夫だろ。それに、行かなきゃ行かなきゃで、そっちの方がめんどそうだ。原因だって、分かるかもしれないなら、行くしかない」
そこさえ潰せば、後はどうにかなる。
いざとなったら逃げるし、半端な罠じゃ俺をどうこうするのは無理だろうし。
なにより、あいつらに危害が及ぶ可能性があるなら、なおさら行かなきゃだろ。
「最悪、その黒姫様をとっちめてでも聞こう」
教えてくれなかったら、そっちの方が早いかもな。
軽く冗談のつもりで言った一言に、黄花には本気に聞こえたのか表情が固まった。
「う、うっかり殺さないでくださいね?」
「さすがにそれはない」
人をなんだと思ってるのか。
苦笑いをしている黄花に俺は心外とばかりに顔をしかめる。
むすっとした俺の表情を見て、黄花は途端に「冗談です」とクスクスと笑いだす。
冗談に冗談で返されるとは。
少しは気持ちが軽くなってくれたようで、先程より黄花はリラックスできている。
一頻り笑うと、黄花はまたこちらを向き姿勢を正した。
「夜兎様、ありがとうございます」
今度はゆっくりと、丁寧に、黄花は頭を下げる。
「そんなに頭下げるなって。お互いのためだろ」
再び頭を下げる黄花に、俺は軽い姿勢ですっかり冷めたお茶を飲む。
こっちはお前の覚悟を聞いたんだ。なら、それには答えなきゃだろ。
「そういえば、城ってどこにあるんだ?」
「ここより西に行った方角で、かなり遠いですね」
場所が分かれば、俺が転移で一瞬で行けるか問題はない。
「どんなとこなんだ?」
「あそこは多種多様な妖怪がたくさん生活している、大きな都となっています。といっても、まともな街はそこだけで、後は小規模な村がいくつかあるってくらいですけど」
いわゆる、妖怪の国の首都か。
いったいどんな感じなんだろう。
「都の名は【縁の都】です」
「なら、早速行ってみよう。その縁の都に」
話は纏まり、俺は残り少ないお茶を一気に飲み干してから、立ち上がる。
向かうは、数多な妖怪の巣窟、縁の都。
おまけ
【印象】
「しかし、黄花達に会ってから、妖怪の印象が大分変わったな」
「どんなのだと思ったんですか?」
「先ず、人間の肉体やら、魂やらを食べたり」
「食事目的ではそんな妖怪いませんよ」
「言葉とか通じなかったり」
「普通に話せてますよね?」
「人を驚かせたり」
「驚かせてなんの意味があるんですか?」
「そんな印象だったな」
「後ろ二つただの迷惑野郎ですよ、それ」
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