クラスのちょっとした誘拐
人の出会いなどは、いつ、どんな時に起こるか分からないもので。
それが、幸か不幸かなどもまた、誰にも分からない。
時は夜兎がさや達の勘違いに付き合わされてから一、二週間程遡り、異世界では天上院達が地球から戻ってきてから落ち着きを取り戻していた。
「よし、やるか」
城の地下にある、少し暗がりで、精々壁につけてある松明と魔法でつけた照明のある広々とした空間。
その真ん中には、人を模した丸太が一体あるだけ。
そんな場所で天上院は、覚悟を決めたような面持ちで剣を両手に持ち、構える。
構えてから数秒、天上院の足に徐々に光が帯び、次第に光は足が見えなくなるほどの光が足に集中し出した。
足に完全に光が集まったと感じた天上院は、足に力を入れ、一瞬にして姿を消した。
消えた瞬間、置いてあった丸太に一筋の切り傷が生まれ、その後にドォンッ!と鈍い音が部屋中に響く。
部屋の壁にはなにかに激突したような跡があるが、天上院の姿がない。
姿が見えないまま、また丸太に傷が生まれ、壁から激突した音が鳴り響く。
幾度となくそれらを繰り返し、数分後には部屋の壁はボロボロになっていた。
丸太も無数の切り傷により形が変わっていくと、途端に壁に激突する音が止んだ。
音が止むと、激突した壁に苦痛の表情を表した天上院が、壁を背にへたり込んでいた。
「やっぱり、駄目か......」
想定内とでも言いたげな口調で、天上院は息を切らしながら呟く。
「どうしたら、上手く使えるようになるのか....」
「あ、やっぱりここにいた」
独り言を言う天上院の下に、部屋の出入り口からとある少女が駆け寄る。
「美紀か。どうしたの?」
「天上院君を探してたの。それよりまたその剣の練習してたの?音が外にも聞こえてたけど」
どうやら、出入り口の外からでも壁に激突する音は聞こえてたようで。
美紀は天上院の持つ剣を見つめながら言う。
「そうなんだけど。でも全然駄目だ。コントロールが難しい」
美紀と同様に、天上院も自分の剣を見つめる。
地球に戻った際、夜兎を倒すためメトロンを騙ったコロラから譲り受けたこの剣。
あの時は、ゴタゴタしていて返却を要求されず、そのまま持ち帰った。
貰った際、特に返してとかは言われてないから有り難く使わせて貰ってるのだが、これが中々扱いづらい。
何回か練習を重ねているが、一向に上達の兆しが見えず天上院は悩んでいた。
「まだ、扱えるレベルじゃないってことだろうか」
これを扱えれば、夜兎にまた一歩追い付けることができる。
そう目論んでいたが、見通しが甘かった。
地道にやるしかないかと思う天上院だが、ここで話を切り替えた。
「そういえば美紀、なんか用だったの?」
話が逸れてしまったが、元々美紀は天上院に用があって探していた。
本人も失念していたのか、美紀も「あ、そうそう!」と思い出し、本題を切り出す。
「実はね!やっと―――――」
その時だ。
美紀がを口を開き、伝えようとした瞬間、二人の前に宙に魔法陣が現れた。
「ほっ」
突然聞こえた、居るはずのない二人以外の声。
数メートルにも満たない幅に、少し高めに出現したそれは、まるで抜け穴のような形で魔法陣からなにかが落ちてくる。
美紀と天上院がそれに気づく頃には、その人物は姿を現していた。
「いい加減、これどうにかなんねぇかなぁ、これ。やりづらくて嫌になる」
既に役目を終え消えた魔法陣を見上げながら、雑な言葉でぼやく。
そんな愚痴を余所に、天上院と美紀は呆気に取られながらその人物を見ていた。
ボサボサな深紅の髪にビキニアーマー。
女性のようだが、屈強な男勝りな雰囲気が漂っている。
どこかの冒険者みたいな格好をした人だが、いったい誰なのか。
二人とも固まったように人物に視線を向けていると、やがてその人物も天上院と美紀の目線に気づいた。
「あ、いた」
それだけ呟くと、女性はスタスタと天上院の方に歩み寄り目の前に立つ。
「お前」
「え、あ、はい」
「それ、コロラから貰った剣だよな?」
天上院が握っている剣を指差しながら、女性は上から目線で問う。
コロラとは、確かあの時メトロンと一緒にいた神の一人。
剣を貰った時はコロラがメトロンを騙っていたから、実質コロラから貰ったことになる。
「そうですけど...。なぜそれを?」
「回収しに来た」
「か、回収?」
「それは、他の神が造ったもので適当にあげちまったが、前の件でコロラに加担したのがバレるのは嫌だから、代わりに回収しに来た」
淡々と自分の要求だけを述べる女性。
イライラしてるのか「ったく、【鉄神】の野郎の賭けに負けなけりゃあ....」とか「なんで私がこんな雑用を...」「こっちはそれどころじゃねぇってのに......」とか聞こえてくるが、なんのことやら天上院と美紀はさっぱりだった。
お互いに一度顔を見合わせ、取り敢えず用件は分かった天上院だが、まだ聞いてないことがある。
「返す返さないの前に、あなたは誰なんですか?」
「これを知ってるってことは、あなたも神様?」
二人の疑問に、神と思わしき女性は面倒そうな顔をしながらも応える。
「そうだ。私はスカラ。【破壊神】な」
「は、破壊!?」
「破壊」というこれまたインパクトの強い肩書きに、美紀は驚き、天上院は息を呑んだ。
「すんなり応えてくれるんですね」
「既に神の存在知ってる時点で隠すのもアホらしいだろ。てか、お前が聞いてきたんだろうが」
ちょっとは隠すかと思った天上院だが、思いの外素直だった。
「ほら、分かったらさっさと渡せ」
ただでさえおつかいの真似事をさせられ、気が立っているんだ。
スカラは高圧気味に剣を指差す。
身分と要求も分かり、ここで素直に剣を出せばお帰り願えるんだろうが、天上院はそうはしなかった。
スカラを見つめ、目の前にいるのは神だと考えると、不意に思ってしまった。
ただ渡して帰られるのは、もったいないのではないか、と。
「...その前に、一ついいですか?」
「あ?なんだ?」
座り込んだ姿勢でスカラを見上げながら、天上院は真っ直ぐな目で要求する。
「僕と勝負してもらっていいですか」
―――――――――――――――――
勝負をする前から、なんとなく結果は分かっていた。
「はぁはぁ......」
「なんだ?もう終わりか?」
だが、こうも遊ばれるとは思わなかった。
地面に両手と膝をつけ、息を絶え絶えにしながら、天上院は圧倒的すぎる力の差にうちひしがれた。
それは、見ていた美紀も同じで、壁の隅で絶句している。
「しっかりしろよ、こっちはまだ一歩も動いてないんだぞ」
腕を組みながら、スカラは天上院を煽る。
事実、勝負をしてから、スカラはまだ一歩たりとも動いていない。
特にハンデとして定めたわけでもないが、スカラが自発的に動く必要がないと判断したのか。
コロラから貰った剣も使ったが、それでも大きすぎる力の差には些細なハンデにしかすぎない。
その証拠に、スカラは傷一つはおろか、汗すらかいていない。
これが、神の力か......。
今まで神はといえば、コロラとメトロンしか見たことない天上院にとっては、改めて神の偉大さが分かる瞬間だった。
「夜兎と同じ世界の奴だって聞いて少し期待したんだが、やっぱそうそういないよな、あんな奴」
やや残念そうに呟くスカラの言葉に、夜兎という単語に天上院はピクッと反応した。
「夜兎...神谷を知ってるんですか」
「あぁ、前に死闘を繰り広げた程の仲だ」
それは仲が良いのか悪いのか、いまいち分かりづらい表現だが、そんなこと今の天上院には関係なかった。
「そ、それで、どっちが勝ったんですか」
恐る恐ると結果を聞く天上院に、スカラは「あー」と記憶を探りながら応える。
「あんときは、途中で邪魔が入ってそのまんまなんだよな。あのままやってたらどうなってたのか、正直私にも分からん」
少し悩んだ後、「まぁ、最後には私が勝ってただろうがな」とスカラは呑気に言っていたが、その言葉は天上院には届かなかった。
この人と互角に渡り合った...?
だとすれば、神谷の強さは神と同等か、それ以上になるのか......。
この事実が、天上院にはなによりも衝撃的だったから。
相手が神なら、負けるのも仕方ないなんて思った天上院だが、今自分が目標としている人物もまた、神と同じ場所にいる。
一度だけ神谷のレベルを見たが、ここまでなんて......。
「......破壊神様」
「ん?」
「剣はお返しします。勝負に応じてくれてありがとうございました」
脱力したような力の抜けた声で礼を述べ、天上院は持っていた剣をそっと自分の前に置く。
「やっぱり、神というだけあって強いですね。完敗です」
完全降伏したように、天上院は目を閉じ深く息を吐く。
これは、敵う敵わないとかいうレベルじゃないな。
あっちからすれば、遊び相手にもならない。神谷もそう思っていただろうか。
「自分も、少しでも強くなれるよう頑張ります」
立ち上がり、天上院は悟ったように落ちついた表情をする。
ここまで来ると、諦めもつくかな......。
自分達が倒すのは、神や夜兎ではなく、魔王。
さすがに、神より強い魔王などいない。
このままでも充分やっていける。
ここまでやられたら、さすがに認めざる終えない。
自分では、夜兎を越えることはできない。
「......まぁ、返してくれんならいいけど」
急に元気をなくした天上院に調子が狂うも、スカラは剣を拾う。
「あの、破壊神様はどうやってそんなに強くなったんですか?」
不意に、剣を拾ったスカラに、天上院は質問を投げ掛けた。
単純に、どうやってそこまで辿り着いたのか気になったからだ。
いきなりの問いかけに、スカラは「あー、そうだなー」と答えに迷う。
「ひたすら戦った」
迷った末でたのは、シンプル且つ簡潔した一言だった。
「え、それだけですか?」
「逆にそれ以外なにかあるのか?」
もっと他にあると思った天上院だが、スカラは至極当然のような顔をしている。
一瞬よく分からなかったが、天上院はすぐに察した。
この人は、自分達とはそもそも根本が違うのか。
剣の特訓だとか、魔法の練習だとか。
温い環境での訓練で満足してる自分達とは、そもそも価値観が違う。
危険を危険と思わない。強くなれるなら、どんなことでもする。
だから、こんなにも違うのか。
「それは、確かに敵わないな」
力の抜けた声で、天上院は苦笑する。
召喚された頃なら、チャンスはあっただろう。
だが、大きすぎた差を埋めるには、気づくのが遅すぎた。
彼、夜兎だって、日々成長をする。
もう、僕と神谷の差は埋まることはない。
少なくとも、今の環境では自分を昇華させるようなものが見つからない。
燃えていた闘志が燃え尽きたような、昂っていた気持ちが沈んでいくような、そんな感情が渦巻くなか、スカラはじっと、天上院を眺めていた。
「お前、強くなりたいんだよな?」
突然、スカラが言ってきた。
「そうですね」
そのために、努力をしてきた。
「なら、なればいいじゃねぇか」
それができたら、苦労はしない。
「そのつもりですよ」
魔王なら、まだ倒せるだろうか。
強くなること自体は諦めてはいないが、限界がある。
そもそも、神谷を倒したいのは、自分の自己満足であり、必要ではない。
この差は最初から分かっていたことだ。
気に病むことではない。
そう自分の心を説き伏せていると、天上院はふと思うことがあった。
では、なぜ自分は夜兎を倒そうとしていたのだろうか。
「じゃあ、もし強くなれたら、お前はどうする?」
連続で続くスカラの質問に、天上院は「そーですねー」と考える素振りを見せる。
そんなの決まっている。
「取り敢えず、倒したい奴をぶっ倒す、ですかね」
その方が、より燃えるからだ。
自分の気持ちを再確認しながら、天上院は堂々と応える。
異世界に来て、初めて剣に触り、初めて魔法というものを目にし、スキルはあれど全てがゼロからのスタートだった。
それが、今では国の騎士達を越え、苦戦していたモンスターを倒し、魔族と死闘を繰り広げ、勝利するまでに至った。
より高い壁を登って、越えていくことの快感を、天上院は知らず知らずの内に知ってしまったのだ。
意外と、僕って戦闘狂なのかな?
内心苦笑している天上院だったが、その答えを受けてのスカラは、
「決めた!お前にする!」
なにかを決断させたようだった。
「え?」
「お前、強くなりたいんだろ?」
「そうですけど......」
「なら、私がそれを叶えてやる」
話が読めず、戸惑う天上院。
そんななか、スカラは嬉しそうにしながら天上院の手を掴み、もう片方の手で転移用の球を取りだし、投げつける。
球が割れると、割れた場所を中心に魔法陣が一瞬にして展開されていく。
「さぁ、行くぞ」
スカラは天上院の手を強引に引っ張る。
だが、そんな暴挙が通る筈もなく、天上院は慌てて抵抗する。
「ちょ、ちょっと待ってください!行くってどこにですか!?それに、叶えるってどういうことなんですか!?」
聞きながら、天上院は捕んだ手を引き剥がそうとするが、力が強いのか全然外れない。
必死に抗う天上院に対し、スカラはまるでなにもされてないかのような平然な態度をしながら応える。
「決まってるだろ。私がお前を鍛えて、強くしてやる」
「え?強く?」
「上手くいけば、お前は今とは比較にならない強さを手に入れる。上手くいけば、夜兎にだって追い付けるかもしれないぞ」
自分を鍛えてくれると聞いて、天上院は抵抗を止め目を丸くする。
突然な提案なため、天上院は要領を得ないといった感じだが、スカラの最後の言葉は聞き逃さなかった。
夜兎、神谷に、届くかもしれない。
そして、今よりずっと強くなれる。
今さっきまで諦めていたが、強さが同等以上の神なら、それが可能なのかもしれない。
「最初、私に勝負を挑んできた時から見所があるとは思ってた。さっきの質問で強くなりたいのも、ぶっ倒すっていうお前の意思も分かったし、断る理由ないだろ」
どうやら、天上院はスカラのお眼鏡に叶ったようだ。
先程の質問や勝負に挑んだのも、奇跡的にスカラの印象をよくしたのだろう。
意外と、二人は本質的に似ているのかもしれない。
神谷に勝てる、さらに強くなれる......。
そんなスカラを他所に、天上院はポツンと心のなかで呟いた。
言葉にするだけで、燃え尽きていた心が熱くなっていくのを感じる。
勝った時の想像でもしてるのか、天上院は自然と抵抗する力が緩んだ。
だが、それがいけなかった。
「分かったら、行くぞ。時間は有限だ」
「あ、ちょっ!?」
天上院の問いに答え終わったスカラは、天上院を引っ張りながら地面に表れている魔法陣に飛び降りる。
スカラの体が魔法陣のなかに入り、それと一緒に天上院も消えていく。
「まだ行くって言ってな――――――――!!」
「て、天上院君!?」
魔法陣のなかに引きずり込まれながら叫ぶ天上院だが、言葉途中で声が途絶る。
それを慌てて引き留めようとした美紀だが、時既に遅し。
一瞬にして連れていかれ、気づけば美紀一人が残った。
「ど、どするの、これ......」
事態が急すぎて、判断が追い付かない。
さっきまで騒がしかった空間が、一気に静まり返った。
取り敢えず、こういうのはルリに報告しておくべきだろうか。
半ば誘拐の如く連れていき様だったが、あの神様は天上院君を鍛えると言っていたから、修業ということにしておこう。
一先ずそう決め、暫し呆然とその場に立ち尽くす美紀だったが、なにか思い出したのか「あっ」と声をあげた。
「そういえば、天上院君に言うの忘れてた」
それは、天上院を探していた当初の用件だった。
どうせなら、それを言ってからにしておけばよかったな。
後悔する美紀だが、それも無理はない。
なんせ、それはこの異世界に来た最終目標に関わる情報だったから。
――――やっと、魔王の居場所が分かった。
以前、地球に戻った時連れ帰った四天王の一人に聞き出すことに成功したのだ。
召喚されてから、先ず天上院達は剣と魔法の基礎を学び、モンスターを倒してと経験を積んできた。
そこから、国を中心に押し寄せてきた魔族達を追い払い、安全とも呼べるところまで退けるまでこれまで費やしてきた。
だがこれで、今まで姿はおろか、居場所さえ不明だった魔王を倒しに行くことができる。
この長い異世界での戦いに、終わりが来るのだ。
だというのに、肝心の天上院がスカラに強制連行。
しかも、いつ帰ってくるかも不明。
この先を不安に思う美紀だが、ここでなにを思っても仕方ないことだ。
素直に祈るしかない。
それに、場所を特定したにしても、それまでに色々と必要なことがある。
それまではまだ猶予があるから、そこまで急ぐことはない。
急ぐことはないのだが.........。
「なんで私、こんなに待たされること多いんだろ......」
美紀にとっては不満でしかない。
地球から帰ってまた天上院君と一緒に居れると思ったのに......。
ハァっと一つため息をつくが、不思議なことに前ほどの悲壮感はない。
同じ経験をしてるからだろうか。嫌な慣れである。
「......ルリのところ行こ」
今起きたことを説明しに行かなくては。
彼女も彼女で、きっと美紀と同じことを思うのだろう。
そう思うと、気持ちが分かるが故なんだか言うのが気が退けてくる。
なんで、私がこんなことを......。
また一つため息をつき、気が進まないまま美紀はルリアーノがいる場所へ転移する。
地球から帰還して、落ち着いたと思えば今度は神との修業という名の連行。
魔王の居場所も突き止め、等々最終目標の実現が現実味を帯びてきた。
おまけ
【仲良し】
「ルリ~」
「あら、美紀。どうしたの?」
「私って男運ないのかなぁ......」
「え、どうしたの?急に」
「もう悲しみも失せてきたよ...」
「いや、だからなんの話?」
「次会ったら殴ってもバチは当たらないかな?」
「話は見えないけど、そう思うんならいいんじゃないですか?」
――――――――――――――――――
ブックマーク、評価よろしくお願いします。