ジェスチャーだけでも、意外と伝わるってあるよね
散々待たせて申し訳ありません。
少しずつ治していきたいと思います。
朝の時間。
眠りについていた意識が、目覚ましのアラームによりうっすらと覚ます。
布団を被ったまま目覚ましに手を掛け、俺はアラームを止める。
うっすらとまぶたを開き、俺は時計を確認する。
時間を見れば、まだ少し布団にいても問題ない時間帯。
まだここから出たくないな...。
半分寝惚けているなか、俺はもう少しこのままでいようとするが、突然俺の眠りは一気に覚醒された。
「起きて」
不意に聞こえた声と、勝手に揺れる体。
いったい何事かと振り返ってみれば、そこには俺を起こそうとする夏蓮がいた。
「......なにやってるんだ?」
眠気のせいか、驚くや慌てるよりも先ず、俺は働かない思考で呆然とするなか、夏蓮にこの状況の説明を求める。
「たまにはいいでしょ」
「いや、答えになってない...」
こっちは起こしに来た理由を聞いてるんですが。
膝立ちで、寝ている俺の顔を覗く夏蓮。
時間的には、そんな急ぐような時間ではないのだが、どっちかというと、俺は時間よりも夏蓮の方に謎に思っている。
夏蓮が俺を起こしに来ることなんてほとんど、いや、先ず俺自身が意外と普通に起きるから、来ることなんて有り得ない。
それ故に、夏蓮が俺を起こしに来る理由がないのだ。
徐々に思考がハッキリしていき、俺は益々訳が分からず、なにも言えず夏蓮を見るしかできなかった。
「「......」」
もう、なに言えばいいのか分からないのか、無言のまま数秒が流れる。
なんなの、これ......。
お互いに視線を合わせたまま、俺と夏蓮は時が止まったかのように硬直する。
朝からどうしてこうなるのか。
仕掛けてきた夏蓮も、慣れないことをしたせいか、まるで、ここからどうしようという風に気まずい表情をしている。
「.....他に、なにかある?」
取り敢えず、用件だけは済ませて貰おう。
微妙な空気のなか、俺は聞いてみると、やはりあるのか夏蓮はゆっくりと口を開いた。
「……感想は?」
「え?」
「どきどきした?」
質問の意図が読めない。
そう思ったが俺はとにかく応えることにする。
「どっちかというと、気まずい」
「そう……」
俺の回答に、夏蓮はやや残念そうな顔をしたが、直ぐに立ち上がると、「早く下降りて」とだけ言い、部屋から出ていった。
結局なんだったのか。出ていく夏蓮を目で追うが、俺は内心謎だらけだ。
朝起こしに来る妹って、漫画じゃあるまいし。
いったい、どういう風の吹き回しなのだろうか。
その朝は色々な衝撃もあり、お陰で眠気は覚めた。
―――――――――――――――――――
おかしい、なにかおかしい...。
授業の最中、俺は朝から起きた異変に違和感を覚えていた。
なぜだか、さやとリーナの態度がおかしいのだ。
朝登校してから、いきなりさやが『課題やった?見せて上げようか?』なんて普段言わないことを言ってきたり、リーナが『この本面白いぞ。読んでみないか?』と本を差し出したり、どうしてか俺に優しい。
優しいというか、嫌に積極的に接してくるって感じなのか。
いつも以上に俺に話しかけようとしてくるのだ。
別に、今日が特別な日でも、俺になにかあったわけでもないのに。
不可解でしかない。
「神谷夜兎」
不審に思うなか、リーナが授業中に小さな声で話しかけてきた。
「なんだ?」
「寝たければ寝てもいいんだぞ」
頭でも撃ったのだろうか。
馬鹿げたことを言うリーナに、俺は目を疑う。
「一回保健室とかに行った方がいいんじゃないか?」
「?別にどこも悪くない」
心底心配したが、本人は至って真面目だそうだ。
それはそれで変だろ。
リーナが真面目にそんなことを言う筈がない。
常日頃、俺に『寝るな』だの『集中しろ』だの言っていたあのリーナが、いきなり俺に対して『寝ていいぞ』なんて......そんなの世界が崩壊したってあり得ない。
これは重症だと感じた俺は、リーナに意地でも保健室に行くか早退するか勧めたが、リーナは「大丈夫だから」と俺の提案を断ってくる。
それも優しい笑顔でだ。
もう、一周回って怖いんだけど...。
その日の午前の授業は、鬱陶しいまでに迫る二人に困惑して、一切眠気が起きなかった。
――――――――――――――――――――
午前の授業が終わり昼休みとなったが、二人の様子の変貌っぷりは尚も継続中で。
「ねぇ夜兎君」
「はい.......」
「お弁当食べさせて上げようか?」
「結構です」
お昼くらい普通であって欲しかった。
別人なまでにおかしなことを言うさやに、夜兎は疲れた表情で顔を横に振る。
変すぎて思わず、敬語になっている。
「神谷夜兎、なにか欲しいなら今から買ってくるが―――」
「結構です!!頼むからそのままでいてくれ!」
今度は反対側から満面の笑みで聞いてくるリーナに、夜兎は背筋がゾクッと冷たい感覚がするも、素早く断る。
また、敬語が混ざった。
怖い、その優しさが返って怖い。
両隣から笑顔のままこちらを見つめる二人に目を合わせられず、夜兎は気まずい表情で前を見つめる。
「なぁ、俺、お前達になにかしたか?」
「え、なんで?」
「お前ら、今日色々と変だぞ。なんかやたらと俺に優しい...」
「別に、優しいのはいいだろ」
特になにも変わらないと言いたげなさやに、夜兎は下を向き言いたいことを述べる。
それに対してリーナは理解できないといった素振りを見せるが、夜兎は「そういうことじゃないんだよ…」と呟く。
「特にリーナ、お前のが一番怖かった。今日本当に大丈夫か?熱とかない?」
リーナを指差しながら、夜兎は実は病気なんじゃないかと疑う。
そうであった方が納得がいく。
だがそこまで言われても、リーナは若干口許がひくついてくるが、なんとか笑顔を保とうとする。
「そんなことないぞ。私はいつも通りだ。それと、いつまでも人を指差すのはよくないぞ」
そう言いながら、リーナは笑顔のまま指差す夜兎の手をそっと掴み下にさげようとする。
あ、なんか手に凄い圧力が......。
しかし、素は隠せないのか、リーナは掴んだ手の力の強さが顔の表情と合ってない。
ちょっとだけ元に戻ったな。
笑顔のまま手を強く握るリーナを見て、夜兎は微かな安心感を感じた。
よかった、素でやってるわけじゃないんだな。
故意でこんなことをしていると分かった夜兎だが、いつまでも強く握ったまま離さない手に視線を置く。
「地味に痛いんだけど......」
「気のせいだ」
やや不機嫌気味に言ってから、リーナは手を離し、プイッとそっぽを向く。
急に優しくなったと思えば、急に素に戻ったり、なにがしたいんだか。
まだ痛みが残る手を擦りながら、夜兎は疑問に駆られていると、今度は反対側からさやが声を掛けてくる。
「そんなに変だった?」
「変としか言えなかった」
聞いてくるさやに、夜兎は躊躇することなく言った。
「なぁ、なんでこんなことしてるんだ?」
リーナは応えてくれなかったので、夜兎はさやの方を向き同じ質問をする。
「え、な、なんのこと?別にいつも通りだよ?」
だが応える気はないのか、さやは夜兎から目を逸らす。
ここに来て、まだしらを切るか。
態度で嘘をついてるのはあからさまだが、どうやら自分から言う気は毛頭ないようだ。
片や不機嫌気味に、片や挙動不審気味に、左右反対に目を逸らされる謎の構図。
端から見たら不可解極まりないだろう。
なんなんだかな......。
二人して目を逸らされ、夜兎はどうしたもんかと膝に肘を置き悩んでいると、突然ポケットの携帯が鳴り出した。
取りだして画面を見ると、おっさんからのメールだ。
『昨日はサンキュー。一応報告しておくが、窃盗犯は無事に署に送ったからな。また、飯行こうぜ!!』
連絡おそ。
そういうのは昨日の夜のうちにやるもんじゃないのか。
しかも、なんか無駄にテンション高いし....。
感情が見え透いた文章に、夜兎は呆れた表情で眺める。
なにか良いことでもあったのか、文にむさ苦しい程の覇気を感じる。
若い女性にでも褒められたのか、嫌いな上司を一発殴ったのか、理由は知らないが、きっと今頃上機嫌なんだろうな。
じゃなきゃ、普段じゃおっさんこんなの送ってこないし。
気分よくメールを打つおっさんを想像しながら、夜兎はどうでもよさげにメールを眺める。
すると、さやとリーナがこっそりと携帯を覗き、その文面を見て二人は顔を見合わせた。
(これ、あの刑事さんだよね?)
(それとなく聞いてみるか?)
言葉には出ていないが、携帯を指差しながら、二人はジェスチャーで会話する。
若干噛み合わないが、的外れではない。
(ちょっと、聞いてみてくれ)
(え、私!?)
リーナが携帯とさやを交互に指を指し、さやに指示を出す。
それを汲み取ったさやは驚きながら自分に指を指し、リーナは何回も首を縦に振る。
だが、いきなり振られてもそんなことができるはずもなく。
(い、いや、無理だって!リーナちゃんがやってよ!)
無言のまま、さやは首を横に振り、今度はさやが携帯とリーナを交互に指差しながら指示を飛ばす。
さやの指示に、リーナは(わ、私か!?)と表情を歪ませ、さやはコクコクと頷かせる。
そんな簡単に聞けるなら、今頃こんなにも悩んでるわけがない。
案の定、二人は聞こうにも聞けず酷くもどかしそうにしている。
そんなことをしてるからか、夜兎はもどかしそうにこちらを見ているさやに気づき、顔を上げた。
「どうした?さや」
「え!?あ、いや、誰からのメールなのかなって.....。ほ、ほら!夜兎メールする相手なんてほとんどいないし」
夜兎に気づかれ、さやは動揺するも勢いでついに聞くことができた。
さやの問いに、夜兎は「地味に酷くないか...」と不満げだが、再びメールに視線を落とす。
「知り合いの刑事からのメールだ。この前、色々あったからその報告」
なんてことなく応える夜兎に、さやは「そ、そうなんだー」と若干棒読み気味に返す。
やはり、このメールはあの刑事からのメール。
予想的中な二人だが、これはチャンスでもある。
この流れなら、さりげなく聞いても不自然ではない。
流れに乗って極自然に、さやはおっさんとの仲について聞こうとする。
「や、夜兎君は、その人と仲いいの?」
「いや、全然」
やや緊張気味なさやの質問に、夜兎は即答する。
一秒も悩ことなく答えたその姿に、一先ず二人はホッと息を漏らす。
「この前なんて、財布盗まれたのを取り返したら、喜んで抱きついてきたんだぞ」
「「はぁ!?」」
だが、一時の安心は一瞬にして崩れ去った。
軽はずみな夜兎の発言に、二人は過剰な反応を見せる。
普通ならそこまでのリアクションはないだろうが、今の二人はその辺の言葉には敏感だ。
予想外な二人の反応に、夜兎は「え?」と少し驚いた顔をしている。
「あれ、ここは笑う場面だと思ったのに」
「いやいやいやいや!全っ然!!笑えないから!」
「今のに笑う要素あったか!?」
首を傾げる夜兎だが、二人は落ち着くどころかますますヒートアップしていく。
なにをそんなに熱くなってるのかよく分からない夜兎は、もしかしたら自分の言い方が悪かったと思い、訂正しようとする。
「いや待てって。そうだな、俺の言い方が悪かった。抱きつかれたって言ってもあれだぞ。おっさんも切羽詰まってたし、ほら、やっぱ財布ってこれからの生活に関わるし。別に故意じゃないんだから」
「故意じゃないならなんでも許されるわけじゃないんだよ!!」
「貴様いつからそんな善人になった!!」
いや、そこまで否定される?これ。
夜兎のやんわりとした弁解も空しく、寧ろ火に油を注いでしまっているこの現状に、夜兎はもう困惑するしかなかった。
そんな夜兎の困惑具合とは裏腹に、さやとリーナは全てを理解し、あきれ果てていた。
まさか、この男がこんなにも鈍いとは。
ハグなんて、余程親しくなければあり得ることではない。
だが、夜兎自身、そこまであの刑事と親交が深いわけではなさそうで。
そして、反応からして夜兎にそっちの気がないことも分かった。
となると、導き出される結論は一つ。
そっちの気があるのは夜兎ではなく、刑事の方であるということ。
(なんで気づかないかな...)
(普通気づくだろうに...)
まるで恋というものが分かっていないという気持ちの二人だが、一人は男性恐怖症、一人はずっと修業で男性と関わらなかった者がなにを言うか。
あまりの唐変木に、二人はため息をつく。
いきなり怒ったり、呆れたり、夜兎は完全に二人の考えが読めなくなった。
「いやあのな、さっきからお前らなにをそんなに怒って「いい!!夜兎君!!」――――あ、はい」
もうどうしようもなくなり夜兎は説明を求めるも、さやの勢いに気圧され言葉を遮られる。
気迫が凄い。
「そもそも夜兎君は隙が多すぎるんだよ!そんなんじゃ、今になにされるか分からないんだからね!」
「いや、なんの話?」
「少しは警戒心を持て!」
「だから、なんの話?」
夜兎にとっては意味不明な説教が始まり、会話のキャッチボールがされないまま話は一方的に続く。
元々、拗れていた話だが、捻れるとこまで捻れると、修正は不可能な模様。
もうどうしたらいいんだよ.....。
勝手に結論付けた二人とは対照に、ここまで夜兎はなに一つ理解できてない。
訳が分からなすぎて、考えがることを放棄してしまいそうになる。
『主ー』
だがそんな時、脳内にロウガの声が聞こえてきた。
『どうしたんだ』
『ちょっと気になることがあるんだけどー。そっち行っていい?』
珍しい。突然なロウガからの相談に、夜兎は不思議に思う。
夜兎が学校に行っている間は、気を使ってるのかロウガはそんなこと言わない。
なにかあったのだろうか。
まだ左右からお小言が聞こえるが、ロウガの話が気になり夜兎は周りに人気がないのを確認し、ロウガを呼んだ。
“主ー”
目の前にロウガを呼び出すと、ロウガは一目散に夜兎に飛んできた。
正直、この状況のロウガの登場は嬉しい。撫でてると癒されてくる。
「ロウガ?」
「なんで、ここに?」
「なんか気になることがあるらしいから、こっちに来たいって」
飛び付いてきたロウガをわちゃわちゃしながら、夜兎から視線をロウガに移す二人に、夜兎は応える。
そのお陰で、お小言も一旦ストップになった。
「それで、なにかあったのか?」
撫でるのに満足し、夜兎は改めてロウガに問いかける。
撫でられ嬉しくなってるのか、ロウガは“あのね、あのね!”と若干テンションが高い。
“主って、あのおじさんのこと好きなの?”
ロウガのド直球な一言に、夜兎は一度本気で思考が停止した。
数秒だろうか。この時、夜兎はこのロウガの言葉を聞いた途端、石化したかのようにピシッ!と固まる。
......あれ?
「えっと、今、なんて?」
“だからー、主はあのおじさんのこと好きなの?”
聞き間違いかと思い、夜兎は再度確認を取るが、ロウガの答えは変わらない。
取り敢えず、聞き間違いではないことは分かった夜兎だが、まだもう一つ謎がある。
おじさんって、誰?
おじさんと言われても身に覚えのない夜兎は記憶のなかを探ると、直ぐに誰のことか分かった。
おっさんのことか。
普段、おっさんとしか呼んでいないため、おじさんという呼び方じゃあ分かりづらくなったが、そこはまぁいい。
「なんでそんなことを聞くんだ?」
“夏蓮ちゃんが言ってたから、気になって”
夏蓮が?なぜ?
なんで夏蓮はロウガにそんなことを言ったのか。
また、しょうもないイタズラかと思った夜兎だが、ここで朝の夏蓮の行動を思い出した。
そういえば、ロウガの進化した姿を見せようとした時も、なんかよそよそしかったな。
あの日は、確かおっさんと飯食って、それからスリに遭って……。
そこまで思い出した夜兎は、しばし黙り込み、脳内で状況の整理を始める。
数日前に起きた、窃盗犯の確保。
そこでのおっさんの過剰な反応。
帰ってきてからの夏蓮のよそよそしさ。
朝の、あの夏蓮の奇妙な行動。
さやとリーナの異常なまでのコミュニケーション。
そして、このロウガの言葉。
もし、もし夏蓮が、あの日おっさんと自分を見ていたら……。
そうなれば、この今日の行動はすべて納得がいく。
「夏蓮は、なんか言ってたか?」
“『もう、手遅れかもしれない』って”
これはもう、確定事項のようだ。
「へぇ……」
完全に理解した夜兎は、沸き出る憎悪を抑えつつ、無機質に声を漏らす。
帰ったら、夏蓮になにが手遅れなのか聞かないとな。
なんか、こういうの前にもあった気がするんだが。
もう一度言わなきゃ駄目みたいだ。
急に様子が変わった夜兎を見て、「や、夜兎君?」「どうした?」と聞くさやとリーナに、夜兎はチラッと二人を見る。
それと、この二人にも話をつけないとな。
ロウガを抱いたまま、夜兎は淡々と思う。
連鎖していた拗れが、一気に解けていく瞬間だった。
誤解は、普通に解けました。
おまけ
【言い訳】
「反省してるか?」
「してます」
「本当に?」
「....一つ、いい?」
「?なんだ?」
「男同士でハグやらキスまがいなことしてたら、少なからず疑念はいだくと思う」
「それは.............あるな」
―――――――――――――――
ブックマーク、評価よろしくお願いします。