確実に負の連鎖を生んでいる
遅くなり申し訳ございません。
今回で終わるつもりが、少し長くなりました。
夜兎達がロウガの進化に驚いている頃、夏蓮は一人、自宅の自室で神妙な顔をしていた。
「どうする...」
机に肘を置き、夏蓮は考え込むような体勢を取る。
度重なるすれ違いが生んだ、夜兎が同性愛者かもしれないという、正直謎すぎる事件。
あれを目撃して早々と逃げるようにして去った夏蓮ではあったが、そう都合よく忘れられるわけもなく。
帰ってからこの通り、通りで見たあの光景が忘れられないでいた。
なぜだろう、衝撃的すぎたのか、忘れようとしても脳内にこびりついて離れない。
前にこれでさやをからかうことはあったが、いざ本当のことになるとこうなってしまうのか。
ちょっとしたしっぺ返しを喰らった気分だ。
「どうする...」
なにも考えが思いつかないまま、夏蓮はまた同じことを口にする。
帰宅してからずっとこの調子だが、いくら悩んでもなにも出てこない。
いや、そもそも他人の趣味に口を挟むのも少し無粋だろうか。
人の趣味をとやかく言うのは、間違ってるんじゃないだろうか。
悩んでいくうちに、夏蓮の思考はどんどんそう思うようになった。
今、自分が取れる選択肢は、ありのままを受け入れるか、自分はなにも見てなかったとしらを切るか、同性愛だけはやめた方がいいと説得するのか、どちらかだ。
正直、実はまだ本当にあれは同性愛だったのか疑っている。
決定的な瞬間を見たが、それでも夏蓮は真実は違うということに賭ける、というか賭けたい気持ちがあった。
というか、そうでなきゃやっていけない。
「どうする...」
いったい何度目か。さっきより重く、ため息混じりに呟く。
色々な気持ちが渦巻き、もうどうしてよいか分からなくなったその時、丁度ドアの外から「ふぁ~」と欠伸のような声と階段を上がる音が聞こえてきた。
帰ってきた。
その音を聴いて、夏蓮はここでふとあることを思う。いっそ本人に聞けばいいんじゃないかと。
今ここで聞けば、全て解決するんじゃないのかと。
そう思い立ち、夏蓮は咄嗟に部屋を出ると、廊下で眠そうに口を大きく開けていた夜兎に出会した。
「......」
「......」
無言で見つめる夏蓮に、夜兎はやや戸惑うも立ち止まりこちらも無言で見つめ返す。
夏蓮が尋常じゃない目付きで、こちらを睨んでいたからだ。
お互いに見つめあって、数秒という間が空く。
いざ勢いよく出てきたのはいいものの、本人を目の前にしてなんて言えばいいか分からず、夏蓮は混乱したまま動けないでいる。
ストレートに男が好きなのかと聞くべきなのか、遠回しにいくべきか。
そしてこれを聞いて本当だと言われたらどうしようという恐怖感。
様々な考えが混在して、夏蓮は口が思うように動かないでいる。
「ど、どうかしたのか?」
痺れを切らしたのか、夜兎が先手を打って話しかけてくる。
先手を打たれ、夏蓮は更に焦り、「い、いや...」と目を泳がせ、
「別に...」
つい逃げてしまった。
駄目だ、自分には荷が重すぎる...。真実を知る絶好のチャンスだというのに、なにをやっているのか。
不甲斐なさのあまり、夏蓮をその場で顔を項垂れる。
明らか挙動不審な夏蓮に、夜兎は不思議に思うも「そ、そっか」と納得して、なにか思いだしたのか、「あっ」と声に出してから話題を切り替えてきた。
「ちょっと部屋に来ないか?」
いきなりそんなことを言われ、夏蓮は「?なんで?」と聞くも、夜兎は「いいから」と言うだけで内容は話さない。
理由が全然掴めない夏蓮だが、同時に好機とも感じた。
これはまだ聞けるチャンス。
そう思い、夏蓮は次こそは!と決意を固め、夜兎の部屋に入っていった。
―――――――――――――――――――
勇気を持って部屋に入った夏蓮に待っていたのは、ついさっきまでの決意を崩壊させる程の癒しだった。
「どうだ?でかくなっただろ?」
「幸せ...」
進化したロウガに抱きつきながら、夏蓮は果てしなく緩んだ顔で応える。
それを見た夜兎は、「お前ならそう言うと思った」と満足そうに頷く。
ロウガが進化したのを夏蓮に教えたら喜ぶんじゃないだろうかと思った夜兎であったが、それは色んな意味で成功であり、失敗だった。
あの時の意気込みはどこに消えたのやら。
進化したロウガに夏蓮はとても喜んだが、逆にロウガの毛並みの気持ちよさに負け、真実を聞くことがどうでもよく感じてきたのだ。
「ずっとこのままでいたい...」
「それは無茶だろ」
うっとりした表情で言う夏蓮に、夜兎は呆れている。
もうどうにでもなれ......。
悩むことを放棄し、夏蓮はロウガの毛並みに埋もれる。
その日、夜兎に真実を聞くことはなかった。
このまま全てを忘れ去って、この感触に包まれていたい。
――――――――――――――――――――
とまぁ、そんな都合よくいく筈もなく。
その翌日、夏蓮は学校で一人後悔していた。
やってしまった......。
机に突っ伏し、見るからに落ち込んでいる夏蓮。完全に意気消沈している。
まさかあんな罠が待っていたなんて、折角の機会を逃してしまった。
もう一回聞けばいいのかもしれないが、もうあんな勇気は出ない。
それにその当の本人がいつもと変わらない様子だったし、なんだか聞くのがとても気が引けてくる。
「神谷さーん。どうかしたのー?」
「具合でも悪いのー?」
後ろから、いつのことか夏蓮にちょっかいをかけてきた三人組が話しかけてきたが、夏蓮はそんな三人に気にも止めず、「はぁー」と深いため息をつく。
あのモンスターが地球に出現した時以来、三人組は夏蓮に夜兎の話を聞いたり、普通に話しかけたりしてるが、どちらが目的としても、夏蓮には少し面倒な相手には変わりなかった。
普段は適当に相手にしてはいたが、今はそんな奴等に構っている暇はない。
考え込む夏蓮だが、やがて一つの結論に辿り着く。
これ以上は自分の手には負えない。
そう感じた夏蓮は、自分だけで考えるのは止めた。
誰かに相談しよう。
「そういえば、神谷さん。お兄さんどうしてるの?」
「今度会えたりしない?」
「うるさい」
喚く三人に目も合わせないまま夏蓮はそれだけ言い、誰に相談するか考えたが、そこは一瞬で結論付けた。
相談するなら、やはりあの二人しかないない。
そう考えた後、夏蓮はもう一つ頼れる人物がいると思い、その人にも後で聞いてみようと決めた。
――――――――――――――――――――
「―――――というわけ」
「そんなことがあったのか」
学校終わり、夏蓮は相談に乗って貰おうと自室にさやとリーナを招き、事の顛末を話した。
半信半疑ではあるが、一応最後まで話を聞いてくれ、それでもまだピンッと来ないようで、リーナは首を傾げている。
「見間違いとかじゃないのか」
「三回も見間違いはしない」
見間違いならどれほどいいことか。
いや、本当は見間違いなのだが、勘違いをしている夏蓮はリーナの確認に首を横に振る。
「そっちはなにか変わったところとかない?多分、昔からそうだったとは思えないし」
きっかけが掴めれば、なにかできるかもしれない。
逆に夏蓮がリーナに聞いてみるも、勘違いなのだから変わったところなんてある筈もなく、リーナは「そう言われてもなぁ...」と首を捻るばかり。
「さやはどうだ?なにかあるか?」
自分には心当たりがないので、リーナはさやに聞こうとさやの方を見ると、
「さ、さや?」
なぜかさやは黙ったまま顔色が悪くなっていた。
「ど、どうしたんだいったい?」
「どうしよう......私全然気づかなかった」
どうやらさやは、全面的に夏蓮の言うことを信じているらしい。
まさかここまで真に受けるとは。流石に予想にしてなかったリーナはえぇ...っと反応に困ったが、取り敢えずフォローを入れることにした。
「落ち着くんだ、さや。まだ確実にそうと決まったわけではない。まだ夏蓮の勘違いという線がある」
「そ、そうだよね。勘違いだよね!」
「でもちゃんとハグしてた」
「そうだよねぇ......」
リーナの言葉に、さやは頷き納得しようとしたが、夏蓮の無慈悲な一言でまた落ち込み出す。
なぜこのタイミングでまたそれを言う。
「いや、ほら、なにか事情があったかもしれないし!」
「ハグされて笑顔だったし、確実に唇も顔も重なってた」
リーナの必死の励ましも虚しく、落ち込むさやに更なる追い討ちが掛かる。
畳み掛けられ、さやは想像したのかあぁ...っと壊れた機械のように動かなくなり、放心していて、完全にノックアウト寸前である。
「夏蓮、一応聞くが、解決したいんだろ...?」
「ごめん、つい」
日頃のからかい癖が出たのか。
呆れるリーナに、夏蓮は申し訳なさそうに目を逸らす。
だがそれでも、幾度となくからかわれたお陰で少なからず耐性でもできたのか、さやは立ち直り「でもさぁ!」と反論をし出す。
「それでも会話は聞こえてなかったんだよね?それ聞いてたら実は違ったとかはないの?」
正確には夏蓮が見落とした部分を見るのが正解だが、ここでも夏蓮は「それが...」っと更なる証拠を突き出す。
「私もそう思ったんだけど、そうじゃなかった」
そう言うと、夏蓮は持っていた携帯を画面を上にして机に置いた。
その画面には、やや複雑そうな顔をしている、夏蓮が頼れるもう一人の人物、メルが映り込んでいる。
「実はこの子ならなにか知ってるんじゃないかと思って、前もって聞いてみたの」
「どうだったんだ?」
リーナに聞かれ、夏蓮は「教えてあげて」とメルに頼み、メルは「はい」とだけ応えると知っていることを話し出した。
「携帯が服のなかにあったり、私自身別のことに集中していた為、一部しか聞き取れなかったのですが...」
そこまで言うと、どうしてかメルは言いにくそうに口を閉ざす。
急に黙り込まれ、さやは「なんて言ってたの?」とメルに再度問うと、メルは目を逸らしたまま、閉ざした口をゆっくりと開いた。
「これは低い渋い声だったのでマスターではないのですが...『こっちはドキドキしてんだよ』って言ってました」
その言葉を聞いた瞬間、場の空気が一気に凍りついた。
「そして、マスターの方も『ハグしちゃうのも仕方ない』って、妙にハキハキした声で...言って...ました...」
言ってて辛くなったのか、最後の方は聞こえづらかったが、重要な部分は確かにさや達に届いただろう。
その証拠に、一番疑ってたリーナでさえ血の気が退いた顔をし、数秒くらいシーンッとした時間が流れた。
『こっちはドキドキしてんだよ』『ハグしちゃうのも仕方ない』
きっと、この二つの言葉が色々と脚色され、三人の脳内で流れているのだろう。
繋げて読むだけでも、なにをしてるのか想像するのは容易だ。
想像してるのか、全員顔がどんどん青くなっていく。
静まり返った部屋の一室。空気は重くなり、完全にお通夜状態だ。
「どうする...」
誰もが口を閉ざすなか、夏蓮が顔を上げ二人を見て言う。
どうすると言われても、あんなの聞いた後で本人に確かめるなんて真似、この場の三人にできる筈もない。
もし、『そうだ』と言って頷かれたら恐ろしすぎる。
「いやいやいや!私はそれでも違うと思うよ!夜兎君そんな人じゃないし!!」
思うと言うより、思いたいと言うべきか。
口ではああ言っても、多分このなかで一番信じてるのはさやなんだろうなと、夏蓮とリーナは思う。
実際、さやは一人で「そうだよね!そうに決まってるよね!」と誰に言うわけでもなく呟やいている。
自分自身に言い聞かせているのだろう。見ててちょっと痛々しい。
確実に、このなかで一番取り乱してる。
そんなさやを余所に、リーナと夏蓮は無言のままう~んっと唸り続けるが、妙案も浮かばず、三人は悩ましそうに顔を見合わせる。
そのなかで、なにかを決断したリーナが二人に向けて言った。
「もう事態は手遅れなまでに進んでいる。もはやいつこうなったかなんてものは、知ったところでどうにもならない」
もう、誰も違うとは微塵も思っていないようで、二人共同意するように頷く。
「だから、我々でこっそりと奴を真人間に誘導しよう」
別になにも手遅れでも、ましてや始まってすらいないのだが、三人はこれからどうするのか入念に話し合った。
ちゃんとした軌道修正されることはなさそうです。
おまけ
【謎】
その頃の夜兎
「あいつら、なに話してるんだ?」
「あの、マスター...」
「メル?どうしたんだ?」
「私は、そのままのマスターを尊重しますからね...」
「尊重?え、なにが?」
「マスターが女性に鈍感なのがよく分かります」
「...いや、だからなにが?」
謎の誤解が生まれていた。
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