多分、bボタンを連打したんだと思う
リーナと合流してから、俺達は誰にも見つからないようまた別の場所に転移した。
「ここでいいか」
辺りを見渡しながら、俺は言う。
ここは普段ロウガが俺と散歩、改め特訓をするのによく使う草原だ。
ここなら、誰にも見られないし、こう広ければ対処もしやすい。
「にしても、さやも一緒だったんだな」
「今日は午前中からリーナちゃんと出掛けたの」
待ち合わせ場所にさやがいた時は少し驚いたが、どうやらそういうわけらしい。
さやに俺が「そうか」と返したところで、リーナが本題を切り出した。
「早速ロウガを見せてくれ」
リーナに言われ、俺は「分かった」と返事してからリーナ達の前にロウガを出現させる。
俺達の目の前にロウガが現れたが、相変わらず元気のない表情のままだ。
「気分はどうだ?」
“あんま変わんなぁい”
中腰になりロウガに聞いてみても、やはり状態は変わらないか。
「本当だ。なんだか元気ないね」
「みたいだな」
「だろ」
事前に説明はしたが、実際に見てリーナとさやは改めて実感している。
「今朝からずっとこんな調子らしい」
「いったいどうしちゃったんだろうね」
ロウガを見ながら俺が説明を加えると、さやが隣で膝を折りロウガを撫でようと両手を広げ『おいで』の合図を出す。
それを見たロウガがさやの下へ行こうとするが、俺はさっきのこともあり「あっ」と嫌な予感を覚えた。
「さや、あんまりロウガに近づくのは......」
俺が言いかけたその時、俺の予感は見事に的中した。
さやへ向かおうとした瞬間、ロウガは猛スピードでさやに突進する。
多分、歩み寄ろうとして足に力でも入れたのか、さっきのよりは遅いが常人からしてみれば十分速い。
このままではさやのお腹が大変なことになるが、間一髪で俺はさやとロウガの間に手を入れた。
“ふがっ!”
ドンッ!と鈍い衝突音を建て、ロウガは俺の手と激突すると、その場でぐでっと倒れ前足で鼻を押さえ始める。
ふぅ、危なかった。
危険を回避しさやの方を見てみると、あまりの一瞬の出来事に言葉をなくし、停止状態になっている。
「.....」
頭のなかはパニックになっているだろうが、これだけは分かることだろう。
今のは確実に死んでいたと。
「こうなるから気をつけた方がいい」
まさか突進されるとは思わなかったさやは、血の気が退いた様子でうんうん!!と強く頷く。
無理もない、後一歩のところであの強烈な体当たりが自分に届くと思うと、それだけで普通は身の毛がよだつ。
“鼻が曲がった~”
「あんまり下手に動かない方がいいぞ」
未だ鼻を押さえ悶えるロウガに、俺はそう言葉をかけていると、一部始終を見ていたリーナが顔をひきつらせていた。
「これは聞いていた以上に深刻だな」
「なにが原因か分かるか?」
原因を聞くと、リーナは前屈みになりながら、ロウガをじっくり観察する。
「確かに貴様が言っていたように、外傷もなければ、魔力に変化はないな」
独り言を呟くように、リーナはうーんっと唸りながら、原因を考えてみる。
「少し質問をするから、ロウガに聞いてみてくれないか」
「質問?」
「見た目だけじゃ、判断がつかないんだ」
そう言われ、俺が通訳となりロウガに幾つかの質問を投げ掛けてみた。
質問の内容は、どこか苦しい場所はあるかだとか、急に痛みが来る時があるかとか、そんな感じだ。
ある程度質問し終えると、リーナは更に頭を悩ませたような表情を見せる。
「......やはり、あれしかないな」
だが心当たりがあるのか、リーナは悩みながらもそんなことを口にする。
「あれってなんなんだ?」
気になった俺はリーナに問いただすと、もう他に思いつかないのかリーナは最終的判断を下した。
「恐らく、ロウガは『進化』をしようとしている」
「進化?」
なんか、ポケ○ンみたいだな。
「モンスターというのは、レベルが上がる程より強靭な姿に変化していく。進化をすれば進化前とは段違いの力を得られ、その段階は種族によって異なるが、どのモンスターもこれは強くなっていく上で共通して通る道だ」
説明しながら、リーナは改めてロウガを凝視する。
「今思えば不思議だ。ステータスを見たがどうしてロウガはこんなにレベルが高いのに進化をしないのか。進化はレベルを上げるうえで必ず起こる現象なのにだ」
「どうしてなんだ?」
俺が聞くと、リーナはロウガを見たまま応えた。
「自分で進化を拒んだんだ。そして、強くなりすぎたロウガはもう進化を抑え込むことができず、今のような現象が起きている」
「そうなのか?ロウガ?」
“......そう”
聞くと、ロウガは少し黙った後、小さく頷いた。
どうやら、本当に進化が原因みたいだ。
要するに、進化を拒み続けたせいで、ロウガは進化の強制力に耐えられず今みたいな現象を引き起こしていると。
今、ロウガのレベルは113。
このレベルじゃ、進化なんてとっくに来てただろうに。逆によく耐えたと言うべきか。
今の話を聞いて、俺は興味深いと思ったが、ここでさやがある疑問を呟いた。
「じゃあ、なんでロウガちゃんは進化を拒んだりしてるの?」
「そこが私も引っ掛かるんだ。進化の予兆はモンスターは事前に感じ取れる。だから、知らないから拒んでるなんてことはないんだ」
さやの指摘に、リーナも同意する。
確かに、それならロウガが進化を拒む理由が分からない。
それに、最初から知ってたなら、ロウガは進化だと分かった上でずっと黙っていたことになる。
いったいなぜそんなことをしたのか。
「なんで黙ってたんだロウガ?素直に話してくれ」
俺は理由を聞こうとロウガに言うが、ロウガは鼻を押さえた状態のまま動かず黙り込んでいる。
“......だってぇ”
すると、黙っていたロウガの口がゆっくり開いた。
“進化しちゃったら......もうあのお家に入れないんだもん...”
「お家?」
予想外なロウガの解答に、俺は目を丸くする。
「お家って、あの犬小屋か?」
“感じるの、進化したら自分の体が大きくなるって。だから、これで進化しちゃったら、お家に帰れない”
それで、俺に黙ってでも進化をしなかったのか。
意外なロウガの理由に、俺は反応に困っていると、
「ねぇねぇ、ロウガちゃんなんて言ってるの?」
「こっちにも教えてくれ」
状況を理解できてないさやとリーナが説明を求めてきた。
「どうやら、進化したら犬小屋に入れなくなるから、進化を嫌がったらしい」
「犬小屋に?」
「それだけなのか?」
二人もこの理由にあまりピンッと来なかったようで、首を傾げている。
まぁ、そう思うのも分かるが、これはロウガからしたら重要なことだろう。
“嘘ついててごめんなさぁい”
今まで嘘をついていたことに対して、ロウガは顔を下に垂らし、しょげている。
散々迷惑かけた上に、嘘までついていた。この罪悪感がロウガには耐えられなかったということだろうか。
ロウガはそんなにも、あの家に帰りたかったのか。あの家に。
それほど、俺達のことが大事ということなのか。
そう思うとなんだか嬉しく思え、俺は微笑を浮かべ、しょげるロウガの頭に優しく手を置いた。
「別に、お前は間違ったことはしてないぞ。ただ家に帰れるようにしたかっただけだもんな」
そう言いながら、俺はそのままロウガの頭を撫でる。
柔らかい口調で語る俺に拍子抜けしたのか、ロウガは“ふぇ?”と変な声を出す。
“怒ってないの?”
「怒る理由がないな」
帰る家がなくなるのは、誰だって嫌なことだ。
それを責めるのは、違うだろ。
「そういうことなら、俺がなんとかするから、お前は安心して進化をしてくれ」
“主......”
じゃなきゃ、こっちが普通に生活ができないからな。
俺の言葉を聞いて、ロウガは安心したのか顔色が微かに戻ってきた。
“分かった!僕進化する!”
決心がついたのか、ロウガは立ち上がりそう意気込んだ。
やっぱり、元気があってこそのロウガだよな。
久しく聞いたこの覇気のある声に、俺は染々感じた。
「...え?結局どうなったの?」
そう感じている途中、ロウガの声が聞こえないさやとリーナは、また俺に説明を求めてきた。
「ロウガが進化をするって決めた」
「そうなの?」
「問題点は俺がスキルでどうにかするからな」
それを聞いてやっと理解が追い付いたようで、さやは遅れて喜び「よかったねー、ロウガちゃん」と嬉しそうにロウガの頭を撫で始めた。
進化の方は、相手を小さくするスキルとか創ればどうにかなるかな。
見た目とか変わったら、なんとか誤魔化すか。
対策を考えていると、未だ納得がいってないのかリーナが衝撃の一言を口にした。
「進化しても、元に戻ることはできるぞ?」
「え?」
”え?“
それを聞いた瞬間、俺とさやに撫でられていたロウガは声をハモらせ、驚いた表情でリーナを向いた。
え、今なんて言った?
「戻れるのか?」
「あぁ、訓練すれば進化した後でも戻ることはできるぞ。ロウガが知らないのは、普通のモンスターはそんなことしないし、元々必要のない知識であるから標準知識から抜け落ちてるんだ」
「じゃあなんでそんな機能があるんだよ」
「ちょっとしたメトロン様の趣味だ。隠しコマンドみたいな感じで面白いということで」
隠しコマンドって......いかにもあいつが考えそうなことだな。
そりゃあ、わざわざ弱肉強食の世界で弱い姿のままでいようなんて考えないだろうけど、そんなシステムがあったとは。
いや、あるならそれはそれでよかったんだけどさ...。
「先に言えよ...」
「すまん、貴様の声しか聞こえないから、会話がよく分からなくてな」
そのせいでタイミングを逃したリーナは、申し訳なさそうに目を逸らす。
早めに言っていれば、あんなにしんみりしなかったのに。
問題は解決しそうだが、なぜだか俺の心は複雑で、解せない気持ちになるのだった。
――――――――――――――――
「じゃあ、ロウガ。進化してみてくれ」
“はーい”
原因と解決策も分かり、とうとうロウガは我慢していた進化に挑む。
少し離れた距離で静かに見守る俺達は、ロウガの進化の様子を眺めている。
いったいどんな進化をするのか。
気になりつつも、瞬きせずロウガを凝視していると、ロウガは体に力を入れているのかプルプルと体が震えだした。
“とりゃー!”
脳内に間の抜けた声が響くと、突如ロウガの体が発光を始める。
光はそれほど眩しくなく、光に包まれたロウガは徐々にその姿を変えていく。
小さい光の物体は、みるみると大きくなっていき、形を変える。
やがて拡大は止まり、光も消え、進化したロウガの姿が露になる。
「でか」
進化後のロウガを見て、俺は先ず第一声でそう言った。
色々と変化はしているのだが、これが一番印象的だな。
それはさややリーナも同じようで、時間差はあるも、二人とも「おっきい!」「巨大になったな」と大きさに驚いている。
「アォォォンッ!!(進化できたー!!)」
進化が成功し、ロウガは遠吠えを上げながら喜ぶ。
前より一回りも二回りも大きくなってるな。
大きすぎて、いつの間にか俺の顔は上を向いている。
前は腕に抱きかかえられる位の大きさだったのに、これは俺が跨がって上に乗れる位の大きさだ。
狐になった黄花と同じくらいだろうか。
なんだか、子供から大人になったって感じだな。
「気分はもう大丈夫か?」
“うん、平気ー”
ロウガに歩み寄りながら俺は尋ねると、ロウガは元気よく返事した。
そして、変化したのは勿論大きさだけでなく、他のところも同様に変わっている。
尻尾や胴体の部分が特にだが、全体的に毛の量が多い。
ロウガの顔を撫でてみると、今までのロウガでは感じたことのない、フワフワとした感触がある。
これは、結構柔らかいな。触ってて気持ちいい。
撫でながら、俺は「おー」と少し上ずった声をあげると、それを見たさやとリーナが横から胴体の部分を触り始めた。
「毛並み柔らかいねー」
「手触りがいいな」
胴体を撫でながら、二人はロウガの新しい毛並みに盛り上がっている。
改めてステータスを確認してみると、【シルバーウルフ】と書いてあるところが【ダイヤウルフ】と書いてあった。
進化して名前も変わるということだろうか。
スキルが増えるというわけでは、ないみたいだ。能力的には飛躍的に上がってはいるだろうが。
あらかたステータスを確認し終え、俺はロウガを見ているとあることを思うようになった。
しかし、こうしてよく見ると......。
「大分、狼っぽくなったな」
“元から狼だよ”
その辺はブライドだろうか。俺の発言に、ロウガは素早くツッコんだ。
まぁ、確かにそうなんだけどな。
今までが今までだから、なんだか別人に思えてくる。
愛くるしい雰囲気と変わって、とても勇ましい雰囲気がって、とても頼もしい。
夏蓮に見せたら喜びそうだな。
進化したロウガを見ながら、俺はそう思った。
帰ったら試しに見せてみるか、多分喜ぶだろう。あいつこういうの好きだし。
「それにしても、ロウガちゃん凄いカッコよくなったね。まるで狼みたい」
「確かに狼みたいだな」
“だから狼だって!”
毛並みを堪能しながら呟く二人の言葉に、ロウガはまた素早く噛みつく。
だが、二人にロウガの声は聞こえないため、二人は特に気にせず頷きあっている。
さやはともかく、さっきステータスを見た筈のリーナまでも言うとは。
普段から見てると、イメージが定着してしまうのか。
元が狼感ゼロだったから、まぁ仕方ないといえば仕方ないよな。
「でも、これはこれでいいよね」
「頼もしい番犬になりそうだ」
“だから、狼なんだってー!”
共感する二人に、ロウガはずっと抗議していたが、それは俺を通さない限り、永遠に伝わらないのだった。
まぁなんにせよ、進化できてよかったよかった。
その後、元に戻る訓練は無事成功しました。
おまけ
【狼みたい】
「なんだか勇ましくなったよなぁ」
“そう?”
「あぁ、これぞ狼って感じがする」
“いや、狼だけどね”
「気品も感じられるな」
“ほんとー?”
「本物の狼みたいだぞ」
“いや、だから本物なんだけどね”
「風格もあるな。まるで歴戦を潜り抜けた狼みたい―――」
“さっきから、わざと言ってるでしょ?”
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