頭とか狙ったら一撃で倒せそう
街の人の一部が洗脳されてからすぐ、柴多と柳は様子を見ようと駅の上から眺めていた。
「アハハッ!!!見て見て、皆止まってる!!すっごーいっ!!」
大爆笑しながら笑い転げる柴多に、それを横に冷めた様子の柳。
「静かにしろ満。洗脳されていない人間にバレたらどうするんだ」
ここら一帯に届きそうな程の声量で笑う柴多に柳は鋭い口調で咎める。
指摘され笑いも収まったのか、柴多は若干涙目になりながら屋根に座り込む。
「いやいや、ごめんごめん。とにかく面白くて仕方なくって」
「お前がどうしてもやりたいというから、付き合ってやったんだ。後は俺の指示に従うんだぞ」
柳の言うことに、柴多は「はいはい」と楽しそうな顔をしながら頷く。
全く、これのなにが面白いのやら。
理解のできない柳は、落ち着いた面持ちでまたいつものようにメガネをクイッとあげる。
本来なら、別にビルだけを狙えば済むこの復讐話。
だが、柴多が最後にこれだけはやりたいと駄々をこね始めたがため、こうして余興に付き合っているのだ。
画面をジャックするのもそれ専門の人員を探すのに苦労はしたが、一先ずは成功だな。
街の様子に柳はそう判断するが、停止した人々とは明らかに違う挙動をする箇所が一つ。
それを見た途端、柳は顔を渋くさせた。
「なぜ奴がここにいる...」
視線の先には、駅の前でキョロキョロと辺りを見回している夜兎がいた。
偶然なのか、必然なのか、どちらにせよ、それは柳にとって不都合極まりないことだ。
できれば、すぐ済ませてしまおうかと思ったが、そうもいかないかもしれない。
「時間がない、早速指示に従って貰うぞ」
少しでも早く、計画を遂げる。
そして、十五年もの恨みを今こそ晴らす。
ただそれだけを抱きながら、柳は柴多に指示を出す。
――――――――――――――――――
映像が途切れてから。
俺とさやはこの事態に困惑していた。
「本当に動かないな」
近くで動きを止めた人を凝視しながら、俺はヒラヒラと目の前で手を振ってみる。
......やっぱ動かないか。
洗脳されてるから当たり前だが、やはり身動き一つ取らない。
「ちょ、ちょっと、夜兎君.....?」
確かめていると、さやが後ろから若干震え声になりながら声をかけてくる。
「な、なにしてるの?」
「なにって...確認」
「いやなんの!?」
平然と言う俺にさやは驚きを見せているが、「そうじゃなくて!」となにやら慌てた素振りで俺に詰め寄る。
「取り敢えず、どういう状況なのか説明貰っていい?もう、わけが分からないんだけど....」
時が止まったかのようにピクリとも動かない人達を見つめながら、さやは俺に問う。
まぁ、これだけじゃなにがなんだか分からないか。
「さっき話したスキル持ちの奴の仕業だ。全員、洗脳されてるな」
「せ、洗脳って...!?大丈夫なの?」
「こうして手を振っても微動だにしないんだ。危険はないと思うぞ」
それに、昨日洗脳されてた奴も置いてった直後、目が覚めたが、洗脳されてからの記憶が残っていなかった。
だから、こうして手を振ったとしても、彼等の記憶には残らない。
「さやもやってみるか?」
「そんな肝が据わったことできないよ!」
流石に、目の前で機能が停止したロボットのような人に対してなにかする度胸はないようで。
さやは首をぶんぶん横に振りながら拒否する。
その時だ―――――――――
「!?」
「ひ、人が!!」
突如、停止していた人達が一斉にゆらりと動き始めた。
一歩一歩がゆっくりなものの、洗脳された人達はなにかに導かれるように歩いていく。
いきなり動きだし、俺とさやは驚いたが、こちらになにか仕掛けてくる様子はない。
これは、人を集めてるのか.....。
動き出す方向を見ながら、俺はそう判断する。
では、どこに集めているのか。そんなものは決まっている。
人々が歩く先を見てみれば、そこには奴等が狙っているであろうビルがある。
人々がビルの周囲を囲むだけ囲み、詰めるだけ詰めると、またその場で動かなくなった。
まるで、逃げ場ないとでも示しているようだ。
「都合がいいな」
こっちとしても、警察が来たときのいい時間稼ぎになる。
ここからでも、ビルの中から怯えている社員が見え、その手には携帯が握られていた。
もう、通報は済んでいることだろう。
「取り敢えず、俺は行くけど、さやはどうする?ここにいるか?」
「できれば、この場に留まりたくないんだけど...」
害がないとはいえ、こんな奇怪な場所に一人置き去りにされたくないと思うさや。
こんな場所に一人でいるのも嫌か。
「なら、ここでお別れだ。残ってても駆けつけた警察に事情聴取とかされそうだし、俺が送ろう」
さっき用事あるって言ってたし、この場から離れる程度に転移させておくか。
そう言い俺は手を差し出すと、さやは「確かにそれは嫌だね...」と俺の提案を素直に受け入れ、俺の手を取る。
「それじゃ、またな」
別れを告げ、俺は転移をさせようとしたその時、さやが「あ、ちょっと待って」とやや慌て気味で止めてきた。
「そういえば、まだ言ってなかったと思って」
「?なにを?」
首をかしげるに俺に、さやは少し恥ずかしげに頬を赤くし頬を緩ませる。
「さっきはわざわざ事情を話してくれてありがとう。私に合わせてくれたんだろうけど、言ってくれて嬉しかったよ」
顔が若干赤くなるも、さやはしっかりと俺の目を見ながら言った。
そんなことを言われるとは思わず俺は面喰らうも、間が空いてから微かに微笑んだ。
「リーナにも釘刺されたからな。そりゃあ言うさ」
「知ってる。夜兎君がいなくなった後リーナちゃん凄い取り繕ってたし」
手を握りながら、俺とさやは段々可笑しくなり、堪えるように肩を揺らしふふっと小さく笑い合う。
「じゃあ、今度こそまたな」
「うん、頑張ってね」
一頻り笑い終わり、俺とさやはさっきとは違いお互い笑顔で別れを告げ、さやはその場から姿を消した。
まさか、あんなことを言われてしまうとは。
なんであれで男が苦手なんだか。多分天然であろうが、手まで繋げてたのに。
若干謎だが、俺はまぁいいかと思い、思考を切り替え真剣な顔でビルの方に目を向ける。
さっき話してる最中に調べてみたが、もう柴多と柳はビルの中にいるようだ。
ビルの社員に特別手を出した様子はない。あくまで狙いは社長というわけか。
「さて、やりますかね」
気持ちを切り替え、俺は転移でビルの中に潜入する。
―――――――――――――――――――
ビルの一階に入ると、俺が一番に目にしたのは力が抜けたように立ち尽くすスーツを着たこのビルの社員達だった。
邪魔だから洗脳でもされたのか。
なにもせずただその場で立っているだけの姿に俺はそう思うも、それだけではないようで。
洗脳を受けた社員達は俺を見た途端、一斉に俺に向かって飛びかかってきた。
「.......」
「.......」
「.......」
無言だが鬼気迫る勢いで俺に襲いかかるそれに、俺は転移で避けるもそいつらを見て思わず「こわ...」と声を漏らす。
なにあれ、どこぞのゾンビゲームみたいだな。
挙動が完全にそれに近く、社員達は俺を見失うとヨロヨロとしながらゆっくりと散らばっていく。
ゲームならともかく、いざ目の前で見ると迫力が違うな。
差し詰め、ここに人が来たら足止めするように命令されてるんだろう。
呑気に俺は観察するも、端に避けただけなのでまたすぐに見つかり、洗脳された社員達はまた一斉に襲いかかる。
「今は付き合ってる暇はない」
俺は逃げずに、その場に留まる。
「悪いが寝ててくれ」
胸元で指でパチンッと鳴らした瞬間、突如洗脳された社員達は次々にバタバタと倒れ出した。
倒れた社員達は皆気持ち良さそうに、スヤスヤと眠りに落ちている。
一応、俺とあいつらと社長以外のこのビルにいる奴は、全員眠らせておいた。
あっちには眠らずにやって貰うことがあるからな。
外の方も、外部からの時間稼ぎ程度にはなるだろうからしばらくそのままでいこう。
それじゃあ、本命の方に行くか。
丁度、あいつらも社長とご対面してる頃のようだし。
下準備が済み、俺は彼等がいるであろう社長室に、直接転移した。
――――――――――――――――
夜兎がさやを送り下の連中を相手している間、柴多と柳は自分達の義理の父親と対面していた。
「久しぶりだな。義親父殿」
「お久~」
皮肉を込めた言い方の柳に、いつになく軽い感じの柴多。
やりたいことがやれて機嫌がいいのだろう。
そしてそんな余裕な態度の二人とは違い、五十代を過ぎたくらいの外見をしたシワのある髭の生えた男は、緊張で張りつめた顔をしている。
この男こそが、柳達を陥れた全ての元凶ともいえる人物、このビルの社長だ。
建前上父親である社長は焦りながらも、冷静に努めようとする。
「お、お前達、どうしてここに...」
「分からないのか?俺達がここに来た理由が」
質問を質問で返され、社長は応えず黙り込む。
理由なんて知らない筈がない。自分がした所業くらい分かっている。
だからこそ、口に出して言いたくないのだ。
だがそれでは事態は好転しないのも事実。社長は暫し黙るも、重く閉ざされた口を開いた。
「私を殺しに来たのか」
「十五年も待ったよ」
「じゃあ、なぜすぐ殺さない。殺さずとも、なぜ満の能力を使わない。私を操れば甚振ることなんて容易いぞ」
理解できないといった社長の物言いに、柳は少し間を開ける。
「そんなんで、この十五年が埋まるわけないだろ」
急に柳の顔が歪み、声のトーンが下がる。
「俺は毎日願った。夢見た。あんたに復讐できるこの日を...。もう、ただ殺すだけじゃ足りないんだよ」
心臓をギュッと握りしめ、柳は悲痛そうな表情を浮かべる。
こっちは十五年待った。毎日地獄のような日々を過ごし、自分のなかで何度死を受け入れようとしたか。
なのに、こいつはたった一度死ぬだけで許されようとしている。
こんな不平等なことがあってはいけない。こいつに然るべき罰を。
「だから、その報いを受けろ」
「私をどうするつもりだ」
「これから俺達と一緒に来てもらう。少し邪魔な奴がいるんでね。早くこの場から離れなきゃいけない。そこで再会の喜びをじっくりと味わおう」
そう言ってから、柳は一歩社長へと近づく。
「く、来るな!」
「恨むなら、こんなことを始めた自分を恨め」
一歩一歩近づく毎に、社長は震えていき壁際に追い詰められる。
後もう数歩けば社長に手が届く。これで、復讐が始められる。
柳は自分の勝利を感じたその時、突然今まで傍観していた柴多が「げっ」と声を上げた。
「不味いよ。啓介」
「どうかしたか」
「ビルの一階にあいつが出てきて、取り押さえようとしたけど、なぜかそこでビルの中の洗脳が解けた」
ずっと監視していた柴多は、この予想外の出来事に険しい顔をする。
「あいつ」と聞いて、柳は無意識に奴の顔が浮かび、急いで社長をテレポートさせようと腕を伸ばすが、
「そこでストップだ」
「っ!?」
横から突然なにかに掴まれた。
腕を掴まれ、柳は咄嗟に顔を横に向けると、驚きのあまり言葉を失う。
「な、なんだ君は!?」
急に目の前に現れ、社長は取り乱しながらも問い質す。
「ただの仲裁人だ。反抗期はそこまでにしておけ」
突如現れた夜兎は、二人に鋭い目で告げた。
おまけ
【社会復帰】
「お前ら二人ともこの復讐終わったらどうするつもりなんだ?」
「適当に住みやすいとこ見つけて隠居だな。もう静かに暮らしたい」
「まぁ、それしか道はなさそうだな」
「それに、あれの社会復帰なんて無理だろ」
「だろうな」
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