これ人間技なの?
放課後になり俺は今釜石さんの家があるマンションに来ている。
「どうぞ上がって、神谷君」
「それじゃ、お邪魔します」
釜石さんに促され俺は靴を脱ぎリビングに入った。リビングはシンプルなデザインで、とても生活感がある。
「それじゃあ早速始めようか。鞄はソファーの方に置いてこっちにスーパーの袋を持ってきて」
釜石さんに言われ俺は鞄をソファーの上に置き手に持っていたスーパーの袋を台所に置いた。今回作るのはカレーで今日の釜石家の晩御飯になるらしい。
ここに来る前に買い物は済ませてあり、レジのおばさんに「デートかい?」とか「まるで夫婦みたいだねぇ」とか言われ茶化されたりしたがそこは割愛。
「それじゃあ先ずは野菜の皮を剥くとこから始めようか」
そう言って釜石さんは袋から人参を出して、ピーラーを使って皮を剥き始めた。
「こうやってピーラーでどんどん人参の皮を剥いていくの。私は包丁でも出来るけど、初めての人はピーラーからだね」
釜石さんはそう言い終わると途中で手を止めピーラーと少し皮の剥けた人参を俺に渡してきた。
「はい、それじゃあやってみて。私は他のをやってるから」
「分かった」
俺はそれを受け取り人参の皮をピーラーで剥き始めた。まあ、これくらいはスキルがなくても普通に出来る。俺は難なく人参の皮も剥き終わり釜石さんに声を掛けようとした時、俺は驚きの光景を目の当たりにした。
釜石さんは包丁で他の野菜の皮を剥いているがその速さが尋常じゃなく速い。シュルル!!と音をたてながらまるで機械の様に正確に野菜の皮が剥けていく。何これ人間技か?普段母さんの料理している姿を殆ど見たことなかったが、何時もあんな感じなんだろうか。
俺は釜石さんの手際のよさに思わず見いっていると釜石さんがこちらの視線に気付いたのか手を止めた。
「あ、神谷君終わった?」
「あ、あぁ」
「?どうしたの?」
「いや、凄い手際だなと思って」
「そう?別に普通だと思うけど」
これが普通なのか?だとしたら【料理】スキル持ちやばいな。いや、どちらかというとスキルが凄いというより釜石さんが凄いんだな。
スキルは一定の力を与えてくれる物にすぎない。だから同じスキルを持った人間でも努力次第ではかなり変わってくる。
それに理由は分からないが【料理】スキル等の家事系のスキルは進化はしない。だからスキルを持ってからの努力がかなり必要になる。
因みに母さんは全ての家事スキルを統合させた【家事の極意】を持っている。流石母さんだな。
「それじゃあ次は野菜を切ってみようか。先ずは私がやって見せるね」
そう言って釜石さんは皮の剥けたじゃがいもを丁寧に切り始めた。俺に見せる為か説明を加えながらかなりゆっくりやってくれている。
じゃがいも一つ切り終わると今度は俺に包丁を渡してきた。
「それじゃあやってみて神谷君」
俺は釜石さんから包丁を受け取ると先程釜石さんがやったようにじゃがいもを切り始めた。
動作は若干ぎこちないものの俺は着実にじゃがいもを切り、ようやく一つ切り終えた。
“スキル、【料理】を習得しました”
するとここでスキル習得のアナウンスが鳴った。もう習得出来たのか。流石速いな【超成長】。
「それじゃあ今度は人参をやってみようか」
釜石さんは俺に人参を渡してきた。俺は人参を受け取ると先程までとは違って速く正確に人参を切り始める。凄いな、手がスムーズに動くぞ。これがスキルの力か。
俺がこの事に驚いていると、あっという間に人参は一口サイズの形に切り分けられ、それを見て釜石さんは驚いていた。
「凄い神谷君!!もうそんなことも出来るようになったの!?」
「いや、うん。何か慣れた」
俺がそう言うと釜石さんは「はぁ」っと感嘆の息を漏らしていた。
「やっぱり神谷君って凄いんだねぇ..........」
凄いのはスキルなんだけどな。
それからも俺と釜石さんは特に問題もなく着実に料理をしていき、釜石さんの料理教室は何事もなく終わった。
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料理も終わり俺と釜石さんはリビングで一息付いていた。
「はいどうぞ、神谷君」
釜石さんから紅茶を受け取り俺はそれを飲んだ。ふう、落ち着くな。紅茶を一口飲むと俺は釜石さんに今日のお礼を言った。
「今日はありがとな釜石さん。お陰で少しは料理が上手くなれた」
「ううん。気にしないで。私も好きでやった事だし。それに神谷君の上達具合が速すぎて途中から普通の料理になっちゃったけど」
俺はそれに苦笑した。確かに途中から教える事もなくなって普通の料理になってたな。
「やっぱり神谷君って凄いよね。たった一日でもうあそこまで出来るようになるなんて」
「それでも釜石さんにはまだまだ追い付けそうにないけどな」
正直あの技術には当分追い付きそうにない。どうやったらそこまで出来るんだろうか。
そこから俺と釜石さんは少しの間雑談をし、俺はふと壁に掛かっていた時計を見た。時刻はもう夕方の五時を回っている。おっともうこんな時間か。少し長居しすぎたな。
「それじゃあ俺はそろそろ帰ろうかな」
「あ、見送るよ」
そう言って釜石さんは俺を玄関まで見送った。
「それじゃあまた明日な。釜石さん」
「うん、また明日ね。神谷君」
別れの挨拶も済ませ俺は玄関に振り返ろうとした時、釜石さんに呼び止められた。
「あ、待って神谷君。肩にゴミが」
そう言って釜石さんは俺に近付き肩のゴミを取った。ゴミを取る為か釜石さんの顔は俺の顔に近付き目と鼻の先まで距離が縮んだ。
そしてその時ーーーー
「ただいまー」
丁度玄関から一人の女性が入ってきた。
「今日仕事早く終わったから早めに帰ってきちゃ.....った........」
その女性は入るや否や俺と釜石さんを見ると顔を固まらせながら呆然としていた。
「お、お母さん!?」
入って来た女性を見て釜石さんが驚いた。
あ、やっぱり釜石さんの母親だったか。
だが不味いな。この状況。
今俺は玄関を背にして立っている。そして俺の背中で釜石さんは隠れ辛うじて頭が見えるだけだ。
もう分かるだろうか。玄関から見れば若い男女の二人が顔を近付け合っている。そういう風に見えるだろう。
釜石さんの母親は数秒固まっていたが、直ぐに我に帰り玄関を閉めだした。
「ご、ごめんなさい。邪魔したみたいね」
「ま、待って!誤解だから!!お母さん!?」
この状況を察したのか釜石さんは慌てて追い掛けた。それから釜石さんは母親を何とか自宅に引きずり込み必死に誤解を解いた。
釜石さんの母親は何とか納得はしてくれたが、娘が男を連れ込んだ事が嬉しいのか「娘をこれからもよろしくね」と意味深な発言をしてきて釜石さんは顔を真っ赤にしていたが、俺はそれにただただ苦笑いしていた。
後日釜石さんから「お母さんに色々聞かれた」と恥ずかしそうに顔を少し赤くしていたが、俺はただそれを慰める事しか出来なかった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーおまけ
後日俺は母さんの料理している姿が気になりこっそり料理している姿を覗いてみた。
「ふんふんふ~ん♪」
母さんは鼻歌交じりで包丁を取り出し野菜を切ろうとしたその時、
シュバババ!!
包丁が一瞬ぶれ気付いたら野菜は細かく刻まれていた。その速さは釜石さんの比ではなかった。
「ん~、今日もいい調子ね♪」
それからも母さんの超人的ともいえる料理捌きに俺はただ呆然と見ていた。家の母さんはやっぱり超人だった。
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