なにか起きそうです
薄汚れた部屋の一室。
もう暗い時間帯なのか、周囲は暗く、電気がバチバチと音を建てている。
聞こえるのは電気が点滅する音だけ。空気が重く、どことなく張り詰めている。
「.....んぁ?」
そのなかで、気の抜けた声が部屋の空気を一気に壊した。
「やっと目が覚めたか、満」
目覚めた柴多を見て、今まで椅子に座ってじっとしていた男は口を開く。
ベットから身を起こし、柴多は若干眠たそうに頭を抑える。
「あれ、敬介?......ん、あれどうなってんの?」
混乱してるのか、柴多は敬介と呼んだ男を見ながら、訳がわからず首を傾げる。
「忘れたのか?お前は変な奴に付けられて――――」
「あ、そうそう!!あいつ俺の洗脳効かなかったんだよ!!」
話す途中で、柴多は声をあげて思い出す。
敬介は「やっと思い出したか...」と呆れていると、柴多はやや焦り気味で敬介に詰め寄った。
「ねぇねぇ!あいつどうなったの!?」
「お前が気絶してからすぐに俺がお前を連れて逃げた。あれから別に追いかけては来てない」
そう説明すると、安心したのか柴多は「よかった~」とホッとしながらベッドに腰を下ろした。
「にしても、遊ぶのは控えろと言ったろ。夜ならともかく、ましてや昼間なんて無用心だぞ。なんのためにこんなところを拠点にしてると思ってるんだ」
「しょうがないでしょ。楽しくて仕方ないんだから」
小言を言う敬介に、柴多は悪びれる素振りもなく、ベッドの上でだらんっとねっころがる。
柴多の能力を使えばどこでも寝床くらいは作れるが、敬介は用心深い男だ。
なるべく人目に付かないよう、こういう辺鄙な場所を拠点にしている。
「それに、まさかあんな奴がいるなんて思わないだろ」
やられて不満なのか、顔をあげ不機嫌そうに言う柴多。
それには同意なのか、「あぁ」と言いながら敬介は眼鏡をクイッと上げる。
「恐らく、というより、間違いなく奴は俺達と同じ異能者だ。能力は十中八九、俺と同じ【テレポート】だな」
近くを通りかかり、たまたま途中から見ていた敬介は、昼のことを思い返しながら推測する。
だが、それでも納得がいかないのか、柴多は敬介に問い質した。
「じゃあ、なんで俺の【洗脳】が効かなかったんだ?【テレポート】じゃ俺の洗脳は防げないだろ」
柴多に聞かれ、敬介は少し考え込んだが、納得のいく答えが出てこなかった。
夜兎が一瞬にして柴多の後ろに瞬間移動したのは、敬介がバッチリ目撃していた。
だから能力は【テレポート】か、またはそれに類似する能力に違いない。
だが、それでは柴多の【洗脳】が効かなかったのに関しては、説明がつかないのだ。
「目線が外れてたとかじゃないのか」
「ちゃんと、目は合ってたよ」
念のため確認をとる敬介に、柴多は淀みなく応える。
柴多のミスがあったわけではない。じゃあ、なにが原因なのか。
暫く考えた末、敬介は悩みながらも重く口を開いた。
「考えられるとすれば...奴はお前の能力が効かない体質なのか、それともお前の能力を打ち消す別の能力があるのかだな」
「どっちもあり得ないでしょ....」
敬介が考えた仮説に、柴多は非現実的だとばかりに言った。
柴多の言うことは最もだが、敬介にはそれしか考えられなかった。
「どちらにせよ、俺達の計画の邪魔になる可能性は非常に高い」
あの地獄のような場所からここまで這い上がって来たんだ。
何人たりとも邪魔をされるわけにはいかない。
「少し計画を変更するぞ。上手くいけばそれでよし。できなければそれまでだ」
できれば、計画の前に面倒ごとは避けたい。穏便に済むならそれでいいが。
心の内に潜む憎しみを抑えるように、敬介は膝に肘をおき、眼鏡をまたクイッと直す。
―――――――――――――――
犯人に遭遇してから翌日。
昨日のことを考えながら、俺はさやとリーナとで帰宅していた。
「そういえばリーナちゃん、今日のテストどうだったの?」
「満点だったな」
なんてことなさそうに言うリーナに、さやは「すごーい」と称賛する。
前を歩く二人が他愛のない話をするなか、俺は前日のことを考えていた。
結局、あの後は特に進展もなく捜査は終わり、おっさんの方も案の定収穫はなかったな。
犯人の顔は分かったし、そのまま追い詰めてもよかったが、それからの対処が一向に思い付かなかった。
相手が本当にスキル持ちの奴だったり、実は複数いたりと、情報は集まったが、どれも一般には受け入れ難いものばかりだ。
(なんて面倒な...)
空を見上げつつ、俺は頭を抑える。
スキル持ちじゃなければどうにかなりそうなものを、捕まえるだけじゃ解決にはならない。
ここは異世界でもなければ、力が全てな世界なわけでもない。
世の中には世の中のルールがある。
こればかりはどうしようもないし、かといってどうにかできても、する気もない。
そんなことをしなくても、世の中は動いているし、必要のないことだから。
「ねぇ、夜兎君......夜兎君!」
二回呼ばれて、俺は「ん?」と前を向くと、さやとリーナが不思議そうにしながらこちらを見ていた。
「どうしたの?そんなボーってして」
「いつもだらしないが、今日は特にそうだな」
心配するさやに、貶してるのか心配してるのか分からないリーナ。
だらしないに関しては否定はしないが、そんなに酷かっただろうか。
「悪い、少し気が抜けてた。それで、テストの話だっけ?」
「夏蓮ちゃんがどれくらいモテるのかって話だよ」
いったいどんな流れでそうなったのだろうか。
数秒前まではテストの話をしてた筈なのに......女子の会話は展開が速いな。
「いや、俺に聞かれても困るんだが...」
兄妹だからといって、なんでも知ってるわけではないし。
さや達からの質問に俺は悩みつつも歩いていると、前方から変な人物が歩いてきた。
「あれは....」
一目見て、俺はその人物に違和感を感じた。
格好は特に変わったところはない男性だが、どことなく目の焦点が合ってないし、歩く姿勢がなんだかよろよろしている。
なんだか、歩いているというより、歩かされているみたいだ。
それはさやもリーナも感じてるのか、会話が一瞬中断され、奇怪なものを見るような目をしている。
初めはただのおかしな人かと思ったが、俺はこれと同じような人をつい最近見ていた。
この人、昨日操られてた奴となんだか似てるな。
男がこっちに近づくにつれ、さやはリーナの後ろに隠れ、すれ違うと思いきや、男はそこで急に立ち止まった。
「.....話がある」
それだけ言うと、男は俺達を通りすぎまた歩いていく。
いきなりのことに、さやとリーナは「な、なんだったの...?」「分からん...」とついていけてなかったが、俺だけはすぐに察した。
ついて来いってことか。
「.....まぁ、乗ってみるか」
正直、なにか罠があるとしか思えないが、付いていけばなにか情報が引き出せるかもしれない。
「え、夜兎君?どこ行くの?」
急に俺が反対方向に歩きだし不思議に思うさやに、俺は「少し用事ができた。先帰っててくれ」と言って男の後をついていく。
そんな俺に、さやは追いかけようとしたが、状況をなんとなく察したのか「ここは行かない方がよさそうだ」と言って止めにはいるリーナ。
気を使ってくれたみたいだな。
心のうちでリーナに感謝するも、俺は男の後を黙ってついていった。
―――――――――――――――
右に曲がったり、左に曲がったり、暫くくねくねと曲がりながら男は歩く。
どこまで行く気なのか、男は止まる様子がない。
次第に通る人も少なくなり、最後には人がほとんどいない空き地にまで辿り着くと、男はそこで立ち止まり、こちらを振り向いた。
「昨日は世話になったな」
男は若干片言気味になりながらも、俺にそう伝える。
いや、世話になったって...お前誰だよ。
一瞬俺は疑問に思ったが、喋り方の雰囲気からしてなんとなく察した。
「お前昨日の奴か」
「そうだ。俺は柳敬介。今満を伝って話している」
満は【洗脳】が使える奴のこと。
声は多分この操られてる男のものだが、今喋ってるのはあのもう一人の方か。
一つ一つ冷静に分析しながら、俺は考察する。
てか、こっち向いて喋れるってことは、視覚も共有することが出来るのか。
便利なスキルだな、【洗脳】って。
「こそこそせず、直接会いに来ればいいだろ」
「生憎、俺は慎重な男なんだ」
昨日俺が柴多を気絶させたのを見て、警戒してるのだろうか。
柴多とは違って、過剰に慎重だ。
もう少し話ができればと俺は思っていたが、その気はないのか向こうから本題を切り出した。
「率直に言う。俺達はお前に一切手を出さない。その代わり、お前も俺達にはこれ以上干渉はするな」
突然そんなことを言われ、てっきりなにか仕掛けてくると思っていた俺は、少し拍子抜けな表情をした。
「昨日はあんなことを言ってたのにか」
「あの時は感情に任せて言ったが、こっちにも事情がある。それに、異能力者同士、争う気はない」
どういうつもりだ、こいつら。
昨日とはうってかわって手のひらを返す発言に、俺はなにか裏があるのかと疑念を抱く。
「それだけを言いに来たのか」
「そうだ」
「わざわざ言いに来る必要ないだろ」
「これから起こることは、それぐらい大きなことだ」
本当に手を出して欲しくないのだろう。
内容は話さないが、わざわざこれからなにかするということを伝えてまで、柳は俺に願っている。
「なにをする気なんだ?」
「言う気はない」
まぁ、それもそうだよな。
即座に断られ、これ以上はなにも聞き出せそうになさそうだと、俺は判断する。
是が非でも手を出して欲しくないのは分かったが、それを守るほど俺はいい人ではない。
「もしなにもしないとここで誓って、それで俺が本当になにもしないと、本気で思ってるのか」
挑発気味に、俺は柳に返す。口約束なんてしたって意味はないだろ。
だがそんなこと柳も分かっている。俺の言葉に柳はあくまで冷静に言った。
「満の能力は目が合った者を意のままに操れるものだ。例えそれが画面越しであろうとも、自分の目であれば問題はない」
柳は少し間を空ける。
「もし、お前の大切な家族、友人に、満が自殺を命じれば、そいつも自殺することになる」
これがなにを意味するのか、言葉の裏の真意に、俺は簡単に辿り着いた。
要するに、ただの脅しか。
お前の大切な人がどうなってもいいなら、どうにでもしろ。
柳はそれが言いたいのだろう。
(脅しか......)
小声で、俺は心のうちで何度か呟く。
手を出すなと言われなにをしてくるかと思いきや、ただの脅し。
本人達はこれで俺を抑えられるかと思っているだろうが、それじゃあ足りなさすぎる。
「嘗めるなよ....」
その瞬間、俺を囲う空気が一変した。
「それが脅しのつもりなら、お前は勘違いをしている」
静かに、落ち着いた様子で、俺は威圧をかけていく。
喋るのに対し、空気はどんどん重くなり、肌がピリピリするほど張り詰める。
それは向こうも感じてるのか、男は操られているのにも関わらず足が僅かに後退していく。
「脅しは強者が弱者に対してするもの。たかが転移や洗脳ができる程度で、俺は止められないぞ」
微笑を浮かべ、空気は徐々に重くなる。
それにつれ、男の肌は逆立ち、体も小さく震わせていく。
「お前らが取れる選択肢は、なにも手を出さないこと。誰か俺の周りに手を出せば、その時点でお前達の目的は確実に途絶える」
身内に手を出せば、俺は持てるスキルの全てを使ってお前達を探しだす。
目的があるのなら、先ず第一に俺達を巻き込まないことだ。
「そうしないように、精々気をつけるんだな」
そう言うと、俺は威圧を解いた。
場は最初の時に戻り、元の空気になる。
戻ったと同時に、男は糸が切れたように地面にドサッと倒れた。
洗脳が解けたのか。操られた男は、意識がないのかピクリとも動いていない。
ここまで圧をかければ、大丈夫だろうか。
スキル持ちとはいえ、一般人に加減するのは中々難しいな。らしくないことはするもんじゃないな。
「まぁ、なったらなったで、その時は本気でやるけど」
そう言いながら、俺は気絶した男を抱え、歩きだす。
このまま放置しておくのもあれだし、どこか寝かせれるところに置いてくか。
結局、あいつらの目的は分からなかったな。
後でメルにあいつらの情報が探れないか聞いてみよう。なにか分かるかもしれない。
柳達の目的が気になりつつも、俺はこの一件をどう終わらせようか思案する。
おまけ
【実は】
「さて、こいつどうにかするか....」
(どうしよう、怖くて起きられない.....)
実は意識はあった操られてた人。
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