実は本物がいるようです
空に一点の曇りのない、真夜中の夜更け。
もうこの時間帯では誰もが寝静まり、起きているのは、夜勤中の職員か、遅くまで飲んで千鳥足で家に帰るサラリーマンか、夜中に遊び呆けている不良か、
はたまた――――――――――
「ふふふ........」
夜を徘徊する異常者くらいである。
「素晴らしい......これが、自由か......」
夜中の路地裏で不敵に微笑むその人影は、喜びを噛み締めるように体を震わせ、目の前のものを楽しそうに見つめる。
「ぐっ....がぁ゛ぁ゛.....」
「あ゛ぁ゛ぁ゛.......」
目の前では、苦しそうな呻き声をあげている二人の男性がいた。
その手には自分の首があり、男性達は自分で自分の首を締めているのだ。
だが、呻き声をあげるほど苦しいのにも関わらず、その手が緩まる様子が一切ない。
まるで、見えない誰かに強制的にやらされてるようだ。
人影はそれをまるでショーを見ているかのように、わくわくした目で見つめているだけ。
とても、助ける様子がない。
やがて、男性達は限界なのか呻き声も消えていき、バタンッと地面に倒れ伏した。
倒れた男達はピクリとも動かない。死んだのだ。
動かなくなった男性達を見下ろす人影は、次第に快感とばかり空を見上げ、満足げに満面の笑みになる。
「知らなかった。なんにも縛られないって、こんなにも解放的なんて!」
高揚感からか声が上ずり、静かな真夜中の街に少しばかり響いていく。
「もう、あんな場所にいることはない。さて、次はなにをしようかな....」
頭のなかを切り替え、人影はこれからについて邪悪な笑みを浮かべて思案しながら、その場を去っていく。
真夜中に輝く月は、これからのことを予兆しているのか、いっそう不気味に街を照らしていた。
―――――――――――――――――
特に代わり映えのしない朝の時間。
学校が始まってから数週間が経ち、俺の習慣は休みの時から通常のものへと変化していた。
「おはよー、夜兎」
「おはよ」
若干眠気が取れず俺は眠そうにしながら母さんに挨拶を返し、椅子へと座る。
椅子に座ると、目の前では既に夏蓮が朝食を食べていた。
「おはよ」
「相変わらず、遅い」
「これが普通だ」
朝食を食べながら夏蓮にそんなことを言われたが、俺としては夏蓮が早いだけな気がする。
これでも十分改善された方なんだがな。
そんなこんなで俺も朝食を食べていると、ふとテレビで気になるニュースが流れた。
『先日、○○通りの路地裏で、死亡した二人の男性の遺体が発見されました。警察の調べによりますと、遺体には自分で首を絞めた跡があり、何者かが自殺に見せかけた他殺ではないかと見ており―――――』
朝にはなんとも重い話ではあるが、確かに変な話だな。
普通自分で首を絞めるなんて、途中で意識を失って自然と力が緩む。
ロープて首を吊らない限り、自殺なんてほぼ不可能に近い。
「あら、また物騒な話ね。しかも、ここから割と近場じゃない」
「案外、犯人が近くにいたりして」
キッチンから出てきた母さんが嫌な顔をしながら言い、夏蓮は冗談めいたことを言う。
(変死体か.......)
ニュースを見ながら俺は若干気になるが、すぐにどうでもよくなり朝食に目線を戻した。
やがて、朝食も食べ終わり、俺は学校へ行く支度をしようとしていると、突然携帯の着信音が鳴り出した。
「マスター、お電話です」
メルに言われ、俺は携帯の画面を見ると、そこには『石田哲二』と表示されていた。
おっさんか。朝から電話なんて、碌なもんじゃなさそうだな。
少し嫌な予感がし、俺は出ることに躊躇いながらも渋々電話に出た。
『おーっす、夜兎。久しぶりだな、おじさんがモーニングコールをしに――――――』
「用がないなら切るぞ」
いつかに似た展開に俺は耳から携帯を離し、電話を切る体勢を取ると、おっさんから『だあー!!待て待て!!』と声があがる。
全く、まともに電話もできんのか。
朝からテンションの高いおっさんに俺はため息をつき、仕方なく携帯を耳に戻す。
「いきなりなんの用だ?こっちは今から学校なんだが」
『すぐに済むさ。またお前に協力して欲しいことがある』
またそれか。
まぁ、おっさんからの連絡はほとんどがそういう依頼なんだから当たり前だが。
「一応聞いておくが、なんの協力だ?」
『聞いて驚くな、今回は殺人犯探しだ』
おっさんからそう言われ、俺は少し意外な表情をする。
驚いた。殺人犯探しとは初めてだな。
普段、おっさんからの依頼は大抵が行方不明者か、事件の重要参考人とかで、殺人犯探しなんて一度もなかった。
それが今回は直接殺人犯とは、そこまで切羽詰まってるのだろうか。
「珍しいな。おっさんがそんなの頼むなんて」
『普段なら、俺もそこら辺は控えるつもりなんだが、今回ばかりはどうしようもないと思ってな』
少し申し訳なさそうにおっさんは言う。
『夜兎、ニュースは見たか?』
「さっき見てた」
『俺が言ってるのは、○○通りで起きた事件のやつだ』
○○通り。それはさっき俺がリビングで見てた不審な遺体が見つかった事件だ。
『色々と捜査してるんだが、どうも腑に落ちない点が多すぎるんだ。外傷は首の手で絞められた跡以外は特になし、刃物で刺されたような箇所は一つもない。
おまけに、その首の跡は被害者が自分の手で絞めたもので間違いなく、不思議なことに緩んだ形跡もなく最後までしっかり握られていた。
そもそも、自殺の動機すら確かなものがない。
これっておかしいと思わないか?まるで、誰かがそいつを操ったみたいじゃねぇか』
「まぁ、確かにそうだな.....」
長々と話され、俺は考えながらもおっさんに同意する。
自分で首を絞めて苦しいなか、手が緩まない筈がない。
おっさんはそこがおかしいと言いたいのだろう。
『なぁ、夜兎。もしかしたらなんだが......お前以外にそういう能力を持った人間っていたりするのか?』
それは、スキルのことを知っているおっさんだけが辿り着ける答えだろう。
おっさんにそう聞かれたが、俺は特に心当たりがなかった。
俺以外にスキルを持っているとすれば、それは天上院達くらいだし。
俺の記憶の限りだと、この地球において特別なスキルを持った奴なんて見たことない。
「いや、特に覚えはないな」
『そうか、なにか知ってればと思ったんだがな....』
少し期待してたのか、俺の返事におっさんは残念そうにしている。
スキルを持った奴なんて知らないが、第一どうやってスキルを得られるんだろうか。
色々と思考を巡らせていると、いつの間にか時間が過ぎてたようで、
「夜兎ー!そろそろ行かないと遅刻するわよ!!」
下の階から俺を呼ぶ母さんの声が聞こえた。
母さんの声が聞こえ、俺は時計を見ると朝食を食べてから大分時間が経っている。
もう、こんな時間か。
「俺はもう時間だから、終わったらまた連絡する」
『え、手伝ってくれるのか?』
こうも簡単に了承してくれるとは思わなかったのか、おっさんは意外そうに言う。
「もし仮にスキルを持った奴がいるとするなら、おっさん一人じゃどうしようもないだろ」
『夜兎、お前って奴は......』
「その代わり、また今度なんか奢れよ」
俺が協力的なことにおっさんは感動したのか、嬉しそうに『よし!なんでも奢ってやるぞ!』と気前よく応える。
普段の俺なら渋るから余計に嬉しく感じてるのか。朝から元気だな。
(にしても、現代のスキル持ち.....)
電話を切り、俺は暫し棒立ちのまま深く考え込む。
【料理】や【柔術】とは違い、俺が持っているスキルは特殊だ。
人間ができる範囲を越えるスキルは、普通に生活して手に入るものではない。
俺や天上院達みたいに神からスキルを貰ったならともかく、自力でそんなことができるんだろうか。
少しの間考えたが、答えは出なかった。
(そもそも、存在するかも分からないか...)
さっきからいる前提で考えていたが、おっさんの勘違いってこともある。
まだ、そう決めつけるのは早いな。
取り敢えず、話は放課後になってからだ。
内心気になりつつも、俺は鞄を持って学校へと出掛けていった。
――――――――――――――――――――
「あるぞ。地球でスキルを取得する方法」
学校の昼休み。
いつも通りリーナとさやとお昼を食べているなかで俺はなんとなくリーナに聞いてみたら、予想外な答えが返ってきた。
「え?あるのか?」
「いや、正確には取得するというより、取得してしまうだが」
いったいどういうことかと気になり、俺はリーナに続きを促す。
「どういうことなんだ?」
「人間、誰しもが色々な才能を秘めているものだ。それはほぼ開花せずに一生を終えることがほとんどだが、極々稀に、ある強い衝撃によってそれが開花する者がいる。
メトロン様は意図的にそれを貴様らに引き出したが、それが自然に起きるということだ」
「それが、スキルを持つ理由か」
スキル持ってる奴って本当にいたんだ。
「例えば、ここでの事例なら雷に撃たれて生還した者や、目の前で両親を失った強いショックとかで、スキルに目覚めた記録があるな。
その者達のことを、ここでは『超能力者』とか呼んでいるようだ」
超能力者。よくテレビとかで耳にするが、そいつらって全部偽物だと思ってた。
あれって、本当だったのか。
これには、先程までずっと黙って聞いていたさやも「へぇー」と思わず声を出していた。
リーナは「それでも、数億に一人の確率だがな」と付け加えていたが、スキル持ちが存在することは確認できた。
これで、おっさんが言っていた仮説の可能性が少しは高まったな。
「じゃあ、私もその可能性があるのかな」
「ないこともないな」
興味があるのか、さやはスキルについてリーナと楽しそうに話し込んでいる。
夏蓮もそうだが、さやもスキルが欲しかったりするのだろうか。
(中々面倒になってきたな)
楽しそうな二人を余所に、俺は空を見上げながら内心呟く。
これであの事件の奴も本物なら、本当におっさん達じゃ手に負えそうにないな。
(甘くなったな、俺も.....)
いつもなら、助ける云々より先ずやりたくないと思ってしまう筈なのに。
自分自身の変化を自覚しながら、俺は平穏な昼休みを過ごす。
おまけ
【ミスったな】
「今回、よく簡単に引き受けてくれたな。夜兎」
「別にいいだろ。たまには」
「いや、いいんだがよ....ミスったな」
「?なにが?」
「お前のことだから簡単には受けないと思って、夜通し旨そうな店を調べたんだが、無駄骨か....」
「それより捜査をしろよ」
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