クラスの帰還
夜兎が夏蓮やさや、黄花と一悶着起こす少し前。
夜兎に別れを告げ、用意された転移魔法陣で異世界へと帰った天上院達は、無事元の場所に辿り着いていた。
「ここは.....」
全身を包み込んでいた光が消え、ゆっくりと目を開けると、そこは見慣れた景色だった。
「天上院君」
「帰ってきた、みたいだね」
隣にいる美紀に頷き、天上院は周囲を見回す。
ここは地球に行く前に最後にいた場所。
自分達の国からそう遠くないところだ。
既視感のある場所に、自分達は帰ってきたという実感を持てた勇者達は、ワンテンポ遅れて一斉に歓声を上げた。
「帰った、帰ってこれたんだ!!」
「これでまた彼女に会える!!」
「さようなら、故郷!!ただいま、異世界!!」
近くの人とハイタッチをする者、雄叫びをあげる者、身体を踞ららせ喜びを噛み締める者。
反応は様々だが、皆一概にして異世界への帰還を喜んでいる。
「皆、嬉しいのは分かるけど、今は一度国に戻ろう!」
話に聞いても、やはり多少は心配なようで。
天上院の掛け声に、勇者達は「確かに」「そうだな」と同意すると、全員でルリアーノ達の国へと出発していく。
「おい、こいつ置いてくなよ。一応敵なんだから」
「あぁ、悪い悪い。コロッと忘れてた」
戻ろうとした時、男子が気絶したままのマクシスを指差した。
指摘されたもう一人の男子はそれをズルズルと引きずっていく。
これでも魔王の四天王の一人なのだが、今の彼等からしたらただのお荷物なのか。
四天王が地面の上を引きずられるなか、天上院達はゾロゾロと国を目指していった。
―――――――――――――――――――――
暫く歩くと、遠目だが国の城壁が見えてきた。
「見えてきたね」
「そうだね」
美紀に相槌をうちながら、天上院は見たところなにも異常はなさそうだなっと、一人ホッとする。
門の近くまで着くと、門番らしき兵士達が天上院達を見て一瞬警戒したが、すぐにそれは解かれた。
「ゆ、勇者様達ですか?」
「うん。黙って留守にしてて悪かったね。そこを通して貰える?」
少し半信半疑な兵士に天上院は応えると、なぜだか兵士達は固まったように身体をわなわな震わせ始めた。
「ほ、本当に、勇者様達なんですね?」
「?そうだけど」
別の兵士にも聞かれ、天上院は若干不思議に思いながらも頷く。
すると、またその兵士もなぜだか拳をギュッと握り、身体を震わせ始める。
「えと、どうかした?」
急に黙り込まれ、天上院は首をかしげていると、
「ゆ.......」
「ゆ?」
「勇者様達が帰ってきたぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
途端に一人の兵士が腹の底から高らかに叫んだ。
いきなり叫ばれ、天上院達はビックリするが、お構いなしに兵士は叫び終えると今度は城壁の中へと駆けていってしまった。
いったいなんだったんだろうか。
状況が呑み込めぬまま、天上院達は互いに顔を見合わせたが、誰一人として答えは分かっていなかった。
「取り敢えず、通ってもいいかな?」
「あ、はい!どうぞお通りください!」
よく分からないが、今は一度ルリのところに行くのが先だ。
残っていたもう一人の兵士の承認を取り、天上院達は城壁を通る。
城壁を通り街の中に入ると、さっきの兵士の声が聞こえてたのか沢山の民衆が門の前に集まっていた。
「おお!!本当に勇者様達だ!!」
「帰ってこられた!!」
「天上院様もいるぞ!!」
「これでまたこの国は安心だ!!」
勇者達が帰ってきたのをこの目にすると、民衆は安心したと同時に、天上院達に「お帰りなさいませ!勇者様!」と盛大に出迎えてくれた。
修業に出てからまだこの国には一度も顔を合わせてないからか、反応がなんだか大袈裟に見える。
「どうやら、皆に心配をかけたみたいだね」
周囲から聞こえる僅かな声を聞き取り、天上院は察したのか民衆に愛想笑いをする。
魔族の襲撃は本当になかった。
だが、必要以上に周りに迷惑をかけていたらしい。
民衆に囲まれつつ天上院達は手を振ったりしながら、城へと進んでいく。
城の前まで着き、中へ通して貰うと、騒ぎを聞き駆けつけようとしたのか、丁度ルリアーノと鉢合わせた。
「やぁ、ルリ。ただい――――」
ルリと目が合い、天上院はただいまと言おうとしたが、予想外な事態に見舞われ言葉が途切れる。
目が合った途端、ルリアーノは一直線に天上院の下に駆け寄り、ギュッ!!と抱きついたのだ。
胸に顔を埋められ、天上院は戸惑い、美紀は「ああー!!」と声をあげ、他は少し混乱しつつ天上院とルリアーノを見つめていた。
暫し、美紀を除いて沈黙していると、ルリアーノは天上院から離れ、表情が笑顔になる。
「お帰りなさいませ。天上院様、皆様」
「た、ただいま......」
「ル~リ~、あんたね~」
笑顔で迎えられ、天上院は未だ呆気にとられながらも返事を返す。
美紀は悔しそうにルリアーノを睨むが、それに対しルリアーノは「これぐらい良いじゃありませんか」と悪びれた様子もなく言う。
「それにしても、皆様今までどちらにいたのですか?」
吠える美紀を流し、ルリアーノは一番気になっていたことを天上院に問う。
「色々あって、地球に帰ってたよ」
「地球?.......それって、天上院様達の故郷ですか?」
「そう、そこで少しメトロン様に頼まれごとをね」
「め、メトロン様にですか!?」
本当は勘違いだったが、変に混乱を招くよりはましだ。
そう判断した天上院だが、やはりこの世界で崇められているメトロンの存在は大きいようで、ルリアーノは仰天していた。
「そうだったのですか.....」
「因みに、ここでのメトロンってどんな容姿をしてるって云われてるの?」
「背が高く、誰をも魅了する顔をしてると云われています」
ルリアーノから聞くメトロンの容姿に、天上院達全員がえぇ...っと頬をひきつらせた。
これまで鍛えることばかりで、宗教関連にはあまり触れていなかったが、ここまで美化されていたとは。
事実を知った今としては、なんとも哀れに思える。
「まさか、天上院様達はメトロン様に御会いしたのですか!どんな人でした?」
「え、いや、その......」
ルリアーノに迫られ、天上院はどう言ったらと目を逸らす。
実は背が小さくて、子供みたいな人だったなんて、口が裂けても言えない。
「そ、そんな感じ、だった、かな....」
事実が言えず、天上院はどんどん声が小さくなる。
それを聞いてルリアーノは「やはりそうだったんですね」と納得していたが、天上院達からしたら少しいたたまれない気持ちになった。
「そ、それよりも、このことを王様にも伝えなきゃ」
「あっ、それもそうですね」
どうにか話を逸らし、ルリアーノは「それでは、参りましょうか」と勇者達を案内していく。
その途中、勇者の一人が近くの兵士に「あげる」と言ってマクシスを差し出し、それに兵士が戸惑っていたが、そこはまぁなんとかなるだろう。
危なかった......。
王様のところに行くため、勇者達はまた移動していく最中、天上院は誤魔化せたことにホッとしつつも、先程のことを思い出し、僅かに顔を歪める。
抱きつかれたあの時、いきなりなことで驚いたが、顔を埋めていたところが湿っている。
きっと、涙の跡だ。
(本当、皆には心配かけたな......)
涙の跡がある部分をソッと触れてから、天上院は次はそんなことさせないと心に決め、王様の下へ歩いていった。
――――――――――――――――――――
夕方になり、城のテラスで天上院は一人ボーッとぐったりとしながら外を眺めていた。
夕焼けが見え、茜色の光が街を照らしてとても鮮やかだ。
そしてその下からは、街のあちこちで民衆が騒ぐ声が聞こえてくる。
王様への報告も終わり、只今勇者達は自由行動中だ。
一部は恋人に会いに行ったり、また一部は酒場で民衆と帰還の祝杯を挙げていたり、皆それぞれの時間を楽しんでいる。
「結局、誰が助けてくれたんだろう....」
夕焼けを眺めながら、天上院はポツリと独り言を呟く。
魔族の攻撃は本当にされていなかったのだが、誰がそれを止めてくれたのかは分かっていない。
ルリアーノ達によれば、正体不明の二人組が魔族を撃退してくれたとのことだ。
顔はフードで一切見えず、自分達が駆け付けたときにはもういなかったらしい。
会えるなら一言お礼でも言いたかったのだが、顔が分からないならそうもいかない。
「にしても、色々と不思議な奴だったな、神谷は」
夜兎のことを思い出したのか、天上院はこれまでのことを思い返す。
最初はスキルを使って悪さをしている奴だと思ったらそうではなく、自分達より遥かに強い力を持っていて自分達を助けてくれたり、その上なぜだか神に恐れられている。
本人は凄くやる気がなさそうだが、実は意外と良い奴なのかもしれない。
「もう少し、仲良くしておけばよかったかな」
中学の時は全くといっていい程話したことがなかったが、人は外見だけで判断してはいけないということか。
若干の後悔の念を感じつつも、天上院の中では仲良くする以上に心に決めていたことがあった。
「いつか...いつか、僕は君を越えてみせる。そうすれば、君を越えた時、僕は確実に上に行ける」
夕焼けに手を伸ばし、なにかを掴み取る仕草をしながら、天上院は己の覚悟を口にする。
前は魔王という正体不明の敵に向かって努力してきたが、明確な実力が分かる相手だと道しるべがある分やる気が出てくるものだ。
「あっ、こんなところにいた」
すると、そこで美紀が【転移魔法】で天上院の後ろに現れた。
いきなり出てきた美紀に、天上院はあまり驚くこともなく、口を閉ざしたまま美紀を見つめる。
「城に残った皆でもアナムズに帰還したお祝いしようって話になってるんだけど、天上院君もどう?」
「美紀...」
美紀はそう言うが天上院に反応がなく、美紀は「どうしたの?」と聞くと、天上院は真っ直ぐ美紀の目を見て言い放った。
「美紀、僕は強くなる。強くなって、魔王や神谷を倒して見せる。もう、負けたくはないから」
夕日を背中に、天上院は自分の掲げた信念を堂々と語る。
言い方は静かだったが、それには確かに強い想いが込められていた。
突然のことに美紀は若干呆気にとられたが、次第にクスッと微笑んだ。
「神谷君と魔王同列なんだ」
「両方とも勝ちたいからね」
可笑しそうにクスクス笑う美紀につられるように、天上院もまた微笑を浮かべる。
一頻り笑うと、美紀も天上院の意気込みに賛同する。
「私も頑張るね。取り敢えず、神谷君が言ってた【転移魔法】の特訓をしてみるよ」
「僕も早くあの剣を使いこなせるようにならなきゃ。まだ、全然扱いきれてないから」
なんか最後はあやふやになっちゃったけど、取り返してこないなら、くれるってことだろう。
折角神から貰ったんだ。絶対使いこなしてみせる。
拳を握りしめ、天上院はやる気に満ちた顔をする。
そんな天上院に美紀は暖かく見つつも、美紀は自分が彼を探していた理由を思い出し、再度問う。
「それで、天上院君もお祝い来る?」
「もちろん、行くよ」
美紀の問いに天上院は二つ返事で了承し、転移で行くため美紀の肩に手を置く。
肩に手を置かれ、美紀は転移しようとしたが、ここでふとあることが気になった。
「そういえば、神谷君と魔王ってどっちが強いんだろう?」
美紀に聞かれ、天上院はうーんっと考えるが、直ぐには答えが出なかった。
そうなるのも、魔王はまだ誰もその姿を見たことがないからだ。
基本は四天王やその手下達が動くだけで、基本表に顔は出さない。
『我々は魔王様の命により来た』と言うだけで、情報が一切ないのだ。
「どうなんだろう......神谷の方が強かったりして」
「意外と魔王かもしれないね」
そうだとしたら、魔王を倒すのは当分先になりそうだな。
「どちらにせよ、僕が勝ってみせる」
今さっきそう決意したんだ。
たとえ、魔王が神谷より上だとしても、僕の決意は揺るがない。
「早く皆のところへ行こう。待たせちゃ悪い」
そう美紀に促し、二人は転移で移動する。
二人が行った後でも、夕日は変わらず街を茜色に染めていく。
異世界召喚から約一年半。
地球での一悶着があったものの、天上院達勇者は自分達に課せられた使命を全うするため、また一歩進んでいく。
魔王を倒すという使命に。
ある意味、魔王様の期待値上昇中。
おまけ
【予感】
「......ハックション!!」
「なに?風邪?」
「いや、なんか、急にどこぞのイケメンがいらない程やる気を出し始めていつか面倒なことが起こりそうな、そんな予感が......」
「なにその具体的なの」
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