心はよくても、身体はついていかない
俺に蹴られ、マクシスは倒れたまま動かないでいる。
気絶でもしたのだろうか。
ピクリとも動きを見せないマクシスに、俺は少し近寄ろうとした途端、マクシスは一気に起き上がった。
「ぬぅんっ!!」
いきなり起き上がり、マクシスは俺に向かって拳を突き出す。
こちらに向かって飛んでくる拳に俺は特に驚くこともなく避けると、地面に拳がボコッ!っとめり込んだ。
「チッ、外れたか」
めり込んだ手を引っこ抜き、マクシスは舌打ちをする。
「出てきていきなり蹴られたのは驚いたが、俺様には効かねぇな」
そう言いながらマクシスは立ち上がり、首をコキコキと鳴らす。
本当に効かなかっただろうか。手応え的には結構いったと思ったんだけどな。
「お前、なにもんだ?天上院の仲間か?」
「生憎だがそれは違う」
さっきまで殺し合いをした仲ではあるな。
マクシスの問いかけにそう返すと、マクシスは興味なさげに言う。
「まぁ、どっちでもいいがな。どっちにしろお前は殺す。俺様に傷を負わせた罰だ」
偉そうな口調で言うマクシスに、俺は冷めた様子で言う。
「ここに何しに来た」
「そんなの決まってんだろ!天上院を殺すためだ!!」
白目を剥きながら、突如マクシスは奥で座っている天上院を見て怒りの形相で語りだす。
「天上院も、他の勇者共も、お前も、こんな目に遭わせたあの野郎も、俺様に楯突いた奴は全て――――全て俺様に殺されるべきなんだ!!!」
「あっそ」
怒りながら喚くマクシスの声に聞くに耐えなくなった俺は、面倒に思いながら手首をクイッと上に上げる。
「うおっ!?な、なんだ!?」
すると、マクシスの両足に黒光りの鎖が巻き付いた。
鎖が巻き付き、マクシスは足を引っ張り鎖を千切ろうとするが、一向に外れる気配がない。
「お前がどう思うと勝手だが、そういうのは自分のいた世界でやれ」
平和なこの世界にそういうのはいらない。
右手に風を纏わせ、俺はマクシスに歩み寄る。
「動けなくすんなら、手も拘束するんだな!」
戦略をミスったとでも思ってるのか、マクシスは全力で拳を振るう。
そんなわけがないだろうに。
俺はそれを軽く避け目の前までくると、拳を構えた。
「ここは地球だ。異世界人はお呼びじゃない。――――――疾風拳」
風が纏われた拳は、とてつもない速度でマクシスの顔に突き刺さる。
「ぐほぁっ!!」
短い呻き声をあげながらマクシスは吹っ飛びそうになるが、足が固定されているため飛ばずにすんだ。
体が後ろにのけ反りマクシスは一瞬静かになるが、またしても平気そうに起き上がる。
「効かねぇなぁ!!」
なんともなさそうな様子でマクシスは俺に殴り返そうとするが、そんなのは分かっている。
殴ろうとするマクシスの前では、俺はすでにもう片方の手を構えていた。
「なっ!?」
「もう一回」
その瞬間、俺の構えた手に風が纏われ、全力で振り抜いた。
「ぐぉっっ!!」
ものすごい速度の拳がマクシスに直撃し、マクシスはまた吹っ飛びそうになる。
今度の呻き声はもっと短く、感触的になにかが折れる音がした。
足が固定されているため飛ぶことも叶わず、またこちらに向かって戻ってくる。
「相当タフみたいだが、どれだけ持つんだろうな」
そう言いながら、俺はまた殴ったのと別の手を構える。
そこからは淡々としていた。
戻ってくるところを殴り、戻ってくるところを殴り、その繰り返しだ。
上半身だけ倒れそうになっても、俺は起き上がらせるように殴る。
途中、マクシスの口から「がぁ゛っ!」だの「ぐぇ゛っ!」と聞こえたが、もうそれすらも聞こえない。
どれくらい殴っただろうか。
【風魔法】を使っての攻撃はスピードが速いため、数は数えてないがかなり殴ったのは感覚的に分かる。
これで最後だ。そう思い、俺は締めとばかりに拳を大きく引く。
今度は風ではない。大きな炎が腕全体に広り、激しく燃え盛る。
「ま、まっ........」
「爆風拳」
腕全体に燃え盛る炎は、ズタボロなマクシスの体に無慈悲にも直撃した。
拳が触れた瞬間、バァァンッ!と壮大な爆発音と共にマクシスは盛大に飛んでいく。
最後に鎖を解いたため、マクシスは勢いよく飛び、ドゴォンッ!と音を建てながら壁に激突する。
壁のなかでマクシスはぐったりと張り付けられたような体勢をとり、今度こそ本当に動かなくなった。
流石にもう立てないだろ。
壁のなかで動かないマクシスに、俺はふうっと息を吐く。
死んではいないと思うが、一応確認してみるか。
そう思い、俺はマクシスの下へ行こうとしたその時、マクシスの体がピクッと動いた。
「......あ....ぁ....」
掠れて聞き取りづらいが、微かにマクシスは口を開きゆらりと立ち上がる。
「ぜんぜん....効かねぇ...なぁ...」
途切れ途切れだが、確かにそう言い放つマクシスを見て、俺は驚いた表情をする。
嘘だろ。なんで立てるんだよ。
確かに死なないようにしてはいるが、もう立てる筈がない。
実際、今の攻撃でマクシスの身体は血だらけで体のあちこちの骨が折れている、もしくは砕けてる。
このあり得ない事態に、俺はなぜだと考えたが、すぐに結論が出た。
「痛みを感じてないのか」
小声で俺は呟く。
だから、あんな手応えがあったのに効かなさそうにしてたのか。
こいつはここに来たときから、すでにボロボロだった。
それにあいつはさっき『こんな目に遭わせたあの野郎』と言っていた。誰かと戦った後ってことだ。
最初っから限界だったんだな。
だが、だとしても、それももう意味はない。
「...う....お.....」
フラフラになりながらもマクシスは立ち上がるが、突然糸が切れたように崩れ落ちた。
体の方はとっくにギブアップみたいだな。
倒れるマクシスに、俺は目を伏せる。
いくら痛みがなくても、体がついていかなきゃどうしようもない。
どんな手を使ってそうなったかは知らないが、もう終わりだな。
「な、なにが、起きたんだ......」
遠くからでは、天上院が今の戦いを見て腰を抜かしていた。
小声で「僕は、あんなのに勝とうとしてたのか....」と酷い言われような気もするが、今はそれよりこっちだ。
転移で倒れるマクシスに近づき、俺は上から目線で言った。
「どうやってこっちに来た」
もしこいつが偽のメトロンに送られたのだとしたら、真犯人が分かるかもしれない。
異世界に人を飛ばせる奴なんて、神くらいしかいない。
こいつを送ったのが、今回の犯人の可能性がある。
そう思い俺は問いかけるが、マクシスは黙ったままだ。
口からヒューヒューと息を漏らす音が聞こえるから、死んではいないだろう。
もしかして、喋る気力がないのだろうか。
「......仕方ない」
喋れなきゃ元も子もない。
そう思い、俺はマクシスの体に触れ、少しだけ治療をした。
淡い緑色の光がマクシスを包み込むと、「うぅ....」とマクシスは小さく呻く。
意識がちゃんとしてきたのか、俺は治療を止め再び同じ質問をした。
「もう一度聞く。どうやってこっちに来た」
「.....くそが...なんで、俺様がこんな目に....」
俺の質問に応える気がないのか、マクシスは一人悔しそうに呟く。
「質問に答えろ」
「うるせぇ、お前は俺様が絶対に殺す!このままじゃ終わらねぇからな!!」
動けないのにぎゃあぎゃあ喚くマクシスにこれは駄目だと思った俺は、膝を折りマクシスの額に指をトンッと当てた。
「今からお前は俺の質問に素直に答えろ。嘘は認めない」
俺がそう命令すると、マクシスの体が電流が走ったみたいにビクッ!と跳ねた。
【闇魔法】の呪いの効果は絶大だ。
これでもう大丈夫だろう。呪いが掛かり、俺は早速また同じ質問をした。
「お前はどうやってここに来た」
「..........知らねぇよ。気づいたらいた」
呪いの効果により、少し黙った後マクシスは顔を伏せたまま応えた。
「じゃあ、なんでお前は来たときからそんなに傷だらけなんだ」
「ある奴にやられたからだ」
「そいつは誰だ」
「知らん。顔は見えなかった。声からして男だ。女も一緒にいた」
女も一緒にいた、か。
ということは二人組。メトロンである可能性は低そうだな。
「その男の声は子供っぽかったか」
おかしな質問に、マクシスは目線を上げ「は?」と間の抜けた声を出した。
言いたいことは分かるが、これは重要なことだ。
俺は「早く応えろ」と若干睨みながら催促する。
「......いや、普通の声だ」
不審に思ったマクシスだが、俺の質問にきちんと応える。
確定した。メトロンじゃないな。
流石に声を変えるなんて面倒なまねを、あいつがするわけがないだろうし。
ただ、それならこいつの言っている二人組はなんなんだ。
メトロンと同じ神なのか。だがそれでも不自然すぎる。
神は原則世界への干渉は厳禁だ。破ってる奴はいるけど。
それにわざわざこいつを倒す必要だってない。
じゃあ、なんでこいつは来たんだ?謎は深まるばかりだ。
「か、神谷........」
増えた疑問に俺は考えていると、天上院が剣を杖代わりにしながら近づいてきた。
「どうかしたのか?」
「まだ、こいつには聞きたいことがある」
ふらつきながらも、天上院は倒れているマクシスの前に立つ。
「お前達は、ルリ達の国を襲ったのは本当か....」
天上院の言葉に、マクシスは暫く黙り込むと、静かに口を開いた。
「........あぁ、そうだ」
「!?じゃあ、ルリ達は......」
「しようとしたが、さっき言った奴等のせいで失敗した」
「くそ、後一歩のところで....」と恨めしそうにマクシスは愚痴る。
それを聞いて、最初は絶望していた天上院の顔に光が差し込んだ。
「ルリ達は、無事なんだな!?なにもしてないんだな!!」
「だから、最初からそう言ってるだろ」
何回も確認をとる天上院に、マクシスは鬱陶しそうに応えると、天上院は力が抜けたように膝をついた。
「よかった、本当によかった......」
膝をつきながら、天上院は小声で何度も囁く。
取り敢えず、こいつを送ったのがメトロンでないのは分かったな。
安堵する天上院を余所に、俺は一人結論付ける。
「ご苦労だったな。もう寝てていいぞ」
「ぐげっ!」
もう用済みなマクシスに、俺は【首トン】で気絶させる。
マクシスが静かになり俺は今度はリーナ達の方を確認しようと映像があった方を見ると、いつの間にか映像がなくなっていた。
あれ、映像がなくなっている。
スキル使ってた奴がやられたからだろうか。
仕方ないので、俺は携帯でリーナに連絡をとろうと携帯を取り出す。
「メル、リーナに繋いでくれ」
「はいです!」
俺の言葉にメルは元気よく返事をし、リーナの番号に繋げる。
携帯を耳に当て暫くプルルルッと繋がるのを待つと、リーナが電話に出た。
『もしもし、神谷夜兎か?』
「あぁ、そっちはもう終わったか?」
『こっちはすべて片付けた。さや達も無事だ』
どうやら、すでに向こうも終わっていたようだ。
「そうか、こっちもケリつけたから今からそっちに行く。場所を教えてくれ」
『分かった。場所は―――――』
リーナに場所を教えてもらい、俺は「すぐ行く」と言ってから電話を切った。
転移は映像でも見えてればそこに移動できるが、位置や地名が分からなきゃ移動できない。
だから、場所を聞く必要がある。
場所も分かり、俺は早速行こうと思うが、気絶したマクシスにドッと安心しきって踞る天上院が目についた。
こいつらは、別に放っておくか。
今は話しかけられる状態じゃないだろうし。
そう思い、俺はリーナ達がいる場所へと転移した。
おまけ
【慣れ】
「夏蓮って告白され慣れてるよな」
「なに?いきなり?」
「いや、天上院と会った時も動揺してなかったから」
「あんなの、似たようなのはそこら中にいる」
「でも、イケメンには変わりないだろ?」
「害虫は何になっても害虫。区別はない」
「もうちょっとちゃんと見てあげような」
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