明日には色々ありそうです
まずい、日がどんどん空いていく......。
戻さねば.....。
治療室で勇者達が落ち込んでいる時、別のところでもまた落ち込んでいる者がいた。
「負けた.......くそっ」
人気のない部屋の片隅で、天上院は壁に力のない拳を叩きつける。
美形な顔を歪め、色々な負の感情が混ざり合い思うように声が出ない。
皆の前ではあまり表には出さなかったが、一番負けたことを重く感じてるのは天上院だ。
「何が駄目だった...何がいけなかった......」
作戦が上手くいかなかったのか、神谷が事前になにかしたのか、ただの力の差か。
負けた原因を天上院は考えていた。
だが、途中でその思考も途絶えた。
「僕が今までしてきたのは、なんだったんだ....」
力なく掠れた声をあげながら、天上院は顔を俯かせる。
地球に帰ってくる少し前まで、天上院は一人修業の旅に出ていた。
苦労の絶えない旅ではあったが、収穫はあった。
レベルも前より倍以上に上がり、心や身体も成長を感じていたのだ。
だというのに、結果はこのざま。
修業を終えてすぐに神谷に敗北し、今こうして逃げ帰っている。
『敗北』。この二文字が天上院の頭の中にこびりついて離れなかった。
「.......このままじゃ、いけない」
だがそんな中で、天上院の声質が元に戻った。
「向こうで学んだじゃないか。技も、スキルも、心も......」
自分の両手を見ながら、天上院は思い出す。
修業中、出会った人や出来事を。
何度も挫折し、折れそうになっても、自分の周りにはいつも支えてくれた人がいたことを。
そして、その度に繰り返して唱えてきたあの言葉を――――――――
「僕は勇者だ。勇者は、折れない......!」
自らを奮い立たせ、天上院は甦るように顔を上げる。
その顔に、一切の迷いはない。
「次は絶対に、勝つ!」
そうしなければ、道は開けない。
瞳の奥にある闘志を燃やし、天上院は再び立ち上がる。
そんな時だ、
「て、天上院君!」
突如後ろから声をかけられた。
振り向くと、そこには息を切らした九重静香の姿があった。
余程探していたのか、疲れた様子の九重に天上院は優しく語りかける。
「九重さん、どうかしたの?」
「そ、それが、た、大変、なの」
「大変?なにかあったの?」
「じ、実は――――――」
「あ、天上院君!こんなところにいた!」
持ち前の気の小ささと焦りから、九重は上手く言葉が出ないでいると、今度は慌てた様子で美紀が現れた。
「美紀」
「堂本君達がいなくなったの!!」
「堂本君達が?」
「いいから来て!」
中々状況が掴めない天上院に、美紀は焦れったく思ったのか手を掴み強引に連れていく。
訳が分からない天上院は流されるままに、美紀に連行されていった。
「え、ちょ、そんな引っ張んないでってば!」
「あ、え、あの......」
連れてかれていく天上院に九重は引き留めようとしたがそんな勇気も出ず、なにもできないまま天上院を見送った。
「どうしよぅ...」
誰もいなくなった部屋の中で、九重は不安そうに呟く。
言えなかった。早く事情を伝えなければ、勘違いをしたまま話が拗れかねない。
(私も、行かなくちゃ.....)
いつまでもここにいるわけにはいかない。
どうか、仲間割れだけは止めてください。
今の九重には、そう祈るしかなかった。
――――――――――――――――――――――
手を引かれ、連れてこられたのは全員で集まるときに使う広間だった。
そこではクラスメイトが、ざわざわとなにやら騒ぐ声がきこえる。
「皆、なにかあったの?」
「あ、天上院」
近くにいたクラスメイトが天上院に気づくと、気まずそうに目を泳がせる。
「実は、堂本達が神谷を打ち倒す策が見つかったとか言って、急に出ていったんだ」
「策?策ってどんな?」
「それが.......人質らしい」
「え、人質....」
人質と聞いて、天上院は耳を疑った。
「どうしてそんなことに......」
「分からない。それが確実だってあいつらが、それで俺達も一緒に来ないかって.....」
「それで、堂本君達は」
「行かないって言ったら、『だったら自分達だけでやる』って言って出ていった」
「止めようとしたんだが、数が多すぎた。すまない....」と申し訳なさそうに男は呟く。
だがそんな謝罪も天上院の耳には通らず、ただ拳を握り理解できないといった顔をする。
「どうして、こんなことに......」
皆で切り抜けるって決めたのに、折れないって決めたのに、どうして上手くいかない......。
「天上院君.....」
「ち、違うん、です」
顔を俯かせ落ち込む天上院に、美紀が声をかけようとしたが九重が否定をしてきた。
「堂本君達は、騙されてる、だけ、です」
その言葉を聞いて、天上院はバッと九重の方を向け、今の言葉を問い質す。
「どういうこと、九重さん。堂本君達が騙されてるだけって.....」
「じ、実は――――――――――」
いきなり迫られ、九重は少しビクビクしていたが、全てを話した。
堂本達がメトロンと話していた内容や、メトロンが堂本達になにかしたこと。
言葉が途切れ途切れだったが、九重は全部を話終えることができた。
「―――――――という、こと、なんです」
「そうだったのか......」
九重から聞かされる事実に、天上院は少しの安心感と同時に疑念が生まれた。
やっぱり、堂本君達は僕の知ってる堂本君達だ。彼等は騙されてただけだ。
だが、なぜメトロンは堂本君達だけにあんなことを言ったのだろうか。
騙すのなら、僕達に声をかけてきてもおかしくはない筈なのに。
少し不思議に思った天上院だったが、今はそれより堂本君達の方が先だ。
「ありがとう、九重さん。話してくれて」
「い、いえ。私も、もっと、早く、話してれば、こんな、ことには.....」
責任を感じてるのか、九重は顔を暗くさせる。
「そんなことないよ。九重さんが聞いてなかったら、堂本君達が騙されてるのだって分からなかったんだから」
暗い表情を浮かべる九重にフォローを入れると、天上院は残りのクラスメイト達に声をかける。
「皆、話は聞いた通りだと思う。今から堂本君達を連れ戻しに行こうと思うけど、どうかな?」
天上院の要望に、「いいんじゃない?」「操られてればしょうがないか」「連れ戻して一発殴ろうぜ」とクラスメイト達は賛成の声をあげる。
居場所は分からないが、皆でやれば必ず見つけられる筈だ。
なにはともあれ、騙されてるのであれば見捨てることはしない。
彼等は大切な仲間なのだから。
「それじゃあ、堂本君達を連れ戻しに行こう!」
―――――――それは頂けないな。
だがその瞬間、聞き覚えのある声が天上院達の頭に響く。
「メトロン様、いや、メトロン」
『えー、君まで呼び捨てにするのー』
様付けから呼び捨てに言い直され、メトロンは不満げに言う。
あそこまでされて、敬える方がどうかしている。
呼び方を呼び捨てにした天上院は、メトロンに真意を聞いた。
「貴方が堂本達をそそのかしたんですね」
『僕はなにもしてないよ。したのはただ彼等の背中を押しただけ。願ったのは彼等の方さ。僕はそれに勇気を与えたにすぎない』
言い訳をするでも、悪びれるわけでもなく、メトロンは平然と述べた。
『だから、僕としては今連れ戻されたら困るんだよね』
「関係ありません。僕は仲間を連れ戻します」
今更そんなこと言ったところで、天上院の心は揺るがない。
自分達は勇者だ。人を守る役目の自分達が人を危険に晒してどうする。
それは他のクラスメイト達も同じようで、全員まっすぐな目をしていた。
『それにこんなことに時間を割いている暇はないでしょ?早くしないと向こうが大変なことになるかもよ?』
「それが何回も通じると思うなよ」
同じことを言われてまたビビるわけがない。
流石の天上院達も確証のないことに、何度も踊らされることはなかった。
もうこの言葉も通じないと思ったメトロンは、『うーん』と悩む声を出しながら更なる真実を述べる。
『じゃあこういうのはどう?実はね、異世界の方を覗いてみたら、明日、魔族が君達の国を攻め込もうとしてるみたいだよ。しかも、その中に四天王の一人がいる』
「っ!?」
その言葉を聞いて、天上院達の顔に動揺が表れた。
「それは、本当ですか?」
『さあねぇ、信じるか信じないかは君達の勝手だよ』
嘘なのか、本当なのか。定かではないが、確実に天上院達の心が揺れた。
普通の魔族だけならまだしも、四天王が出てくるのはまずい。
名前はかませ犬っぽくても、実力は本物。ルリ達では勝てる相手ではない。
(四天王....)
奴等とは因縁のある天上院には、心の中で一抹の不安が渦巻く。
するとその時、目の前に突如また光るなにかが現れた。
「これは.....剣?」
光るなにかの正体は一本の剣。
当然だが普通のではなく、スキルがなくても人目で異様だと分かる程神々しい気配がある。
『それはちょっとした貰い物でね。君が神谷夜兎と戦ってくれるなら、それをあげるよ。今の君が使えば、ステータスは今の倍くらいになると思うよ』
ステータスが二倍になる。
それを聞いて天上院は驚き、いっそう剣を見つめた。
これがあれば、神谷に勝てるかもしれない。
ごくりと喉を鳴らし、長考する天上院だが、まだ解せないことがある。
「どうして、そこまでしてくるんですか。神谷を倒すだけなら時間が掛かってもここまでしない」
少し間が空くと、メトロンは静かに応えた。
『.....大切な人のためだよ』
「大切な人?」
『僕にも時間がなくてね。僕の大切な人が神谷夜兎を倒して欲しがっている。だから、僕はやるんだ』
理由を聞いて、天上院は意外に思う。
単に嫌いだからとか、邪魔だからといった感じなのかとばかり思っていた。
大切な人のため、その言葉が天上院の中で響く。
『僕としては、君がそれを使って神谷夜兎を倒すのもよし、人質に気をとられ堂本君達が倒すのもよし、結末はどっちでもいいのさ』
そう言い終わるとメトロンは『どうする?勇者様?』と天上院に問う。
メトロンに問われ、天上院は暫し剣を見つめながら考え込む。
このままこの剣を手に取り、神谷と戦っている間に堂本君達は人質を取ってしまう。
関わりのない者を傷付ける。そんな行為彼等にさせたくない。
だが、だからといって堂本君達を追えば、その分時間をロスし、メトロンの言う通り明日魔族が攻めてくるのかもしれない。
二つに一つ。仲間か異世界か。
二つの選択を迫られた天上院ではあるが、そんなもの最初から決まっていた。
仲間も、異世界も、どちらも救う。
どちらか一つを選ぶ必要はない。
それに結局のところ、神谷を倒せば全て収まりがつく。
なら、天上院が選ぶ手段は一つだ。
「全部を助ける」
目に固い意思を宿し、天上院は目の前に浮かぶ剣を手に取った。
―――――――――――――――――――
その夜、俺は自室のベッドで今日のことを思う。
逃げられた後、探してはみたが結局見つけることができなかった。
多分、潜伏場所に細工でもしてるんだろう。
「面倒な........」
とっとと送り返して、平穏な生活に戻りたかったんだがな。
逃げ足だけは速い奴等め。
ため息をつきながら俺はそう思っていると、
―――――――か、神谷君
不意に声が聞こえた。
いきなり声が聞こえ、俺は身体を起こし辺りを見渡すが誰もいない。
【気配察知】で周囲も探ってみたが、反応もない。
気のせいか?そう思った矢先、また声が聞こえた。
―――――――神谷君、あ、あの、聞こえて、ます、か?
今度はさっきより長く聞くことができ、気のせいでないことが分かる。
弱々しく、そして途切れ途切れで聞き取りづらいこの口調。
この声には聞き覚えがあった。
「九重か?」
『あ、はい。そう、です』
天井に向かって俺は話しかけると、九重はしっかりと肯定した。
どうやら、本当に九重のようだ。
「これは、お前のスキルか?」
『はい。顔を会わせた人と念話ができる、スキル、です。一度知り合った人、なら、どこでも会話が、できます』
『流石に、異世界は、無理、ですけど』と付け加え、九重は『ははっ』と苦笑いをする。
そんなスキル持ってたのか。便利そうだな。
声が聞こえてきた理由を理解し、俺は早速用件について聞いた。
「それで、わざわざ俺に話しかけてくるなんて、いったいどんな用なんだ」
あれだけのことをした後で話しかけてくるんだ。
余程のことがあったに違いない。
そう聞くと、九重は本題を切り出した。
『そ、それが――――――』
そこで俺は、九重からあの後のことを聞いた。
クラスメイトがメトロンに惑わされ、強行手段にでようとしていること。
そして、その作戦の保険として天上院に強そうな武器を渡したこと。
その内容に俺は少なからず驚きつつも、黙って聞いていた。
『――――――という、わけなん、です』
「そうか.......」
事情を話終わり、俺は色々思うことがあったが、それよりも聞きたいことがあった。
「話は分かったけど。いいのか?敵に作戦をばらすようなことをして」
仲間割れしたことだけを話せばいいのに、いらないところまで全部話しちゃってるけど。
それでいいのか俺は思っていると、九重は弱気な声で言った。
『堂本君達に、そんなこと、させたく、ないん、です。それに......』
「それに?」
『私には、貴方が悪い人に、見えなかった、ので』
段々と声が小さくなっていったが、確かに聞こえた。
悪い人に見えないって.....見掛けによらず単純だな。
念話の向こうで九重が自信満々そうに言ってるところが想像でき、俺は苦笑いする。
「話してくれてありがとうな。それはこっちでなんとかする」
『あ、あの!』
そう言って話を打ち切ろうとすると、九重は少し大きな声で呼び止める。
『堂本君達を、こ、殺さないで、くだ、さい、ね』
「いや、殺さんから」
俺をなんだと思ってるんだ、この子は。
確かにお前達を叩きのめしたけど、人はまだ生まれてこの方殺したことないからな。
会ったばかりとはいえ、信用ないな。
もしかして、これが言いたかったりして。
ツッコム俺に九重は『そ、それでは』と逃げるようにして去ってった。
全く、と俺は心外そうに思えたが、お陰でやることは決まった。
「明日で終わらせるか」
ベッドに横になり、俺は瞑想するように目を閉じる。
俺に人質とかいい度胸だ。そんなことが如何に無駄なことか教えてやる。
明日のことを思いながら、俺はそのまま眠りにつく。
―――――――――――――――――
場所は変わり、異世界では。
魔王城のある国の外の広野で、おびただしい数の使役されたモンスターや、魔族達が集まっていた。
「マクシス様、準備が整いました」
「そうか」
「転移魔法陣の準備はできてるな」
「はっ!既に近場の砦に繋げております」
配下にそう告げられ、マクシスは全体を見下ろせる城壁の上に立った。
「貴様ら、よくぞ集まった!明日いよいよ勇者共がいた国に攻撃を仕掛ける!今勇者共はいない、絶好のチャンスだ!!一気に攻め落とすぞ!!!」
おぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!
気合いの入ったマクシスの言葉に煽られ、兵士達は一斉に雄叫びをあげる。
兵士達の士気が上がり、マクシスは薄ら笑みを浮かべる。
「待ってろ、人族共。そしてそれを見て絶望しろ、天上院」
兵士達を見下ろしながら、マクシスは悠々と述べる。
この思惑がどこまで現実となるのか。
全ては明日で決まる。
おまけ
【失敗したら】
「なぁ、ちょっと思ったんだけどさぁ」
「なにがだい?」
「もし、堂本達が人質を取ったとして、それが神谷に通用しなかったらどうする?」
「?どういうこと?」
「つまり、失敗して神谷の怒りを買ったら....あいつら、血祭りにあげられるんじゃないか」
「.......」
「天上院?」
「やっぱり、連れ戻そうか」
「お前もそう思うんだな」
――――――――――――――――――――――
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