他人の言葉は鵜呑みにしてはいけません
時は過ぎ去り。
戦いに敗れ、やられる寸前まで追いつめられた天上院達はというと、拠点で傷を癒していた。
「はい、治ったよ」
「ありがとう」
廃墟の一室で、怪我を負った者はそこで魔法で治療を行っている。
治療が完了した者は既に休憩をとっているが、まだこの場には十数人の怪我人とそれを治療しているものが残っていた。
幸い、持ち物に傷薬や魔力を回復する薬も持っていて重傷者がいなかったお陰で、全員治すことはできた。
「これでもう大丈夫だね」
「うん、また戦えるよ」
治療をしていた少女達は明るげに会話をしようとするが、途端に暗くなる。
「......次、勝てるかな」
「どうなん、だろうね.....」
先程の戦いを思い出し、少女達の声のトーンが下がる。
それは彼女達だけではない。この場にいる者も、治療が完了した者も、同じような気分になっているだろう。
身体よりも、心の方が傷が深かったということだ。
「......あいつ、いったい何者なんだよ」
重く、静かな空気になるなか、一人の少年が口を開く。
「あれだけやって、傷一つないとか、化け物すぎだろ......!」
「あんなのに、どうやって勝てっていうんだよ!」
一人が口を開いたことにより、周囲もだんだんと本心を叫ぶ。
彼等勇者達は、挫折は何回も繰り返してきた。
どんな強大な敵であっても、諦めてはこなかった。
だが、今回は次元は違いすぎる。
どれだけやって、どれだけ攻撃しようとも、夜兎には一切ダメージが入ってなかった。
一撃だけ、わざと喰らってくれる余裕がある程にだ。
実力差のある敵とはもちろん戦ったことはある。
だがそれは、相手が特別なスキルを持っていたからであって、夜兎は違う。
それだったら、どれだけいいかと考える勇者達だが、現実はそうはいかない。
夜兎は特別なスキルは使っていない。
ただ、普通に攻撃に耐えただけだ。
これまで、勇者の名に恥じぬ努力や特訓を重ねてきた彼等には、精神的衝撃が強すぎたことだろう。
「早くしないと、リリーが危ないかもしれないのに.....」
「フラン......」
「ナターリア......」
逆上していた彼等は、口々に女性の名前を口にする。
異世界で恋人になった名前だ。
口には出さないが、他にも何人か恋人ができた者がいる。
メトロンと名乗る神から言われた、魔族が襲うかもしれないという言葉に、恋人ができた者達は内心気が気でなかった。
いつ襲われてしまうか分からない状況で、穏やかでいられる筈もない。
それは恋人以外でも、友人や恩人などがいる者でも同じことだ。
この状況においても、いつもの彼等だったら『まだ勝機がある』と思い気持ちを昂らせるだろうが、今回はそうはいかない。
恋人や友人、恩人の命がかかり、そして相手はなにをしたところで通用しないラスボス級を越えた相手。
こんな状況で前向きになれる方が小数派だった。
だからだろうか、暗く重たい空気を流すこの空間で、一人が口走る。
「......人質、取ったら駄目かな」
なにを思っただろうか。
この言葉を聞いて、この場にいた全員が口にした者の方を向く。
「な、なに言ってんだよ!そんなことできるわけないだろ!」
「分かってるよ!でも、それ以外になにがあるんだよ......」
最初は強気に否定したが、徐々に弱々しくなるその声を聞いて、否定した男はなにも言えなくなった。
彼だって言いたくない、やりたくないかもしれないが、他に道が思い付かない。
「.....でも、誰を人質にするの?」
再び沈黙が流れるなか、気の強そうな少女が弱気な彼に聞いた。
まさか、聞かれると思ってなかった弱気な少年は、少し間を空けてから言った。
「最初見た時にいた、あの女の子の誰かでいいと思う」
「上手くいくの?」
「分からない。でも、チャンスはあるんじゃないかな」
「でも、たとえそうだとしても....」
「天上院がそれを許さないだろ」
彼の言葉に、黙っていた他の二人の男女が付け加えた。
それには、他の皆も同様に頷く。
天上院は誰よりも正義強く、一般人が傷付くのを嫌う。
人質なんて真似、させてくれるわけがない。
それに彼等は勇者。勇者は悪を討つのが使命。
市民を守り、正義の味方になる彼等が、市民を人質に取るなんて矛盾したことをしてもいいんだろうか。
そう思いまたしても沈黙が続くなか、突如いきなり声が聞こえてきた。
『やぁ、話は聞かせてもらったよ』
子供のような声変わりしてない高い声。
どこから聞いていたのか、その声が聞こえた途端全員が驚き反射的に上を向く。
「メトロンか」
『そうそう、できれば様をつけて欲しいなー』
「今更なんの用だよ!」
唐突に出てきたメトロンに噛みつく人もいるなか、メトロンは気にもせず話を続ける。
『いやー、悪いけど君達の話を聞いててねー。僕もそれがいいなーって思って』
「いいなって、なにが?」
『人質だよ、人質』
軽い口調で言うメトロンだが、それとは反対に彼等には僅かな動揺が走る。
『僕も人質を取るのには賛成だよ。もしかしたら、相手も思わぬ隙を見せるかもしれないし』
「だ、だが.......」
「そうはいっても.....」
「なぁ......」
メトロンは乗り気な様子だが、勇者達はまだ抵抗があるのか揃って顔を見合わせる。
そんな彼等に、メトロンは声を低くして現状を再確認させた。
『このまま大人しくしていると、君達のいた国が魔族に攻撃されるかもしれないんだよ?それでもいいの?』
その言葉に、抵抗感があった彼等の心を揺らした。
そう言われると、段々と焦ってくるのが人間の心理。
気持ちが揺らいでいく彼等だったが、それでもまだ反対は続けた。
「だとしても、まだそう都合よく襲われたりしないだろ」
「それに、やるにしても天上院が許してくれない」
その反対意見に、聞いていた他の皆も「そうだ」「確かに」と同意の意見を示した。
まだ大丈夫、まだ余裕がある。
そう思っている彼等だが、そんな彼等にメトロンはある疑問を投げ掛けた。
『そんなこと言ってて大丈夫?』
意味深なメトロンの言葉に、大丈夫と思っていた彼等の心に揺れが生じる。
『まだ襲われないといっても、絶対ではないし、それに確証があるわけでもない。実はもう既に気づいているのかもしれない。そうなってたとしたらどうするの?』
そう言われ、安心していた彼等の中に不安が芽生えた。
『君達がここに来る前に、あの天上院君が放ったあの大きな光の柱。あれがもし、魔族が見ていたとして、それを調査しに国に行っていたら、彼等は君達がいなくなったことを気づかないと思う?』
煽るようにして語られるその発言に、勇者達の中の不安は徐々に大きくなっていく。
そう言われると、人間というのは信じてしまうもので、中には表情が固まり完全に信じきっている者もいる。
そんな中でも、メトロンは止まることなく語っていく。
『それに、天上院君の許可を得る必要はないと思うよ』
「え?」
『君達が独断でやればいいんだから』
考えてもいなかったのか、それを聞いて勇者達はえ?っといった表情をする。
『君達が神谷夜兎を倒しさえすれば、異世界に帰れるんだよ。天上院君や、他の皆も、無事に戻ることができる』
『帰れる』その単語は今の彼等にとっては、なによりも得難いものだ。
自分達がやりさえすれば戻れる、大切な人を守れる。
自分達だけでなく、他の皆も、全てが救われる。
「帰れる...」「帰れる...」と心に刻むように暗唱していく彼等。
揺れ動いた心は、徐々にある一定の方向に傾いていく。
『僕が君達に勇気を与えてあげる』
その瞬間、部屋の真ん中の上空で目映い光が現れた。
身も心も包み込むような、強い光。
それを見た途端、彼等の目から光が消えていく。
『この光は君達の意思を強くさせる。君達が真に決めたことを、後押ししてくれる』
やがて光は消え、まるで機能が停止したかのように顔が俯き、動かなくなる。
『じゃあ、頑張ってね。いい成果を期待してるよ』
別れを告げてから、メトロンの声は聞こえなくなった。
いなくなってからも、彼等は微動だにせず時が止まったかのような空間が広がる。
「......なぁ、皆」
ポツリと一人の男が呟いた。
その言葉の真意を察したのか、全員は顔をあげ、ゆっくりと立ち上がる。
それがなにを意味するかは、語らずとも明白だ。
(た、大変......!?)
そして、それを途中から影から見ていた人物が一人。一日フリーの時に夜兎が出会った、九重だ。
こっそり見ていた九重はことの重大さを理解し、音もなくその場から立ち去った。
(早く、み、皆に、伝え、なきゃ.....)
このままでは取り返しのつかないことになる。
頭の中によぎる最悪の結末を防ぐため、九重は急いで天上院達の下に向かった。
話が進まんなぁ...。
おまけ
【出番】
「今日も俺出なかったな...」
「僕も出なかったな...」
「いや、お前はいいだろ。別に」
「そっちこそ、いいじゃないか。主人公なんだし」
「まぁ、そうなんだけどなぁ....」
「僕なんかこれが終わればまた日常枠に戻るんだよ。もっと出たいよ.....」
「元気出せよ」
「あぁ」
「仲いいね、あの二人。リーナちゃん」
「さやも混ざってみるか?」
「無理です」
「だろうな」
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