なんか、色々と絡んでおります
人里離れた廃れた廃屋。
人気の感じないその場所を天上院達は拠点とし、先程のことを考えていた。
「神谷はどんな強さを得たんだ.....」
【鑑定】持ちの人からはステータスが見えなかったと言われ、天上院は夜兎の正確な強さが把握できないでいた。
階段のところに座りながら、天上院は顔を伏せ深く考え込む。
あれは美紀と同じ転移系の魔法だ。
神谷は転移系の魔法を得意としているのだろうか。
いや、だが、神谷はあの数を相手にあの余裕の態度。他になにかあるに違いない。
短い時間のなかで、天上院は神谷の力について分析していく。
こういう時の天上院を邪魔する者は誰もいない。
この廃屋は元々なにかの工場なのか、広さは十分にあり、今は全員戦いに備え休養している。
一人になるには十分な広さだ。
「天上院君........」
そんな様子を見て、美紀は心配そうな顔で駆け寄る。
自分を追い込んでいる。美紀にはそう見えていた。
「美紀.......」
「大丈夫。一日、二日くらい、向こうは大丈夫だから」
「分かってるよ。でも......」
美紀の言葉を受けて多少は和らぐも、天上院の顔は焦りの表情に変わる。
なぜこんなにも自分を追い込んでいるのか、それは自分達を呼んだ神の言葉が原因だった。
「時間は掛けていられない.....」
思い出されるのは地球に来た直後、神に今回の目的を告げられた時だ。
――――――――――――――――――――――――
転移してから天上院が最初に目にしたのは、薄暗い汚れたコンクリートの壁だった。
「ここは、どこだ......」
移動した場所に見覚えがなく、天上院は周囲を見渡す。
他のクラスメイトも困惑しているようで、所々でひそひそ声が聞こえる。
全員がざわつくなか、天上院一人冷静に状況を把握していく。
僕達を飛ばしたあの魔法陣、僕の記憶が正しければあれは異世界に来た時と同じものだ。
ということは、ここって......いや、確信するにはまだ早いな。
先ずは外の様子を見なければ。
そう決めた矢先、一人の男子がなにかを見つけたのか声をあげた。
「お、おい!?あれ!!」
驚いた様子で指をさす視線の先には大きな穴が空いた壁があり、恐らく穴の向こう側を見た瞬間この場の全員が息を呑んだだろう。
遠目だが、自分達の知っているコンクリートの建物や高層ビル、そして線路を走る電車。
この一年半の間で見ることができなかった光景だ。
それを見ただけで、天上院達にはここがどこだかすぐに分かった。
「天上院君、ここって........」
「地球だ......」
間違いない。自分の予想していたことが現実となり、天上院は驚きながらも同時に疑問に思う。
なぜこんな急に地球送られたんだ。
クラスメイトのなかには「帰ってきた、俺たち帰ってきたんだ!!」と喜ぶ人がチラホラいるが、天上院はそうは思えなかった。
なにか目的があるのだろうか。
そう考えていると、とある声が天上院達に響いた。
――――――――――――こんにちは、勇者諸君。
突如聞こえたその声に、疑心を抱いていた人も、喜んでいた人も、その場の全員が沈黙し声に耳を傾けた。
『久しぶりだね。メトロンだけど、元気してた?』
軽い雰囲気で話しかける、子供のような高い声。
メトロンのことは誰一人忘れることなく、天上院達は無言のまま目を開かせた。
「本当に、メトロン様なのですか?」
『うん、そうだよ。君達の頑張りはいつも見させて頂いたよ。今まで大変だったね~』
代表して上を向きながら話す天上院に、メトロンと思わしき声は心の籠ってない労いをかける。
だが、ここで少し違和感を感じたのか、天上院はメトロンの声を聞いて首を傾げた。
一年半も前、それも声自体ほんの少ししか聞いていないため、あんまり正確な記憶がない。
他のメンバーからも少なからず疑問の声が聞こえるが、特に気にすることはなかった。
『いやー、僕のお陰で皆楽しい異世界ライフが送れるんだから、感謝してよねー』
イラッとするような口調で語るメトロン。
前までの彼らだったら、ここで怒声の一つでも上げていただろう。
だが、今の彼等は世界を救う勇者。
向こうの世界で恋人ができ、かけがえのないものを手に入れた。
そう思うと、全員はメトロンに怒るどころか、メトロンの言う通り感謝の念さえ出てきそうだ。
クラスメイトが黙って見守るなか、天上院はメトロンに今回のことを聞いた。
「それで、今回僕達を地球に戻したのはどうしてですか?まだ、魔王は倒していませんよ」
そう言われ、メトロンは『そうだったね』と言って本題を話し出す。
『実は、君達に頼みたいことがあるんだよね』
「頼みですか?」
『そうそう、実は君達に倒して欲しい相手がいるんだ』
「倒すって、この地球にですか?」
頼みの内容を聞いて、天上院は意外な声をあげる。
正直、そんな頼みをされるとは思わなかった。
天上院達勇者は、集団としては異世界でも最強クラスの実力を持っている。
異世界ならともかく、まさか地球に自分達を呼ばなきゃいけない相手なんかいるとは考えてもいなかった。
それは天上院以外のメンバーも感じていて、不思議そうに顔を見合わせている。
『君達の言いたいことは分かるよ。でもこれは君達じゃなきゃ倒せない人物なんだ』
「いったいどんな奴なんですか?」
『その人物は―――――――』
興味が出たのか、少し食い気味に天上院は問う。
メトロンは溜め込むように間を空け、その人物の名を言った。
『君達の元クラスメイトであった、神谷夜兎だよ!!』
大々的に放たれたその一言に、メトロンは『驚いた?』『驚いた?』と天上院達の反応にワクワクしているが、天上院達からは驚きとは真反対な反応を現した。
シーン
「..............え、誰?」
誰が言ったのだろう。長い沈黙から生まれたのは、その言葉だけだった。
あまりの反応の薄さにメトロンは『え?えぇ.....』おどおどしている。
『ちょ、ちょっと待って、皆知らないの?元クラスメイトだよ?あの場にいたんだよ!?』
動揺しながらメトロンは言うが、天上院達は「知ってる?」「全然」という話が聞こえるだけで、誰も思い出せずにいる。
かくいう天上院もその一人だ。
神谷夜兎。そんな人いたかな?
昔の記憶を頼りに思い出そうとするが、まったくといっていい程、記憶にない。
『え~、本当に覚えてないの?』
誰一人として思い出させず、メトロンは残念、というよりつまらなさそうな声を出す。
すると、思い出したのか一人の女子が「あっ!?」と声をあげた。
「そういえば、席の端にいつも寝てる人がいた気がする!」
その発言がキーワードとなり、連鎖するように他のクラスメイト達は「あ~」と思い出した顔をする。
あ、そういえば、そんな人いたかもしれない。
天上院もそれを聞いて、なんとなくだが思い出してきた。
いつもいつも、顔を伏せてるから顔がよく分からなかったし、用事で話しかけても寝た体勢のまま対応するから変な奴だったのが印象的だ。
よくよく考えれば、最初からいなかったな。
『えーっと、思い出した?』
天上院達の反応を伺いながら、メトロンは確認をとる。
「はい、思い出しました」
『ほんと?ならよかった』
「それで、その神谷がなにをしたんですか?」
理由なく人を倒すことはできない。
夜兎のことも思い出し、天上院はメトロンから倒すわけを聞きだした。
『あぁ、それはね―――――――――』
そこで天上院は、これまでの夜兎の行いをメトロンから具体的に聞いた。
スキルだけ貰い自分だけこの世界に留まってから、色々な事件に手を出した、そのすべてを。
『―――――――というわけなんだよ』
「なるほど、それは酷いですね」
言い方はどうあれ、それを最後まで聞いた天上院は腕を組んで考える姿勢を取る。
事実を聞かされた天上院には、たった今自分の中で夜兎が『悪』だということが認識された。
『どう?やってくれる?』
考え込む天上院にメトロンは聞く。
天上院の中では答えはすでに決まっている。
後は、他の皆がどう言うかだ。
そう思い、天上院は皆の方もチラッと見ると、全員答えは決まってるようで笑顔で頷いた。
どうやら、考えは同じなようだ。
ふふっと微笑を浮かべ、天上院はメトロンの頼みを承諾した。
「分かりました。僕達に任せてください」
『本当?よかったー』
それを聞いた瞬間、クラスメイト達から僅かばかりだが歓声が響いた。
「久しぶりの地球だー!」「一度家に帰りたいなー」と嬉しそうな声が聞こえる。
隣の美紀もやや嬉しそうに微笑み、天上院もつられるようにして笑みを浮かべた。
自分も久しぶりに家族に逢いたいな。
一年半も遭わずになんて反応されるかは分からないけど、顔だけは見ておきたい。
天上院はそう考えていると、メトロンが付け加えるように一言入れた。
『まぁ、元々やらせる気だったけどねー』
何気なしに言ったその一言で、嬉々としていた天上院達の顔が曇りがかった。
「どういう、意味ですか」
『言い忘れてたけど、君達の親や知人には君達の存在を認識できないようにしてある。つまり会っても他人のように扱われるからね』
冷たく言い放たれたメトロンの言葉に、天上院達に動揺が走る。
一部では理解が追い付かない者いるが、そのなかで天上院は冷静にその理由を聞いた。
「な、なぜですか」
『依頼も達成しないでそのまま地球に残られちゃ困るからね。それと、神谷夜兎を倒すことができるまで向こうには帰さないから』
ついさっきまでのフレンドリーな雰囲気が消え、冷酷なオーラを纏ったその声に天上院達の動揺は更に高まる。
「ふ、ふざけんな!」
「勝手なこと言ってんじゃねぇ!!」
「両親にくらい会わせてくれてもいいだろ!!」
これには黙っていたクラスメイト達も口々に文句を垂れる。
それをしばらく無言で聞いてから、メトロンは静かに述べた。
『別にこのまま目的を果たさないで、地球に残るのも一つの手だとは思うけどさぁ。いいの?君達がいない間に向こうの人達が魔族に襲われても』
「っっ!!?」
刺さるような鋭い言葉が、天上院達の心に突き刺さった。
『時間は掛けていられないよー』と煽るうな口調でメトロンは言うが、大多数が聞いていないだろう。
文句を言っていたクラスメイトも言葉を途切らせ、面食らった顔をしている。
これではまるで、脅しじゃないか。
時間を掛けさせないための策なのだろうが、これが天上院達の最大の弱味となった。
天上院達のなかで、向こうで恋人をつくった人はたくさんいる。
その人達からしたら、人質を取られたのと同然だった。
口を開けながら唖然とする天上院達だったが、メトロンは急にそこで話を切り上げる。
『そういうわけだから、それじゃあよろしく頼むね』
「!?ま、待ってくださ―――!!」
『じゃーねー』
強制的に話を打ち切られ、天上院は何度も声をかけるが、一向に反応がなかった。
他のクラスメイトも一緒に悲痛な叫びにも似た声をあげるが、全部虚しく廃屋中に響き渡る。
この時、天上院達は初めて自分達が置かれている状況を理解したのだった。
―――――――――――――――――――
「一刻も早く戻らなきゃ.......」
でなければ、ルリ達が危ない。
メトロンに言われた言葉が忘れられず、天上院は焦っていた。
「でももし、メトロン様が魔族に行かせるように仕向けたらどうしよう.......」
「それはないと思うよ」
「え?どうして?」
「それが出来るなら僕達に行かせず自分で神谷をどうにかするだろ。信頼のできない他人に任せず、自分で行く筈だ」
「じゃあ、なんで私達に......?」
「きっと、神様は世界に干渉ができないんだと思う。だから、接触したことのある僕達に頼んだ。自分にとって邪魔な奴の始末に」
だから、あんな脅しまがいなことをしてまで僕達を呼んだ。
そう踏んだ天上院であるが、少しだけ解せなかった。
夜兎を見つけるまで、天上院は街の風景を見て回ったが、特に変わった様子はない。
神が僕達を呼んでまで倒そうとする必要があるのかと、疑問に思うところがある。
一抹の疑念が天上院のなかに渦巻くが、天上院はそれを振り払う。
今はそれは関係ない。もし、神谷が自分が思ってる人間じゃなかったら、他の策を考えるつもりだったけど、その必要はなかった。
大事なのは、如何に早くあいつを倒して異世界に帰ることだ。
(魔族に僕達がいなくなったと勘づかれる前に、早くしなきゃ........!)
思考を巡らせ、作戦を練る天上院。
そこに、休憩していたクラスメイトの何人かが訪ねてきた。
「なぁ、天上院.......」
「?どうしたんだい、皆」
訪ねてきたクラスメイトに天上院は普段の調子で聞くが、彼等は暗い表情でなにやら言いずらそうにしていた。
「その、頼みがあるんだ」
「頼み?」
「明日、一日だけ時間が欲しい」
「え.......」
「家族に、逢いたいんだ......」
時間が欲しいと言われ絶句した天上院だが、クラスメイトの願いを聞いて、心のなかで別の感情が生まれた。
家族に逢いたい。
それはここに来て、初めに天上院が思っていたことだ。
夜兎を倒すことで頭がいっぱいだったが、それを聞いて天上院は無性に家族に逢いたくなってきた。
「向こうの世界がやばいのは分かってる。でも、頼む!!明日だけ時間をくれ!!一目でも見ておきたいんだ!!」
頭を下げる男子に流されるように、他のクラスメイトも同じように頭を下げる。
家族。それは大切なものだと天上院は分かっている。
だが、一分一秒でも大事になるかもしれないこの時に.......。
天秤にかけるように、天上院のなかで決断が揺れ動く。
向こうの世界では、僕達を待っているかもしれない。
ルリ........。
「......なにもせずに帰ったら、ルリに怒られちゃうかもしれないな」
「天上院君?」
ははっと微笑を浮かべ小声で呟かれた言葉に、美紀は首を傾げる。
ルリのことを思ったら、突然声が聞こえてきた。
『折角帰ったのに、ご家族に遭うべきですよ』そんな声が聞こえた気がする。
「分かった。明日は自由行動にしよう」
その言葉を聞いた瞬間、頭を下げていたクラスメイトは嬉しそうに顔を上げ喜びあった。
「ありがとう!天上院!」
「ありがとう!天上院君!」
「ありがとう!」
感情の籠った感謝の言葉を述べてから、クラスメイト達は早速街に行く準備を始めた。
生産スキルがあれば服はどうにかなる。お金は気は退けるが偽造すればできないことはない。
自由行動が決まり、はしゃぐクラスメイトを笑顔で天上院は眺める。
これでいいんだ。家族に逢いたいのは、皆一緒だ。
嬉しそうに眺める天上院を見て、美紀もまた嬉しそうに微笑んだ。
余計な緊張が解けている。
「ありがとうね。天上院君」
「いいんだよ。これくらいはしないとね」
お礼を述べる美紀に、天上院はうんうんと頷く。
「美紀ー!服作るの手伝ってー!」
クラスメイトの女子から呼ばれ、美紀は「分かったー!」と言って天上院の側から離れる。
一人になり、天上院は穴が空いた壁に近づき外を眺める。
外はもう夕方だが、服やなにやら作るのには明日には間に合うだろう。
ルリ、皆、どうか無事でいてくれ......。
街の方を見ながら、天上院はただただ願うのだった。
―――――――――――――――――――
突如天上院が消えてから、【アナムズ】では国中が騒然としていた。
「勇者様達は見つかりましたか」
「いえ、まだ発見できておりません」
「そうですか......引き続き調査を行いなさい」
「はっ!!」
ルリアーノに命令され、兵士は敬礼をしてからその場を去った。
突如起こった敵を凪ぎ払った巨大な光の柱。そして、そこに向かった勇者達の失踪。
ルリアーノにはこれがなんなのか、わけが分からずいる。
勇者がいないことは国中に漏れ、城の外では勇者の安否を気にする国民達が集まっていた。
どうしてこうなるのやら......。
頭痛がするように頭を押さえるルリアーノだが、いくつか推測はできる。
先ず、あの巨大な光の柱は天上院様のものと見て間違いはない。
あんなことができるのは、あの人くらいしかいない。
そして、失踪した原因だが、誰かが連れ去ったのか、なにか罠に引っ掛かったか、どちらにせよいいものでないのは確かだ。
(どこに行ったのですか、皆様.....)
騒然とする国を上から見下ろし、ルリアーノは暗い表情になり胸に手を当てながら心配する。
こんなことを言ってもしょうがない。
自分にできることは、探すか、無事に帰ってくるのを祈ること、それだけだ。
(今は、やるべきことをしましょう)
自分を奮い立たせ、ルリアーノは気合いを入れる。
最近、特に目立った魔族の侵攻はない。
発見するなら今のうちだ。そう思い、ルリアーノはこの世界にはいない天上院達を捜索し続けていった。
―――――――――――――――――――
天上院達が失踪した情報を受けてから、騒然としていたところがもう一つあった。
「本当に勇者共はいなくなったんだな!?」
「はっ!!奇怪な光の調査に送り込んでいた諜報部隊や連絡用の使い魔からも、そう掴んでおります!!」
不気味に飾られた仰々しい部屋の中で、頬に傷のある厳つい男は若い角の生えた兵士に聞いた。
兵士の報告に、厳つい男はこれは好機だと踏んだ。
「なら、すぐにでも進軍するぞ!勇者達がいなければ、あんな国落とすのは容易い!!」
そう息巻くのは、魔族の四天王の一人、名はマクシス。
彼は数週間前に修業中だった天上院に傷を負わされ、天上院に対し並々ならぬ怒りを抱いていた。
「天上院!!奴が帰ってくるまでにあの国を破壊し、目にもの見せてくれるわ!!奴だけは俺が絶対に殺す!!」
目に復讐の闘志を燃やしながら、マクシスは進軍の手配を進める。
ここにもまた、野望を抱くものが一人。
この思惑がどこで交差していくか、交わる日は近い。
おまけ
【出番】
「今回、俺出番なかったなー」
「そういう日もあるよ。夜兎君」
「いや、日常パート以外で出てないの初めてだから、こうなんか、なぁ......」
「私は1パート出てないときあったけど?」
「生意気言ってすいません」
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