安らかにお眠りください
「取り敢えずロウガ、少しあいつの相手をしててくれ。時間が欲しい」
“分かったー!”
そう言ってロウガは黄花から降り、操鬼に特攻をかける。
自分に向かって真っ直ぐ突っ込んで来るロウガに、操鬼はタイミングを見て拳を突き出すが、腕をスルリと抜けるようにしてロウガは華麗にかわす。
“鬼さんこちらー”
「.......ジャマ」
これまたどこかで聞いたような煽り文句。
ロウガも段々と飼い主の影響を受け始めているようで、身体の小ささを活かした戦法で操鬼を翻弄する。
聞こえてないだろうがちょこまかと逃げるロウガに、操鬼は僅かに苛立ち鬱陶しそうに相手をする。
スピードと機動力はロウガの持ち味だ。ロウガなら、そう簡単にあのデカぶつには捕まらないだろう。
この場はロウガに任せ、俺は黄花にロウガ達から離れたところに降ろして貰う。
あー、腕が重い。実際はそうじゃないと思っても、重いものは重い。
手首の刻印を忌々しく見るも、これも自分が招いた愚かさ。今は我慢しよう。
「どうなさるおつもりなんですか?夜兎様」
狐姿の黄花が隣で聞いてくる。
どうするもなにも、そんなもの一つに決まってる。
「一撃で沈める」
この手で長時間戦闘するのは無理がある。
それに、今回最初から本気でやっていれば俺は直ぐに倒せた。
少し慢心していたのか、二度とそんなことを起こさないためにも、一撃で決めるつもりだ。
「そ、そんなこと可能なのですか?」
「当然だ」
一撃と聞いて耳を疑ったのか、黄花は少し戸惑った様子で言った。
俺はそんな黄花に即答し、膝を曲げ重たい腕で地面に手を付ける。
「さあ、やるか」
準備は整った。後は打つだけだ。
魔法の準備ができ、ロウガに離れるように言おうと口を開けた瞬間、
ーーーーーー邪魔をするな
「っ!?」
「きゃぁ!?」
何者かの攻撃を受けた。
突如背後から衝撃が走り、そのせいで準備していた魔法が解ける。
それと同時に聞こえた聞き覚えのない声。誰かここにいるのか。
隣にいた黄花にも被害が及び、俺はいったいなんだと思い振り返る。
そこには抉れた地面と転がっている一つ丸い石ころがあった。
「まさか、これを投げてきたのか......?」
今さっきまでなかったであろう石ころを見て、俺は眉を潜める。
【気配察知】は発動させたが、反応がない。
つまりこれは、超遠距離からによる狙撃。そして、先程聞こえた不気味な声。
誰かが俺達を遠くから監視しているということだろうか。
今の衝撃音でこちらに注意が向いたのか、操鬼がこちらに気付いた。
「ニンゲン.....コロス!」
こちらに気付いた操鬼はロウガを無視して、こちらに吸収したスピード能力で一気に近づこうとするが、ロウガが止めに入る。
“だめー!”
そう言いながらロウガは操鬼の噛みつく。
だが、皮膚が固いのかロウガは噛み砕くことが出来ず、操鬼に手で払い除けられた。
“かたーい”
「サッキカラ......ジャマ」
ずっと自分の周りを動き回っているロウガに、いい加減本当に鬱陶しく思ったのか、操鬼は俺からロウガに標的を変える。
まだ時間稼ぎが出来そうだな。
「こ、これはまさか.......」
この石ころに見覚えがあるのか、黄花は動揺を見せる。
心当たりがあるのか気になった俺だが、今は聞いている時間はない。
遠くからだが、また同じ石ころが飛んでくるのが見える。しかも、今度は数十発同時にだ。
さっきのは分からなかったが、石にどす黒い色の何かが纏われている。
良いものでないのは確かだ。
「夜兎様、ここは私が!」
飛んでくる石を迎撃しようと黄花が前に出る。
少し【気配察知】で調べてみたが、石は数十発ではなく、立て続けに投げられている。
俺が対処してたら埒があかない。
ここは黄花に頼み、俺は再度魔法に集中する。
俺の後ろで黄花は狐から人形に戻り、両手を斜めに突きだし身体に電気が纏う。
すると、電気は壁を作るようにして俺と黄花の周りを囲み始めた。
電気に物理防御なんて出来るのかなんて疑念もあるが、今は気にしている暇はない。
準備は出来た。これでいける。
「ロウガ!!そこから離れろ!!」
「わん!(うん!)」
俺の叫びが聞こえ、ロウガは去り際に“えい”っと前足で操鬼の目を突き刺す。
目をやられ、操鬼は「オ゛ォ!?」と言いながら目を抑えながら軽くうずくまった。
これまたエグいことを。
平気で目を潰すロウガに俺は痛そうだなっと思ったが、これはこれでチャンスだ。
「そろそろ天に還れ、怨念ーーーー光の導き」
その瞬間、二つの魔法陣が現れる。一つは俺の、もう一つは操鬼の足下に。
ロウガに目をやられた操鬼は、やっと落ち着いたのか目から手を離し、この状況を目にした。
本能でやばいと察したのか逃げようとするが、反応が遅い。
操鬼の上空から、突如四つの小さな魔法陣が出現し、中から鎖が飛び出した。
飛び出した鎖は操鬼の両手、両足に絡みつき、拘束する。
鎖を巻かれ、操鬼は引きちぎろうとするがびくともしないのか、一向に外れない。
それに捕まったらもう逃れることは出来ない。
その後、突然巻かれるように鎖が魔法陣の中に引き上がり、操鬼の身体が浮き上がる。
両手は横に水平に上がり、足は真っ直ぐ伸び、まるで十字架に張りつけられたような格好だ。
お前の過去には同情はしない。だから、せめて楽にあの世に逝かせてやる。
直後、操鬼の足下にあった魔法陣が輝きだした。
エネルギーを溜め込むように光は徐々に増していき、強くなっていく。
それが操鬼には死のカウントダウンに感じたのか、必死に鎖をちぎろうともがいている。
「ニンゲン!.....ニンゲン!!」
目の前の『死』に直面しても尚、操鬼は俺を怨念の籠った目で睨む。
「ユルサナイ!.....カゾクヲ....ウバウヤツハ.....ユルサナイ!!!」
「.....じゃあな」
何をされても、操鬼は恨みの言葉を忘れない。
もうそんなことを言う必要はない。それは大昔に終わったことだ。
操鬼から放たれる恨みの言葉に、俺は目を瞑り別れを告げる。
魔法陣の光も頂点に達し、操鬼の足下が眩い光に襲われた。
「ユルサナイ......ニンゲンガァ!!ーーーーー」
魔法陣から出てきたのは、一筋の光の柱。
晴天の夜空に走るそれは、月夜を明るく照らし、操鬼の言葉をかき消していく。
そのまま天に昇ってくれ。
操鬼を包む光の柱に、俺はそう願いながら見つめる。
やがて光は収まり、そこに残ったのはボロボロになって倒れた操鬼。
光になって消えてないということは、まだ生きてるのだろうか。
まだ消えてないことに、俺は追撃を与えようしたが、突然操鬼の身体が消え始めた。
死んだか。ゆっくりだが光となって消えていく操鬼を、俺は黙って見送る。
「...ニン.....ゲン.....」
消えていくなか、微かだが操鬼の声が聞こえる。
「...ありが....とう...」
その言葉を最後に、操鬼は完全に粒子となって消えていった。
それと同時に、俺の手首の刻印が消えていく。
手が軽くなった。これだよこれ。やっぱ手が自由なのはいいな。
手をブラブラと振りながら、俺は染々思う。
それにしても最後の言葉。最後の最後で正気に戻ったのだろうか。
不思議と、その言葉には先程までの怨念が混じった感じがなく、純粋な本心に聞こえた。
...来世が良いものであることを願う。
消えた操鬼に、俺は心の中で念じる。
光となった粒子は星が輝く夜空に向かって昇っていき、まるで本当に成仏してるようだった。
これで終わったか。操鬼の方はこれで終わりとして、俺はまだ残っていることがある。
そう思い、俺は今も頑張ってくれている黄花の方を見た。
見ると、黄花の作り出した雷の壁には、向こう側の背景が見えないくらいの石が張り付いていた。
いったいいくつ、あるんだろうか。
途方もない数の石ころに、俺はよく持ちこたえたなと思いながら黄花に加勢する。
「待たせたな、黄花」
「夜兎様......」
無数の石ころを抑えていた黄花は、限界が近いのか、上手く言葉が出ていない。
喋るのも辛いか。汗を流しながら耐える黄花に、俺は雷の壁の内側にまた一つ壁を作り出した。
「後は俺がやる。もうそれを解いて大丈夫だぞ」
「.....それじゃあ、よろしく、お願いします」
そう言うと、黄花は上げていた両手を下ろし、雷の壁を解いた。
どこの誰だか知らないが、石ころ投げるなんて小学生染みたことは他でやってくれ。
「そっくりそのままお返しする」
雷の壁が解け、石ころ達は一斉に俺が作った障壁に襲いかかる。
触れた瞬間、石ころは突然飛んでいた方向とは真反対の方向に飛んでいった。
障壁に触れた石ころは次々と空へ帰っていき、また空の彼方に消えていく。
そして、やがて全ての石ころが飛んできた方向に跳ね返されていった。
今飛んで行った奴は、全部投げた本人の下へ帰っていくようにしてある。
投げた奴は悲惨な目に会うだろう。これで、本当の本当に終わりだ。
別に【削除魔法】を使ってもよかったが、面倒をかけたお返しがしたかったからお返ししといた。
残りの片付けも終わり、俺はふぅっと一息つく。
終わったことで安堵したのか、黄花はフラフラとしている。
気が抜け倒れそうになるが、俺が後ろからそっと受け止めた。
「あっ、すいません」
「お疲れさん」
労いの言葉をかけ、俺と黄花は互いに少しだけふふっと笑い合う。
ロウガも“おわっちゃったねー”と言ってこちらに駆け寄り、俺は「お前もお疲れ、ありがとな」と言って血を落とし頭を撫でてから、ロウガを戻す。
「そういえば、あの攻撃はなんだったんだ」
「分かりません。私も封印途中であれにやられてしまって」
黄花も心当たりがないようで、俺と黄花は頭を捻る。
まぁ、今ここで考えても仕方ないか。多分襲ってきた奴の狙いは操鬼だろうし。
操鬼が死んだ今じゃ、俺達に関わる理由もないだろう。
緊張の糸が解けたのか、倒れ込んだままの黄花を見て俺はそうだと思い、いきなり腕を回し背中に背負いだした。
「や、夜兎様?」
「いいから休んでろ。疲れてるだろ」
いきなり俺におんぶされ、黄花は遠慮気味に「い、いえ、大丈夫ですから」と言うが、俺は「いいから」と言って止める気配を見せない。
頑張った人には、これくらいの労いはいるだろ。
いくら言っても止める素振りを見せない俺に、諦めが出たのか黄花は抵抗するのを止め、静かになった。
「......あの子達に会う前で降ろして下さいね」
「りょーかい」
俺の背中で顔を隠しながら、黄花は恥ずかしげに小声で言う。
分かればよろしい。
「それじゃ、帰るか」
「そうですね」
俺の言葉に、黄花は明るげな声で応える。
あの声に関しては謎のままだが、今はとにかく帰ろう。
月の光が明るい晴天の夜空。
月の光が差し込む森のなかを歩き、俺と黄花は戻る。
みんなが待っている神社の場所へ。
おまけ
【もしも】
もし、ロウガの血を落とし忘れたら
「あ、そういえば、ロウガの血落とすの忘れてたな」
“あるじー.....”
「あ、ロウガ。ちょうどよかった。血の汚れをーーー」
“主のバカー!!”
「え?どうしたんだ?」
“血が乾いて変色したー!!”
「え、あー、ほんとだ」
“これ落ちにくいやつじゃーん!!”
「ま、まぁ待て、俺ならどうにか出来るから、多分」
“多分って言った!!今多分って言ったー!!”
「悪かった、悪かったって」
“う~~~”
「そんな顔するなって。汚れたってお前はお前だぞ」
“うわぁーー!!主ー!!”←飛び付き
「おっと」
“避けないでよー!!?”
「いや、やっぱりちょっと無理かなって思って」
“嘘つきー!!”
ーーーーーーーーーーーー
ブックマーク、評価よろしくお願いします。