主人公とは、見計らったかのように現れるもの
夜兎が出現する鬼達を相手する前、黄花もまた妖魔の封印の真っ最中だった。
黄花と封印の石には同じ五角形の魔法陣、もとい術式があり、上空には五角形の先に札が浮かんでいる。
今はまだ封印の前段階。妖魔が復活してくるところが勝負だ。
いつでも来なさい。
緊張と焦燥を胸に抱きながら、黄花はその時を待つ。
すると、
オ゛ォオ゛ォオ゛オ゛オ゛ォオ゛オ゛ォオ゛ォ!!!
石の中から怒りにも等しい雄叫びが聞こえてきた。
声は結界内に響き、黄花の頭の中にまで届く。
兆候の時とは違い、揺れはない。
だが、声の性質が前よりドス黒く、怨念さが増している。
(来ましたか......)
いよいよ来た再復活の時間に、黄花は気合いを入れ直す。
ここからは、根気の勝負。出てくる妖魔を黄花が抑えればそれで勝ち。
負ければ、妖魔が復活する。単純なことだ。
ただこれに関しては、黄花には十分勝算があった。
封印状態なら、妖魔の力もある程度制限されている。
力が制限されている妖魔なら、黄花の魔力量で再封印出来るはずだ。
後は、夜兎がしっかり守って貰えれば、再封印は可能だ。
(頼みましたよ、夜兎様......!)
心のなかでエールを送りながら、黄花は封印の方に集中する。
目を閉じながら、黄花は上げていた手をゆっくりと自分の胸元の方に寄せていく。
手を合わせる前の形を取り、一呼吸を置くと、突如封印の石が淡い光に包まれ始めた。
オ゛ォォオ゛オ゛ォオ゛!?!!
そして、それに抵抗するかのように、妖魔もまた抗うような叫び声をあげる。
抵抗しているせいか、石がぐらぐらと揺れ、まるで石を押し合っているかのようだ。
だがその程度では、復活するにはまだ足りない。
集中する黄花は身体に僅かに力を入れ、息を少し吐く。
髪の毛も徐々にぞわぞわと逆立ち、集中を重ね、それに比例していくように、淡い光に包まれていた石の輝きも増していった。
ここまでは順調だ。
一つのミスもなく軽く安堵する黄花だったが、ふいに結界の外で一つの魔力反応を感じた。
(これは、とうとう来ましたか......)
これが、妖魔、操鬼の持つ力の一端。
鬼を生み出し、操る力。
とうとう現れた鬼に、黄花は警戒しながら封印を急ぐ。
鬼の強さがどれ程のものかは、分かりませんがここは夜兎様に任せましょう。
鬼を倒すのは夜兎の役目。
なら、自分は自分の為さねばならないことを為すだけ。
そう思い、黄花は封印に神経を集中させていると、突然鬼の魔力反応が消えた。
(あれ?消えた?)
突如消えた鬼の反応に、黄花は不思議に感じた。
まだ鬼が出てきて数秒しか経っていない。
なのに、消えたということは、これは倒されたということだろうか。
その犯人はいうまでもなく、夜兎のことだろう。
鬼は通常そこまで強いかといわれたら、ピンからキリまである。
だがそれでも、倒すには数十秒は掛かる。
あまりの速さに黄花は驚くが、これは夜兎のほんの一端でしかない。
また反応が現れた。
今度は、さっき現れたところから反対側のところだ。
これは時間か掛かりそうだ。
一体くらいなら、入ってきても対処できる。
最悪結界内に入ってくることを危惧した黄花だが、そんな予感は空振りに終わる。
(あ、あれ?また?)
反対側に鬼が出てから数秒後、また鬼の反応が消えた。
別に鬼にステルス機能があるわけではない。
あるとすれば、倒されたこと。ただ一つのみだ。
またしても、鬼を瞬殺した夜兎の功績に驚く黄花だが、前に夜兎が転移で一瞬にして移動していたのを思い出した。
そういえば、不思議な力をお持ちでしたね。夜兎様は。
あれがなんかのかは分からないが、頼もしい味方であることは十分に分かった。
そこからも圧倒的だった。
出現する鬼達に対して、夜兎は全て数秒で倒している。
どこに現れようが、何が来ようが、夜兎は関係なしに倒していく。
この圧倒的すぎる夜兎の強さに、黄花は思わず頬を緩めた。
(これなら、いけます......!)
鬼達を操るのに集中しているのか、妖魔の抵抗力も弱まっている。
この調子なら、必ず勝てる。
そう感じていた黄花に、突如として大量の魔力反応を感じ取った。
(なっ!?)
その反応はさっきと同じ鬼に間違いない。
だが、数が異常すぎる。
十や二十なんてもんじゃない。結界を囲むようにして無数の鬼達が同時に出現してきた。
質では勝てないと踏んだ妖魔は、今度は数で対抗してくるようだ。
どうしましょう......。
厳しい顔をしたまま、黄花は思案する。
倒すだけなら、夜兎一人でなんとなる。だが、同時にでは無理だ。
一方を対処していれば、反対側が結界内に入り込む。
数体ならともかく、何百と来られたら黄花も迎撃は出来ない。
(このままじゃ......!)
迫りくる鬼の集団に焦りを感じながら、黄花は額に汗を流す。
ここを離してはいけない。そんなことをすれば、妖魔が復活する。
焦りからか思考が乱れ、どうするどうすると考える黄花。
だがその考えは、一瞬にして消えることになる。
その時、突如上空に一筋の輝きが現れた。
(え?)
思案していた黄花は光に気づき、上を見上げる。
そこには、空に流れる大量の光があった。
晴天の夜空に流れる無数の光。
流れ星?その美しさを見てそう感じた黄花だが、すぐにそれがそうじゃないことに気づく。
(っ!?これは!)
光が流れていると思っていると、次々と鬼達の反応が消え始めた。
それは一ヶ所だけでなく、結界を囲む鬼達全て。
恐ろしいスピードで消えていく鬼達の反応に黄花は呆然とする。
「すごい.......」
消えていく鬼の反応に、思わず口から言葉が漏れた。
なぜこんなことになったのか。一瞬だけそう思った黄花だが、答えは一つしかない。
「流石、夜兎様......ですね」
反応が消えるのは倒された時だけ。
予想外過ぎる夜兎の強さに、黄花は「ふふっ」と笑みを溢した。
どうやら自分は、とんでもない人に助けを頼んでしまったようだ。
嬉しい誤算に黄花は小さく笑うと、目の前の封印に意識を集中させた。
これなら、いける。心置きなく封印出来る。目前になった勝利に、黄花は力を入れる。
もう封印は目の前。これで私たちの勝ちです。
オ゛オ゛ォオ゛ォオ゛オ゛ォオ゛オ゛オ゛ォオ゛!?!?
これには妖魔も驚きだったようで、必死にこちらに抗ってくる。
今更そんなことをしても無駄です。もう封印は目の前なんですから。
後一歩で封印のところまで来て、調子づく黄花。
そのせいで気付かなかったのだろうか。
ーーー別方向から来た第三者による攻撃に。
「きゃぁ!?」
封印完了の一歩手前で、突如後ろから痛みが走る。
なにかが飛んできたのか、ドォンッ!!と激突する音を耳にしながら、黄花は苦痛の顔をして吹き飛んでいく。
い、いったい何が......。
吹き飛ばされ動揺する黄花だが、そのせいで力が途切れてしまった。
それに気づいた黄花はしまった!と思いながら、すぐに元に戻そうと封印の石の方を目を向ける。
だがこんな好機逃す訳もなく、操鬼はチャンスと思い一気に力を入れてきた。
オ゛ォオ゛ォオ゛ォオ゛オ゛ォオ゛ォ!!
包まれていた淡い光は消え、石はピシピシと徐々にヒビが入っていき、やがて爆発するようにして破裂した。
破裂したことによる爆風で黄花は視界を閉ざし、やがて次に目にした光景に目を開かせた。
石は砕け、そこには別のものがいた。
図体はでかく、大男のような体格に黒い肌、着物のような格好に二本の角を生やした妖怪。
白目に赤く光るその眼力には、もはや生気が感じられない。
間違いない。その姿こそ、
「操鬼.....」
復活した妖魔、操鬼の姿を見て、黄花は絶望の表情を浮かべる。
やってしまった。ついに復活してしまった。
一番恐れていたことに黄花は震えていたが、すぐに持ち直し顔を締まらせる。
こうなったら、やるしかない。
思考を切り替え、黄花は素早く立ち上がり、片手を操鬼に向ける。
その瞬間、黄花の身体からバチバチッと弾ける音が聞こえ、電気がまとわりつく。
その音が聞こえたのか、操鬼が黄花の方を向いた。
(今だ!)
振り向いたと同時に、伸ばした手を伝って電気が放出される。
金色に輝く電気は操鬼に向かって真っ直ぐに伸びるが、操鬼は抵抗する素振りを見せない。
このまま直撃するかのように見えた黄花だが、次の瞬間ーーー操鬼の姿が消えた。
(消えた!?)
操鬼の姿が消え驚愕する黄花だが、操鬼がどこに行ったのかはすぐに分かった。
自分のすぐ目の前で操鬼は殴る体勢を作り、既にその拳が振り抜かれようとしていた。
この時だけ、黄花の目には操鬼の動きがスローに見えた。
ゆっくりと振り抜かれる拳に、黄花の体は動かず硬直している。
これは、だめ、でしたか。
目の前の『死』に黄花は諦めたかのように目を閉じる。
そこで思い出されるのは、大切な小狐達の顔だった。
ごめんなさい、菜野芽。ごめんなさい、みんな。
そして最後に、協力してくれた人への謝罪。
すいませんでしたーーーー夜兎様。
「あー、危なかった」
死を悟った黄花だが、一向に痛みが来ない。
そればかりか、聞き覚えのある呑気な声に、少しばかりの浮遊感を感じる。
いったい、なにがあったのか。
なにが起きたか分からず、恐る恐る目を開けた先には、
「夏蓮の言った通りだったな」
「......夜兎、様」
自分を抱えながら操鬼を見据えている、夜兎の姿があった。
おまけ
【犬だけど、狼です】
“生肉美味しくなーい”
「だろうな」
“もっと美味しいの食べたーい”
「狼なのに、生肉苦手なのか?」
“だって美味しくないんだもーん”
「じゃあ、なんならいいんだ?やっぱり焼いた肉か?」
“うーん?ドッグフード?”
「それ犬用だぞ」
“僕は狼だよー!!”
「ほれ」←ドッグフードをあげる
「わんわん!(わーい!)」
「やっぱ、犬だな」
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