誰か俺に平穏を下さい
「崩壊?」
黄花から放たれる不穏な言葉に俺は眉をひそめる。
この山に入ってからは特に異変もなく、なにも感じなかった。
とても何かがいるようには見えなかったんだが。
疑問に思う俺に、黄花は神妙な顔をしたままその訳を語りだした。
「数百年前、私達が縄張りにしているあのお山に、ある厄災が訪れたのです。その厄災の名はーーー操鬼。数多の鬼を支配した邪悪な妖魔です」
「妖魔?妖怪じゃなくて?」
「妖魔は元は妖怪だった者が悪しき心に支配され、自我が崩壊した状態のことです。一度なれば治すのは不可能。力は数倍に膨れ上がり、完全に復活すればもう手に負えません」
重い口調で黄花は語る。
「操鬼は鬼を操るのが得意な妖魔。妖魔になった操鬼は、人間と妖怪関係なく亡きものにし、殺生を続けていきました。これ以上の被害を出さないため、私達とご先祖様とで何人もの犠牲を払い、やっとのことで封印することに成功したのです」
「その操鬼ってのが、また復活しそうだと」
俺の言葉に黄花は「はい」と頷く。
「でもなんで急に復活しそうなんだ?」
「それが、理由が分からないのです。封印場所には定期的に確認しに行くのですが、その時に復活の兆候が現れてたので」
理由が分からないのは何かきな臭い感じはするが、肝心なことを俺は聞いていない。
「それを聞いて俺にどうしろと」
話はなんとなく見えてはいるが、俺は念のため黄花に聞く。
黄花は少し言いにくそうにしていたが、決意を込めた表情で俺に言った。
「私が妖魔を再封印している最中の間、私を守って欲しいんです」
その黄花の頼みに俺は意外に思う。
守るだけか。てっきり、一緒に倒して欲しいとか言われるもんだと思ってた。
予想していたの違い、拍子抜けした俺だが、ここで府に落ちない点がある。
「なんで守る必要があるんだ?封印するだけなら別にいらないだろ」
「再封印するには、復活する手前の段階でないと封印が出来ないのです。操鬼は鬼の支配者。完全に復活していない状態でも必ず邪魔をしてきます。再封印してる最中は私は動けません。反撃することは出来ますが、些かそれでは心許ない。だから、常識離れした霊力を持つあなたにお願いしたいのです」
「因みに復活するのは、いつだ」
「明後日の夜です」
明後日の夜。その時ならまだこの田舎にはいるな。
しかし、妖魔か。また面倒な話になってきたな。
事情を聞いて俺は受けるか受けないか迷っている俺に、黄花は更に頭を下げてきた。
「お願いします。私に協力してください」
頭を下げられ、俺はどうしようかと夏蓮の方を見ると、夏蓮もまた俺をじっと見つめている。
どうやら判断を俺に委ねたようだ。
頭を下げる黄花を見ながら、俺は首を捻りながら目を瞑って考え、やがて答えを出した。
「悪いが断らせてーーー」
「ちょっと待って」
だが、俺が答えを口にする途中、夏蓮が遮られた。
「ちょっとこっち来て」
「え、お、おい、なんだいきなり」
「いいから」
少し強めに夏蓮は俺の腕を引いて黄花に背を向けるようにして少し距離を取る。
いきなり何なんだ?
突然引っ張られ戸惑う俺に、夏蓮は身を屈ませ小声で呟いた。
「この話受けて」
小声で強気に言う夏蓮。
なぜ受けさせようとするのだろうか。
疑問に思いながらも、俺は首を横に振りながら夏蓮に反論する。
「いやいや、別に俺がやらなくても今回は大丈夫だろ」
そう言いながら俺は顔を黄花に向け、こっそり【鑑定】をかけた。
黄花 女 狐人族 Lv103
体力 6520/6520
魔力 6720/6720
スキル
変化 雷の極意 気配察知 俊敏
ほら見ろ、こいつかなり強いぞ。
てか、レベルはともかく年齢がないのか。妖怪には年齢という概念がないんだろうか。
年齢がないのには驚きだが、思っていたより遥かに強いステータスに俺は夏蓮にこれなら大丈夫だと伝える。
「今、黄花のステータスを見たが、かなりの強さだ。これなら俺がやらなくても何とかなる。これは信じてやらなきゃ失礼だろ?」
遠回しにやりたくない言い訳を、俺は並べる。
だが、そう言う俺に対し、夏蓮はなにも分かっていないとばかりに呆れていた。
「日頃ラノベなんて読んでるのにそんなことも分からないの......」
「分からないって、なんのことだ?」
やれやれと首を振る夏蓮に俺は聞くと、夏蓮は前口上に「いーい」と付け加え、当たり前のように述べる。
「この流れはお約束的に必ず失敗する」
「お前それは失礼だろ.....」
真面目な顔をしてこいつは何を言ってるんだか。
俺より酷い考えだなそれ。
真顔で呟く夏蓮の一言に俺は呆れるが、夏蓮は「よく考えてみて」と言って俺を納得させようとしてくる。
「今までそう言ってお約束から外れた試しある?」
「え?」
この夏蓮の言葉に俺は過去の出来事を思い出す。
テロリスト、モンスターの出現、天使、堕神、無人島、そして破壊神、この中でどれもお約束から離れたものがあっただろうか。
さやが拉致られ、ラスボスにドラゴンが出てきたり、夏の無人島での触手、心当たりが多すぎて最早否定する気にもなれない。
過去を思い返し、俺は顔を苦くする。
嫌なのを思い出してしまった。
思い出さないよう極力記憶から消去してたのに。
夏蓮に再び「ある?」と聞かれ、俺は「えーっと」と答えられず目を逸らすと、夏蓮は更に追い討ちをかける。
「ここでやらなかったら後々面倒なことになるのは確定。だから、今の内にやっておいた方がいい」
なんだろう、段々その通りに聞こえてきた。
本来ならそんなことないと言える場面だが、今までの経験からかこの夏蓮の言葉には、妙な説得力を感じる。
“僕もあの子達を助けたーい!”
すると、いつの間にか聞いていたのか、ロウガも俺の足元に来て懇願する。
これは、もうするしかないんだろうか。
それでもまだ他の手があるんじゃないかと、無駄に抵抗して渋る俺に、夏蓮は止めの一言を放った。
「山から押し寄せてくる大量の鬼と戦いたいの?」
「その話受けた」
その夏蓮の一言を聞いた直後、俺は後ろを向き黄花にビシッと伝える。
断られると思ったのか、不安そうな顔をしていた黄花は俺の返答に「え?」と身体を固まらせ、次第に聞き間違いじゃないかと確認を取ってきた。
「ほ、本当によろしいんですか?」
「あぁ、この山には思い入れがあるからな。力になろう」
とてもさっきまで渋っていた男の言葉とは思えないと、夏蓮が横で何か言いたそうな目をしていたが、俺は迷いなく応える。
実際、嘘は言っていない。
その俺の言葉に感動したのか、黄花は感極まり再び頭を下げた。
「何卒、よろしくお願いします」
「こちらこそな」
頭を下げる黄花に俺は微笑みながら言う。
「自己紹介がまだだったな。俺は神谷夜兎。こっちは妹の夏蓮だ」
「よろしく」
「はい、私は黄花。ここの長をしております」
「これから頑張っていこうな」
「はい!」
そう言いながら、俺と黄花は握手を交わす。
結局はこうなるのか.......。
見た目「ははは」っと笑いながらも、俺は内心ため息をつく。
誰か俺に平穏をくれ。
握手をしながら、俺は半笑いのまま遠くを見つめていた。
おまけ
【年齢】
「なぁ、黄花」
「はい?」
「お前って歳いくつだ?」
「なんの話ですか?」
「いや、お前のステータスに年齢なかったからさ。年齢いくーーー」
「な・ん・の・は・な・し・で・す・か?」
「そこは気にしてるんだ」
ーーーーーーーーーーーーー
ブックマーク、評価よろしくお願いします。