クラスの決意
時は遡り、異世界【アナムズ】。
天上院輝率いるクラスは、戦いに負け傷付いた身体を癒すため治療中だった。
「あー、見事にやられちまったなー。くそー」
「ははは、無理するなよ」
「大丈夫?折れた腕」
「うん、前よりはましになったよ。これでまだ武器が振り回せるね。あはは」
城内の医務室で、クラスはお互いに言葉を掛け励まし合う。
見た感じでは笑いながら語っている彼等だが、無理に笑っているのが分かる。
今日の空はくすんだ灰色のような曇り。
まるで今の彼等の心情を現しているかのように、酷く淀んでいた。
「みんな........」
その様子を見ていた天上院は、皆にどう声を掛けていいか分からず、ただ呆然と眺めていた。
無理をしている。
弱いところを見せまいと、作り笑いをしている。
これまでの経験のお陰か、誰一人として弱音は吐いていない。
それが分かっている天上院には、なんとも辛い光景に見えた。
「天上院様」
「王女様.......」
ドアの外から眺めている天上院に、この城の王女ルリアーノが声をかけた。
声色はいつもと変わらないが、顔は曇りががっていて、少し暗くなっている。
「ご無事でなによりです」
「いえ、僕より皆の方が......」
そう言って、天上院はクラスの方に目を戻す。
今回、天上院達は負けた。
相手は魔族、それも四天王の一人に負けたのだ。
前回は勝てたせいか、どこか全員天上院を含め慢心していたかもしれない。
38対1という状況だったのにも関わらず、天上院達は敗北した。
圧倒的だった。手も足も出なかった。
やはり前に戦った四天王の一人は最弱だったようで、逃げる際戦った四天王から「あいつは最弱だ」と告げていた。
どれだけ前回のが弱かったんだと叫びたくなった天上院達だが、今はそんな気力すらない。
いつの日の酒場で聞いた言葉が現実と化し、天上院はもっと真剣に考えとくべきだったと、一人悔やんでいる。
「美紀は大丈夫でしたか?」
「はい。傷はたいしたことはありません。ただ魔力を使いすぎて今は眠っていますが」
ルリアーノの言葉を聞いて、天上院は「よかった」とホッとする。
四天王との戦いで奇跡的にも死者はいない。
その理由は他でもない。【転移魔法】の使い手である天道美紀にある。
四天王との戦闘の最中いち早く相手の強さを察していた美紀は、瞬時に皆を転移で移動させたのだ。
ただ、全員がバラバラだったため一辺に転移出来ず、何回も転移を繰り返したせいで、魔力切れを起こし、今も眠っている。
美紀の無事も確認し終わり、天上院は少しの間安堵すると、途端に決意に満ちた顔になった。
「王女様、お願いがあります」
「お願い、ですか?」
お願いと言われルリアーノは何だろうと思うと、天上院は少しの間を開けてから口を開いた。
「少しの間、ここを離れさせてください」
「ここをとは、この国をですか?」
「はい」
突然国を出たいの言われ、どうしてだろうと思ったルリアーノだが、天上院は真っ直ぐな目をしたまま理由を語り出した。
「僕はまだ弱い。あの魔族に勝つにはまだ力が足りない。でも、ここでは限度がある。だから、国を出て、修行をしたいと思います」
「あてはあるんですか?」
「先ずはこことは別のダンジョンの方に行こうと思います。よりレベルを上げるために」
現在天上院のレベルは83。
このレベルで勝てないということは、あの四天王の魔族はそれ以上ということだ。
天上院の決意にルリアーノは少し考える素振りを見せる。
天上院が強くなることは喜ばしい。
正直、ルリアーノもこのままでは勇者達の心が折れるのではないか心配していた。
天上院がいなくなっても、他のクラスの人達は大丈夫だろう。
彼等とて勇者。
元は異世界の人間だとしても、彼等もこの七ヶ月で成長している。
天上院がいなくても、ある程度は大丈夫だ。
だが、問題はそこじゃない。
「いいんですか?美紀のことは」
ルリアーノの懸念に、天上院は口をつむぐ。
クラスの方は大丈夫だ。だが、美紀は違う。
美紀は天上院のことが好きだ。
それもただの好きではなく、本気の好き。
七ヶ月の間ずっと一緒にいたせいか、好きな人と離れることは美紀にとっては辛すぎる。
そして、実はその美紀の好意に最近天上院も気がつき始めていた。
今更感が否めないが、美紀のことを聞かれた天上院は次第にこう切り出した。
「確かに、美紀には悪いと思っています。だけどーーーーー」
天上院はルリアーノの目を真っ直ぐ見つめる。
「このままでは終われない。僕は勇者です。勇者がこんなところで折れてはいけない」
勇気を持って悪を制す。
天上院は今自分が成すべきことを一直線に全うしようとしている。
相手が如何に格上だろうと、立ち向かい続ける。
そんな天上院の言葉を聞いて、ルリアーノは目を静かに閉じて考え込む。
「だからお願いします!行かせてください!」
頭を下げ懇願する天上院。
その天上院の願いに、ルリアーノは返答をしようと、口を開いた瞬間、医務室から一気に歓声が聞こえた。
「よく言ったぞ!天上院!!」
「それでこそ俺らのリーダーだ!!」
「気を付けて行ってきてね!!」
「天道さんのことは任せて!」
「俺達も直ぐに追い付いてやるからな!!」
会話に熱中しすぎて天上院は忘れていた。
ここは医務室の前。
扉も開けっぱなしで、ルリアーノとの会話など駄々漏れである。
「みんな.......」
皆からの声援に、天上院は顔を上げ、呆然とし、次第に少し感動してきた。
自分はこんなにも応援されているのか。
自分はこんなにも慕われていたのか。
クラスの声援を聞いて、ルリアーノは頬を緩めた。
「杞憂でしたね」
「え?」
「美紀のことが心配でしたが、これなら問題なさそうです」
天上院がいなくても、みんながいる。
そのルリアーノの言葉を聞いて、天上院は「そ、それじゃあ...」と言葉を詰まらせる。
上手く言いたいことが言えず、口をパクパクさせている天上院に、ルリアーノはにっこりと告げる。
「ですが、一つ条件があります」
「じょ、条件?」
条件と言われ、天上院は途端に不安そうな顔をする。
不安そうな天上院を見て、ルリアーノはふふっと意地の悪い笑みを浮かべて言った。
「これから私のことはルリと呼んでください」
「え、ルリ、ですか?」
「はい、じゃなきゃ、認めません」
予想外な顔をする天上院に、ルリアーノは少しワクワクした表情をする。
いったいどんな条件を出すのかと冷や冷やした天上院だが、どこまでいっても王女様は王女様と、軽く笑えてきた。
「はい、分かったよ。ルリ」
「気を付けて行ってください」
「ありがとうございます」
改めてルリアーノの承諾を聞き、天上院はお礼を述べると同時に笑顔で走っていった。
ふふ、それでこそ天上院様です。
走っていく天上院の背中を見ながら、ルリアーノは嬉しそうに笑う。
異世界召喚から七ヶ月。
天上院達は魔王を倒すため、新たな道を歩み続ける。
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天上院がルリアーノと話し込んでいたと同時刻。
城の外で中の様子を伺っていた二人の男女がいた。
「なんか、皆暗い顔してる。無理して笑ってるけど」
目を両手でパッチリと開かせながら、少女はもう一人の男に告げる。
ふんわりしたベージュの髪に、緑と赤のオッドアイの彼女。
なんのスキルを使っているのか、眼鏡の役割をしているかのように小さな魔法陣が少女の目の先にあり、少女はそれを通して城を見ていた。
「そんなことしなくても普通に見えるだろ。マナ」
「えー、いいじゃん。気分の問題だよ」
両手で目を開かせる仕草を見て、男は呆れ気味に指摘するが、マナは一向に止めようとしない。
いつものことながらよく分からんと思う男だったが、まぁいいかと切り替え、城に背を向ける。
「もういい。行くぞ」
「え?もういいの?」
「そんなことしても時間の無駄だ。それに、あいつらなら大丈夫だろ」
そう言って男は歩き出す。
「あ、待ってよ!レン!」
歩き出すレンと呼ばれた少年に、マナは小走りで後を追う。
黒髪に黒目。
この異世界【アナムズ】では珍しい容姿の彼は、元天上院達と一緒にいたクラスの一員。
数ヵ月前ダンジョンで死んだとしていた彼が如何にして彼等と交わるのかは、まだまだ先の話だ。
前回との温度差......
天上院のレベルが低いように見えますが、夜兎が異常なだけです。
なんか主人公より主人公してる気がする。
おまけ
【理由】
「♪~~~」
「王女様偉く上機嫌だな」
「天上院からルリって呼ばれたからだろ」
「もしかして、悩んでたのもそっちのことだったりして」
「はは、まさか」
(思い通りに上手くいきました!咄嗟に言ってみるものですね!)
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