嵐のように来ては去っていく
活動報告でも発表しましたが、この度ネット小説大賞を受賞して、書籍化が決定しました!
これも読んでくださった皆様のお陰です。
これからもよろしくお願いします!
猛暑が続く夏の季節。
辺りはセミの鳴き声で包まれ、肌を刺すような日差しが照りつける。
「あ゛づい゛.........」
動きやすい半袖半ズボンの家着のまま、俺は熱気の籠った道路を歩く。
なんでこんなことをしてるんだろうか。
歩いている最中、俺はふと思う。
確か、メルとの約束も果たした後、俺はいざクーラーの効いた部屋でだらだらしていた。
そこに母さんがノックをしながら入ってきて、俺に買い物を頼んできたんだった。
夏蓮に頼めばいいのにと思った俺だが、俺の考えを読んでいた母さんに「少しは外に出なさい」と小言を言われ、なくなく行くことになったんだ。
「なんでこんなに暑いんだ」
「今日は例年より気温が高いようです。マスター」
どうしようもない暑さに悪態つく俺に、メルは明るげに応える。
前回の反省を活かし、今日はコードがいらないタイプのイヤホンマイクを付けている為、これで常時メルとの会話が出来るようになった。
買ってから今まで使う機会がなかったから折角だから使ってみようと思い今日着けてみたが、これは中々優秀だ。
一々携帯に話し掛けずに済む。
イヤホンマイクの素晴らしさが分かった俺だが、このうんざりする程の暑さの前ではそんなのは無に等しい。
「前も最高気温とか出てたよな」
「今年は暑い季節になるみたいです」
なんてことだ。
メルの言葉に俺は軽く絶望する。
メルは超がつく程の優秀なAIだ。
その情報網は軽く世界を掌握出来るくらい造作もない。
そんなメルが言うんだ。
まず間違いないだろう。
「とっとと帰ろう.....」
このままでは暑さで干からびてしまいそうだ。
額の汗を拭いながら、俺は買い物袋を提げ家へと向かう。
「頑張って下さいです、マスター。目的地まで後505メートルと65センチです」
「その実況は止めてくれ、メル。返って疲れるから......」
距離なんて考えるだけでも嫌になる。
イヤホンマイクにしたのは失敗だっただろうか。
夏の暑さとメルの元気の良さに嫌気が差しながら、俺はクーラーという名のオアシスに向かって歩みを進める。
するとその時、目の前の空中に一つの魔法陣が現れた。
「ん?」
突然現れた魔法陣に俺は立ち止まり暫くそれを見つめる。
すると、中から吐き出されるようにして、何かが落ちてきた。
「いった!?」
魔法陣の中から落ちてきたそれは、地面にお尻を打ち付け、痛そうにお尻を擦っている。
「いってぇ、何でこの魔導具はいつも上から落とすようになってんだよ......」
スーッと消えていく魔法陣を見ながら悪態つくその人。
見たところ女性のようで、深紅のボサボサの髪にビキニアーマー。
その見た目モロ普通じゃない様子の女性に、俺は軽く嫌な予感が覚えた。
魔法陣が出ている時点で普通じゃないのは確定している。
暑さで思考が衰えていたのか、何で俺はあそこで素通りしなかったんだ。
過去の自分を責めながら若干後悔していると、尻餅をついていたその女性と目が合った。
「あ」
「あん?」
ポツリと呟く俺とは反対に、尻餅をついた女性は何故か怒った風な言い方で俺にガンを飛ばす。
怒っているのかと思った俺だが、次の彼女の反応を見て、そうでないことが分かった。
「おー!もしかしてお前が神谷夜兎か!?」
何故か嬉しそうな顔をしながら立ち上がる彼女に対し、俺は冷静に告げる。
「いえ、人違いです」
そう言って俺は彼女の横を通る。
ふー、今年は余程暑いんだな。
まさか、幻覚まで見えるなんて。
少しの現実逃避を交えながら去ろうとする俺だが、簡単には離してくれなかった。
「まぁ待てよ。逃げんなって」
横を通ろうとした瞬間手首をギュッ!と掴まれ、女性は嬉しそうに顔をにやつかせる。
おいおい、今年の夏はどうなってるんだ。
どうやら幻聴まで聞こえるようだ。
どうしても関わりたくない俺は更に現実逃避を続け、掴まれた手を振り払おうとするが、一向に離れる気配がない。
「だから人違いだって言ったよな」
「嘘つけって。そんな莫大な魔力纏ってる奴が違うわけねぇだろ」
あくまでも人違いである振りをしようとする俺だが、どうやら既にばれてるようだ。
まぁ、俺もこいつから膨大な魔力とかオーラを感じてるんだが。
だからこそ関わりたくないと思った俺は更に力強く手を振り払おうとするが、全然手が払える気がしない。
くそ、何だこの力。
振り払おうとしても微動だにしない手に軽く戸惑っていると、女性は何が面白いのかハハッと微笑を浮かべる。
「まぁ待てって、別に今はなにもしない。今日はただ挨拶に来ただけだ。だから逃げんなよ。逃げねぇよなぁ?あぁん?」
何故喧嘩腰なのかはさておき、さっきからこいつは何なんだ?
多分神絡みなのは分かっているが、俺は特に面識もないし、見たこともない。
美人な容姿して中身がこんな残念な彼女に俺はどうするかと、悩む。
「悪いが俺はあんたなんか知らない。俺はこれから用事があるんだ。手を離せ」
少し攻めの口調で嘘を言う俺に女性は一瞬目を丸くしたが、何が嬉しいのか女性は機嫌良さそうにする。
「私に威圧されてそんな口が叩けるなんてな益々おもしれぇな。お前」
なんか気に入られてるんだが。
てか、威圧なんてしてたのかよ。
道理でなんかチクチクすると思ったら。
機嫌良さそうな顔をする彼女を見て、俺はえーっと嫌なそうな顔をするが、彼女はそんなこと知らんとばかりに無視し、いきなり話し出した。
「私はスカラ。一応神だ。まぁ、よろしくな」
「はー.......」
突然の自己紹介に俺は間の抜けた声を出す。
予想通りの展開に俺はどうでもよさげに聞くが、次のスカラと名乗る女性の言葉に目を見開いた。
「突然だが、お前には私と勝負して貰う」
「はー.......あぁ!?」
不意な発言に思わず裏声になるほど俺は驚く。
「日時は明後日のこの時間。場所はお前が好きに決めろ。その時間になれば私がお前のところに行くからそこが戦いの場になる」
「ちょ、ちょっと待て。いきなり出てきて突然なんなんだ」
突如現れたスカラに勝負を挑まれ何がなんだか分からない表情をする俺に、スカラは意味深に微笑む。
「言っとくがお前に拒否権はないぞ。神王様からも許可は出てるんだからな」
「神王様?」
知らない単語に俺は眉をひそめるが、それを言い終えると同時にスカラは懐から何かを取り出した。
見ると、その手の中には手に収まる程の楠んだ灰色の球が握られていて、スカラはそれを地面に落とす。
すると、灰色の球は地面に落ち砕け散った瞬間スカラの足下に先程見た魔法陣が出現した。
「そんじゃあ、明後日な。言っとくが逃げたりしたらどうなるか分かってんだろうな?」
「お、おい、だから待てって!」
一方的に脅迫混じりな言葉を乗せて去っていくスカラ。
俺はそれに未だ状況が呑み込めずスカラに待つように手を伸ばしたが、既にスカラは消えた後だった。
夏の太陽が照りつける住宅街の道路に一人残された俺はスカラがいた所を呆然と眺める。
いったいなんだったんだ。
嵐のように来ては去っていったスカラに俺は少しの間呆然としていたが、これだけは分かる。
これは絶対面倒なことに巻き込まれたな。
「なんだったんだ?あいつ」
「マスター、先ずはリーナ様に相談されてはどうですか?相手が神なら何か分かるかもしれないですよ」
「それもそうだな」
視界は携帯がポケットにあるせいで見えないが、声なら聞こえていたメルの助言に俺は肯定し取り敢えず再び家に向かった。
連絡は帰ってからにしよう。
立ち止まったせいで余計暑くなってきた。
しかし、これからどうなるんだろうか。
「嫌な予感しかしねぇ......」
スカラのことを思い返しながら俺は重々しく歩みを進める。
ため息を付きながら歩く俺に、メルが「頑張って下さいです!マスター!」と励ましの言葉を入れてくる。
まぁ、やるしかないよな。
メルに励まされながら、俺は腹を括り覚悟を決め、家へと急ぐ。
おまけ
【盗撮】
「なぁ、メル。このイヤホンマイクの調子はどうだ?」
「良好です、マスター。これでマスターの声がよく聞こえるです」
「それならよかった。次は小型カメラでも買ってみるか」
「本当ですか!?」
「何時までも見えないのはあれだしな」
「ありがとうございます!マスター。これで周囲もよく見えます」
「だからって盗撮とかはするなよ」
「しないです!観察の為に覗くだけです!」
「結局は覗くのかよ」
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