脳筋にルールを守れというのは酷な話
時は昨日に遡り、夜兎が帰った後のメトロンの部屋では
「あんの野郎!!よくも僕のゲームデータをぉ!!!」
一人怒り狂い地団駄を踏んでいた。
いきなり夜兎とメルが自分の部屋にやってきたと思ったら、理不尽に殴られるわ、メルに2000時間のゲームデータを消されるわで散々な目に遭ったメトロン。
彼からしたらただ一方的にやられただけに感じているため、怒るのは当然だった。
その怒りをぶつけようにも周りは自分の宝ともいえる遊びの道具ばかり。
ここで暴れる訳にもいかない。
「しかも、途中で逃げるなよ!!少しは戦え!!」
悔しそうにメトロンは天井に向かって叫ぶ。
周りに怒りをぶつけられず、夜兎に直接やり返そうと思ったメトロンだが、夜兎達には途中で逃げられてしまった。
そのせいでこの振り上げた拳が行き場をなくしている。
怒り収まらぬ状態のまま暫く吠えていたメトロンだが、次の瞬間その怒りは一気に冷めた。
「おーっすメトロン。暇だから遊びに来たぞー」
「あ、スカラ......」
ノックもせず突然ドアから入ってきたその女性に、メトロンは若干怯え混じりにゲッといった顔をする。
さっきまでの怒り狂った様は完全に消え、メトロンはスカラの表情を伺う。
「もう神王様の罰は終わったの?」
「まあな、全く神王様も酷いよなぁ。ゲルマの野郎を取り逃がしただけであんなに罰を与えなくてもいいのによぉ」
「やってらんねぇぜ」と言いながらスカラは疲れた仕草をとる。
そんな綺麗な容姿でそんな態度を取らないで欲しい。
これでも長い付き合いであるメトロンは何度同じことを思ったことか。
手入れしていないボサボサな長髪の深紅の髪に、大きな胸を包み隠すビキニアーマー。
顔もそこらの女性より整っていて、その見た目は普通に美人なスカラ。
だが、見た目は美人なのに反して、中身がこの通り美人とは程遠い。
最初の頃はその美人な見た目で少し緊張していたこともあったメトロンだが、今では緊張どころか仲良しを飛び越えて少し怯えが入っている。
別に常日頃怯えている訳ではない。
ただこの部屋に来たときだけは、メトロンは決まってスカラを警戒する。
「あぁ、何かそう思ってきたらイライラしてきたぜ........」
すると、突如機嫌を損ねたスカラの周りがぐらぐらと揺れ始める。
周りの服、ごみやホコリ、ゲームのカセットが宙に浮く。
まるで、彼女の怒りに比例していく様に、その揺れは徐々に増していく。
恐れた事態が起きた。
眉間にシワを寄せ苛つくスカラに、メトロンは慌てて止めだした。
「ま、待ってスカラ!?落ち着いて!!今ここでスキル使われたらここが壊れる!!」
慌てて止めるメトロンの必死の訴えに、スカラは前科があるからか、「あっ」と呟き気を沈めた。
「いやー、悪い悪い。つい思い出したら腹が立ってな」
悪びれる素振りもなくアッハハハ!!と笑いながらスカラは謝るなか、メトロンは半笑いになる。
心臓に悪い。このスカラのころころ変わる気分に振り回されるメトロンだが、なんとかなったと思い一先ずホッとする。
また前みたいにならないでよかった。
メトロンは心の中で安堵する。
前科があると言ったが、スカラは一度機嫌を損ね、そのせいでメトロンの部屋が丸ごと消滅したことがある。
その時、集めたゲームやおもちゃが全て消されたあの喪失感。
メトロンは今でも忘れていない。
(どうにかなってよかった.......)
笑うスカラを見て、心底メトロンはそう思う。
なんせこのスカラの神名は【破壊神】。
その名の通り破壊なんてお手の物である。
当然戦闘力は他の神より断然強い訳で、だからこそ【憎悪神】であり堕神となったゲルマの捕獲を任された。
だが、破壊は得意だが加減が苦手なスカラは、そのせいで失敗し、ゲルマを取り逃がしてしまった。
任務を失敗した彼女は、神の中の王である神王。
つまりメトロン達の上司である神王にスカラはこっぴどく叱られ、おまけに罰として他の仕事を押し付けられたというわけだ。
「全く、ちょっと仕事に失敗して間違えてあの世界破壊したからって、あそこまで怒らなくてもいいだろ。なぁ?」
「僕は神王様の言うことは最もだと思うよ.......」
いくら既に壊れた世界だからって、世界ごと破壊していいわけがない。
それに狙いは確保なのに、何故そんなばかでかい攻撃を仕掛けたのだろうか。
最早捕まえる気があるのか疑いたくなる。
「あれは世界が柔なだけだ。私のせいじゃない」
なんという横暴。
ネタとかでなく本気で言っている言葉だから余計に質が悪い。
「そんな世界があるなら見てみたいね........」
このルールブレイカーともいえる彼女をいったいどうしたらいいんだろうか。
いつか神のルールを覆すようなことを仕出かしそうで怖くなってくる。
メトロンは呆れ混じりにため息をつく。
「あーあ、誰かいねぇかなぁ。私と対等に渡り合える奴が」
「あのねぇ.......」
そんなの居るわけない。
息を吐きながらぼやくスカラに対し、メトロンは思う。
そんな人がいたら世界が破滅する。
居るとすれば神王様かスカラと同じ位の神だけだ。
それにメトロンの様な普通の神とは違う地位を持つスカラと同等の神など、片手で足りる位しかいない。
そんなスカラと対等な人など居るわけがないと思っていたメトロンだが、ここでふとさっきまで自分が怒っていたことを思い出す。
「.....いるかもしれない」
今さっき自分にダメージを与え、威圧にも耐え抜いた人間が一人いた。
一人ポツリと呟くメトロンの言葉を、スカラしっかり聞き逃さなかった。
「本当か?メトロン」
普段はあまりそういう可能性的なことをメトロンは言わないので、スカラは興味深そうに聞く。
面白そうな面持ちで聞くスカラに、メトロンも何を考えたのか面白そうに口許をつり上げた。
「うん、いるよ。実は僕の担当している世界に面白そうなのがいるんだよね」
「へぇ、そいつはどんな奴なんだ?」
メトロンの話を聞いてますます興味が沸いたのか、更に問い詰める。
引っ掛かった。
完全に思惑通りな展開にメトロンは内心微笑む。
「ーーーーーという奴なんだよ」
「成る程。そいつはひどいな」
メトロンは夜兎のことについて話すと、スカラは若干怒りを露にしていた。
何を言ったかはさておき、これで準備は整った。
後はスカラが夜兎をボコボコにしてくれるだけだ。
計画通りに事が進み、メトロンは気分をよくする。
あそこまでされたんだ。
復讐は倍返しに決まってる。
それにスカラなら多少の言い訳は建つし、最悪スカラが勝手にやったと言えばどうにかなる。
スカラはルール破りの常習犯。
誰も信じる者はいまい。
この打算的な計画に、メトロンはスカラにボコされた夜兎を想像し、思わずにやけてしまう。
「それじゃあ、任せてもいいかな」
「あぁ、どれくらい強いのか楽しみだ」
考えは違えど、二人は一緒にふっふっふと軽く笑う。
スカラは強い奴と戦うため、メトロンは夜兎への仕返しのため。
今ここに偶然にも一致した二人の目的、夜兎を倒すという目的が誕生した瞬間だった。
すると、二人が笑い合う途中、突如メトロンの部屋にコンコンっとノックの音が響いた。
「メトロン様、スカラ様」
ドアの外からはキリッとした鋭い声が聞こえ、メトロンはドアを開けた。
そこにはメトロンの配下である天使の姿があった。
「どうしたんだい?態々僕の部屋まで来て」
「神王様がお二人をお呼びです。至急来るようにとのことです」
突然の神王からのお呼び出しに、メトロンは勿論スカラも驚いた表情をする。
「二人って、スカラも?」
「はい、そうです」
「おいおい、私は今さっき仕事を終えたばかりだぞ。いったいなんの用だよ」
「それは分かりませんが。とにかく大至急来るようにだそうです」
淡々と事務連絡を告げる天使に、メトロンとスカラはお互いに顔を見合わせる。
いったいなんの用だろうか。
なにかしたと言えば嘘ではないが、態々呼び出されることはしていない。
ましてや、スカラと一緒なんて妙だ。
どんな用なんだろうかと考えるメトロンだが、一向に身に覚えがない。
「取り敢えず、行くしかねぇか」
「そうだね」
スカラの言葉に同意し、メトロンは共に神王のところまで行く。
この時まで、いったいなんの用なのか想像もつかなかったメトロンだが、神王に告げられた言葉に驚愕し、後悔したのは今はまだ知らない。
おまけ
【脳筋】
「スカラって何でそんな強いの?」
「ん?そんなの強いからに決まってるだろ」
「いや、そういうことじゃなくてね。どうやってそこまで強くなったの?」
「気合いと根性。後はひたすら戦ってれば誰でも強くなれるぞ」
「成る程、よく分かったよ」
「だろ?」
「つまり、脳筋には聞くもんじゃないってことだね」
「おい、ちょっと表出ろ」
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