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息抜き  作者: KKSY
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1日目

 ひとは誰しも、過去に幸せを求める生き物だ。辛い現実から逃避して、あの頃は良かった、あの頃に戻りたいと呟く、そういう弱い存在だ。

 貶している訳じゃない、寧ろ素晴らしい、最高、素敵やん。


 だから、養われたい系男子にもさ、苦しいばかりの現実から逃避する時間が有ってもいいと思うんだ。


 そう思うよね幼女ちゃん。あれ幼女ちゃん? どこ行くの? あ、お母さんですか。いや、別に拐おうとしていた訳じゃ、あっ、ちょっ、ご免なさいご免なさい。衛兵さん呼ばないで下さい。え? もう呼んだ? 覚悟しろ? いや、あの、あっ、脇敏感だから気を付けて、え? グダグダ言うな? いやいやいやいや、連れて行く前に話を聞いてよお巡りさぁん!


***


 ヒモ志望は小さな頃から、ずっと叶えたい夢があった。今もある。それはヒモになること。沢山の女性から養われて毎日をだらだら過ごしていきたいという夢だ。


 田舎村出身で、町へ出たのは冒険者になって一攫千金を狙っての事だ。ヒモを目指す一級社会不適合者が、何故身の丈に合わない事をしたのか、それは約束があったから。それが無かったら田舎でうだうだしてたさ、うん。


 約束。彼女との大切な約束。将来を誓い合った幼馴染みさ、どうだ、羨ましいだろう。羨むなよバカあ!


「リンくんリンくん、カナね、リンくんのこと養ってあげてもいいよ? えへへっ」


 あの頃は良かったなぁ。カナちゃんもすんごく可愛くてさぁ。頬に手を当ててはにかむの。幼女のはにかみとか無敵やん、そう思わない? え? 早く先を言え? はい。


 胸をときめかせた勝ち組一号はそりゃあもう浮かれたさ。続けて出された約束が無かったらそのまま空を飛んだかもしれない。


「でもね、養うには沢山お金が掛かると思うの。でね、大人になったら町へ出よ! 町で冒険者になって、一杯お金を稼ぐのっ!」


 田舎村に巡ってくる冒険者の冒険譚なんて、どれもこれも成功話ばっかりで、当時の彼女と勝ち組はそれ基準に考えてたのさ。現実なんて全く見えていなかった。


 それから、両親の手伝いをして小遣いを稼ぎ、畑の世話を手伝っては小遣いを稼ぎ、町へ買い出しに行く手伝いをして小遣い稼ぎ、時に彼女にねだられながらもお金を貯めた。あぁ、貯めた。貯めたとも! 今はすっからからんだけどな!


 田舎村の馬車に乗っけて貰って、町から馬車の定期便に乗り、半日くらい揺られてこの町までやって来た。尚、全額勝ち組負担。


 うん、この辺りでおかしいと思うべきだったんだ。ヒモ志望もそう思う。


 冒険者になる講習を受けて、装備を買い揃えた頃には路銀も底を尽き、えっちらおっちら土木工場で日給を貰う毎日。因みに彼女は宿屋でぐーたら、何故勝ち組は気付かないのか。おかしいと思えよバカ。


 事が起きたのは数刻前、運命の時である。


 宿屋に戻ると彼女は見知らぬ男とギシギシアンアンしていた。それはもう、ギシギシギシギシおうおうオットセイと。


 無論、黙っている訳にはいかない。怒鳴った、殴られた、フラれた、終わり。


 別れ際、彼女は負け組一号にこう言った。


「今まで養ってくれてありがとうおバカさん、うふっ」


 流石に殺意が湧いた。胸ぐらを掴んだら男に殴られた。非力なもやしっこには辛い。


 それからひとり天を仰ぎ見て、頬を流れるものを感じた。舐め取ってみると、しょっぱかった。


「もういい止めろ! 訊いた俺達がバカだった!」


「やだあ! そんな泥々とした終わりとかやだあ! アンナー、アンナー!」


 場所は衛兵詰所。負け組が語り終えると、衛兵達は各々好き勝手に叫びながら涙を流す阿鼻叫喚。アンナって誰やねん。


 存外、NTRも悪くない。


「おいバカ止めろ、そっちの扉を開くんじゃない!」


 割りと全力で止められて、衛兵詰所から解放された。同情からか、幾らかのお金を貰い、節約すれば当面の宿代はなんとかなる。


 問題として、ヒモ志望の意欲が低下したままだけど、これはいつもだから放置安定。はぁ、養われたい。


***


 そんな過程を踏みつつ、装備だけはあったので冒険者として本格的に活動する事にした。土木工場でお世話になった親方に挨拶をし、背中を強く叩かれて送り出された。因みに咳き込んだ。


 とは言え、成り立てほやほやの新米冒険者が出来る仕事なんて高が知れている。苦労に見合わない報酬なのは仕方がない。なんの技術も資格もない、そんな不器用な荒くれ者が集うのが冒険者組合。


 本来は世界を旅する旅人の為に作られた組織らしいけど、今では行き場のない社会不適合者の集まりになっている。


 なもんで、


「ギャハハハハハ! お前みたいなひよっこじゃ荷物持ちにもなんねぇよ! 他を当たりな!」


「あら? 可愛らしい坊やだこと。でもあたしって魔力を持つ男にしか興味ないの。じゃあね?」


「貴様の様な軟弱ものを入れたとあっては、我がチームの格が下がる。何処へなりとも行くがいい」


 とまぁ、こんな感じで、身内で結束しては他人を遠ざけるグループが幾つも出来上がっている。伊達に社会不適合してない。


 新入りとしてチームに入るのは難しい。ならどうするか、こうする。


『急募! 集え仲間よ!』


 そんなタイトルと共に、詳細が書かれた貼り紙が掲示板にバーンと貼られている。勿論発行者はヒモ志望。


 貼ったからと言ってすぐに誰かが来る訳じゃない。発行者が底辺冒険者というのもマイナス要因。誰がチームリーダー最底辺の人間に付いていくのかと。寧ろ乗っ取り目的でしか来ない気がしてきた。


 時間指定するのを忘れたので隅っこのテーブルについて、適当な飲み物を注文する。


 冒険者組合は依頼の斡旋兼飲食店をしていて、簡単な飲み食いなら依頼終わりにそのまま食べる事が出来る。大抵、帰りが遅かったりするので、冒険者は腹ペコだ。その辺を考慮しての飲食店なんだろうけど、時々酔っ払いが居るから困る。


 まぁ問題を起こせば組合の人が罰金徴収のうえ外に放り出すから大きな事に発展していないけど。


 そうして一刻ばかりぼんやりしていると、つんつくつんと脇腹をつつかれた。


 微睡んでいた所に敏感な脇腹を刺激され、びくんと体が跳ねてしまった。恥ずかしい。


 慌てて見てみると、そこにはひとりの少女が居た。


 歳は十三頃だろうか。白銀の髪を肩口で切り揃えていて、未だ幼い顔付き。つんと乗った鼻にくりっとしたお目目をぱちり。変質者の跳び跳ねに驚いたのか、薄く開かれた口にぷりっとした唇がキュート。


 物凄く抱き枕にしたい。


 特徴的なのが頭部から生えた一対の角だろうか。角は魔族として周知されている。魔族の島で大人しくしている筈なのに、どうしてこんなところに居るのか。と疑問に思ったところで思考停止。そんなんどうでもいいか。


 今の負け組は、色々と自暴自棄である。


 貼り紙見て来たの?


(こくり)


 訊ねて、頷かれた。


 首を傾げつつ、次なる質問を投じる。


 パーティー志望?


(こくり)


 名前は?


(ふるふる)


 首を横に振られた。当たりの強いひとなら、ここで喋れよとか、口ついてんだろとか言うんだろうけど、そこまで短気じゃないので気長に付き合うことに。他に志望者も居ないし。


 前衛?


(ふるふる)


 なら後衛?


(こくり)


 弓?


(ふるふる)


 槍?


(ふるふる)


 魔術?


(こくり)


 魔術師らしい。それだけでかなりのアドバンテージの筈だが、何故溢れたのだろうか。まぁ理由は明白なんだけど。


 喋らないの?


(ふるふる)


 喋れないの?


(こくり)


 喋れないそうです。


 こんな調子で詳しく訊いていくと、少女は全ての属性魔術を使えるらしい。町の外に出て、軽く魔術を見せてもらったところ、凄腕の魔術師である事が分かった。


 爆心地が出来上がって、綺麗に整地して、緑を生み出していた。


 魔力のないヒモ志望には分からないけど、多分、大規模な魔術なんだろうな、くらいしか分からない。それがどれ程のものなのかも理解できないので、取り敢えず拍手を贈る事にした。


 少女は満足そうだった。


 その日は顔見せで終わった。


 彼女に手酷くフラれて、衛兵に連行されて、説明して、仲間募集して、待って、忍耐強く訊ねて、実力見て。


 意欲のないヒモ志望にしてはかなり頑張った一日だと思う。これは誇れる。彼女に報告したらきっとほめー……。


 宿行こ。


***


「お二人様ですか?」


 宿屋に着くと、店員さんにそんな事を言われた。濁りのないニコニコ笑顔が今日も眩しいぜ。養ってほしい。


 お二人? と疑問符を浮かべながら振り返ると、何故か少女が居た。貴様、何故居る?


 ヘイヘイヘーイ、レディ。なんで付いて来てんのですかい?


 上着を握られた。ギュッと握られた。両手で両端握られた。ヒモ志望は少女を装備した。


 どっからどう見ても事案発生です。店員さん、通報止めて。


 本日二度目の連行。詰所で事情を説明し、未だにぷらーんと装備状態の少女に手帳とペンを渡す。


 筆談である。


 だけどこの少女、文字は読めても書けないタイプの少女らしい。


 酷く拙い文字で書かれたそれは、少女の切実な想いがこれでもかと込められていた。


[お金ない]


 負け組もだよ。


 事情も分かった事で、無事釈放、半刻ぶりのシャバである。お空は真っ暗、寒い。


 秋のこの季節、野外で一夜を明かすには中々辛いものがある。もしかしたらぽっくり逝ってしまうかもしれない。


 うーん、うーん、と唸りながら熟考し、非常に惜しく思いながら、渋々、少女にお金を貸す事に。


 店員さーん、ふたり部屋でー。


 少女よ、君は今夜の抱き枕である。


 別々だとお金掛かるのだよ。

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