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朱の呪紋士  作者: メアリー=ドゥ
第四章 伝承編
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第6節:生得紋(前)


「さて、やろう」


 戻ってきた道羅が朱翼に告げて、無造作に顎をしゃくった。


「今から、ですか?」

「先延ばしは好まぬ。然程疲れてはおらぬだろう?」


 道羅が【鷹の衆】を見回して告げるのに、朱翼はさして時間も置かずに応じた。


「分かりました」


 応じた朱翼に、烏が美しい形の眉をひそめた。


「朱翼」

「約束を反故にするつもりはありません。遅いか、早いかの違いです」


 遺恨を残すよりも、先に決着を付けてしまった方が良い。

 朱翼は道羅の好戦的な笑みに目を向けた。


「どこで?」

「この先に修練場がある。来い」


 朱翼と道羅に【鷹の衆】もぞろぞろとついてきた。


 修練場は草が刈られ、土の色を見せる広場だ。

 四隅に符。


 使われているのは四対八枚。

 土符と水符による複合結界のようだ。


 道羅は腰布に差していた独古杵を引き抜いた。


「決着は?」

「どちらかが死ぬまで……と言いたいが、それでは嫁に出来ん。地に伏せた方の負けだ」


 道羅は独古杵を指で回してから、力強く握り締めた。

 

「《雷武(ヴァジュラ)》!」


 道羅が呪を口に上らせると、独古杵を握った手から稲光が走り、彼の全身に纏わりついた。


「―――雷紋、ですか」

「生得紋、という奴だ」


 道羅の言葉に、朱翼は興味深く彼の体内を流れる呪力を観察する。

 

 上位紋……あるいは天地紋、と呼ばれる紋種は、風紋・雷紋・地紋の三種のみが存在している。

 これらはいわゆる、五行の内二行以上を複合した紋……以前、子患(ネノワズライ)という陰魔を退治した時に朱翼が使用した雨紋などに類する紋……なのだが、この三種の紋が他と違うのは、五行の起こりに近しい紋だと言われており、かつ強力な呪紋だという事である。


 木行の起こりに陽気を運んだと言われる、風を起こす風紋。

 火の複合紋でありながら光紋とは違う顕れ方をする雷紋。

 そして龍脈を内包する大地そのものに干渉する地紋。


 これらはそれぞれに、より最上位の紋である陰陽紋に近しい紋と言われているのだ。

 同時に、これらの紋種の内、雷紋の扱いには特別な素養を必要とし、地紋に関しては結界術との併用以外では、扱えた、という伝承すら存在しない。


 その雷紋を扱う素養というのが、一つは生得紋の持ち主である事。

 もう一つが、雷紋を身に刻む事が出来る肉体を持つ者である、という事だ。

 

 呪紋士が紋術として扱えない紋……それが雷紋である。

 道羅は、どうやら生得紋の雷紋使いであるようだった。


「古の血を伝える……というのは本当の話なのですね」

「そう。我ら修弥の民は、男児の多くが雷の生得紋を持ち、あるいはその身に雷紋を刻む事が出来る。そして女は、風紋の扱いに長ける」


 上位紋の内では最も一般的な風紋ですらも、刻紋としてそれを扱える者は稀だ。

 無陀はああ見えて、特別な素養をモノにした稀有な才能の持ち主だった。


 雷紋を所持する者は、歴史の内で常に動乱の中にその記述が散見される。

 強大な魔物対する勇士、動乱の英雄、その多くが雷紋を操る者であり、中でも生得紋による雷紋の行使をする者は、その英傑らの中でも一握りだった。


 生得紋、とは、生まれた者が身に秘める紋だけでなく、生まれながらにして紋術を扱う事の出来る者の事も含めて指す言葉であり。

 言うなれば、存在そのものが一つの呪紋であるとすら言える者の事だ。


 刻紋士のように、紋を刻む必要すらない。

 彼らは息を吸うように呪力を練り、吐くように呪紋を行使する。


 行使出来る紋はただ一紋に限られはするが、生得紋の者は生まれながらに呪紋を扱う術を身に付けている為に練度の高い者が多い。

 特に雷紋の生得紋は、その強大さ故に不利を吹き飛ばして余りある力だと言える。


 朱翼とは別の意味で、神の系譜であるとすら言える雷の生得紋を持つ者、道羅。

 そんな相手を前にして、朱翼は……心を微塵も乱しはしなかった。


「では、お手合わせを」


 外套から右手のみを差し出して、静かに構える朱翼に軽く不思議そうな表情を浮かべてから、ますます面白いとでも言うように笑みを大きくした道羅は。


「その胆力……本物かどうか、試させて貰おう!」


 雷を纏ったまま、大きく跳ねた。

 

雷威顕現(オンドゥラ・ソワカ)!」


 まだ距離のある状態で突き出される独鈷杵と道羅の体内を走る呪力の流れから、彼のやろうとしている事を先読みしていた朱翼は。

 横に駆け出しながら、外套の下から右手を出す前に予め描いていた金紋を速唱で行使した。


(かのえ)顕現……《鴉の(たわむれ)》」


 物質顕現の金術で、朱翼は自分が元いた場所にほんの小さな金属塊を生み出した。

 道羅の放った細い雷が、逸れて金属塊に牙を剥く。


「ほう、初見で破るか!」


 こちらを殺すつもりではないからか、然程の威力はなかっただろうが、雷紋術の特性は痺れ。

 足を奪うつもりだったのだろう。


 体が小さく、体術に長けている訳でもない朱翼が動きを鈍くされれば、巨漢で威圧的な闘気を持った道羅に対抗する手段を失う。

 だが、第一手を防がれても構わず朱翼に対して突撃の進路を変えた道羅に、朱翼は続け様に符術を行使した。


「土生!」

雷威顕現(オンドゥラ・ソワカ)!」


 口にする呪はまるで同じだが、今度は独鈷杵に雷を込めて朱翼に突きを放つ道羅。

 しかし彼女の土符によって《土壁》が形成されて道羅の攻撃を防ぐ。


「カハハ! 防御一辺倒では、俺に勝つことは叶わぬぞ!」


 形成された薄い土壁を貫いた道羅に、朱翼は一呼吸で準備を終えた術式を使う。


「ーーー《奇門・土》」


 朱翼の姿は、道羅からは地面に沈み込んだように見えただろう。

 実際は、呪紋よって自身の肉体を土行の流れに重ね、別の場所に移動する術式だ。


 幻鐘より教わった、奇門遁甲の術である。

 あまりの習得の早さに幻鐘には呆れられたが、朱翼はそもそも呪力の流れを読めるため、自身の肉体を天気地脈と合一するという思考訓練が必要なかったのだ。


 少し離れた道羅の背後に現れた朱翼は、彼の背中に向けて、暗器である石裂を投げ打った。

 

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