第4節:里の在処
朱翼らは、道羅の案内で修弥の里へ向かった。
里は、崖を切り開いたと思われる天然の要害の中にあった。
断崖絶壁のひび割れにしか見えない場所に、先導する道羅が足を踏み入れると、中は曲がりくねった道になっている。
狭いのは入り口近くだけで、先に進むと道そのものが徐々に広がって、やがて一列になれば普通に歩ける道幅になった。
列の最後尾に謝治が立ち、まるで連行されているように感じられたが、ここまで警戒された隠れ里に招き入れるのならばその程度は当然だろう。
道には幾つかの枝道があったが、道羅は迷いない足取りで進みながら言った。
「道を逸れぬ事だ。命の保証はせぬ」
おそらくは、罠でも仕掛けてあるのだろう。
道羅の言葉に従って黙々と歩いて行くと、やがて最後の枝分かれの片方、開けた視界の向こうに滝が現れた。
「こっちだ」
道羅は先へ伸びる道ではなく、滝の方へ向かう。
滝の両脇には蔓草が大量に生えており、その蔓草を潜ると滝の後ろに空洞があった。
丸く抉り抜かれた先に、光が見える。
「あそこが、我らの里だ」
踏み入れた里の中は、盆地になっていた。
すり鉢状盆地の底に当たる部分は平らに馴らされて家屋が並び、斜面は棚田となっている。
朱翼が立っている入り口は、その棚畑の頂上と周囲を囲う断崖の間にあった。
陽光を長く盆地に取り入れる為なのか、断崖の角に当たる部分も傾斜状に固められていた。
中で立ち働く人々の一部が手を止めて、驚いたように朱翼を見ている。
女性は一様に体に風紋を刻み、頬かむりをしていない人々はこぶのようなツノを晒していた。
時折、風紋を使って空を駆けるように高く跳んで移動する女性がいる。
『炎の主』と彼らが呼ぶ存在への信仰に生きる人々の住まう場所は、清涼な風が運ぶ木気に満ちた場所だった。
「行気の心地よい里ですね」
朱翼が目を細めるのに、道羅は気持ちの良い笑顔を見せる。
「分かるか? 大した何かが在る訳でもないが、住み心地だけは良いと、俺も思うておる」
「道羅。長に話をして来よう」
「私情を差し挟むなよ。ありのまま伝えよ。許嫁殿」
「言われずとも分かっておる!」
道羅のからかいに、謝治が牙を剥くように答えて、棚畑を跳ねるように降りて行く。
「さて、我らも向かおう」
道羅の言葉に、従って道を歩きながら、朱翼は訊ねた。
「謝治は、道羅殿の許嫁なのですか?」
「そうとも」
「では何故、私を嫁にと?」
朱翼の言葉に、道羅は鼻を鳴らす。
「修弥の民は、女が生まれる事が多く、男は少ない。故に、一人の男が多くの嫁を抱え、また強い男が迎える相手を決める権を持つ」
「血が濃くなると、子の行気が弱まる、という話を聞いた事があるけどねぇ」
「その通りだ。生来、女に比べて行気の弱い男子は育ちにくい上に、三つまでに大半が消えるからな」
「外との交流は?」
道羅は、無陀の言葉に牙を剥くような笑みを見せた。
「状況次第だな。どうしても次代の者が少なくなれば、外に嫁を獲りに行く。外の女との間には、元気な子が生まれやすい」
「攫う、という事ですか?」
「そこだ」
道羅は、朱翼を振り向いて目を見据えた。
目の奥に、誇りが滲んでいるように、朱翼には感じられる。
「修弥の男は強い女を好む。故に、里ではなく森で女狩りを行う。戦ってこちらが勝てば従え、とな。そこで応じぬような女にはそもそも用が無い」
「なるほど……」
勝者が全てを得る、その在り方は朱翼にとって理解しやすい話だった。
獣に近いその生き方は、和繋国の在りようと似ている。
矜持のない者ほど相手が弱い事を喜び、相手を弄び、痛ぶるのだ。
「で、どうだ?」
道羅と戦う事を朱翼が承諾してから、他の面々は苦味を滲ませた顔や、平然とした顔をしながらも、口を開かず黙っている。
「戦う事は了承しましたが」
朱翼はごく普段通りに答えた。
「負ける気は毛頭ありません」
「かかか、気の強い女よ。ますます気に入ったぞ」
そんな二人に、無陀が溜息を吐く。
「……本当に大丈夫かねぇ」
「あら、朱翼が負けると思ってるの?」
烏が無陀に問い掛けると、厄介ごとが嫌いな無陀は眉をしかめた。
「メイアの時とは状況が違うねぇ。道羅は手練れだねぇ。俺にゃ底が読めねーねぇ」
「神の子に勝てるほどの男なら、伴侶に相応しかろーよ」
「白抜炙はどうするのさ」
気軽な颯の言葉に錆揮が苛立った口調で言うと、弥終が、ぽん、とその肩を叩いた。
「白抜炙には朱翼は勿体無い。そう、勿体無い」
「お前どっちの味方だよ!」
「花の意思は尊重するもの。朱翼が自分で決めたなら、それでいい。それで」
「良くねーだろ!」
どうにも、最近は自分に賛同してくれる人が少ない、と朱翼は思った。
昔と違い、目的の為に動いているだけなのだが、自分の意見を述べる事が増えたからかもしれない。
そうこうする内に村落に入り、好奇の視線に晒されながら中央辺りの広場へ向かうと、そこに謝治と小さな老人が、供を従えて待っていた。




