章序節:奇妙な縁
「歌樹、ですか」
「ええ、アレク兄様が寄越した手紙の中に書かれていたのだけど」
アレクとの会合の後。
疫病のことを調べる準備をする為に、朱翼らはメイアの誘いを受けて、彼女の住む屋敷へと拠点を移していた。
相変わらず、朱翼に呪紋を習いに来ている幻鐘と、暇を持て余している颯が朱翼と共にいる庭に現れたメイアが、手紙を差し出す。
その高価な紙に書かれた内容に、朱翼は目を見張った。
「これは……フプタフトゥの忌歌ですか」
「知っているの?」
「学園の資料の中にありました。悪龍の伝承を調べた時に気に掛かったので、覚えていたのです」
手紙は、フプタフトゥの忌歌に並べて、その解釈が書かれていた。
理に適った形で読み解いていると思しき内容に、朱翼は感嘆する。
朱翼自身で調べるには時間が掛かっただろうこの忌歌を、一体、誰が読み解いたのだろうか。
「何か良いことが書いてあるのかってーのよ、神の子?」
「ええ。この疫病に関するとても有意義な情報が」
疫病を鎮めるための方法がさらに続きに書いてあり、結界術に必要となる歌樹の実を集めることを朱翼に命じる文言で、手紙は締めくくられていた。
「この忌歌、貴方の口にする口伝の言葉に似ています」
「語り言葉ってーことかよ?」
「どんな事が書いてあるのだ?」
修験の者である幻鐘も、内容に興味を惹かれたようで近くに来る。
幻鐘にそれを見せながら颯に語って聞かせると、二人は奇妙な顔をした。
「どうされました?」
「それ、一部読み解いたのは俺だってーのよ」
「……これから向かえと書かれている森に関する話を俺に聞きに来た頭巾の男が、歌樹の葉を煎じた効土の薬を持って行った事がある」
二人の言葉に、朱翼はメイアと顔を見合わせた。
「どういう事なのです?」
颯は、五行石の事で騙されかけた時に横から助けてくれた男の話を、幻鐘は斡旋所で声を掛けて来て酒を奢ってくれた頭巾の男の話を、それぞれにした。
朱翼は、震える声で尋ねる。
「それは、まさか」
「助けてくれた男は、真っ白な髪の男だったってーのよ」
「頭巾ですっぽりと頭を覆っていたが、奴は俺に、シロ、と名乗った。そうか……あの男が」
縁とは奇妙なものだ、と何処か達観したように遠くへと目を向けた幻鐘に、朱翼は再び文面に目を落とす。
ーーーではこれを読み解いたのは、白抜炙。
朱翼は指先で、書かれた文章を撫でる。
彼女の目指す先にいる彼が、朱翼を導く一雫を。
白抜炙との繋がりを、彼の存在を感じさせてくれるその文面を、幾度も読み返す朱翼に。
「本当に好きなのね」
どこか羨ましそうにメイアが言い、颯が顔をしかめた。
「メイア。それほどの想い人に会えない神の子に、それはねーのよ」
「あっ……ごめんなさい」
迂闊なところのあるメイアが自分の失言に気付いて謝罪するが、朱翼は首を横に振る。
「もう、平気です。白抜炙は生きてこの街に居る……アレクの言う鎮めを行えば、会う事が出来るのです」
「朱翼。それなのだが……」
何処か躊躇うように声を潜めた幻鐘が、他の三人に頭を寄せるように手招きした。
三人が従うと、彼はより一層声を潜め、一枚の割符を見せながらぼそりと言った。
「……この風信の符は、白抜炙に繋がっている」




