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朱の呪紋士  作者: メアリー=ドゥ
第三章 疫病編
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第10節:浅黒い肌の男


 翌日、アカハダの住んでいた地域で出掛けた白抜炙は、あまりにも劣悪な環境に、濡らした口布の奥で顔をしかめた。

 立ち並ぶ工房の建物には四隅に木符が下がっていて火紋結界を成し、その上に火を炊き続けて土行素が増え続けている為に、元々弱まっていた水の気が不及の一歩手前の状態にあった。


 それでも、工房の中や建物の中はまだマシだが、問題は外だった。

 道の土は乾いてひび割れ、そこに家のない子ども、小間使いの子どもたちがそこかしこにいる。


「こんな状況を放っておくのか……」 

「およ? お前さん、こんな所で何してるってーのよ?」


 白抜炙が声を掛けられてそちらを向くと、妙な紋具を持って兜を被っている浅黒い肌の男が居た。

 見覚えのない男に一瞬考えた白抜炙だが、その声と特徴的な喋り方に覚えがあった。


「……この間の、麦包パンの男か?」

「他に誰に見えるってーのよ」


 平然と言う浅黒い肌の男に、白抜炙は肩を竦めた。


「お前こそ、こんな所で何をしてる」

「んー。ちょっとお使いに来たのよ。暇だろって言われてよー」

「金の使い方、覚えたのか?」

「知り合いも出来たのよ。いやー、あの時あんたに助けてもらって助かったし、礼が言いたいと思ってたのよ」


 彼はこの街に来た頃に知り合った男だった。

 街の入り口近くにある市場に食材を買いに行った時に、あまり品の良くなさそうな商人に捕まっていたのを、たまたま見とがめたのだ。


『え? い、良いのかよ!?』

『ああ、この麦包パンの代わりに、その宝玉を一つ、俺にくれ』


 男は商人にどうやら麦包を差し出されており、代わりに手に持った宝玉を要求されているようだった。

 内包素を見るかぎり、かなり純度の高い五行石だ。


 どう見ても、麦包一つと交換するような代物ではなかった。

 放っておいてもいいが、世慣れない様子の男が他にも五行石を持っていたら、食い物にされかねない。


 白抜炙は溜息を吐いて、今にも交換を終えそうな二人の間に割って入った。


『やめておけ』

『お?』

『何だ、てめぇ』


 白抜炙は、突っかかって来た商人を逆に冷たい目で見返した。


『この石の価値を知るなら、やめておく事だ。詐欺で憲兵に突き出すぞ』


 白抜炙が言うと、商人が、ぐ、と言葉に詰まった。


『ンだよ、そいつから交換してくれって言って来たんだぞ!?』

『そうなのか?』

『そうともよ。俺は物凄く腹が減ってるんだってーのよ』


 白抜炙は呆れた。

 持って行く所に持って行けば、麦包どころか豪勢な食事が三食、宿付きで食えるだろうに。


『飯を食う所なら、俺が紹介してやる。だからやめとけ』

『本当かよ!?』

『ちっ……』


 商人は舌打ちして何処かへ消えた。


『本当に飯が食えるってーのかよ?』


 そわそわと白抜炙に問いかける男に、逆に心配になって言い返す。


『そんな風に、簡単に他人を信用して良いのか?』

『え? あんた、俺を騙そうとしてるってーのかよ?』

 

 男は首を傾げて、きょとんとした声を上げた。


『そういう意味じゃない。何故警戒しないんだと言っている』

『んー、俺に対して悪意を持っている人間には、この兜が教えてくれんのよ』


 言いながらぽんぽん、と兜を叩く男に言われて見ると、確かにその兜も呪紋の気配が感じられるものだった。

 というか、よくよく見ればこの男が身に付けているのは全てが呪紋を刻んだ品だ。

 それも、五行石など比較にならない精密な紋が刻まれて五行素が流れている。


『さっきの男は、うさん臭くなかったのか』

『兜は警戒してたけど、宝玉一つと飯なら、飯の方が大事だろーよ』

『……鴨が葱を背負っているようなものだな』


 毒でも仕込まれていたら、どうするつもりだったのか。

 後で身ぐるみ剥がれて、死体は放置だろう。


『どういう意味だってーのよ?』

『いや。来い』


 流石に素状の知れない人間をティアと同じ宿に泊める訳にもいかない白抜炙だが、流石に男の持つ五行石と交換出来る程の金も持っていない。

 仕方なく麦包と干し肉を買って、男にやった。


『助かったのよ!』

『お前、これからどうするんだ』


 昔の知り合いに紹介しても良いが、この街での換金は無陀に任せきりで、白抜炙は交渉が上手くない。

 下手に紹介するとぼったくられる可能性もあり、換金出来るとも言い出せなかった。


『その石は、出来るだけ人に見せるな。信頼出来そうな相手だけにしておけ』

『? よく分かんねーけど、分かったってーのよ』

『お前、金もなしにこの先どうする気だ?』

『んー、何でも、此処で金の貰える腕試し大会があるらしーのよ。それに参加しようかと思ってよー』

『それまでは』

『今日は捕れなかったけど、森で水汲んで獣を狩ってるのよ』


 随分と野性的な男だ。

 もっとも、白抜炙も【鷹の衆】に居た頃は同じような生活をしていたが。


『勝てると良いな』

『頑張るってーのよ!』


 白抜炙は、結局それだけで男と別れたのだが。


「礼なんか、別に要らん」

「そう言わずに。丁度お使いも終わったし、飯くらいご一緒してくれってーのよ」


 結局断り切れずに露天の焼き鳥を一緒に食う事になった白抜炙は、串一本だけ頬張りながら、ホツマの書き付けを取り出した。

 

「それ、何なのよ?」


 颯は興味を持ったようで、白抜炙に問いかけて来る。


「今、街で疫病が流行っているのは知っているか?」

「小耳には挟んだのよ」

「その解決になるかも知れないものだ」

「へー。その書き付けが?」

「ああ。だが、意味が分からん」


 古語だという事だが、白抜炙は分からない。

 あるいは朱翼なら、須安に習っている可能性もあったが。


「なんて書いてあるのよ?」


 読めもしないのに分かる訳がないだろう、と思いながらも、白抜炙は最初の一節を読んでやる。


「フグンカムイ ヌ イツクサマザレ」

「ふんふん。で?」


 あっさり頷いた男を、白抜炙は思わず凝視した。


「お前、分かってるのか?」

「? 分かるってーのよ。ババ様の語リ言葉と同じ言葉なのよ」

「どういう意味だ!?」


 思わず白抜炙が身を乗り出すと、男は体を反らして顔を引きつらせた。


「話シ言葉で言うなら、ふ『フグンカムイの慈悲を恐れよ 』ってー、今、あんたは言ったってーのよ」

「フグンカムイの慈悲……」


 フグンカムイ、というものが何なのか分からないが、白抜炙は続きを読んだ。


ーーーーーーーーーー


フグンカムイの慈悲を恐れよ

ソイの風にてフプタフトゥが訪う

ウィグルダエモンにウィターリイトを立てよ

大いなるハダシュが鍵となる

コーダの唄に身を染めば

フプタフトゥは去るだろう


ーーーーーーーーーー


「フプタフトゥ、は、悪魔だとホツマ師は言った……他に、分かる言葉はあるか?」

「ウィターリィトってのは、俺の来たとこでは閉ざされた出入り口よー」

「出入り口か」

「フプ、ってのは、病という意味よ。タフトゥは、詰まる、って意味よ。風に乗り損ねて息の詰まる奴がたまに居て、そういうヤツ自身をタフトゥリって呼んだりするよー」

「病に、詰まる」


 つまり、溺れる病。

 フプタフトゥというのは、今流行っている疫病そのものを指す言葉なのだろう。


「ソイってのは」

「ちょっと違うけど、春風の精霊をソアと呼ぶよ。イの字は否定の意味よ」

「ア、は?」

「逆の意味で、正しさを指すよー。春風は祝福の訪れの意味でも使われるよう。フグンカムイも、それぞれの意味は分かるよう。フグンは冬の王、カムイは神威というか、神の誘う行動を指すよう?」

「暖かい冬の後、春風と共に風に溺れる病が来る……」


 正に今の、この街の状況そのものだ。


 「後分かるのはウィグルダエモンって言葉くらいよー。ウィグルは人に会いに行く事、それも、住んでる所に赴く意味で使われるよう。ダエモンは、厄災や苦難の意味で使われるダエモニって言葉に似てるよう」


 白抜炙は木片を取り出して、分かった事を書き付けた。


ーーーーーーーーーー


暖かい冬の後、春風と共に風に溺れる病が来る。

家に来る災厄に出入り口を閉ざせ。

大いなるハダシュが鍵となる。

コーダの唄に身を染めば、風に溺れる病は去るだろう。


ーーーーーーーーーー


「大いなるハダシュ、と、コーダの唄」


 これらが分かれば、風溺病がどうすれば治まるかが分かる。


「助かった」


 一気に事態が進展して、白抜炙は男に礼を言った。


「あれ? 串鳥一本しか食べてねーのよ?」

「残りは食え。この書き付けの知恵だけで、礼は十分に貰った。じゃあな」


 白抜炙は、急ぎ足でその場を後にした。

 

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