第7節:貴族の務め
「領主は、学長と繋がっているようだ」
ハヌムに、湿枯の異常発生に関して調査を行い、民間で既に行われていた駆除依頼を役所側からの正式通達に変更した事を伝えに来たアレクは、ハヌムからそう伝えられた。
「それは、この件に領主が関わっているという事ですか?」
「と、私は見ている。そもそも西区に関して言えば、元々東側から人が流入するのを防いでいる為に巡回警備も強固だ。『禿鷹』と繋がりのありそうな対象に関してはな」
暗殺を生業にするような相手に、実際に監視の目がどこまで効果があるのかは未知数だ、とアレクは思ったが、結界に長けた呪紋士がいれば何かしらの方法があるのかも知れない。
ハヌムの揚げ足を取っていても仕方がないので、アレクは話を先に進めた。
「試紋会を行っていた学園内ならともかく、第1の殺人である子女の殺害は西側で起こっています。一番困難だから、最初に持って来たのかも知れませんよ? 騒ぎが広がってからでは殺しにくいからでは?」
「もう一人、貴族の少年が南でも殺された。殺しにくさは同じだろう。貴族の外出に関しては、西以外は学園と領主、双方の許可が必要だ」
ハヌムは、一枚の書類を取り上げた。
「同じくらい殺しにくい相手を、時間を置いて殺している。つまり西に利がある人間の犯行と見て間違いはない」
「それが学長と領主だと?」
「私を通さないで、政に関する許可を出せる人間はそう多くない。この街では、一番価値があるのが学園に属する人材だ。本国で一番価値があると見なされる財産の管理は、役所の仕事だ。そして私の子飼いがみすみす人材を失うような許可を出していないなら、後は領主とその周囲しかいない」
「叔父上は、あまり領主がお好きではない?」
「金の亡者で、しかも小物だからな。本国で問題を起こして飛ばされた。大人しくしていれば見逃して良いが、ここでも問題を起こすなら始末しろと言われている」
ハヌムの表情は、心配性の叔父ではなく冷徹な執政官のものだった。
有能なのだが、彼は媚びない。
それを疎まれて、しかし殺すには余りにも惜しい人材だからこんな場所に飛ばされたのだと思っていたが、どうも違うようだ、とアレクは苦笑する。
「密命ですか?」
「監視役という事を知らぬのは領主だけだ。平民相手ならともかく、貴族殺しは例え薄く皇族の血が入っていようと許すつもりはない」
「後釜には、叔父上が座りますか?」
もう領主の始末を決まった事として話すアレクに、ふと叔父が表情を思慮深いものに変えた。
「お前がやるか?」
「何の冗談です?」
戯けて肩を竦めるアレクに、ハヌムは真面目な顔で返す。
「私よりは向いている。厳しい為政者は、民衆に嫌われるものだ。補佐くらいが丁度いい」
「その自覚がおありなら、手綱を締め間違える事はないと思いますが」
「厳しさの基準が違う、という事もある。お前が蒼の師団を呼び寄せているのなら、軍事力も問題はなくなるだろう。どうだ?」
ハヌムの言葉に、アレクは思案した。
これから行おうとしている事を、叔父に伝えるかどうか。
後ろ盾が得られるならこれほど心強い事はないが、もし皇国の意向に沿わない場合は、自分の為す事を邪魔される恐れもある。
慎重に判断したアレクは、カマを掛けてみる事にした。
「他国との協定を破る事について。皇帝陛下はどのようにお考えでしょうね?」
「何?」
「和繋国に関して、このまま均衡を保ち続ける事をお望みか否か、という話です」
目を細めたハヌムは声を低くし、答えを返した。
「……この街へ派遣される際、皇帝陛下の意思を伝える者はこう言っていた。『いずれ来たる時の為に富を蓄えよ』」
アレクは頷いた。
つまり……和繋国を攻めるというのは将軍だけでなく皇国全体の意思だという事だ。
「大那牟命を相手取りたくはないのですが、本国の総意であればどうしようもありませんね」
「何?」
アレクは眉を上げたハヌムに対して、困ったような顔で告げる。
「『隙あらば落とせ』と、将軍はおっしゃいました。こちらに来てからの、僕の個人的な目的とも一致している。つまりはそういう事ですね」
敢えて明言を避けたアレクの意図を、ハヌムは正確に理解した。
「……富の蓄えは、まだ十分ではないぞ」
「無能な領主が傀儡領主に入れ替われば、叔父上の手腕なら造作もない、と思うのは僕の過大評価ですかね? 何なら、前領主が『不正に』取得した財産なども没収なさっては? その周囲も諸共に甘い汁を吸うのを止めさせても良い」
「過激だな」
アレクは、ハヌムの執務室から見下ろせる整理された西区画と、その向こうに徐々に雑多になりながら広がっている街並みに目を向ける。
ミショナの街は、滞在していた和繋国の王都よりも明暗のくっきりと分かれた土地だ。
王の許可ありと言えど、略奪者と被害者の入り混じる場所。
王都には、人の活気とエネルギー、そして危険が満ちていた。
逆にミショナの街は、危険は東に追いやられているものの、区画同士の間に横たわるものは、深く暗い。
その燻りが燃え上がれば、ミショナの街は疲弊する。
民からの搾取は、その火種になりかねない。
「……僕自身は、民草相手に過度の搾取を行うのは好みではありません。それが異国の人間であろうとも、です。どうせ絞り取らなければならないなら、なるべく、我々と同様に責任を負うべき者達に支払っていただく方が良い。その者達が戦の役に立たないなら、尚更です」
「お前は本当に貴族らしくない」
特に感情を動かされた様子もないハヌムに、アレクは微笑む。
ハヌムは、何かを必要だと思えば躊躇わない人物だ。
相手が貴族であろうと、民草であろうと、それは変わらない。
だからこそアレクにとって、彼は好ましかった。
一貫した姿勢で己らしくあろうとする、その姿勢が、アレク自身の在り方とは違っても、共感出来るからだ。
「貴族らしさが見ず知らずの他人を食い物にする事ならば、貴族でなくなる事を僕は本気で考えますよ。そう、藍樹とのんびり旅をするのも悪くない、と思う心も、僕の中にはあるので」
「愛国心はどうした?」
「国は僕に、欲しいものを何も与えてはくれませんからね。負わされるのは責任ばかりです」
「そのお前が、戦には乗り気なようだが?」
アレクは片目を閉じて答えた。
「僕は、死にたい訳ではないので。生きる為には苦労が付き物なのも、理解はしているのですよ。それが貴族という地位に拘る為の努力でも、大義の為の努力でも、根は同じだと思うのです」




