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朱の呪紋士  作者: メアリー=ドゥ
第三章 疫病編
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第4節:刺紋の志


「で、結局のところ、封印されている存在とやらがいる可能性はあるのですか?」

「あるな。それもいるとすれば、かなり強固な結界によって封じられている。恐らくは、土か水に属する存在が」

「理由を伺っても?」


 アレクの言葉に、ハヌムは頷いた。


「封印には相生、相克、比和のいずれかの結界を使用するのが常だ。呪紋士(しゅもんし)の力量もあるが、それが災厄をもたらす存在であり、押さえつけることが可能なら相剋。もし慰撫しなければ封じられない、あるいは邪悪でない存在ならば相生、よりその存在の力を高める為の封印ならば、比和による封じを行う」


 相克結界は力を弱める為の結界、封じられる者の力を奪う結界であり、いずれ滅するか、自らは封印を解けない為に、封印を解かれない限り永劫封じられる事になる。

 相生結界は、龍の休息と同様に相生関係にある五行素を与えて慰撫する結界。主に神に近しい存在に、そこに在って貰うように敷く結界。

 比和結界は、封印された者をより上位の存在に押し上げる為にあえて封じる結界であり、封印されたものの属する五行を土地に重ねる結界である。


「叔父上の見立てではどうなんです?」

「もし邪悪が封じられているとすれば、由々しき事だ。水の存在であるとは思いたくない。であれば、土の陰に属する存在である可能性が高い、と思いたいな」

「いや、そんな個人的な心情を語られても。では、金の存在でないとする理由は?」

「そもそも金気に属する存在を相生によって封じる為に土行結界を敷いているとすれば、その存在は土気を食んでいる。土地は痩せるか、通常通りに陽木陰水に寄る」

「なるほど」


 いつ聞いても、五行気に関する話はややこしい。

 均衡を保つ事を至上としながら、あえて偏らせないといけない場合、というのが多いのだ。


 偏らない事で均衡が崩れ去る事もあるという、誠に厄介なものなのである。

 それを見定めるのは、至難の技だ。


「で、何故そのような事を訊ねる? 最初に口にしたダハカとやらに関係があるのか?」

「街の陰気が【大禍】のせいばかりでなく、それを切っ掛けとして何かが起こっているという可能性を耳にしましてね。疫病や、目的不明の貴族殺し、それらにも関連があるのではないかと」


 それは、アレクの勘だった。

 確たる理由がある訳ではないが、一繋がりの何かなのではないかと感じている。


「それが、ダハカという名の存在が封じられていて、その箍が緩んだからだと?」

「あるいは、わざと緩ませているか、ですね」


 白抜炙から聞いた話は、ダハカという存在が封じられている可能性だけだ。

 繋げて考えたのはアレクであり、それ以上を尋ねられても困るのだが……聡い叔父は、何事か考えてから、不意に言った。


「学園の方で、怪しい動きがある」

「へぇ」

「学長のアジが最近、よく出掛けていてな。東側に行く事もある。丁度、貴族殺しが起こった頃からだ。奴が何かを企んでいるとすれば、禿鷹の一団のせいで情報は得られないがあちら側でも殺しが起こっているかも知れん」


 アレクは目を細めた。


「探って、もし学長が事の原因と分かれば排除しますか?」

「やってくれるか?」

「面倒臭いですが、放置していて、これ以上何かが起こっても困りますしね」


 アレクはこの後、朱翼の引き起こす更なる問題……具体的には試紋会での大活躍……によって頬を引きつらせる事になる。


※※※


「刺紋を……?」

「はい」


 アレクとの邂逅は、結果的に見れば白抜炙にとって非常に有意義なものだった。

 彼は現状を正確に把握しており、ティアの不調の原因と見られる存在に関して伝えると、疑いを差し挟む事なく受け入れた。


 仇ではあるが、アレクは度量の広い人物だと白抜炙は思った。

 代わりに地脈の乱れに関する情報を貰った白抜炙はそれをリィルに伝え、同時に刺紋に関する話をした。


「俺にとっては、看過し難い話です。大極紋に至れ、という言葉は」

「……大極紋」

「はい」


 呪紋士や練気の者、あるいは修験の者が目指す極地が陰陽を極める事とするならば、刺紋士にとっての究極が大極紋を刺す事だ。

 錆揮の太陰紋、御頭の太陽紋を合一し、人の身を神と化す刺紋術。


「救わねばならぬ者がいます。そして、俺が並び立たねばならぬ者が」


 白抜炙が共に過ごしたあの姉弟は、彼が自ら望んで得た者達だ。


 彼が錆揮の鬱屈に気付いてやれなかったせいで、あの子は肉体を蝕む紋を受け入れてしまった。

 未だ太陰紋の呪縛から解かれない錆揮を救うには、最低でも太陽紋をその身に刻んで一生を錆揮と共に過ごす者か、錆揮自身の太陰紋を大極紋へと完成させなければならない。


 あの時、極限の状況で道筋は微かに見出したのに、白抜炙は目を失ってしまった。


 そして朱翼は、彼が伴侶として得たいと望んだ唯一の女だ。

 大極紋を刺す者は、あのただならぬ呪紋の才を持つ朱翼に並び立つ者。


 逆を言えば師の言葉は、どれほど白抜炙と朱翼が望もうと、白抜炙自身が彼女に匹敵する存在とならなければ共に在る事が出来なくなる、という意味だと、白抜炙には感じられた。


 朱翼は、救世の御子であるティアが、邂逅を望む存在である。

 いずれはティアのように、世界を巻き込む動乱を引き起こす可能性がある。


 その時に、目を失い、符術を失い、体術すらも衰えた白抜炙では、仮に再会したところで彼女を守り切れはしないだろう。

 

「これまでの旅以上に時間をいただく事になるかも知れません。そして師、須安の望み通りに刺紋を学んで俺に大極紋の境地に至れるか否かも、分かりません」


 白抜炙は目を伏せた。

 

「しかし俺は、それを為さねばならないと感じています。それが地獄の如き苦行であっても」

「……ティア」


 リィルは、横たわるティアに問いかけた。


「シロが、おもうままに、やればいいよ。ティアはおうえんするよ」


 力なく、しかし彼女の言葉には険はなかった。

 そんなティアの様子に心を痛めた白抜炙は、頭を垂れながら感謝を述べる。


「ありがとうございます。刺紋に集中する為にも、出来る限り早急に龍脈が乱れ続ける悪因を突き止め、ティアに元気になっていただかないと」

「……会いに行く、刺紋の者の名は」


 リィルの問い掛けに、白抜炙は聞いた名を返した。


「ホツマの名を持つ者だと。後日、再度アレクと会って紹介して貰える手筈になっています」


 ホツマ、とリィルは口の中でその名を転がし、ティアに目を向ける様子を見せてからぼそりと呟いた。


「……我らも共に行こう」

「ティアを、動かすのですか?」

「お前の会う相手が、真にその名を魂に刻んだ者ならば」


 リィルの声音には、相変わらず感情がなかった。


「……ティアの不調に関して、何かを知っている可能性がある」

 

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