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朱の呪紋士  作者: メアリー=ドゥ
第三章 疫病編
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第2節:仕組まれた邂逅


「失礼だが、シラヌイ殿に相違ないか?」


 白抜炙が昔馴染みの情報屋の元へと向かう道すがら、一人の男が彼に声を掛けてきた。

 木行・竜気の混じる気配を持つ人物で、その気配に少し警戒感を覚えた白抜炙にヴァルが小さく囁く。


「旅装の男。手に、封じの符を張ってある長物(ながもの)を包んだ布。中身は、多分竜槍だ」


 元来の視力を失った白抜炙にとって、そこに『誰か』が居るのは分かっても、よほど特徴的な気配でもない限り、それが『誰なのか』を見分けるのは至難である。

  ヴァルが口にした特徴を聞いても、心当たりのある知り合いに槍使いはいない。


「失礼ですが、もし俺を知っているのなら名を教えていただきたい。今、目が弱ってしまって、今はあまり良く物が見えないもので」


 出来るだけ相手を刺激しないように白抜炙がそう伝えると、相手はあっさりと名乗った。


「アレキウス。氏と職は、出来ればこの場で口にしたくはないな」


 相手の名乗った名前に、白抜炙は危うく表情に驚きを出すところだった。


 蒼将アレキウス・ヴァユ・ガラテインは、神聖オース皇国の師団長であり、村を滅ぼし、【鷹の衆】を壊滅させた張本人である。


「……本物か?」

「ああ。どうやら、本当に目が見えないようだな」


 アレクは、その地位からして間違いなく貴族だろう。

 西の皇国が支配権を及ぼす地域ならともかく、東のならず者が集う場所で会うには相応しくない人物だ。


 白抜炙は、表情を隠すのをやめて思い切り眉をしかめた。


「何の用だ。俺を殺しに来たのか?」

「まさか、今更そんな事をしても何の意味も無いよ」


 白抜炙は、軽く答えるアレクの出現を不可解だと思っていた。

 今の白抜炙は、ティアの力で多少の傷は癒えたものの、かつて対峙した時に比べれば肉がだいぶ落ちている。


 加えて、彼は以前の体に巻く衣服とは違う、どちらかと言えば皇国のものに近い貫頭衣を身に付けていた。

 頭の色以外で、一度会っただけのアレクに白抜炙の見分けがつくとは思えず、この場にいる事をどうやって知ったのかも分からない。


 誰かの手引きを受けていなければ、こんな風に狙って街中で出会う事等ない筈の、地位を含めた何もかもが遠い相手だ。


「ちょっと君に、紹介したい人物がいてね」

「何の為に」


 アレクから逃げるのは、今の白抜炙には無理だ。

 会話しながら、白抜炙は考えていた。


 この場で一番はっきりさせておくべきなのは、救世の御子が生きている事を、アレクが知っているのか否かだ。

 もし彼が知っているのなら、今、この場で始末しなければならない。


 アレクを始末するのは白抜炙一人では不可能だろうが、あのリィルがわざわざ護衛につけたヴァルの力を借りれば、あるいは可能かも知れない。

 ヴァルの力も、白抜炙には未知数だった。


 もし逆に、アレクがティアの存在を知らず、別の目的があって接触して来たのなら、白抜炙自身が見張られていた、という事だ。

 そうならば、今度は見張りを殺すか撒くか、あるいは別の手段で見張っているのなら看破して、何としてもティアの事がバレないように振る舞う必要がある。


 リィルは強いが、ティア自身は御子の力を除けば非力な少女に過ぎない事を、既に白抜炙は知っていた。

 自分がティアやリィルを再び危機的な状況に陥れる事だけは、耐え難い。


 しかしそんな白抜炙の気持ちをよそに、アレクはあっさりと要件を口にした。


「君の利になる事だ。刺紋に関して、君を誰かに師事させたいらしい。俺はただのメッセンジャー……と言っても通じないな。伝言を伝えに来ただけだ」

「お前が、使い走りだと?」


 あまりにも馬鹿馬鹿しい物言いだと白抜炙は思ったが、アレクは肩を竦めたようだった。


「元々、僕は皇国の使い走りだよ。皇帝や将軍の命令であっちこっちで戦うだけのね。別に僕は【鷹の衆】に恨みがあった訳じゃない。事が終われば、こちらから敵対する気はないよ」

「それでお前の罪が消えるとでも?」

「誰が、いつ、そんな話をしたんだい? この伝言は、皇国とは無関係で、僕が使い走りだという事を説明しただけだよ。伝言を頼んだ彼自身は隠したいのか何なのか知らないけど、自分で来るつもりはないみたいでね。ーーーこれは、須安(シュアン)翁からの伝言だよ」


 溜息でもつきそうなアレクの言葉に、白抜炙は顔を強張らせた。


 白抜炙は、以前鉄火場で目にした錆揮の呪紋が誰の手によるものか、御頭の直前の言動と合わせて気付いていた。


「あの人は、一体、何を企んでいる?」

「それは僕の口から言える事じゃないね。そもそも、本当のところは何を考えているのか、あの人は読めたもんじゃないしさ」


 アレクは、戦場で対峙した時の暴威が嘘であるかのような、凪いだ海のような人物だった。

 気勢が削がれていく白抜炙に対して、彼は告げる。


「ただ、あの人から預かった伝言の中に、君に伝えるべき言葉として記されている言葉がある。それを聞いてから、要求を受けるかどうかを決めても遅くはないだろう?」


 白抜炙は迷ったが、結局頷いた。


「良かった。じゃ、言うよ」


 一つ咳払いをしてから、アレクは須安の言伝を口にした。


「『陰陽の空を目指す朱鳥に並び立つ者は、大極を刺す者なり』」

 

 

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