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朱の呪紋士  作者: メアリー=ドゥ
第三章 疫病編
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第1節:白抜炙の行方


「ここがミショナの街です」


 しばらく旅をする内に、大まかな見分け以外にも生気での物の見分け方に慣れて来た白抜炙(シラヌイ)は、前に見える人の営みの気配を見て、同行者に告げた。

 黒衣に竜骨の槍を持ち、黒い小竜を従える男……リィルと名乗る彼は、名前と以前目にした外見からして恐らくは皇国の出身者だろうが、詳しい素性は知らない。


 彼は腕に一人の少女を抱いていた。

 今、彼女の生気には不調の色があり、白抜炙はそれが少し心配だった。


 その原因と思われるのが、目の前のミショナの街での異変らしい。

 龍脈が乱れているのが近くに来ると顕著に分かり、同時に白抜炙は納得した。


 ミショナの地下にある気溜まりが、酷く陰に寄って淀んでいるのだ。

 天気地脈の子である救世の御子、ティア・イノセントはその影響をもろに受けているのだろう。


「やはり、向かうのはやめた方が」


 白抜炙達は、ティアが龍脈の乱れに向かうと言うのでこの地に赴いたが、近づくだけでもティアの不調が増しているのが如実に分かった。


「ダメ」


 だがティアは、白抜炙の言葉を否定した。


「ダハカが、まだねむたいのに、起こされてるの」


 彼女の言葉が何を示すのか白抜炙には分からないが、リィルは彼女の意思に従うようだった。


「……ティアが必要だと言うのなら、放置は出来ん」

「ティア心配なのは分かるけどさ、シロ。原因を探り当てないとティアは元気にならないよ」


 リィルがティアに同調し、彼の肩から聞こえた別の声も白抜炙を諭した。


 声は、黒竜ヴァルのものだ。

 ヴァルが小竜であるにも関わらず人語を解すのに白抜炙は最初驚いたが、リィルの竜槍が本来は彼自身の肉体を形作っていたものだと聞いて、納得した。


 リィルの竜槍に宿る呪力は、非常に濃厚なものだったからだ。

 以前見た、アレクの愛龍すらも相手にならないほどの年輪を重ねた存在でなければ、死したる後の器にあれだけの力が宿る筈もない。


 一部の神獣のみが持つという霊化か転生の秘術によって、歳経た意思が小龍に宿っているのだろう。

 しかし神域に近しい程の霊獣とは思えないほどに、ヴァルは親しみやすい性格をしていた。


 威厳がないとも言うが、白抜炙が彼に言うと、ヴァルは事も無げに答えた。


『偉そうにして何の意味があるのさ』


 全く仰る通りなので、白抜炙はそれ以降特に気にせず話をしていた。


「では、向かいますか?」

「……ああ」


 白抜炙の言葉にリィルが答え、彼らは街へと足を踏み入れた。

 【鷹の衆】であった頃にたまに顔を出していた街だ。

 高級な宿を取ろうとしたが、目立ちたくないと言うリィルの要望を受け入れ、昔利用していた、東区の顔馴染みの宿へ向かう。


「では、しばらくこの宿でお待ち下さい。俺は少し、出掛けてきます」


 リィルがティアをベッドに寝かせたのを確認した白抜炙が言うと、ヴァルが首を傾げた。


「どこに?」

「龍脈の乱れの原因を調べると言っても、闇雲に探していたのじゃラチが明かない。この街に知り合いが数人いる。情報を仕入れてくる」

「……ヴァルを連れて行け」


 リィルの言葉に、白抜炙は苦笑した。

 一人で行動させてもらえる程信用されていないのだろう。


 素直に頷いた白抜炙に、リィルは表情に気付いたようで、言葉を続けた。


「……勘違いするな。護衛だ」


 逆にそう言われて、白抜炙は戸惑った。


「いえ、俺は」

「まだ体が完全じゃないでしょ。それにシロは符術士らしいけど、今はまだ紋を刻めるほど目に慣れてもいないから、符も持ってないじゃない」


 白抜炙は言葉に詰まった。


「ですが、旅に同道させていただいたのに、これ以上迷惑を掛けるのは……」

「……別に迷惑だと思った事はない」

「素直に聞きなよ。暴漢に襲われて野垂れ死にとか笑えないよ」


 言葉少なだが白抜炙の身を案じてくれているらしいリィルと、遠慮のない物言いのヴァルに、結局白抜炙は折れた。


※※※


「……弟子が来た」


 ミショナの街の西区の邸宅。

 そのアレクの部屋に現れた老人は、ぼそりとそう告げた。


「貴方は、心臓に悪い」


 まるで気配を感じさせないまま背後に現れた老人に、咄嗟に槍を手に取って穂先を向けたアレクは苦笑した。

 彼の殺気と槍に眉一つ動かさない老人を見て、アレクは内心溜息を吐く。


 皇国五将の一角を担う自分が、那牟命(ナムチ)やこの老人にとっては赤子同然の扱いらしい。

 和繋国(ワノツナクニ)は、皇国の噂通りに魑魅魍魎の跋扈する魔境のようだ。


「奴に、会わせたい者がこの街にいる」

「ご自身で赴かれないので?」


 尋ねるアレクに、老人は首を横に振った。


「汝の言葉以上に、素直に聞きはすまい」


 そう老人が呟くと、さらに別の場所から女の声が聞こえた。


「あんたの弟子か。興味あるね」


 今度こそ本気で驚いたアレクが目を向けると、そこに居たのは、信じられないくらい美しいのに見すぼらしい格好をした女だった。


 見慣れぬ衣服を身に纏っている。

 熟れたたわわな乳が崩れた襟から半分覗くのもまるで意に介していない彼女は、アレクを無視して老人に目を向けていた。

 切れ長の目尻と、ぷくりと膨らむ小さくも肉厚の唇には紅を差しており、烏の濡れ羽色の髪は男のように肩口までの長さに落としている。

 女はぞくりとするような気怠気な色香漂う微笑みを浮かべていた。


「気付いていたか」

「当たり前だろう? あんたを見逃す程アタシの目は曇っちゃいない。今度は何を企んでるんだい?」

「……何者ですか」


 アレクが問い掛けると、老人は淡々と答えた。


「〝ただ在る者〟だ。害はない」

「相変わらず、不親切だねぇ。アタシはホツマ。今はそうさね、旅の巫女って所かね」


 ホツマを名乗る女はアレクに目を向けて、首を傾げた。

 首筋の色香に目を向けかけて、アレクは我に返る。


「今、何をした?」

「おや、この坊やも見所があるじゃないか。アタシの術に抗するなんて」


 楽しそうに笑うホツマに、老人が淡々と告げた。


「弟子に、刻紋を与えよ。自らの道に立てるだけの学びを」

「自分では教え込まなかったのかい?」

「我が付け焼き刃では、あの才を咲かせる事は出来ぬ」

「随分と目を掛けてるみたいだね。良いよ。今は東区にいる。訪ねて来させれば良いさ。楽しみにしているよ」


 突如として現れた女は、普通に扉を開けて姿を消した。

 老人も、何かを記した木片を置いて、アレクに背を向ける。

 

「弟子の居場所だ」

「その雑用が、我々の目的に何か関係があるのですか?」


 アレクが背中に問い掛けると。


「全ては、救世の為に」


 老人は相変わらずの様子で朧にその姿を霞ませて消えた。


「やれやれ……忙しい事だ」


 疫病の事も、雛の事も、殺しの事もあるというのに、この上また働かなければならないようだ。

 魑魅魍魎の類いも、出会っただけで既に三人。


 アレクは溜息を吐いた。


「これ以上増えて欲しくないね。問題も、化け物も」

 

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