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朱の呪紋士  作者: メアリー=ドゥ
第二章 悪龍編
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第40節:白抜炙の欠片

 無陀が、情報を提供してくれたという禿鷹を、許可を得てメイアの食事会に誘った。

 彼女の父は街の有力者だ。


 異存はなかろう、と無陀は言っていたが、まさか東の頭目が供も連れずに現れるとは、朱翼は思っていなかった。

 よほど腕に覚えがあるらしい。


「すまない、私の側からも是非食事会に、と言われる方が居てね。同席させて貰ってもよろしいか?」


 食事会の席についた時、メイアの父、ハヌムが言うのに軽く了承したが。

 現れた人物を見て、颯以外の【鷹の衆】は全員殺気立った。


 誰よりも先に、その人物の名を呼んだのは、朱翼自身。


「アレク……!」

「久しぶりだね。元気そうで何よりだ」


 正装に近い服装ではあるものの、鎧は身に付けていない。

 流石に槍は所持していたが、争う気はない、とばかりにさっさと椅子に腰掛けると、彼は槍を背もたれにもたせかけた。


「座ってくれ。ここで殺し合いをする気かい? 君たちは、随分とメイア嬢の世話になっただろうに」

「って言われてもねぇ。俺たちの村を滅ぼした張本人を目の前にして、それは出来ない相談だと思うけどねぇ」

「……何ですって?」


 事情がよく呑み込めていなかったメイアが、鋭くアレクに目を向ける。


「アレク兄様。どういう事?」

「色々と事情があってね。そちらの方が禿鷹かい?」

「是。私も今の話は聞き捨てがならない。マリア様の死に、貴方が関わっているのか?」

「否定はしないけど、あれは不可抗力だ。とりあえず、一つだけ言わせてくれ。君たちにも関わりのある話だ」


 朱翼たちに座る気配がないと見たアレクが、今にも飛び掛かりそうなこちらを見て仕方がなさそうに言う。




「君たちの探し人を、僕は保護している」




 アレクの言葉に。

 【鷹の衆】全員に……特に朱翼に衝撃が走った。


「どういう、意味ですか」


 震える声で問う朱翼に、アレクは微笑を浮かべたまま返事をする。


「そのままの意味だよ。シラヌイ。彼を見つけて、僕が保護した。……ああ、手は出さない方が良いよ。僕が時間通りに帰らなければ、彼の命は保証しない」


 白抜炙(シラヌイ)


 自らの想い人の名が仇敵の口から紡がれた事に、朱翼は頭の芯が焼け付きそうな程に激昂した。


「会わせなさい。今すぐに!」

「残念ながら、そういう訳にはいかない」


 牙を剥く朱翼とは裏腹に、アレクは冷静だった。

 冷たく張り詰める空気の中に、仇敵の声だけがただ響く。


「この場にお邪魔させて貰ったのは、交渉の為だ。旅立つのを少し待って欲しいとね。代わりに僕の依頼を受けてくれれば、報酬として彼との再会を約束しよう」

「信用しろと言うの? 貴方を?」


 烏の厳しい声に、アレクは懐から取り出したものを卓上に滑らせた。


「証拠として預かったものだ。これを見せれば、信用が得られるだろうと」


 出てきたのは……古ぼけ、割れたものを接いだ一枚の板。

 白抜炙(シラヌイ)が大切に持っていた、最初に作ったという(おこし)の符だった。


 指を伸ばして、朱翼はそれに触れる。

 泣きそうになった。


 生きている。

 白抜炙は生きていた。

 

 その証拠が、今、手の中にある。

 朱翼は符に頬を摺り寄せた。

 

 会いたい。

 白抜炙に、会いたい。


 信じていた。

 でも、不安だった。

 

 押し寄せる情動に、朱翼は懇願する。

 

「会わせて……」


 涙が、堪えきれずに一筋溢れた。


「お願い……一目で、良いから……」

「言っただろう? それは、出来ない」

「アレク兄様! 見損なったわ! 紳士が、婦女子の涙を見て何とも思わないの!?」


 メイアが、アレクに対して平手を打ったが、アレクはあっさりと躱した。


「耳が痛いけどね。メイア。これは為政者としての決定だ」

「為政者ですって?」

「そうだよ。先立って、君にも情報が入っているだろう? 領主はアジの協力者だったから、処刑した。後釜には僕が座ることになった。代理だけどね」

「に、兄様が……?」

「そうだよ。これでも皇国五将の一人だ。資格については誰にも異論はないだろう?」

「お父様は、それを了承したの?」

「むしろ願ってもない事だろう? アレクは有能だ。能力はあるがやる気のない男が、やる気を見せた。拒絶する理由はない」


 責めるようなメイアに、ハヌムも為政者の顔で応じる。


「つまり、貴方がこれからミショナの街の支配者か……蒼将アレク。和繋国(ワノツナクニ)に入ったとは聞いていたが」


 禿鷹も苦い顔をしている。

 しかし、アレクは彼に笑顔を向けた。

 

「僕は、あなた方を無理に従えようとは思わない。譲るべき点は譲るよ。この場に同席させて貰ったのだって、貴方が来ると聞いていたからだ。僕の領地で、無用な争いの火種は残しておきたくないからね」

「なるほど、そういう話か。では、私はこの件に関しては口を挟まない事を約束しよう」

「感謝する。さて、スイキ」


 アレクは、朱翼に向けて話しかけた。


「僕が出す条件は一つ。この街で流行っている疫病を鎮めてほしい」

「どういう……意味ですか」


 心は未だ千々に乱れているが、朱翼はなんとか言葉を絞り出した。

 白抜炙に会わせてくれるのなら。

 何でもしよう。


 そう。

 悪龍を眠らせた時以上に悪辣な事であっても。

 

 朱翼は、アレクの次の言葉を待った。

 

「そのままの意味だ。この街では疫病が流行り始めている。その原因は龍脈の乱れ。即ち呪力の乱れによるものだと思われる。しかし、肝心の乱れを鎮める事が僕には出来ない。だから、君にこの解決を依頼する。報酬は、先ほど言った通りだ」

「何故、私なのです」

 

 かつて師に問いかけたのと同様の問いを、朱翼は口にした。

 

「そうだね。まず一つに、君以上に龍脈への理解が深い者は、ほとんど存在しない」


 アレクは、意味ありげに烏と無陀に目を向けた。


「そしてそのほとんど存在しない内の二人、須安老と大那牟命(オオナムチ)が、その解決に君を指名した。それが理由だ」


 少しの間。

 誰も、何も言わなかった。

 

「引き受けましょう」


 朱翼は、深く息を吸い込み、契約の(ことば)を口にする。


「疫病を鎮め、白抜炙を取り戻し……私から何もかも奪うあなた方を、全員殺します」

「救世の巫女とは思えない程の物騒な、発言は聞かなかった事にしよう」


 アレクは、殺気を隠そうともせずに睨みつける朱翼を尻目に、飄々と退出した。

 

「では、良い晩餐を。君の成長に、期待している」


 閉まった扉は、朱翼の想いを拒絶するように重い音を立てた。


 白抜炙と朱翼の距離は、未だ遠く。

 

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