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朱の呪紋士  作者: メアリー=ドゥ
第二章 悪龍編
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第38節:大理の罪(後編)


 血を贖ひて 龍を呼べ

 夏に禍ち 罪を悦び


 五行輪廻の陰に栄えよ

 反行の龍は飛び来る


 愚かな平伏 従者の痴態

 黒陽の蝕 祀りて見守(みも)


 星の狂いに 反行の

 呼べよや呼べよ 龍を呼べ



「美しい声音だ」


 朱翼が、悪龍招来儀を口にすると。

 まるでそれが、己を祝福する祝詞(のりと)であるかのように、恍惚とアジが言う。

 朱翼は無視して、自身の考えを述べた。


「罪を悦ぶ事。従者の痴態。祀りて見守る事……そこから貴方は、それを人の命を贄とした陣を描く事と読み解いた。私も最初はそう読みました」

「違うと言うのかね? 現に、悪龍は招来されて我が力と成りかけておるぞ?」

「違うのですよ。陣を描く事は間違っていません。貴方の勘違いは、悪龍が人など気にも止めない存在だという事を忘れていた……その一点です」

「何?」

「例えば貴方は」


 朱翼は被せるように言い、自身の足元を示した。


「仮に蟻が自分を崇めていたとして、何かを感じますか? 気がつけば、踏みつける足を外すくらいの事はするかも知れませんが」


 朱翼は、薄く笑う。

 学長の愚かさを嘲るように。


「悪龍を迎える舞を踊る者は、少なくとも悪龍が目に止めるほどの存在であるべきでしょう。例えば九尾くらいは、そう、その価値が多少なりともあるかも知れない……ですが、悪龍とは私の聞き、調べた限り、自然の暴威に等しい存在」


 朱翼は、悪龍の両腕を見上げる。

 気配こそ薄まっているが、少しも衰えた様子のない、太古の力ある存在を。


「嵐や、津波、日照りが、人の事を気に止めますか?」

「……何が言いたい?」


 アジの顔が歪む。

 おそらく、力が体を蝕み始めているのだろう。

 朱翼の目には、アジが御しきれずに漏れ始めた呪力が見えていた。


「苦しそうですね。許容できる呪力を超えましたか?」

「カカ……変遷の苦しみよ。我が肉体は、既に悪龍諸共、作り変え始めておる……産まれるは苦しみ、違うかね?」

「悪龍を喰う陣の完成……それは本当に、貴方の成し遂げた事なのでしょうか?」


 強がるアジを相手に、朱翼の舌鋒は止まらない。


 浅ましき者に絶望を。

 愚かしき者に断罪を。


「私なら、蚊が煩わしく目障りに飛んでいて、自分の手に止まろうとしているのが分かった時」


 その精神の柱を折り、己の矮小さを叩き付ける事で。

 失われた命に、償いを。


「わざと留まらせて、蚊が血を吸うことに夢中になっている間に……」


 朱翼の言いたい事を理解したのか、学長の顔色が変わる。


「まさか……」

「私なら、蚊を逆の手で叩きます。本意でない方法で起こされるのは、悪龍にとっても、それはそれは不愉快だったでしょう」

「まさか、あり得ぬ、そのような事は……ッ! あってはならぬのだッ!」


 アジの余裕が、完全に消えたのを見て。

 朱翼は、大きく息を吸い込んだ。


「私の(ことば)に理があると思ったのなら、素直に認める事です。貴方も、呪紋士であるのなら」


 手を胸に当てて。


「ーーー己の価値を見誤った。それが、貴方の三つ目の勘違い。貴方のような独り善がりの俗物に、私が悪龍なら、如何なる価値も感じません」


 朱翼は、アジに捧げる言葉を一気に吐き出した。




「因果応報、です」




「貴様、貴様ァ、貴様は―――ッ!」


 ひどく、呆気なく。

 アジの体が、不意に左右から圧力を受けたように捻れ、潰れた。

 

 弦を震わすような音が響き、次いで目に見えない程に細くなった

アジのものだろう血が、上下から吹き出すように撒き散らされる。


 上空を見上げると、悪龍の両手が、何かを潰すように合掌の形に重ねられていた。


「来るべき時まで、再び眠ってください。いずれ、真なる歓待をもって、貴方は迎えられるでしょう」


 その言葉が届いたかどうか、朱翼には分からなかったが。

 悪龍はその腕をゆっくりと陣の内側に引き戻してゆき。


 やがて、招来すべきモノを失った招来陣が、ほどけるように宙に消えた。

 

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