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朱の呪紋士  作者: メアリー=ドゥ
第二章 悪龍編
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第32節:アジの眷属たち

「……まさか、アレがこっちに来てるたーよ」

「麗しい。とても、麗しい」


 声が聞こえて、九尾はそちらに目を向けた。

 場は北東。

 主の命によりその場に居た九尾は、その二人の男を見た。


 一人は、見慣れぬ異国の服を着て、槍を担いで妙な道具を背負った者。

 もう一人は、前髪が長く目を見せない、大槌を持った男。


 彼らが、(ハヤテ)、そして弥終(イヤハテ)という名である事を九尾は知っていた。

 彼女自身は、狐火を衣のように纏い、火の粉散る白い尾を九つたなびかせ、人の姿を模して宙に浮いている。


「じゃ、始末するかーよ」


 上位の魔獣たる九尾の妖狐に対して臆することなく、颯は愛槍を構えた。


「……それは出来ぬ。そう、出来ぬ」

「は?」


 弥終にいきなり否定された颯は、ぽかんと弥終を見た。


「何言ってんだよ?」

女性(にょしょう)に手を上げるなど、主義に反する。そう、反する」

「……アホかってーのよ! 化けてるだけで、あれの正体は畜生だってーのよ!」

「む。いかなる存在であろうとも、女性は女性……その物言いは看過しがたい」

「意味わかんねーってのよ!」


 颯と弥終が騒ぐのを、九尾は静かに見下ろしていた。

 弥終は、少し考えてから颯に言う。


「颯よ。貴殿はいかなる理由があれど朱翼に刃を向けるか? 問う、そう問うぞ」

「向ける訳ねーってのよ。神の子(ニォクァクル)は神であるのよ。従い、その一槍となる事が我が使命よ」

「であれば。女性は我が信仰の対象。即ち、刃を向ける者に非ず。愛でる者、愛でるべき存在」

「む……それは仕方がねーってのよ」


 颯は納得してしまった。

 残念な事に、この場に彼らを止める者はいないようだ。


 九尾は彼らのやり取りに好感を持ったが、主の命令に逆らうことは出来ない。

 声を出す事を封じられている彼女は、自らの狐火を払って胸元を露出すると、鳴き声を上げた。


 彼らがこちらを見て、弥終が反応する。


「ぬ。あれは、あの首輪は」

「何なんだーよ?」

「支配と魅了の呪具。主の求める反応を、意思に関わらず引き出す禁具。そう……〝意志〟を奪う、禁具」


 弥終の声が低くなる。


「つまり……九尾は操られてるってー事かよ?」

「しかり。女性を捕らえるとは、許しがたい所業。そう、許しがたい」

「なら、どうするってーのよ?」

「決まっている。あの首輪を破壊し、九尾の美女を解き放つに、決まっている」

「まぁ、どんな理由でもやる気になったなら構わねーってのよ」


 颯は、妙な道具に跨ると赤い総の付いた鳥の頭を模した兜を被り、呪を唱えた。


風穴(フウケツ)!」


 颯の周囲を風が包み、道具の五行石が緑に光る。

 風は吹き上げる突風となって一気に颯の体を中空へと押し上げた。


 大きく翼を広げ、槍を構えて道具に寄り添う彼の様は、赤き尾をたなびかせる鳥に見えた。


 弥終も、地上で槌を構える。

 どんな膂力なのか、まばたきの間に幾度も周囲に槌を叩きつけ、紋を刻んだ。


震山(タンゾウサレシ)要衝(イワトナレ)!」


 周囲の馴らされた地面が鳴動し、幾つもの岩石と化す。

 九尾が、呪具の縛りに抗うのはそこが限界だった。


 ーーー私を殺しなさい!


 伝えられない意志を込めて、九尾は悲痛な鳴き声を上げた。


※※※


 幻鐘は遁甲を駆使して、朱翼たちの援護に回っていた。

 本来、神出鬼没の術はこうした使い方をして相手を翻弄するものであり、故に招来呪……彼の場合は酉非(トリニアラズ)を招来する術……の習得は、修験者にとって必須なのだ。


 幻鐘が同一の術の使い手でない者に負けたのは、朱翼が初めてだった。

 カラクリを聞いて納得だ。


 そして、反則だと思った。

 不意打ちを信条とする術に、こちらの居場所が見える相手は天敵と言って差し支えない。


「……だが、お前らはそうではないだろう?」


 彼が援護しているのは、仮面の二人を相手にする錆揮とメイア。

 二人とも素晴らしい動きだ。


 仮面の男と、錆揮は互角。

 錆揮はそれほどの使い手には見えなかったが、彼に刻まれた紋は凄まじい力を持っている。


 だが、同時に危険な力に見えた。

 たまに、不安定に揺らぐのがその証左だろう。


 しかし、メイアの方は練達しているが、相手の動きがさらに上を行っていた。

 呪紋の発動、体術、どちらもメイアが一段劣る。


「ハァ!」


 彼女が気合いと共に突き込んだ拳があっさりと避けられ、逆に相手が手に握った短刀が妖しく閃く。

 機を図り、幻鐘が地面より浮き上がって錫杖で受けると、同時に予想外のことが起こった。


 錆揮を相手にしていた仮面が、手にしていた短刀をこちらに顔も向けないまま投擲したのだ。

 ギリギリのところで躱すが、それが隙となる。


 目の前の仮面が放った掌底を腹に受けて、幻鐘は吹き飛んだ。


「がはッ!」

「ゲンショウ!」


 メイアの叫びに、自分の漏らした声が重なる。


 引けぬ。

 このままでは、仮面の男が返す刃でメイアを襲うだろう。


 とっさに幻鐘は手を伸ばし、吹き飛ばされまいと相手にを掴もうとして。

 その指が、仮面に引っかかった。


「ッぐぅう!」


 指先に力を込めると、仮面の男が姿勢を崩し、次いで紐が解けて仮面が剥がれる。

 地面を転がり、痛みを奥歯で押し殺しながら幻鐘が姿勢を保つと、メイアが立ち竦んでいた。


「逃げろ!」


 叫ぶ幻鐘に、しかし仮面を剥がされた男も、メイア同様、動かない。

 彼女は、信じがたい、という表情で相手の男の顔を見ていた。


「フラドゥ……」

「バレたか」


 感情の見えない冷たい声に、メイアが唇をわななかせる。


 幻鐘は相手の顔を知らなかったが、名前を聞いた覚えがあった。

 それは、南で殺された少年、セミテと仲が良かった筈の、男の名前だった。



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