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朱の呪紋士  作者: メアリー=ドゥ
第二章 悪龍編
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第31節:日蝕

 真昼、学園にて。


 不思議に人の気配がない学園の広場で、朱翼、幻鐘、メイア、錆揮、烏、無陀の六人は、現れた人影と対峙した。

 人払いの結界が施されているのか、あるいは学長の細工か。


「やはり、この場所だったのですね」


 朱翼の言葉に、学長は笑みを見せた。

 以前会った時とは違い、その笑みは酷く邪悪だ。


 今、彼女たちのいる広場は、試紋会の会場となった場所だった。


「そうとも。やはり気付いたか。それとも、誰かの入れ知恵かな?」


 愉しそうに笑う学長の側に、二人の人影が滲み出した。

 一人は背の高い青年。

 もう一人は、瘦せぎすの男。


 どちらも仮面を被り、黒装束を身に纏っている。


「どちらにせよ、お互いにする事は変わらないでしょう? ……この足元が、悪龍の眠る地ならば」

「そうとも、神の末裔よ。まさかまさか、皇国の探し求めていた〝雛〟が自らこの手の内に飛び込んで来ようとは、僥倖(ぎょうこう)であった」


 カカ、とますます笑みを歪ませ、学長は両手を広げた。


「試紋会も、学園の主催も、街の発展も、全てそれが目的だった。……贄に相応しい者を選定し、龍脈を乱すために」

「然り。本流を流れた大禍が決定打となった。日蝕のある時に合わせて、龍脈の乱れが最も大きくなった好機に、試紋会が行われる。天は我を祝福しておるようだと思ったよ」


 空が、陰り始めて世界が薄く闇に包まれ始める。

 日蝕が、始まったのだ。


「そして我が手中には神の末裔たる雛。太古の悪龍の贄に、何よりも相応しい思わぬか?」

「やはりそれが狙いだったのですね」


 薄々思っていた事だった。

 学長の狙いが悪龍の復活であるならば、彼女に伝承を調べることを依頼するのはおかしい。


 朱翼が事実を知って協力するとは限らず、詳細を調べて既に儀式が行われている事を突き止められれば、邪魔が入る事を危惧するのが当然。


 それを敢えてバラすなら、考えられる可能性は二つだけ。

 実際に学長が黒幕ではないか、あるいは、何らかの理由で朱翼にバレて欲しかったのだ。

 そんな朱翼に、幻鐘が厳しい顔で言う。


「罠と分かっていたなら、何故ここに来た?」

「証拠がなかったのです。限りなく怪しくはありましたが、学長が関わっている痕跡はありませんでした。それに、調べている時間もなかった」


 メイアが、悲しみを湛えた顔で学長へ呼びかける。


「学長……本当に、貴方が。貴方があの子を、そしてセミテを殺したのですか?」

「おお、メイア。そうとも、我が優秀な教え子よ」


 黄色い歯を剥き、シュウシュウと口元から漏れる息の音を不快に響かせて、学長が嘲る。


「君も贄に相応しいが、残念ながら君の父上は慎重な男。不穏ある街から君を避難させたかと思えば、戻ってきた君は姫鷲の三士を護衛に連れておった。私の部下だけでは荷が重い」


 怖気立つような猫なで声で、学長は続ける。


「しかし君は雛をも連れてきた。全く、君は優秀だ。この手で殺してあげよう」

「させねーねぇ。自分がいりゃー、俺らごと殺せるとでも言いたげだが」

「舐められたものね」


 烏が両手を構え、無陀が双短剣を引き抜くと、彼の肩に止まった一葉もやる気に満ちた鳴き声を上げる。


「そうともさ、風の修羅、そして(ゴン)の戦鬼よ。私が居れば……正確には今この場であれば君らが居ようと何の問題もない。まして、一人欠けている。大方、最後の贄の元へ向かったのだろう?」

弥終(イヤハテ)がいなくても、問題はないよ」


 前に出たのは、錆揮(ショウキ)だった。


「お前みたいな奴らは、俺一人でも十分だ……五行星呑(ゴギョウセイドン)


 錆揮の全身に、黒黄色の紋が浮き上がって陰気を立ち昇らせる。


「ぐ……」


 場の陰気が強すぎるのだろう、錆揮は奥歯を噛みしめるが、正気を保っているようだった。


「カカ、大陰紋か! まさかそれを纏う者が居ようとはな! だが……いつまで耐えれるかな?」


 学長は錆揮の状態を正確に見抜き、狼狽えた様子もない。

 外道と言えど、優秀な呪紋士である事実に疑いはないのだ。


「幻鐘」

「なんだ?」

「これが仮に罠だったとしても、何の問題もないのですよ」


 朱翼は、頭巾を剥ぎ取った。


 月光に、朱い髪が風にそよぎ。

 朱色の瞳が、真っ直ぐに学長を射る。


 そして朱き神鳥は、薄く笑った。


「罠であろうとなかろうと……私が仲間と共にあの外道を()る事に、変わりはないのですから」


 そんな朱翼に、幻鐘は呆れたように首を振り。


「なんと―――美しい」


 学長が、魅入られたようにつぶやいた。


「その意志、美貌、そして才覚……なんと、我が力の糧となるにふさわしい……!」


 学長は、我慢が切れたように開いた両手を複雑に動かし、宙に紋を描く。

 舞った赤い式粉が軌跡に留まって淡く輝く。


「陰の黄に星を呑め―――」


 ゆらりと揺らめいた宙の紋が、その色を赤から禍々しい黄色に変える。


「木を腐らせ、火を衰え、金を崩して、水を濁せよ」


 地面が、緩やかに鳴動を始めた。


「させねーねぇ」


 無陀が駆け出し。


「ははっ、無駄よ。行け!」


 学長の指示に、仮面の一人が飛び出て彼の突撃を防ぐ。


「呼べよや、呼べよ。今日(こんにち)の蝕に。相応しき踊り手の舞いに。(マガ)つ龍よ、我が元へ!」


 呪を紡ぐ学長の周囲に、揺らめく白い靄のような人影が現れた。

 それは、少女のような、少年のような、青年のような、女性のような、四つの影。


「あれは……!」


 メイアが呻く。

 その幻影のようなものは、殺された人々の、悪龍に囚われた魂なのだろう。

 胸を打つ悲痛な叫びと共に踊り狂う様は、泣いているように見えた。


 殺してくれ、と。

 呪力の波動に合わせて彼らより伝わる悲しみに、朱翼は怒りを覚えた。


「学長……いえ、アジ。本来であれば龍脈にて安らぐべき魂を苦しめる貴方は、赦し難い存在です」

「ならば抵抗してみせよ、朱き雛よ! 無駄な足掻きだがな! 悪龍よ!」


 学長の最後の呪が紡がれ、宙の紋が空高く浮き上がって日蝕と重なる。

 周囲が、完全な日蝕によって完全な闇に包まれて。


 闇より、一本の腕が現れた。


 鋭い六本指のかぎ爪に、昏い黄土色の輝く鱗。

 実体を結びかけては、周囲で踊る四つの影のように白く揺らめくその腕は。


 気圧されるような邪気を放っている。


 太古の陰魔が。

 暴虐の化身が。


 悪龍がーーーこの世に再び、顕現しようとしていた。










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