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朱の呪紋士  作者: メアリー=ドゥ
第二章 悪龍編
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第30節:少女は踊る

「遅くにごめんなさい」

「おや、どうされました?」


 講義の終わりにメイアが訪ねたのは、学園北側、敷地の片隅にある移動用の龍車を管理する小屋だった。

 龍の世話を終えて丁度出てきた顔見知りの管理人が、彼女を見て笑顔で頭を下げる。


「ちょっと、見せてもらいたいものがあるの」

「へぇ、なんでしょう? 龍らはもうおねむの時間なんですがね」

「ああ、違うの。見せてもらいたいのはね……」


 メイアが望んだのは、龍車を使用する際に必ず書く必要がある、入出庫の使用管理記録だった。

 彼女の言葉に、管理人が不思議そうな顔で頭に被った頬かむりに手を当てる。


「おや、もしかしてお父上の手伝いですか? 何度もお調べになるような事なんでしょうか?」

「え?」


 思わずメイアの方が聞き返してしまう。


「おや、ご存じなかったので?」

「その……私の前に誰かが来たという話は聞いていなかったから。その方も、お父様に言われて?」


 苦しく取り繕うが、どうやら管理人は特に疑わなかったようだ。


「ええ、ハヌム管理官の従者とおっしゃってましたよ。持って来られた印も正式なものでしたし。数日前に訪ねて参りましてね。同じように使用記録をご覧になられたものですから」

「そう……もしかして、念を入れたのかも知れないわね。ほら、一人では不備が出るかも知れないから」

「慎重ですねぇ。いや、そうでなければ人の上には立てないものなのかも知れませんね。じゃ、ちっとお待ちくださいよ」


 管理人は一度小屋に引っ込んでからメイアを招き入れて、使用記録を持ってきてくれた。

 メイアは彼に礼を言って、それをめくり始める。


 別に機密情報という訳ではないし、調べるのもさほど古い記録ではない。

 目的のものは、あっという間に見つかった。


 行き先と、使用者の名前、時刻を書いただけの簡素なものだが、メイアの知りたい事はそれで十分に分かった。


 調べたかったのは、学長の龍車の使用記録。


 そこには、北東部の視察と、北西部の貴族の屋敷を訪問するという理由で、龍車が使用されていた。

 さらに先に進むと、今度は南や西に出掛けたのも確認できる。


「ありがとう、助かったわ」

「へぇ、どうも、お気をつけて」

「ありがとう」


 メイアは管理人に礼を言った後に、出来れば内密に、とお願いする。

 軽く請け負う管理人に笑みを見せて頭を下げると、メイアはその場を後にした。


「父も、同様の記録を調べていた……」


 帰り道でぽつりとつぶやく。


 一体、何のためなのか。

 疑問を覚えたメイアはその足で屋敷を訪ねたが、あいにくハヌムは不在だった。

 疑問に答えを得られないまま、メイアは仕方なく朱翼たちの待つ宿へと急いだ。


※※※


「学長の仕業と考えて、ほぼ間違いはないようですね」


 朱翼は翌日、再び集った面々に対して言った。

場所は宿の食堂だ。

 一応隅の方の大卓を使わせて貰っているが、それでも八人は多い。

 颯などは、角に陣取り床に直接座っていた。

 しかし流石に町の宿では、この人数が同じ部屋に入るのは無理だ。


 朱翼たちの動きは、相手に対して一歩遅かった。


「予想通りに北東で一人……被害者が紋を刻まれて殺された日は、学長が出掛けた日と同じです」


 物騒な話なので、朱翼は自然と声を潜めていた。


「まるで見透かしたような動きだねぇ」

「挑発の可能性もある。挑発の」

「何の為に、こっちを挑発する必要があるのよ」


 北東は無陀と弥終が夜に見張る予定だったのだが、予想に反して、殺人は昼間に行われていた。

 それが癇に障ったのか、弥終が珍しく苛立っているのを、烏がため息と共に制している。


「問題なのは、後、死体が一つか二つで結界が完成しちまう事と、蝕の日が近いってぇ事だ」


 招来儀に精通しているだけあって、招来儀によって喚び出されるモノに対する危機感を一番持っているのは幻鐘だった。

 焦りを滲ませた顔で、幻鐘はさらに続ける。


「時間がねーぞー。朱翼とやった星読みの結果によりゃ、日蝕は明日……北西での殺しは、今日明日で行われるのは間違いねぇ」

「ギリギリ、ってぇ事だねぇ。向こうさんも」


 幻鐘の言葉に、無陀が比較的のんびりと言う。


「呑気だな……悪龍が本当に伝承通りの力を持つモノなら、こんな街はひとたまりもねぇぞ?」

「困ったもんだよねぇ。でも、だからって焦ったって仕方ねーよねぇ?」

「そりゃそうだがよ……これからどうする気だ? 全員で北西を張るか? でもそれをやると、逆にこっちがかなり目立つけどな」

「いっそお父様から憲兵を動かして貰って、学長を捕縛してしまうのはどう?」


 メイアの提案は、的を射たものではあった。

 しかし、案は烏によって却下される。


「大人しく捕縛されると思う? まして高位の妖魔である九尾まで傍に控えているのよ? 無闇に死者を増やす可能性があるわ」


 烏はそこで一度言葉を切った。


「大体、相手が人柱を求めているのなら人を使うのは尚更不味いでしょう。私たちは完全に相手の目的を知っている訳ではないわ。もしかしたら、中央での殺しが最後でなくてもいいのかも知れない」

「それにまず、証拠がない。証拠が」


 烏の言葉に、弥終も賛同する。

 颯は口を挟まない。

 最初から朱翼の決断に従う、とだけ宣言して、黙って槍の手入れをしていた。

 錆揮が二人に、ささくれた口調で反論する。


「だからって、何も手を打たないつもり? 見ず知らずの誰かでも、殺されるのを黙って見ておく理由にはならないよ」

「別に、殺されても俺たちに責任はねーからねぇ。あくまでも『犯人を見つけ出す事』が俺らに与えられた依頼だしねぇ」


 そのまま無陀が錆揮をからかい始めて喧嘩に発展しそうだったので、朱翼は本筋に話を戻した。


「無陀。学長の目的が悪龍招来である以上、放置は出来ないでしょう。そもそも、放置すれば私たち自身の身も危うい」


 悪龍は、神の一族が封じる程の暴威を撒き続けた存在である。

 目覚めれば、間違いなくミショナの街が壊滅するだろう。


「俺らだけ逃げるってぇ手も、あるんじゃねーかねぇ?」

「っ!」


 今度は矛先をメイアに向け、共生すり文字に、メイアが顔色を変えるが、彼女が何かを言う前に朱翼は薄く笑った。


「つい最近、そうして誰か逃がそうとしましたね。どうなりましたか?」

「逃げた奴が戻ってきて、時間稼ぎが無駄になったねぇ」

「では、そういう事です。そもそも、逃げるにしても準備がまるで足りません」まぁ……

「気が進まねーねぇ」


 そう言いながらも、無陀の顔は笑っている。

 烏が、手を叩いた。


「なら後はもう、こちらから攻め入るか、今のまま待ちの姿勢を取るかの差だけね。《鷹の衆》らしく、決を取りましょうか」


 しかし、それを実行に移す前に来客があった。

 メイアの父、ハヌムからの使者を名乗るその人物は、彼の押印が入った包みに入った文をメイアに差し出すと、恭しく頭を下げて退出していった。


「これは……」


 内容を読んだメイアは、戸惑ったように朱翼の顔を見ると、文を差し出した。

 目を通し、朱翼は思案する。


「どうやら私たちには好きに動き回る〝影〟が居るようですね。それとも、操り師でしょうか」


 文字を読める全員が文に目を通すと、朱翼は言った。


「なぜ父が、私たちの動きを知っているの?」

「心当たりはあります。そうでしょう? 無陀」


 問いかけると、無陀は顎の無精髭を指で撫でながら、下唇を突き出した。


「掌で踊るのは癪だけどねぇ」

「下手に消耗する事がなくなった、と前向きに捉えましょう。あの人が必要だと判断したのなら、そういう事なのでしょう」


 文の内容は、短い。


『有事は、蝕の一日(いちじつ)にて。帝位と艮方、水面の表裏なり』


 明日の蝕の時間に、犯人が学園と北東にて殺人を決行する、と。

狙うならそこを狙え、と。


 無駄な動きをせずに、その日に備えろ、と。

 朱翼にそう命じるのは。

 導くように語る人物の心当たりは、一人しかいない。


「踊れと言うなら、踊りましょう。せいぜい華麗に、そして優雅に」



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