第29節:邪悪な軌跡
「招来儀に、謎の文か」
椅子に座った幻鐘が、カリカリと指で額を掻いた。
朱翼たちは行政府の一室を借り受け、メイアの父親に持ってきて貰った街図を広げていた。
場には、仲間が勢ぞろいしている。
朱翼を含めた《鷹の衆》五人に、新たに衆に加わった颯、そしてメイア。
さらに謎解きの為に、朱翼の招来術の指南役である幻鐘を加えた八人である。
「まず、招来術には三種ある。結霊、従霊、創霊とそれぞれに分かれるが、一般に招来術と言われるのは先の二つだな。結霊は霊魔に類する存在とのお互いの合意をもった契約、従霊は一方的に支配する契約だ。どちらが難易度が高いの、力量が問われるのという事はない。相手による、という奴だ」
幻鐘は、朱翼とメイア以外の面々に向けて簡単に説明した。
実際、相手が高位存在であればあるほど、合意を得るのも支配するのも難しい。
契約や招来の際に、常に同等の力量と認められるか、確実に相手より格上である事が求められるからだ。
「創霊ってのは、何が違うのかねぇ?」
壁にもたれた無陀の問いかけに、幻鐘は特に煩わしく思った様子も見せずに説明する。
「文字通り、その場で招来する相手を作るんだよ。紋具作りと似たようなもんだ。朱翼が作る例の暗器、石裂だって、広義には創霊だ。五行術で生まれるものは、ある意味では全て創霊とも言える。ま、前二つ以外が創霊だってくらいで考えてりゃいい」
五行素を凝縮させ、望む形にする。
それが現象であれば呪紋、存在であれば創霊、大雑把にはそういう事だ。
二人の会話がひと段落すると、今度は卓の横に立つ烏が口を開いた。
「で、無陀たちが聞いてきた話によると、死体には紋が刻まれていたのよね。それが招来儀と何か関係があるの?」
彼女の言葉に、幻鐘の横に座っている朱翼はうなずいた。
「死体の紋は、陰の土に属する紋なのです。詳しく内容は分かりませんが、地脈の乱れも陰の土が強まるもので、悪龍も陰の土と言われています。恐らくは、無陀たちが退治を請け負った湿枯もその影響で大量に発生しているのでしょう。もしかすると、疫病も」
繋がりが明らかになると、起こっていた事象が何か一つのものに根ざしているのが分かる。
「で、何が起ころうとしてるんだよ?」
どうも考える事が苦手らしい颯は、早々に部屋の隅に寝転がって答えを急かす。
それに、横に立って壁にもたれ、腕を組んでいる錆揮が口を挟んだ。
「颯。それが分かってたら姉ちゃんたちが、わざわざ皆を集める訳ないでしょ」
「もっともだねぇ。が、問題の原因だけははっきりしてらーねぇ」
「しかり、しかり」
無陀の言葉に、弥終がうなずく。
二人の様子にメイアが声を上げた。
「誰が殺したのか、分かるの?」
メイアの目が、訓練の時のように尖った光を放っている。
友人を殺した相手が分かると思えば当然なのかも知れないが、無陀は肩をすくめた。
「そんな事、分かる訳ねーねぇ。俺が分かるのは、原因……何で殺されたのかってぇ事だけだーねぇ」
「殺された理由?」
「そうさねぇ。東側の纏めの男が言ってたのさ。殺人は、災厄……おそらくは悪龍を呼び覚ます為に行われてる事らしいんだよねぇ」
「悪龍を……?」
「そう。で、朱翼に届いたあの文だよねぇ」
無陀が言葉を切って、幻鐘見る。
幻鐘は街図に目を落として、目まぐるしく紋と街図を見比べていた。
「奈辺にあるや……そういう事か」
「何が分かったのです?」
「招来儀の意味だ」
幻鐘は、街区の上に置かれた駒……死者の出た場所を示したものをそのままに、街図の方位を合わせた。
「これは、殺された奴等を頂点に巨大な招来結界を形作ろうとしているんだ。南を頂点に、西、東」
「例のあやしい仮面は、今度は北東に出没してたらしいねぇ」
無陀が情報を補足する。
幻鐘は色ちがいの駒を北東と北西に二つ立てて、
街図を皆に示した。
「逆五望に土の紋。竜脈溜まりを中心に綺麗に等分された距離で、三人は殺されてる。殺された連中は、間違いなく人柱だろう」
幻鐘は、さらに色ちがいの駒を五望の中心に置いた。
「後二人か三人、殺されるぞ。どうする?」
「どうするっても、その場所を張るしかねーよねぇ。元凶が分かりゃ、大元を叩き潰せるけども」
「元凶……」
朱翼はつぶやいた。
「―――血を贖ひて 龍を呼べ」
凛とした韻を伴って室内に響いた声は、字面よりもさらに禍々しい印象を帯びていた。
「夏に禍ち 罪を悦び
五行輪廻の陰に栄えよ
反行の龍は飛び来る
愚かな平伏 従者の痴態
黒陽の蝕 祀りて見守れ
星の狂いに 反行の
呼べよや呼べよ 龍を呼べ……」
言葉の余韻が消えない内に、朱翼はさらに言葉を続けた。
「血と五行輪廻の陰とは即ち、五所に生贄を捧げ、招来の紋を刻む事。そして夏の五行、火紋を基礎に結界を張る。しかし、陰とは転じる事を顕します。故に原意は転じる事にある。火を土に転じることでより陰気を強める……すると、何が起こりますか?」
その言葉に即座に応じたのは、弥終だった。
「大禍。一つの気に強く在る事。即ち、大禍だ」
幻鐘が、弥終の言葉にさらに言葉を重ねる。
「陰土の盛え極まる時を狙うなら、さらに中月に儀式を行うだろうな。それも日蝕の時。従者の恥態、というのは、人柱の魂を用いて何かを行う事を指すのだろう。儀式に関連していると見て間違いない」
「……全てが儀式の準備であるとしたら」
朱翼は、街図を見下ろしながら静かに言う。
「一体、いつから? 日蝕の中月など、数年単位で狙えるものではありません。もっと前から深く、静かに、誰にも悟られないよう、何者かが準備を進めていた……」
朱翼は、第一の人柱、メイアの友人を示す駒を指差す。
「まずは、儀式を悟られれば最も警戒が厚くなる場所から……」
次に、東の人柱を。
「そして、警戒は薄く情報も伝わらず、警戒されれば攻めるに難い場所を……」
さらに、南の駒に、とん、と指で触れる。
「学園で、メイアの友人を想っていたセミテを呼び出し……」
仮面の目撃から、次は北東。
「警戒が厚くなれど最も治安の悪い地域を狙った上で……」
北西は、その後。
「西、を最後に持ってくる。警戒が厚くても何とか出来る、そうした意図……」
最後に、街図の中心……招来儀の終わりであろう地点で、指を止めた、
駒の下にあるのは、ミショナの中心地、最初の建造物である、学園だった。
「西を警戒しながらも一人程度なら何とかなる、と思い、三人中二人が学園の生徒であり、東の長にすら尾を掴まれず、誰にも……呪紋の街であるこの場所で強大な結界を、長期間に渡り準備出来て、悪龍の招来儀を解すほど深く、呪紋に、招来儀に精通する人物……」
「おい、まさか」
幻鐘が顔色を変えるのに、朱翼は無表情に視線を返した。
「九尾を従え、私に悪龍の事を伝えた人物は、これらの事柄を成すに相応しい人物である、と、思いませんか?」
メイアの唇は、認めるのを恐れるかのように震えてから、囁くように言葉を紡いだ。
「まさか、学長が……?」
その問い掛けに、応える事の出来る人物は、この場にはいなかった。




