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朱の呪紋士  作者: メアリー=ドゥ
第二章 悪龍編
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第27節:進展


「スイキ」


 図書館からの帰り道で声を掛けられて振り向くと、メイアが手を振っていた。

 講義を終えたところのようで、数人の友人がそばにいたが気にせず朱翼に近づいて来る。


 覆面の朱翼を見ても、誰も驚きはしない。

彼女が試紋会で優勝した瞬間は、学園のほぼ全員が知っている。

 学園の人間は、観戦していない者の方が少数だった。


「そういえば、ホム師が探してたよ」

「またですか……」


 朱翼は、少しうんざりした声音で言った。

 ホム師は、錬成を専門とする呪紋士、紋具士である。


 試紋会の予備審査で、朱翼の通過を学長と共に推してくれた方で、その事には感謝しているのだが……。


「あなたがそんな声を出すのは珍しいわね」

「話は非常に有益なのですが、とにかく長いんです……この間など、錬成過程における呪力の制御を、ご本人が倒れるまで付き合わされたのですよ。やめましょうと何度も言ったのに……」

「ああ、研究者気質だものね、あの方は。やるとなると、徹底的だから」


 彼の話は、聴けば聴くだけ出て来る。

 一度など、学長に頼まれた地質調査の際に一週間行方不明になって捜索隊が探しに行ったら、浮浪者の如き風体で栄養失調で倒れていたらしい。

 水しか口にせず、眠気で気絶するまで起き続けて調査をしていたと言うのだから、最早変人どころか奇人だ。


「行方不明と言えば……今日、セミテを見かけていないのよね」

「セミテが?」


 セミテは、試紋会で最初に当たった金髪の少年だ。


「ええ。ね、フラドゥ」


 メイアが振り向くと、学友の一人がうなずいた。

 確か、セミテと共の試紋会に参加して、棄権した少年だ。

 茶色の髪で、背が高い。


「ああ。朝からどっか出掛けるって言ってたけど」

「講義にも出ずに、ですか? どこへ?」

「さぁ……なんか南の方へ行く、とか言ってたような……」


 朱翼は嫌な予感がして……それは的中した。

 その後すぐに、衛兵が慌ただしく駆け回るのを何度も見かけて。


 翌日、朱翼はセミテが遺体で発見された、という話を、メイアから聞かされた。


※※※


 無陀はルフから、街の北西で目撃されたという不審な連中……彼女の仲間が殺される前に目撃されていた連中の情報を得て。

 その足で現地へ向かうと、無陀と錆揮はいきなり取り囲まれた。


「何か御用かねぇ?」


 無陀は、一目でそれが《禿鷹》の連中だと察した。

 何故なら、彼らは無陀がよく知る男が引き連れてきた者たちだったからだ。


 正面に立っているのは、裏問屋の窓口の男。

 彼はニヤニヤと笑みを浮かべているが、少々付き合いのある彼の 表情の意味を、無陀は正確に察した。

 何か後ろめたい事がある時の顔だ。


「悪りーけどねぇ、(ヘビ)。今日は五行石は持ってねーんだけどねぇ」

「そんな、相手の財産を理由もなく奪い取るような真似はしねーよ、俺らはな」

「へー、なら、何なのかねぇ」


 腰の短刀に手を掛ける無陀に、裏問屋の男……蛇は慌てて両手を振った。


「待て待て待て。お前と争うような真似はしねーよ。ちょっと、上がお呼びなんだよ……俺だって、〝風の修羅〟相手にこんな事したくねーよ、危なっかしい」


 よく見ると、周りの男たちも緊張しているようだ。

 大した腕ではない事は分かっていたが、どうも彼らはただのお遣いらしい。

 多分、一人で来るのを嫌がった蛇に、無理やり従わされた下っ端といったところだろう。


「お前さんも臆病だねぇ……」


 生温い笑みを浮かべる無陀に、蛇は顔を引きつらせた。


「慎重と言えよ。危ない事やってんのに、向こう見ずな馬鹿のままだったらすぐ死んじまうだろが」

「昔のお前に聞かせてやりてーねぇ」


 昔、まだガキだった頃からの付き合いだ。

 裏問屋の看板になる前は、ただのゴロツキだった男である。


 旅慣れない無陀に突っかかって来て、コテンパンにのしたのもいい思い出だ。

 そこからツルみ始めて、街に寄るたびに一緒に火遊びもした。


 無陀の気性も実力も把握しているだろうに、それでも不安だったらしい。

 いつもと変わらない無陀にほっとした様子で、蛇は言った。


「付いてきてくれるか? てゆーか、来てくれないと俺がヤバいから来てくれ!」

「ん」


 無陀は、にっこりと手を差し出した。


「手間賃」

「……この業突く張りが!」


 蛇は、無陀に向かって銀貨を一枚投げる。


「毎度あり」


 銀貨を仕舞って、無陀は彼に従って歩き出した。


 案内されて辿り着いた先は、平屋のお屋敷だった。

 周囲には貧民街に近い掘っ立て小屋が立ち並ぶ中、それなりに広い敷地を板の塀で囲い、立て付けも立派なもの。


 石造りの多い西区画とは違うが、それでも重鎮が住む場所に見えた。

 中に入り客間らしき場所に通されると、立派な卓と椅子が用意された落ち着いた雰囲気の部屋に眼光の鋭い頭を丸めた男が座っていた。

 紋を頭部に刻んだ彼の後ろに、二人の男性が直立で手を後ろに組んで控えている。


 さらに、部屋の四隅にも人が居た。

 気配を消していて、無陀の勘は、禿頭の男を含めて全員が手練れだと告げている。


 横の錆揮をみると、表面上は気後れした様子もなく立っている。

 先ほどから落ち着き払っているのは、相手の実力を見極める程度の目は持ち始めたのか、虚勢を張っているのか。

 無陀が目線を禿頭の男に戻すのと同時に、案内してきた蛇が口を開いた。


「お連れしました」


 恭しく頭を下げる蛇に、素っ気なく、下がれ、と伝えた禿頭の男は、彼が退出すると口を開いた。


「非礼を詫びよう」


 その言葉を、無陀は意外に思った。

 呼び出しの仕方から、もっと尊大かと思っていたのだが。


「礼を気にするような身分では、ねーのでねぇ。お気になさらず」


 一応、無陀的には礼を払った物の言い方で返す。

 どの程度の地位かは分からないが、目の前の男は確実に《禿鷹》の幹部級だろう。


「本日はどのようなご用件ですかねぇ?」

「シマを嗅ぎ回る理由を。以前も路地で揉めていただろう」


 無陀は、静かな口調の返しに内心で驚く。

 あの時は仮面の連中以外の気配は感じなかったが、どこで見られていたのか。


 油断していたつもりはなかったが、無陀は自分の気が緩んでいたかもしれないと、少し引き締める事にした。


「斡旋を受けたものでねぇ。東の殺しについて調べて欲しいと」


 無陀は嘘はつかなかった。

 おそらく相手は、分かっていて訊いているはずだ。


「例の、紋を刻まれた死者か」

「そうですねぇ。あの紋については、これから調べるところなんですがね」


 先に朱翼に接触していれば良かったものを、と無陀は少し軽率に動いた自分を罵る。

 あの紋に関する事だけでなく、情報は力だ。


 知っているのと知らないのでは、駆け引きの主導権を握れるか否かに極端な差がつく。

 しかし、禿頭の男は意外な事を言った。


「あの紋は、忌避すべきものだ。遥か昔の災厄を呼び覚ます」

「……災厄?」


 無陀のおうむ返しに、男はうなずいた。


「かつて封じられたもの。龍であると伝わっている。その龍を表す紋だ」

「……一介の殺人事件が、えらく御大層な話に変わるねぇ」


 無陀は指で、頭布を掻いた。


「犯人に心当たりがおありなのかねぇ?」


 無陀が核心に切り込むと、禿頭の男は少し黙ってから返答した。


「我らではない」


 答えになっていない。

 だが、嘘をついている様子もなかった。


 男が立ち上がると、脇に控えていた一人が黙って扉に向かい、開ける。

 どうやら、話は終わりのようだった。


 手かがりを貰い、意図は読めない。

 何がしたかったのかと思案しながら錆揮を促して扉に向かうと、不意に禿頭の男が言った。


「マリア様は、どうなされた?」


 無陀は振り向くのを堪えたが、錆揮には無理だった。


「御頭を知ってるんですか?」

錆揮(ショウキ)


 嗜める為に声を掛けたが、その前に男が口を開いてしまう。


「マリア様の事は、よく存じ上げている。あなたの事も頼まれていたのだ、無陀殿」


 無陀はため息を吐いて振り向いた。


「そういう事情、ってー訳だねぇ。人が悪りーねぇ。……おかんは死んだ。聞いたとこじゃ、最後まで『らしい』死に方だったねぇ」

「そうか……惜しい方を失った」


 禿頭の男は目を伏せた。

 錆揮が耐えるように拳を握るのを見て、無陀は一つ、頭を撫でる。


「こっちも、そちらさんの名前くらいは、訊いていーかねぇ?」

「名か」


 少しおかしげに、禿頭の男が口の端を上げる。


「私の名は、君の知り及ぶところだと思うが……この頭通りの名だ」


 と、頭を撫でる男に、無陀は絶句した。


「禿鷹……ってのは、徒党の名前かと思っていたんだがねぇ」

「私に付き従う者たちを、西部の者はそう呼ぶな。元は私自身の呼び名だよ。マリア様にあやかってな」

「なるほどねぇ」


 《鷹の衆》の御頭は、二つ名を姫鷲と言った。

 道理で、裏問屋の男が緊張する筈だと、無陀は納得する。

 彼こそ《禿鷹》の頭領なのだ。


「情報には感謝するよ。解決出来るかは……ま、やってみねーと分からねーけども」

「東だけで起こった事ならば我らでも対処出来るが。西が絡むと厄介だ。私は向こうに警戒されているようなのでな」

「西に翻意のある者たちの集まりだと、向こうは思っているみてーだけどねぇ」

「それは、誤解だな。私たちは自身の身と、暮らしを守ってきただけだ。それで皇国側と揉めたのは否定しないが」


 最初の印象に比べて随分と調子が良さそうな人柄を見せて、禿鷹が笑う。


「無陀殿。向こうにも繋がりがあるのなら、この件が解決した暁に酒の席でも設けてくれるとありがたい。親しい友人と共にね」


 含みのある言い方に、無陀は苦笑した。

 それが狙いだった訳だ、と。

 いくら旧知の相手の息子と言えど、ただで情報を提供してくれるのは、おかしいと思っていたのだ。


「解決出来たら、招待をお約束させていただこうかねぇ」

「ありがたい。楽しみにしている」


 今度こそ話は終わり、無陀たちはその場を後にした。

 



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