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朱の呪紋士  作者: メアリー=ドゥ
第二章 悪龍編
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第26節:目に見えぬ、幾つもの……。

 数日後、朱翼(スイキ)は図書館の禁書室に赴き、悪龍に関する記述を探していた。

 禁書室は埃っぽく、古い紙の臭いと冷えた空気が満ちている。

薄暗い中に紋具を立てて灯りを灯し、朱翼は集中していた。


 この街の伝承に関するものは一般書物だったがめぼしい情報は見当たらず、朱翼は禁書室にあった聞書(ききがき)に目をつけた。

 皇国の呪紋士や通訳を生業とするものが集めたその資料は写しのようで、伝承や過去の戦争などに関する事柄が全土から集められている。

 聞書は土着民へのものだけに留まらず、流浪の民や皇国、蜃国の神話に類する資料なども雑多に集められていたが、その一つが彼女の目に留まった。


 『招来儀』と題されたその聞書は、詩の形で描かれている。


ーーーーーーーーーーー


血を贖ひて 龍を呼べ

夏に禍ち 罪を悦び


五行輪廻の陰に栄えよ

反行の龍は飛び来る


愚かな平伏 従者の痴態

黒陽の蝕 祀りて見守(みも)


星の狂いに 反行の

呼べよや呼べよ 龍を呼べ


ーーーーーーーーーーー


「龍を呼ぶ……」


 詩の内容こそ読み解かなければ定かではないが、その紙面からは良くない気配がする。


 反行、陰、夏。


 ここに記されているのは、陰火の儀式だ。

 それもただの招来儀ではなく、おそらくは、何かを解放する為の儀式。


 既に封ぜられた強大なものを、呼び覚ます手段が描かれている、と朱翼は直観した。


 火に反するもの、と言えば水と思うが、これは違う。

 反行と言うからには、金木土の何れかがそれに当たるはずだ。


 悪龍の属する五行は、地脈の乱れ見るに、土行。


 この詩がもし、悪龍の解放に関する事柄を示しているとしたならば。

 儀式の内容を読み解けば、逆にどのような封印が施されているのかを知る事が出来るかもしれない。


「調べてみる価値はありそうですね」


 朱翼は一つ呟いてその記述を頭に叩き込むと、他に有用な資料がないか、さらに読み進めていくと、今度はよく意味が飲み込めない記述が現れた。

 だが、何故か気になる。


 『フプタフトゥ』と、ただそれだけ題された口述の羅列。

 聞き先は、狩猟の民、とだけ書かれている。


ーーーーーーーーーー


フグンカムイ ヌ イツクサマザレ

ソイ ヌ ソラカケ フプタフトゥ ゾ キタル


ウィグルダエモン ウィターリイト タツテ

ウェディゴハダシュ ゾ トズル


コーダ・カフタ ヌ シムル

フプタフトゥ ゾ サレル


ーーーーーーーーーー


「これは……語リ言葉、ですかね」


 師父より習った記憶が微かにある。

 古くより在る民族が、口伝を伝える際に使う言葉だ。

 ルの音とレの音は、行動に関する順と反を示し、ヌとゾは前と後の繋がりを示していると聞いた。

 テ、は何だっただろう。


 他は、名前や動きを表すのだろう。

 習った中にあった幾つかの言葉を拾い、朱翼は文章を再構築する。


「慈悲を恐れ、風が来る、カムイは神を示す言葉。ウィターリィト、は、門でしょうか。門が立つ。何かを閉じて、カフタは……唄。沁みる? そして去る」


 ぶつぶつと朱翼はその詩を解した。


「題と合わせて二度出てくるフプタフトゥ、は来て、去る。フプタフトゥは何かの生き物を指しているのですかね?」


 そして、荒く読み解いた文章を、口に出してみた。


「フグンの神の慈悲を恐れ、何かと共にフプタフトゥが来る。何か、を門として? 閉じる。コーダの唄が沁みる、フプタフトゥが去る……これは対処法、でしょうか」


 来たフプタフトゥに対して何かを行うと、フプタフトゥが去る。

 意味は分からなかったが、それも記憶して。


 結局、彼女が全ての聞書を読み終えたのは、それから十日後の事だった。


※※※


「これは、ワタイの手に負える代物じゃないねぇ……」


 ルフに従い、彼女たちの居住区の天幕の一つで。

 上の着衣を脱いだ錆揮の紋を見て、ルフの師が呻いた。


 老齢の、民族の女。

 長老に近い地位にあるのか、彼女のいる天幕は中央近くだった。


 光を取り込む天窓と、風通しの為の窓を備えた天幕の中は思った以上に広かったが、今は彼女とルフ以外は人払いをしている。

 信用の置けない旅人に対して随分無防備だと思ったが、老女の言葉に皆が従った。


 彼女の目は信頼されているようだ。


「師でも手に負えないとは、その紋はどのようなものなのです?」


 驚いたように問いかけるルフは、興味があるのだろう。

 老女が目で問いかけるのに、無陀は首を横に振る。


「あまり広めたくねーねぇ。貴女に見せるのも、それなりにヤバい事だと思ってるしねぇ、こっちは」


 老女は、さもありなん、とうなずいた。


「だろうね。ワタイでも、それくらいは分かろうよ。これほどに真理を解する刺し手は、さて、長いワタイの生でもごく少ない数しか知らぬ。一体、誰の手になるものだね?」

「言えないねぇ。その紋は、どっちかってーと呪いに近いと俺は思ってるけどね」

「いかにも。この執念が決したような紋は、あの男に近いものを感じるが……まぁ、良いさね」


 老女は錆揮に服を着るように言い、無陀に向き直った。


「しかし、この紋が手に負えるかもしれぬ刺し手に、一人心当たりはあるがねぇ」

「会わせて貰えねーかねぇ?」


 無陀の問い掛けに、老女は首を横に振る。


「今はここにいなくてね。少し他所へ足を伸ばしてるのさ。さて、戻るとは言っていたが、いつになるやら」

「彼が、ですか?」


 ルフが戸惑ったように問いかける。

 老女は、どこか含みのある笑みを浮かべた。


「あの目は貴重さね。後は技量が追いつけば、可能性が一番あるのは奴よ」

「成長は目覚ましいですが……師の手に負えないものを彼がどうにか出来るとは……」


 老女の言葉に、ルフは懐疑的だった。


「勘違いはしちゃあなんねぇさ。奴の秘めたるものは、我らを遥かに超える。今はルフに教えを請う立場だが、見る目を曇らせちゃ刺し手としちゃ失格さね」


 諭されたルフは、恥じ入るように目を伏せた。


「申し訳ありません」

「まぁ、今回の依頼の報酬として確約は出来ないからね。報酬は金銭で贖おう。代わりに、無事成功した時に奴がいれば、奴にも見せて欲しいとは思うが、どうかね?」

「俺らとしても、断る理由はねーねぇ」


 無陀の内心としては、本当に信頼出来る相手なら誰に見せても構いはしない。

 老女は、会話を交わしただけで奥は知れないが、下らない裏切りはしない人物に見えた。


「じゃ、今度はそっちの依頼について案内を頼もうかねぇ……っと、その前に」


 無陀は、錆揮の顔を見た。


「お前さん自身から、なんか聞きたいことはあるかねぇ?」


 錆揮は、無陀から発言を許されて、表情の浮かばない顔を老女に向ける。


「俺の紋。使っても問題ない?」

「お勧めはしないね」


 老女はきっぱりと言った。


「ごく短い時間なら、魂を犯される事はないだろう。抑えの血紋は優秀さね。でもね、だからって全く安全じゃぁ、ない。使うたびに紋は磨り減り、魂は紋の陰に染まって行く。抑えの手段も見つからないうちは、まぁ、使わないのが賢明さね」


 錆揮は、忠告に素直にうなずいた。


「ありがとう」


 錆揮の礼に、老女は。

 彼の心にその言葉が届いていない事を分かっているかのように、達観した目を向けてうなずいた。


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