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朱の呪紋士  作者: メアリー=ドゥ
第二章 悪龍編
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第25節:無陀の狙い

「雛の行動は目に余る」


 アレクは盗聴に気をつけながら、貸し出された屋敷の自室で風信の符を使用して、誰かと交信していた。


「あれでは見つけてくれと喧伝しているようなものだ」


 苦い口調で告げるアレクに、符の向こうの相手は特に危機感を持っていないようだった。

相手は何かをアレクに告げ、別の話題を口にする。


「龍脈の乱れ……? 話には聞いていましたが」


 乱れ方に規則性がある、という相手の言葉に、アレクはますます顔をしかめる。


「それは作為的に……結界などで乱されている、という事ですか?」


 是、という答えに、アレクは一度目を閉じ……再び開いた時、彼の顔から表情は消えていた。


「それはまた由々しき話ですね。多くの皇国民が住むこの地に害を成そうと言うのなら、本腰を入れて調べる必要がありそうです」


 真面目な事だ、と揶揄しているのか感心しているのかよく分からない口調で言う相手に、アレクは苦笑した。


「私は面倒な事は確かに嫌いですが、目の前の危機を見過ごすほど怠慢ではありませんよ」


 相手はそれには答えず、連絡が絶えた。


「しかし、ここは呪紋士の街。大規模な乱れを起こす策を仕掛けるには、欺くべき人目が多すぎる……」


 最後にぽつりと独り言を落として、アレクは思考に沈んだ。


※※※


「あなた方に調べてほしいのは、東区で起こった殺人についての事です」


 無陀と錆揮を前にして、自らを、ルフ、と名乗った女は言った。


 無陀たちが居るのは、市場の隅に直に絨毯を敷いて品を並べる商いをしている者たちの一画だ。


 彫りの深い顔で褐色の肌の異民族たちは、自分たちの縄張りに入り込んだ無陀たちを胡散臭げに見ている。


 無陀は気にもせず、目の前のルフだけに意識を集中していた。


 彼女も褐色の肌をした女だが、他の者たちと違い、翡翠のような色合いの瞳が大きな目をしている。

東の蜃国(シンコク)と呼ばれる国の出身だというルフは、放浪民族について国を出たのだと言う変わった女だった。


「我らが同胞の一人が、殺されたのです。裏路地で惨殺された彼の死体には、一つの紋が刻まれていました」


 彼女は羊皮紙に写し取ったというその紋を、無陀たちに渡した。


「俺ら自身は呪紋に詳しくはねーんだけどねぇ」


 渡されたものを、無陀はそのまま錆揮に渡した。

後で朱翼に見せるつもりだ。


「俺らは特別に土地勘がある訳でもねーしねぇ。【禿鷹】にでも頼んだ方が良かねーかねぇ」

「彼らは信用できません。皇国の者たちに土地を奪われた恨みを隠そうともしない。市を開く以上、関わらない訳にはいきませんが……必要以上の借りは作りたくないのです」

「納得出来る話ではあるけどねぇ」


 無陀は顎を撫でた。


 関わらないようにしたくても、東区は【禿鷹】の縄張りだ。

 調査しようとすれば、下手を打つと邪魔が入る可能性もある。


 故に無陀たちを挟んで一つ距離を置きたい、という事なのだろう。


「前金は三分の一。残りは成功報酬でいかがでしょう? 出来れば誓願していただきたい所ですが」

「悪いけど、刻紋があるねぇ。呪具でなら良いけど、期限は切って欲しいねぇ」


 誓願、とは、斡旋を受けた依頼をこなす際に依頼者との間で交わされる契約だ。

 危険な斡旋の依頼を受けるのは、基本的に旅人かならず者であり、金だけ持って雲隠れする事を阻止するために、紋によって依頼遂行に強制力を持たせる。

 それを誓願と呼ぶのだが、体に紋を刻んでいると紋を損なう恐れがあるのだ。


 その為、斡旋所を通すと腕輪のような呪具で同じ効果を発揮するものを支給される。

 依頼達成まで外せないようになっているのだ。


 無陀の問いに、ルフは事もなげにうなずいた。


「私は刺紋士ですから。そうした呪具も自前のものがあります」

「そりゃお互いのためにありがたい話だねぇ」


 無陀は、普段見せない狡猾な一面を露わにした。


「依頼を前金だけで請け負おうかねぇ。成功報酬はなしの方向で」


 ルフが、かすかに眉をひそめる。


「それでは、割に合わないと思いますが」

「もちろん、報酬は貰うけどねぇ。それを金以外のもんに変えてもらえないかねぇ」


 無陀の意図が読めないのだろう。

 疑わしげなルフに、無陀は大した事じゃない事を示すために、肩をすくめて見せた。


「別に難しいこっちゃない。お前さん、刺紋士なら横や縦にそういう繋がりがあるだろう?」

「それは、もちろん」

「あんたが知る限り、最も腕が良い刺紋士に、こいつの紋を見て欲しいと思ってねぇ」


 と、無陀は錆揮を指差した。


「俺?」


 錆揮が驚いた顔をする。

 良いのか、という意味を言外に込める錆揮に、無陀はうなずいた。


「彼がどうしたのです?」

「こいつの刻紋はちょっと特殊でねぇ。信頼できる刺紋士に見て欲しいと思ってるんだよねぇ。なんせ、命に関わるから、少しでも正確な事を知りたくてねぇ」


 無陀の物言いに、ルフは興味を持ったようだった。


「宜しければ、私が見ても構いませんが」

「お前さんの知る限り、お前さんが一番腕が良いのかねぇ?」


 矜持を刺激されたのか、ルフがまた眉をしかめる。


「……そうとは、言い切れませんね。師には及ばないでしょう」

「お師匠さんか。ここに居るのかい?」

「ええ。私は、あの方に教えを請うために流浪の民となったので」

「なら、その人に見せるのが交換条件だ。あまり広めたい話でもなくってねぇ」


 ルフは考え込んだが、やがて言った。


「伺ってみましょう」

「なるべく早く頼むねぇ。それが無理なら、交換条件はなしだ。依頼はさっきの提案額で受けるが、良いかねぇ?」

「分かりました。でしたら、付いてきていただけますか?」


 背を向けるルフに、無陀は軽くうなずいた。



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