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朱の呪紋士  作者: メアリー=ドゥ
第二章 悪龍編
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第23節:目立つなよ。

「……まずいな。本当にあの子か」


 試紋会の観戦を終えて、アレクは小さくつぶやいた。

 彼のいる観覧席は賓客用であり、周囲にはこの街や皇国の有力者が集っている。

 その幹部たちが興奮した様子で朱翼を話題に上げるたびに、アレクは内心冷や汗を掻いていた。


 いま、彼女が注目されるのは良くない。

 何かの拍子に朱翼が〝雛〟であるとバレては、アレクにとっては非常に問題があるからだ。


 彼は皇帝より勅令を賜っており、その内容は周知のものだ。

 そして本来は、本国に雛が自国貸与領の中にいる事を知ったら、知らせる義務がある。


「何で目立つような真似をするのかな……?」


 ここが皇国領であると知らないわけでもないだろうに、アレクにとっては真剣に謎だった。

 自分が狙われているのだという自覚がないとしか思えない。

 そうして思索をする内に、学長が彼の元へ来た。


「如何でしたかな、アレク卿。試紋会は」


 彼のすぐ側に控えているのは、全身に光輝を纏っているかのような美しい狐。

 九の尾、均整の取れた四肢、乱れのない黄金の毛皮。

 多くの者が、その姿に感嘆の溜息を漏らすだろうと思われる優美さだ。


「いや、素晴らしい見応えでしたね。優勝組と破れはしたものの最後まで残った組は、特に練度が高い」

「そうでしょう。中でも私は、やはり朱翼という少女に興味を惹かれます。その才覚は、見る者が見れば容易に見いだせるでしょうね。アレク卿としてはどうですか?」


 学長の問いかけに、アレクはどう答えるべきか、ほんの一瞬だけ判断に迷った。

 彼の目の奥に、何やら試すような、探るような色を見たためだ。


「私としては、呪紋の行使などについては専門ではないのでなんとも言えませんが、ちぐはぐな印象を受けましたね」

「ほう、どういう点ですかな」

「彼女の戦い方を見ていると、他と一線を画す知性と発想、視野を持つように感じます。相手がどう動くか、という戦略的な部分において、まるで見えているかのような動きをする。にも関わらず、直接的な対峙では稚拙な部分が目立ちます。経験、知識に欠落があるのです。そのちぐはぐさは、特に亥凍(イノゴオリ)を吹き飛ばした時の判断に顕著に現れています」


 学長は、アレクの言葉に静かにうなずいた。

 言葉を解すのか、九尾もこちらに目線を向けている。

 アレクは続けた。


「彼女は亥凍のツノに干渉すると、どういう結果を得られるかに確信を持っていたでしょう。しかしそれは、あくまでも『どうすればあの陰魔が散じるか』という一点において……つまり盤上軍盤(チェス)でどう動けば王手(チェック)出来るか、という部分であり、実際に王手を掛けた結果、引き起こされる事象がどういったものであるか、という認識が欠けていた」


 これは不思議な事だ。


 招来された魔物は呪力の塊、という認識は、招来呪の初歩知識だろう。

 その呪力へ干渉すれば亥凍を消せる、というのもまた同様の知識。

 さらに、呪力が制御を失えばどうなるか、というのもだ。


 しかしこの三つの初歩的な事象の関連を、彼女は認識していなかった。

 故に、実際は外套を失うだけで済んだものの、あの行為は下手をすれば自分ごと吹き飛ばすほどの危険を秘めていたのだ。

 思わず、アレクが腰を浮かせかけたほどの危険である。


「それによって導き出される結論は、一つ。彼女は亥凍を……ひいては招来された魔物というものについてほとんど学んでいなかったにも関わらず、効果的であるという判断を戦闘の中で導き出した、という事です」

「慧眼ですな」


 同じ意見だったのだろう、学長が賛同した。


 彼女の戦術は、まるで実験だ。

 自身の持つ手札(カード)で成せる事を成してみるが、その結果を知らない。


 学長がアレクの言葉を引き継ぐ。


「私は、彼女が呪力の暴走という現象を知らなかったと仮定しています。あれほどの呪紋を操る者には本来ありえない事ですが。……呪紋の習い始めに、誰もが必ず経験するだろう事象ですからね」

「それに何故、彼女は招来呪を知らないならば思い付かないような対処を出来たのでしょうね?」

「まぁ、相手取る魔物が呪力で出来ていると知り、呪力というものの特性に深い理解を持っていれば思い付くのが不可能、という程ではありません。尋常ではなくとも、不可能ではない」

「非常に興味深いですね。誰に師事していたのかは知りませんが、彼女は経験もなしに、今、才能のみで試紋会を勝ち上がったという事ですか」

「私は今まで生きてきて、あれほどの原石を目にした事がない。有体に言って、化物です」


 学長は真剣な声音で言い、アレクに質問して来た。


「あれほどの者がどうしてあの歳まで噂にすらなかならかったのか……アレク卿はどうお考えですかな?」


 そらきた、とアレクは思った。

 実際、噂にはなっていたのだ。


 才覚ゆえではなく、その特徴的な外見が、だ。

 学長はおそらく、アレクの態度から、朱翼を知っているのではないかと疑っているのだろう。


「さぁ、私もこちらに来て日が浅いものですから……」

「左様ですか。あなたは強大な呪紋士を探しておられたので、彼女の噂を耳にしていても不思議ではないかと思っていたのですが……」

「仮にもここは異国ですから。私とて自由気ままに動き回れた訳ではありません。大那牟命(オオナムチ)の目を盗んで出来た事は知れていました」


 アレクは席を立ちながら、それ以上の追求を避けるために、最後に話を反らす事に決めた。


「それよりも、この街は最近色々と物騒な様子。大禍による地脈の乱れに、疫病、さらには学園に通う貴族の子女が自宅で不可解な死を遂げたとか。何が起こっているのでしょうね?」


 学長は、悲しげに頭を横に振った。


「分かりかねますね……呪紋に関わる地脈については、現在調査中です。最近になって、土着の民である【禿鷹】の動きが活発になっている、という噂も耳にしております。もしかしたら、この街で内紛が起こるかもしれません」


 学長の様子を、アレクは冷静に観察した。

 心から、街の騒ぎを心配しているように見える。


 アレクはその答えを出す事を保留した。

 叔父であるハヌム管理官から、協力を依頼されている件に【禿鷹】の調査も含まれていた。

 学長からも名前が上がったという事は、集めた情報を統合する前に調べれば、何か分かるもしれない。


「ふむ。では、暇な身の私は、それを未然に防ぐべく動いてみる事にいたしましょう。龍脈について何か分かれば、教えていただきたい」

「アレク卿が動いてくれるのであれば心強い話です。私の方で分かることがあれば、必ずご報告いたしましょう」

「では、私はこれで」


 アレクは学長に頭を下げると、その場を辞した。

 


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