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朱の呪紋士  作者: メアリー=ドゥ
第二章 悪龍編
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第20節:布石

 亥凍(イノゴオリ)は、水の陰魔に属する陰魔だ。


 体表より常に極寒の冷気を発し、触れたものを凍らせる。

 その黒い猪に似た陰魔の最大の特徴は、額より伸びる一本角で、本来猪の弱点である額を突く方法では倒せない。


 亥凍は群れを成す事はないが、産期に彼らが多く誕生すると住んでいる森の一角が冷気によって死滅する事もある、危険な種族である。

 知性はなく、個体としての能力は酉非(トリニアラズ)に劣るが、その特殊能力によって危険度は上だ。

 総合的には、酉非とほぼ同格と言える。


「相方は水紋の使い手―――ならば何故、棄権を……?」


 予選会で見た幻鐘の相方に、男である、という以上の印象はなかったが、朱翼に対して有利だった事は間違いない。


 どちらにせよ決勝に参加出来るなら負けても問題ないと見て温存したか、あるいは、何か別の理由があるのか。

 考えても分からない事だが、理由に思い至る点があり、朱翼は動く事にした。

 思惑からは多少外れたが、今の状況は逆に『歓迎するべき』ものだと、朱翼は思った。


「メイア!」


 突進してきた二体の攻撃をかわし、朱翼は声を上げた。

 その体躯と体の構造ゆえに突撃の勢いが殺せない亥凍は、そのまま再び、大きな音を立てて森の奥へ消える。

 戻ってくるまでに、わずかに時間の空隙が出来た。


「ここは引き受けます。もう一人の呪紋士を探して下さい」

「引き受けるって……この二体を同時に相手するって言うの!?」


 無茶だと言わんばかりの返答に、朱翼は腕に紋を描きながら言葉を返した。

 赤銅が降り下ろした爪をその股下をくぐって避け、朱翼はメイアの横に移動する。


「負けても、死にはしませんよ。これは試合です。おそらく亥凍を御する為に、相手の呪紋士は今、動けないのです」


 それが、朱翼の予測だった。

 知性なき陰魔は、無差別に他者を襲うものだ。

 呪紋士の力量や招来した陰魔の強さにもよるが、相手を殺さないよう完全な制御をするならば、呪紋士自身は戦闘に参加出来ない。

 おそらく相方は、幻鐘よりも実力的には弱いはずだ。

 もしも赤銅と遁行術を同時に操る幻鐘と同格ならば、既に姿を見せて、朱翼らを追い詰めているだろう。


「呪紋士を仕留めれば、亥凍は住処へと還ります。常に契約し、傍に在るならば決勝前にその姿を見せていたはずです。実体を招来するのは多大な呪力を消費しますから、決勝が始まってから顕したのなら、感知するのは容易かったでしょう」


 赤銅も亥凍も、元を辿れば呪紋によって顕れた存在だ。

 その体は、呪力によって本来の肉体を象っているに過ぎない。

 大体、赤銅はともかく亥凍を常に傍に置くのは危険すぎる。

 特性も気性も荒すぎて、いつ呪紋士本人に牙を剥くかも分からないのだ。

 つまり目の前の魔物らは、呪力を消費させるか叩き潰せば消える。


「動けない相方を守る為に、幻鐘は引いたのでしょう。そもそも亥凍を自由にさせて、相手を殺してしまったら失格ですからね」

「私一人で、ゲンショウを突破出来ると思う……?」


 何故か自信のなさそうなメイアに、朱翼は首を傾げた。


「何故、出来ないと思うのですか?」

「え?」

「メイアの体術は、私よりもよほど洗練されています。特紋士ですから、詠唱の速度も私より上。呪力の選定もコツを掴んでから威力は格段に増しています。試紋会の規則上では、私と互角かそれ以上なのですよ?」


 呪力の選定を実践的に学ぶ為に、ここ三日、何度も手合わせを行った。昨日の勝率などはメイアの方が高かったのだ。


「でも、それは貴女が手加減をしてくれていたのでしょう?」

「何故そんな事をする必要があるのです?」

「え?」

「貴女は、自分が思うほど弱くはないのですよ。私は少なくとも手合わせで手は抜いていません。私に勝っていたのは、貴女の実力です」


 朱翼の言葉に、メイアの雰囲気が変わった。

 酉非が再びこちらに突っ込んでくるのに合わせて、朱翼とメイアは動き出した。


「手加減を、されていたのではないのね!?」

「当然です。貴女は強い。信じて良いですよ」


 そのやり取りを最後に、メイアが森の中へと姿を消した。


「さて」


 朱翼を殺してはいけない、という事を言い含められたのだろう、もどかしそうな様子を見せながらも、酉非は呪による攻撃をして来ない。

 身体能力は高いが、単調な攻撃を避けるのはさほど苦労しなかった。


 所詮は獣。

 再び森の奥から姿を見せた亥凍と並んだ赤銅に、朱翼は挑発の言葉を投げた。


「今度も二対一ですが、実力を封じられたあなた方相手なら、私の方に遠慮はいらない。ーーー《火成梟(ヒナフクロウ)》」


 腕に描いた火紋が燃え上がり、朱翼の全身を覆った。

 両腕から翼のように吹き上げる炎が周囲の木々や下生えを焦がしていくが、燃える事はなく、秘められた熱の凄まじさのみを伝えている。


「場には樹木、養土。地には水脈、使われた呪紋は金水……今のこの場で、どれほど火気が不及(ふきゅう)していたか。赤銅。体の調子が、とても良かったでしょう?」


 相剋にある火のあまりの強さに、赤銅が慄いている。

 亥凍すらも、呪紋士が呪力の大きさを感じ取ったのか、身構えていた。


 全て布石だ。

 決勝においても、赤銅が出て来る事は予測出来た。

 朱翼は、火気(ヒノケ)が不足し、完全に一人になれる状況を待っていたのだ。


「メイアを信じているのは事実です。が、別に時間稼ぎをする気はありません」


 相手は中位の魔物たち。

 自分の実力を高めるための格好の機会を、朱翼は逃すつもりはなかった。


「倒させて貰います。私は、手加減をしません。あなた方に失礼ですからね」


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