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朱の呪紋士  作者: メアリー=ドゥ
第二章 悪龍編
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第17節:狙われた理由

「って事があってねぇ」


 夕食後の席で無陀(ムウダ)が襲撃について話し終えると、メイアが顎に指を当てて呟いた。


「白い仮面に、赤の筋……」

「何か心当たりがあるのかねぇ?」


 無陀が訊ねると、メイアは曖昧に頷いた。


「ええ。東区を仕切る《禿鷹》の中に、何かの任務に従事する時に、そんな仮面を身に付ける者達が居ると聞いた事があるわ」


 メイアが口にした組織の名に、無陀が嫌そうな顔をする。


「《禿鷹》ねぇ……面倒事になりそうな気配がするねぇ」


 そんな無陀に対して、烏が呆れた顔を向ける。


「自分で引き寄せてるんでしょうに。何で放っておかなかったの?」

「いやいや、こっちに向かって、あんな殺気見せるよーな連中を放っておける訳ねーねぇ。殺されろって言ってるようなモンだねぇ」


 無陀は、特に悪びれもせずに肩を竦めた。


「何かこの街で恨まれるような心当たりはありますか? あるいは狙われる心当たりが」


 朱翼(スイキ)が問い掛けると、無陀は首を横に振った。


「何度かこの街を訪れちゃいるが、普通は《禿鷹》と事を構えようと思う奴はいねーだろうねぇ。実質、領主と街を二分してるような連中だ。恨まれたらあっという間にこっちの首が飛ぶだろーねぇ」


 数が違うねぇ、と緊張感のない様子でげっぷする無陀。錆揮(ショウキ)が顔をしかめる。


「汚いな」

「悪りーねぇ。狙われる心当たりの方は、幾つか思い付くけどねぇ……」


 と、無陀は隣り合わせて座る朱翼とメイアに目を向けた。

 しかし、メイアはその視線の意味に気付かなかったようだ。


「直接《禿鷹》に恨みを買ってないなら……組織の人間ではなく、他の別の誰かの依頼、という可能性もあるわね。斡旋所に出せないような依頼を、組織に出す手も、ない事はないのよね」


 無陀の会った仮面の連中は、そうした依頼の実行部隊なのだろうか。

 手練れで、かつ顔を見せない、という事は後ろ暗い仕事を専門としているのかも知れない。


「さてねぇ。逆に組織に直接顔が利く程の権力者からの依頼なら、俺達がこうして街で無事に過ごせてる事がおかしくなるけどねぇ」

「そうですね。私達は基本的に少人数で行動していますし、やりようは幾らでもあるでしょう。罪を捏造して詰所に連行されても、私達には後ろ楯も無実を証明する手段もない事ですし」


 朱翼の言葉に、メイアが頬を膨らませた。


「そんな事、私がさせないわよ。父だって結構な権力があるんだから」

「だから、組織側からの接触なのかも知れない、という事ね。あるいは、今回が最初、という可能性もある。今後、もっと過激な手段に出る気かも知れないでしょう?」


 楽観を戒める烏の言葉に、ようやく危険の匂いを感じたのか、メイアが表情を曇らせた。


「なら、いっそ街を出る? あなた達の目的は、そもそも森を抜ける費用を稼ぐ事でしょう? その位なら、私が用立てても良いわ」

「試紋会は? 決勝は明日ですよ。弔いなのでしょう?」


 朱翼は断った。

 メイアが試紋会に参加した……朱翼が参加を誘われた理由は、殺された友人の望みを叶える事だ。

 せっかく決勝まで駒を進める事が出来たのだし、ここで止めるのは、彼女にとって良い決断ではない、と朱翼は思った。


「試紋会の優勝なんて、あなた達の命に代えてまで叶える程のものではないわ。私の気持ちの問題だし、来年もある」

「危険の方も、今日明日でどうこう、という話ではないかも知れません。それに私達は、既に貴女にお金を頂いています。この上さらに用立てて貰うほどの事をした覚えもありません」

「あのお金は、私の模擬戦に付き合ってくれたお礼よ。お金を用立てるのは私の好意。気にするような事でもないでしょう?」


 事もなげに言うメイアは、流石に金持ちの令嬢らしい事を言った。

 朱翼達の旅費を用立てる位、本当に訳はないのかも知れない。

 それでも、朱翼は首を横に振った。


「どうせ、今危険なら街を抜けた所で危険でなくなる事もないでしょう。下手をすれば、人目が少ない分だけ襲いやすくなるかも知れません」

「一理ある。理由も分からないまま放置する方が危険だろう。一理ある」


 それまで黙っていた弥終が、朱翼に賛成した。


「それにね、狙いは私達ではなく、貴女かも知れないのよ、メイア」

「私?」


 烏の指摘に、メイアが戸惑ったような顔をした。


「それこそ、心当たりがないわ」

「貴女個人ではなく、学園の者か、貴族の令嬢が狙われている、という可能性があるのよ。あなたの友人が殺されたのは何処だったの?」


 言われて、メイアは目を見開いた。

 彼女の友人は、街中にある自宅で殺されたのだ。


「え、でも。私が狙いなら、あなた達が襲われた事の意味が分からなくなるじゃない……」

「護衛だと思われているのかも知れないよ」


 錆揮が話に加わった。


「僕達は一緒に街に来たし、同じ宿に泊まってる。友人が殺されたのは広まってるみたいだし、心配した父親が、娘に護衛を付けても何の不思議もないでしょ?」


 五人もの大所帯が、貴族の娘と一緒に街に来る事は、そういう見方も出来る。

 朱翼は、錆揮の言葉に頷いてみせた。


「それに、恨まれる理由は試紋会そのものにあるかもしれない、という可能性もあります」

「試紋会が?」

「そうです。私は何度も見てきましたよ。男が三人集まると、お金のやり取りと腕試しをしたがるのを」


 いまいち理解出来ていない様子のメイアに、朱翼は説明した。


「昔習ったのですが『人が集まるとお金が動く』と言います。メイアにはあまり関係のない話かも知れませんが、試紋会の賞金そのものが、まず平民や旅人にとっては結構な金額です。彼らがそれを狙って送り込んだ相手を私が倒してしまった可能性が、まず一つ」

「で、もっとデカい可能性は……《禿鷹》みたいな連中にとっちゃ、貴重な収入源なんだよねぇ。賭博ってのは」


 そこまで聞いて、やっとメイアは理解したようだった。


「試紋会で賭博興行を打っているって事? 《禿鷹》が?」

「調べてみないとなんとも言えないけどねぇ。十中八九、やってるだろうねぇ」

「そんな……認可のない賭博は違法よ?」

「そりゃ皇国の法ではそうだろーけどねぇ。連中にとっちゃー関係ないねぇ」


 元が無頼の(やから)で、荒事も厭わない。

 莫大な利益を産む機会を、みすみす逃しはしないだろう。


「もし仮に、勝たせたかった人間が負けて、大口の客が損をしてたりしたら、まぁ、恨まれるだろうねぇ」

「明日からは、全員で行動しますか? せめて理由が分かるまでは」

「そうね」


 烏が賛同するのに、無陀は頬を掻いた。


「あー、明日からってのは、ちょっと難しいねぇ」

「どうして?」

「いやー、湿枯(シメリガラシ)をちっと張り切って集めすぎたみたいでねぇ。注目されて、別の依頼を俺と錆揮に回したいって女の人と会う約束をしてるんだよねぇ」

「何? 何だと?」


 女性という単語に、弥終が反応した。


「もしや美人か? 美人なのだろう貴様?」

「いや……まぁ……」


 目をぎらつかせる弥終と、目を反らす無陀に、残りの仲間は溜息を吐いた。

 スパン、と良い音を立てて弥終の頭を烏がはたき、目を細める。


「これだからうちの男どもは……」

「一緒にしないで。お願いだから」


 本気で心外そうに錆揮が言い、朱翼は微かに笑った。



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